22 ミッション8
――残り時間1:53
大陸中央にある大きな岩山。
オレの目測だと、富士山と同じかそれ以上の高さだ。
その山頂よりやや下方――八合目付近には、人工の要塞のような建造物があった。
本来は頑丈な門扉で防がれていただろうその入り口は、破壊された残骸が脇に積まれ、ポッカリと口を開けていた。
リスティアに従いフェニックスの背から飛び降りたオレは、寒さに身体を震わせた。
フェニックスに乗っている間は魔法のバリアのおかげで風や寒さを感じずに済んだけど、この高所に薄着は堪える。
ドラゴンの洞窟の凍えつく程の寒さではないけど、寒いことは寒い。我慢でなんとかなるレベルをこえた寒さだった。
「さっみ〜〜〜〜〜」
オレが縮こまって震えていると、
「はいっ、勇者さま〜」
リスティアが『収納』からフワモコで暖かそうなローブを取り出して、渡してくれる。
「おっ、ありがと」
さっそく、腕を通す。
おお、あったけえ――それに、むちゃくちゃいい匂いする。
甘くて、蕩けそうになっちゃういい匂いだ。
香水かなんかの匂いかな?
「あっ、まちがえちゃった。それ、ワタシがいつも着てるヤツだった。えへ。ごめんね、勇者さま〜」
リスティアが自分用にもう一着のローブを取り出しながら、とぼけたようにカワイく微笑んだ。
ということは……これは、普段からリスティアが着ているローブってことで…………この匂いはリスティアの匂いで……………………。
「全然オッケーだよ。もう、着ちゃったからね。わざわざ交換するのも面倒だしね。オレはこのままでいいよ」
「えへへへへへ〜〜〜」
ノープロブレムだ。
オレ的には全く問題なし。
むしろ、最初からこっちが正解だ。
リスティアの「まちがえちゃった」ってセリフが露骨に棒読みっぽいけど、そんなのすら気にならない。
もう絶対にこのローブ脱がないもんね!
そんな感じで身体も心もヌクヌクになったオレは悪魔城とやらの入り口らしき場所を眺める。
「ここが悪魔城?」
「そだよ〜」
相変わらず軽いノリのリスティア。
「ねえ、これ最後のミッションだけど、コイツが魔王? これを封印すればいいの?」
オレは『攻略ガイド』に描かれたモンスターらしき落書き、もとい、イラストを指差す。
オレがこの冒険をはじめてまだ4時間ちょい、制限時間は6時間って言ってた気がするけど、まだ3分の2ちょいしかたっていない。残り時間も2時間くらいある。
魔王とのご対面はまだまだ先の話かと思っていたから、全然心の準備ができていない。
「もう、勇者さまったら〜」
「ん?」
「冗談が上手いんだから〜」
「へっ!?」
なにがツボったのか、リスティアは腹を抱えてコロコロと笑っている。
オレはなにかボケたつもりも、面白いことを言ったつもりもない。
なのに、リスティアは大爆笑してる。
「なんか可笑しかった?」
「だってえ〜。魔王とガリアスを間違えるなんて〜。3歳時でもありえないよ〜」
「そんなこと言ったってなあ…………」
オレは魔王もそのガリアスってやつも知らんし。
そもそも知っていたところで、あの落書きじゃ区別つかんだろ。
よし、後でイーヴァに見せて訊いてみよう。
「あっ、わかった〜。場を和ませようっていう勇者さまの気遣いなんでしょ〜」
「……………………おう」
もう、そういうことでいいや。
でも、このやり取りで和んだのは事実だ。
決戦直前かと思って気を張っていたけど、リスティアのおかげで気が抜けた。
「じゃあ、行こっか〜」
オレのローブをちょんと摘み、リスティアが先を促す。
オレはリスティアに付き従って、おどろおどろしい雰囲気が漂う悪魔城の中へと入って行った。
悪魔城の名が示す通り、その内部は自然の洞窟ではなく、明らかになんらかの手が加えられた通路であり、ところどころに通路を照らす魔石の明かりが存在した。
――ここは敵の本拠地だ。いつ敵が襲ってきてもおかしくはない。
そう身構えたオレだったけど、リスティアが「心配ないよ〜」と言うから、彼女から借りたローブ姿のままだ。
今もいい香りに包まれてフローラルでいい感じなんだけど、本音を言えば『勇者シリーズ』の装備で全身をガッチガチに固めたいところだ。
でも、ビビってるところを見せるわけにもいかないから、「ええ香りや」とクンクンしてごまかしている次第。
魔石灯の薄明かりの中を並んで進んでいく。
城内はリスティアが言う通り、もぬけの殻だった。
しばらく二人並んで廊下を歩いて行く。
不意に前方で「ガンッ」と大きな物音がする。
「ひゃっ!?」
驚いて姫さまに抱きついてしまう勇者が約一名。
立場が逆だろ、ってツッコみたいかもしれないけど、勘弁願いたい。怖いものは怖いんだよ。
「ただの落盤だよ〜、勇者さま〜」
なんとも頼りになる人類最強なステータスをお持ちのお姫様だ。
いや、今はレベルカンストしたオレの方がステータス上か。
他人任せのチートレベリングで最強になったところで、中身はそう変わらないんだからしょうがない。
その後もオレはビビりながら、姫さまの後をついて行った。
しばらく、歩くと大広間に出た。
高い天井に立派な柱。
そして、中央には堂々とそびえる大階段。
幅は10メートル以上あるし、数百段、下手したら千段以上はありそうだ。
「着いたよ〜」
「これ登るの?」
「うん、そうだよ〜」
「うへえ」
「ここ登ったらゴールだから、勇者さまガンバ〜」
「うっ、うん」
思わず弱音が出てしまい、リスティアに励まされる。
見上げるだけでうんざりする高さだけど、レベルアップしてステータスが超人的になってるから、きっと大して疲れることなく登れるだろう。
オレとリスティアは階段を登り始めた。
もちろん、転んだら危ないから、ちゃんと手は繋いでいる。
リスティアの白魚のようなすべすべな手が心地よい。
なんかあちこちにおびただしい量の血痕が見えるけど、キニシナイキニシナイ。
後ろ向いたら怖そうだから、オレは振り向くことなく一歩一歩、階段を登っていく。
……995、996、997、998、999っと。
やった。
登り終えたよ。
ステータスのおかげで疲労感はそれほどでもないけど、やりきった感がハンパない。
「おつかれさま〜」
「おう、おつかれ」
疲れた様子もないリスティア。
汗ひとつ書いていないようで、彼女にとってはこの階段もお散歩コースみたいなものなんだろう。
オレもステータスのおかげでたいして疲れてはいない。
見上げると正面には高さ10メートル以上はありそうな巨大な両開きの石の扉。
こちらを威圧する荘厳さにオレはゴクリとツバを飲んだ。
「いよいよ、ここが本拠地か。ここにガリアスがいるのか……」
「勇者さま、いくよ〜」
オレの小さなつぶやきはリスティアのノーテンキな声にかき消された。
リスティアがその細腕で扉を押し開く。
まるで発泡スチロールでできているかのように、石扉は音もなく開いていく。
視界に飛び込んできた光景を一言で表すなら、「玉座の間」だ。
しかし、キングダム王国の王城で見たそれとは対照的。
退廃で飾られ、血に彩られた玉座の間だった。
まさに、魔族の本拠地に相応しい光景。
おぞましさに身の毛がよだつような部屋だった。
広い部屋の中に玉座がひとつ。
遠目にはよく分からないが、何者かが腰を下ろし、こちらを伺っている。
もしや、アイツがガリアスか?
身構えるオレをよそに、リスティアはつかつかと玉座に歩み寄る。
その何気ない様子につられ、オレも後を追いかける。
――カツカツカツカツ。
広い空間にオレとリスティアの靴音が空虚に響き渡る。
部屋は薄暗く、玉座の辺りはぼんやりとしか見えない。
玉座との距離が少しずつ近づいていく。
ようやく、お互いの顔が判別できる距離になる。
玉座の主がゆっくりと立ち上がる。
思っていたよりも小柄な体格をしている。
オレは身構え、リスティアはのん気に手を振る。
そして、玉座の主が口を開いた――。
「お疲れ様でした。勇者様、姉上」
「いーちゃん、おつかれー」
「なんだよ、イーヴァちゃんかよ」
緊張していたオレはガクッと拍子抜けした。
「なんだよって、その言い方はひどいよ、勇者さま〜」
「…………」
リスティアがツッコんでくる。
イーヴァも若干ジト目だ。
「あっ、ごめんごめん。そういう意味じゃないんだよ。てっきりガリアスってのが出てくるもんだとばかり思ってたから……」
「いえ、平気です。お気遣いなく、勇者様」
イーヴァが平坦な口調で答える。
相変わらずこの子は感情が読めないな。
「ところで、そのガリアスはどこ? なんでイーヴァちゃんがここに?」
「それなら――」
「うん、もう倒しておいたよ~」
イーヴァが答えようとしたところに、リスティアが割り込んで答える。
「へっ!?」
どうやら、また後をついて歩くだけのお仕事だったようだ。
いぇーい、ミッションクリアー!!
勇者と出会う場面すら奪われ、さっさと倒されちゃったガリアスにちょっとだけ同情したくなる。
不憫過ぎる中ボスだ。
リスティアとイーヴァの話によると、この悪魔城はこの世界における魔族の本拠地。
でもって、ここを支配していたのが魔王の手先のガリアスだそうだ。
魔王のいる魔界にはこの奥にある転移ゲートから転移で行けるんだって。
ちなみにガリアスのドロップアイテムは銀色の宝玉――フェニックスを覚醒させるための宝玉のひとつだ。
本来の世紀攻略ルートだと、
ガリアスを倒す→フェニックスに乗れるようになる→鍵師のお使いクエストのためにフェニックスに乗って世界中を飛び回り、『究極の鍵』をゲット→その鍵で封印の門を開いて、魔界へGo!
って流れだそうだ。
正規ルートだと、むだに行ったり来たりさせられるんだな。でも、RPGってそんなもんだよな……。
だけど、オレたちはそんなのガン無視だった。
本来なら、この山も徒歩で来なきゃいけないし、鍵師ラゴスのお使いもこなさなきゃならなかった。
でも、王国軍のみなさんがオレが召喚される前にガリアス倒していたから、最初から銀色の宝玉ゲット済。おかげでムダな山登りせずに楽々ここまでこれたわけだ。
自力だったら登山してるだけでタイムアップだもんな。
いや、ほんとイージーモードサマサマだ。
ということで、封印の門を『究極の鍵』で開けて、さっさと魔界へ突入だ。
「で? 封印の門ってどこ?」
「もう、開けちゃったよ〜。ほら〜、見て〜」
リスティアが玉座の後ろの空間を指し示す。
そこにあったのは立派な扉――の残骸。
『究極の鍵』意味ねーじゃん!
力技でぶっ壊してんじゃん!!
「あれ、じゃあ、なんのために鍵師のところに行ったんだ?」
と姫さまに訊いたら、「後で役に立つからね〜」と笑ってはぐらかされ、くわしくは教えてくれなかった。
うーん、気になる。
ともかくこの世界でやることをすべて終え、オレたち3人は転移ゲートに飛び込み、魔界へと向かった――。
――ミッション8クリアー




