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17 王立モンスター研究所

 ――残り時間2:52


「勇者さまも見てみなよ〜」

「うん」


 想像するに、この中にはオレが倒すべきモンスターがいるのだろう。

 ちょっと怖い気もするが、オレは言われるがままに扉に近づいて覗き込む。


「うわっ!?!?」


 扉の向こう側はオレの想定を遥かに超えており、のけぞりながら叫んでしまった。


 キモい……。

 キモすぎる…………。


 奥の部屋は今オレがいるこの部屋の何倍もの広さだった。

 多分、この建物の残りの面積全てを占めているのだろう。


 そんなだだっ広い部屋の中に、覗き窓の少し下くらいの高さまでぎっしりとつめ込まれた、ビーチボールくらいのサイズで鈍色の金属光沢を放つ無数の物体たちが、ワシャワシャと意志を持つかのようにうごめいていた。

 例えるならば、ギュウギュウに昆虫がつめ込まれた虫カゴ。その中で、虫たちが秩序なく動き回っている状態。

 リスティアが描いたモンスターもキモかったが、こっちもこっちで別ベクトルのキモさだ。


「……ナニコレ?」


 いきなりの理解不能な状況に、思わず言葉が漏れる。ついでに変な汗も垂れる。


「逃げ逃げ金属くんだよ〜」

「へっ!?」

「じゃあ、準備するから、ちょっと待っててね〜」


 女教師さんが部屋の隅から、タンクに繋がれたホースを引っ張ってきてリスティアに手渡す。

 オレのことは完全に置いてきぼりだ。


「いっけえええ〜〜〜〜〜」


 やたらハイテンションなリスティアがホースを覗き窓に突っ込み、嬉しそうにノリノリで掛け声を上げる。

 それに合わせて女教師さんがタンクのスイッチを押すと、タンクからなにかが流れだし――ホースの先端から勢いよく赤い液体が吹き出した。


「あはははっ。これ、楽し〜よ。勇者さまもやる〜?」


 表情をピクリとも変えない冷静な女教師さんとは対照的に、お姫さまはまるで水遊びに興じる子どもみたいに無邪気に楽しんでいる。

 いきなり振られたけど、展開にまったくついていけないオレは、どう応えるかわからず固まっていた。


「あ〜、もう、終わっちゃった〜。ざんねん〜」


 どうやら、オレが返事をする前にタンクが空になってしまったようだ。

 赤い液体が出てたのは、ほんの数十秒。

 リスティアは名残惜しそうにしていたが、女教師さんにホースを手渡すと椅子に座り込んだ。


「薬が効くまで5分ほどかかりますので、少々お待ちください」


 そう言われ、オレもリスティアの向かいに腰を下ろす。

 すぐさま、女教師さんが二人分のお茶をテーブルの上に出してきた。

 さっきの宝石商のところでもそうだったけど、いきなりお茶が出てくるの、ビックリするからやめて欲しい。

 まあ、『収納』スキルがある異世界だからこそのワザなんだろうけど、まだ慣れてないから驚いてしまう。


 ともあれ、待てと言われたので、お茶飲んでくつろぐしかないのだが、いったい今はどういう状況なんだろ?

 あの銀色物体を倒して経験値稼ぎをするんだろうけど、あれだけの数をどうすればいいんだ?

 そんなに時間もないはずだし……。

 それに、ホースから出てた赤い液体はナニ?

 女教師さんは薬だって言ってたけど……。


「あのー」

「ん?」

「説明をお願いしてもいいっすか?」


 オレの問いかけにリスティアはキョトンとしている。

 いやいやいや、キョトンとしてるのはオレだからっ!

 なんで「なにが分からないのか、分からない」みたいな顔してんの?

 いや、そんな顔も十分にカワイイけどさあ。

 反則だろ、そのカワイさ。惚れちゃうだろっ!


「あれ〜、さっき『攻略ガイド』見てなかったっけ〜?」


 …………………………………………。

 …………………………………………。

 …………………………………………。


 えーと……。

 本気……だろうか……?

 本気で…………言ってんのか?


 だが、リスティアは純粋無垢な瞳でこちらをじっと見つめるばかり。

 うん、やっぱ、カワイイなリスティアは。

 コロコロと変わる豊かな表情。

 どの表情ひとつをとっても極上にカワイイ。


 いや、違う。そうじゃないっ!

 いやいや、誤解しないで。リスティアのカワイさを否定したわけじゃない。

 もちろん、リスティアはカワイイ。そこは全力で同意だ。

 そうじゃなくて、今問題とすべきはそこじゃないってことだ。


 問題なのは――どうやら、リスティアは『攻略ガイド』に描かれた、あの名状しがたき冒涜的なスプ○のイラストで伝わると思ってることだ。


 ……恐ろしい。


 いや、伝わんねーよ!

 伝わるわけねーだろっ!


 つい、そう叫びそうになったけど、リスティアのカワイイ顔を見たオレはグッと堪えた。

 そして、その代わりに、ゆっくりと口を開く。


「えーと……うん……大体のところは……分かっていなくもない……んだけど……大事なミッションだし……間違いがあっても……困るし……念の為の……確認……っていうか……一応の保険……っていうか……オレの……理解不足……のせいだと……思うけど……もう一度……詳しく……説明して……もらえませんか……?」


 長台詞の間、オレはリスティアと視線を合わせることができなかった。ヘタレでスマン。


「あははは〜。勇者さま〜おもしろい〜。なんで、そんな、しゃべり方してるの〜?」

「…………」


 会話にならねええええええ!!!

 オレの気遣いは完全にムダだったようで、高貴なる王女様には、まったく通じていなかった……ぶん殴っていいかな?

 でも、カワイイから許す。


「では、不肖ながらも、ワタクシが代わりにご説明を――」


 ここで女教師さんから助け舟。ナイスアシストだ!

 よかったよ、ちゃんとした人がいて。

 これで彼女がマッドサイエンティストな人で「グヒヒヒヒ」な感じの会話通じない系だったら、いろいろと大変なことになってたよ、主にオレのメンタルが。


「あの部屋にいるモンスターは、通称『メタスラ』――スライムの変異種です」

「逃げ逃げ金属くんだよ〜」

「体表は金属で覆われていて高い防御力・魔法耐性を備えているとともに、とても敏捷で高い回避能力を持つのが特徴です」

「捕まえるの大変だったんだよ〜」

「そして、なにより重要なヤツらの特性というのが――」


 そこまで語った女教師さんは、そこで言葉を区切り口を閉じる。

 ジッとオレの方を見つめ、もったいぶるかのようにタメてから、ゆっくりと口を開こうとして――


「経験値ウマウマ〜〜〜」


 横からリスティアにかっ攫われた。

 リスティアさんマジ容赦ねえ。

 おかげで女教師さんは、最後に食べようと思って大事に残しておいたショートケーキのイチゴを横からパクっと食べられちゃった子どもみたいに固まっちゃってるよ。

 さっきまでは知的で冷静な無表情キャラだったのに、ポカンと口を開けて呆然としたまま、身体を小刻みにプルプルと震わせている。

 このまま泣き出しちゃわないか心配だ。


 まあ、気持ちは分からなくもない。

 女教師さんからしたら、王族と勇者を相手に自分の研究について説明するという一世一代の大舞台だ。

 ひょっとしたら、昨晩は興奮と緊張でよく眠れなかったのかもしれない。

 ここは格好良くキメたかったんだろうな。

 わざわざタメをつくってたくらいだし。


 それなのにリスティアさんったら……。

 ホント鬼畜。


 でも、さすがは女教師さん。

 両手をぎゅっと強く握り、なんとか堪えたようだ。

 他の相手だったら、ブチ切れてるんだろうけど、こんなんでもリスティアは一応王女様だ。

 さすがに、そういうわけにもいかないんだろう。


「………………コホン。で、殿下の仰るとおりです」


 咳払いひとつ。

 無理矢理気分を切り替えて、女教師さんは説明を再開した。


「現在はあちらの部屋の半分を埋めるほどの数しかいませんが、先ほど撒いた赤い薬は増殖薬です」

「水撒き楽しかったよ〜」


 女教師さんはノーテンキに口を挟むリスティアをチラッと見たが、無視して話を進めることにしたようだ。

 うん、賢明な判断だ。


「後、5分ほどで部屋を埋め尽くすほどに増殖いたします」

「ドバーッって増えるんだよ〜。勇者さま見とく〜?」


 リスティアがオレに振ってきたが、女教師さんと同じくオレもスルーしとくことにした。


「メタスラが満杯になりましたら、勇者様に倒していただくことになります」


 まあ、そういう流れだろうな。

 説明を聞いてて、某国民的RPGの経験値稼ぎ用モンスターが思い浮かんだもんな。

 さっきわざわざタメをつくってまで盛り上げようとしてくれた女教師さんには申し訳ないけど、正直なところ言われる前から想像がついてた。


 もしあそこでリスティアがかっ攫っていかなかず、女教師さんがドヤ顔で「経験値が高いことです!」とキメたところで、オレの反応は「うん、知ってた」ってところだろう。

 こっちの方が女教師さんのダメージ大きそうだな。

 そう考えると、リスティアさんグッジョブじゃないか。

 鬼畜とか言って悪かった。

 自らが悪者になってまで、女教師さんのダメージが少なくなるようにしてくれたんだな。

 リスティアさんマジ天使……だったらいいな。


 ともあれ、オレがあのメタスラとやらを倒すのは分かっている。

 問題なのは――


「でも、どうやって倒すんですか?」


 いくらオレもそこそこレベル上がっていて『勇者の剣』を持っているとはいえ、あんな硬そうなモンスター、しかも、数えるのが嫌になるほどの大量を片付けるのには時間がかかりそうだし、なにより、メンド臭いからやりたくない。


 そう思っていたところ、女教師さんがオレに手のひらサイズの小袋を渡してきた。


「これは?」

「毒薬です」

「うおっ!」


 伸ばしかけていた手を思わず引っ込めてしまった。


「ご安心下さい。人間には無害です。しかし、メタスラには効果覿面こうかてきめん。ごく少量でも数秒で死に至ります」

「瞬コロだよ〜」

「…………」

「しかも、伝染性も高く、その毒に侵された個体に触れているメタスラにも毒の効果が波及します。あの部屋全体に行き渡るのに数分もあれば十分です」


 完全にチートアイテムじゃんかよ!


「もちろん、メタスラが死んだ際の経験値が毒薬を撒いた者に入ることは実証済みです」


 なんだ、この「素人のオレでも簡単に経験値稼ぎできるように作りました」みたいなご都合アイテムは!

 いくら、イージーモードとはいえ、イージーモード過ぎるだろっ!

 いいぞ、もっとやれ!!!


 女教師さんの説明を受けて、ようやく今回のミッションの全貌が把握できた。

 いいか、リスティア。

 説明ってのは、こういうのを言うんだぞ!

 『攻略ガイド』のあんな落書きは説明でもなんでもねえからな?

 その点、イーヴァちゃんの担当ページは、これぞお手本というべき、文句なしの出来だったな。

 どうか、『攻略ガイド』の次のミッション担当がイーヴァでありますように。


「あー、そういえば、ちょっと気になったんだけど」

「はい、なんでしょうか?」

「大したことじゃないんだけど、どうして最初からメタスラを満杯にしておかなかったんですか? あんま時間の余裕なかったはずですけど」

「ああ、それは簡単な理由です。満杯だと壁がもたないのです」


 そういえば、さっきからメタスラが壁にガンガンとぶつかる音が少しずつ大きくなってきている。

 女教師さんの言う通りなら、メタスタは順調に増殖中なのだろう。


「そろそろ頃合いですね。それでは、勇者様、よろしくお願いします」

「勇者さま〜、がんばって〜」


 いやいや、「毒薬を覗き窓から流しこむだけ」の簡単なお仕事で、頑張るもなにもないだろう。

 覗き窓から見てみると、あちらの部屋はすでにメタスラでギュウギュウ状態だった。

 オレは女教師さんの説明に従い、覗き窓からほんの僅かな隙間に向けて小袋を傾ける。

 粉末状の毒薬がこぼれ落ちていき、近くにいたメタスラに振りかかる。


 毒薬に浴びたメタスラは激しくもがこうとするが、スペースがないため周囲のメタスラとぶつかり合うことしかできず、周りに毒薬を振りまく結果になった。

 そして、鈍色一色だったメタスラは、毒薬に触れると赤、青、緑、黄色と全身をまだら模様へと変えていった。まるで、カビが生えまくったまんじゅうみたいで、グロいことこの上ない。

 カビまんじゅうは、女教師さんの説明通り、数秒間暴れるとすぐにおとなしくなった。

 しかし、その時にはすでに、周囲のメタスラはカビまんじゅうと化していた。


 そして、カビまんじゅうは1匹から2匹、2匹から4匹、とドンドンと増殖していき、暴れ回るカビまんじゅうと沈黙したカビまんじゅうが勢力図を塗り替えていく――。


 そのおぞましい光景をこれ以上見続けることはオレにはできなかった。


 ――数分後。


 あれだけ騒がしかった隣室だったが、だんだんと音が小さくなってゆき、やがて物音ひとつなく静まりかえった。


「んー、おわったかな?」

「はい。全滅しております」

「やったね〜。おつかれ〜勇者さま〜」

「おう、おつかれ」

「『ステータス』見てみなよ〜」

「そうだな」


 リスティアにうながされたオレは、『ステータス』を開く。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 シズク・サクマ

 勇者 LV999


 HP  9999

 MP  9999

 STR  999

 DEF  999(+1)

 AGI  999(+1)

 DEX  999

 INT  999


 EQUIP

 ・布の服(DEF+1)

 ・布の靴(AGI+1)

 ・勇者の指輪


   ◇◆◇◆◇◆◇


 よしっ!

 レベル・カンストだっ!!!

 まったく、達成感がねえええええええええええ!!!!!!!!!


 それにしても、ハードな仕事だった。

 異世界に来てから、一番ハードだったかもしれん。

 いろいろとメンタルがゴリゴリと削られたミッションだった。

 どうやら、オレは勇者の仕事をナメていたようだ……。

 まあ、やったことは「毒薬を覗き窓から流しこむだけ」の簡単なお仕事だけどな!


 ――ミッションクリア6――

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