16 ミッション6
――残り時間3:09
オレがこの異世界にやって来てから訪れた2つ目の街である商業都市国家『シティー』――その滞在時間はたった30分弱、しかも、大半は走っていただけだった。
そこでの目的、『トルマリン・リング』を入手して、無事に5つ目のミッションをクリアしたオレとリスティアは、次の目的地へと向かうために『シティー』を後にした。
大陸交易の要衝である『シティー』からは、東西南北に4本の大きな街道が伸びている。
どの街道も、商隊のキャラバンやら、兵士の一団やら、冒険者のパーティーやら、旅人たちやら、多くの人々が活発に行き交っている。
そして、彼らは皆、呆けたように空を見上げ、その歩みを止めていた――大きく翼を広げ悠々と飛んでいく聖獣を見るために。
「やっぱ、メチャクチャ目立つな、コイツ」
「あはは。手を振ってあげたら、勇者さま〜」
「やだよ、こっぱずかしい」
オレとリスティアを乗せたフェニックスは、北方へと続く街道に沿うようにして、次の目的地へ向けて飛んでいた。
【ミッション6】 『古代遺跡』で経験値稼ぎをせよ(所要時間30分)。
お、レベリングか。
ちなみに、さっき入手した『トルマリン・リング』、戦闘における能力強化は皆無だが、モンスターを倒したときの入手経験値が10倍になるという、またもや、ぶっ壊れアイテムだった。
しかも、最初に装着した者以外には効力がないという制約付き。
リスティアいわく、1,300万ゴールドってのは王都の一等地に豪邸が建つ値段らしいけど、うん、納得のお値段だな。
これを使って、さっきの四竜戦みたいに、またゴリゴリのパワーレベリングでもするんだろうか?
「移動にどれくらいかかるんだ?」
「ん〜、5分くらいかな〜」
『攻略ガイド』の地図を見ると、『シティー』から次の目的地『古代遺跡』までは目と鼻の先だ。
『シティー』を出て北街道を進むと、すぐに広大な森にぶつかる。そして、そのまま森の中を通り、街道の終点となるのが『古代遺跡』だ。
リスティアの言う通り、フェニックスだと5分。徒歩でも半日もかからずにたどり着ける距離だ。
そんな都合よく街の側に遺跡があるのかと疑問に思ったけど、その逆で、遺跡が先で街が後なのだ。
すなわち、『シティー』は遺跡攻略に集まる冒険者目当ての商人や、遺跡から発見される遺物を取り引きする人々が集まってできた街なのだそうだ(って『攻略ガイド』に書いてあった)。なるほどね。
まあ、砂漠のすぐ隣にでっかい森林が存在するのが不思議だけど、そこはきっと異世界クオリティーなんだろう。気にしたら負けだ。
そんなわけで、たいした会話をする間もなく、オレたちは『古代遺跡』に到着した――。
◇◆◇◆◇◆◇
「すっ、すげええ……」
オレは目の前に広がる光景に感動していた。
見上げるほどの高さの巨大な古代遺跡。
ピラミッドのような砂岩でできたそれは、風化によって崩れた表層に幾重にも蔦が絡まり合い、歴史を感じさせられるような、まさに、ダンジョンといった貫禄の佇まいだった。
森の中だというのに、入り口前は広く切り開かれ、座り込んで休憩している冒険者たちや、その冒険者相手に商売をする商人たちのテントで賑わっていた。
フェニックスが余裕で着陸するスペースがあると言えば、その広さは伝わるだろう。
「こうだよな、やっぱ、こういうのじゃないとなっ!」
ようやく、やってきましたよ!!
今まで勇者らしい冒険が皆無だったけど、やっとカッコいいところ見せれるぜ!
初のダンジョン挑戦に向けて、オレのテンションはめっちゃ上がってた。
いや、厳密には、四竜戦でもダンジョンに行ったけど、あれはボス直前の100メートルを歩いただけだから、ノーカンだノーカン。
四竜戦でレベルアップもして、現在レベル273。
装備も勇者シリーズで全身揃えて、セットボーナスで性能値2倍。
『トルマリン・リング』で、敵を倒せば経験値10倍。
よしっ! 準備万端だっ!!
足りないのはプレイヤースキルくらいだが、そんなもんレベルとステータスの暴力で無問題っ!!!
レッツ無双だ、無双無双っ!!!!
やったるで〜〜〜!!!!!
「よし、行こうっ、今すぐ、行こうっ!」
「うんっ!」
張り切り勇んだオレは耐え切れず、リスティアの手を掴み『古代遺跡』に向けて歩き出した。
今まではずっと彼女に手を引かれる立場だったけど、今回ばかしは立場逆転だ。
いつまでも「後をついて行く」だけのオレじゃない。だって、オレ勇者だもんな。
みんなを引っ張っていくリーダー的立場だもんな。
それに、女の子はグイグイと引っ張ってくれる男に弱いって言うし。
これでリスティアもオレの頼もしさに惚れ直したことだろう。
リスティアの手を引くオレは『古代遺跡』の入り口へと力強く歩みを進める。
だが、そんなオレたちの行く手を阻むかのように、入り口前でもたついている数人の冒険者パーティーが立ち往生していた。
ジャマだよジャマ。
彼らに悪意はないんだろうけど、今のオレにとっては障害物以外のなにものでもない。
とっととソコをどいてくれっ!
オレの気迫が伝わったのか、それとも、立派な勇者装備というハッタリが効いたのか、彼らはオレたちに気づくとサッと左右に別れて、道を開けてくれた。
まさにモーセになった気分。
いや〜、気持いいなあ〜。
勇者やっててよかった〜。
ごくろう、ごくろう〜。
ウッキウキな気分で彼らの間を通り抜け、入り口まであと数歩。
もうオレの行く手を遮るものは、なにもない。
いざ、出陣――。
――と思ったところで、オレの手は強く引っ張られた。
「そっちじゃないよ〜、勇者さま〜」
「ファッ!?」
「だから、そっちじゃなくて〜、こっちだよ〜」
リスティアが指差しているのは、『古代遺跡』の入り口ではなく、明後日の方向だった……。
…………どういうこと???
◇◆◇◆◇◆◇
――リスティアに連れられて歩くこと5分。
『古代遺跡』の入り口前からグルっと回って、たどり着いたのは遺跡の裏手にあるちっぽけな建物だった。
いや、客観的に言えば、そんなに小さい建物ではない。
日本にある平均的な戸建て住宅くらいの大きさだ。
石造りの建物で、一階建て。
古びた『古代遺跡』とは対照的に、こちらはまだ建造されてからあまり月日が経っていないようだ。
この世界の建築基準だと、十分に大きな建物なんだろうけど……ねえ。
その背後に、まさにファンタジーな巨大遺跡がそびえ立っているから…………ねえ。
しかも、これから遺跡にチャレンジだって散々意気込んでたところだったから………………ねえ。
…………はあ。
なんか、一気にテンション下がっちゃった…………。
「着いたよ〜。ここだよ〜」
笑顔でリスティアが指差したその建物、よく見れば『王立モンスター研究所 古代遺跡支部』と日本語で書かれた看板が掲げられていた。
「なぜに日本語?」
「だって、ここは勇者サマ専用の施設だもん」
「なるほど」
納得できるような、納得できないような理由だけど、それほど気になるわけでもないから、まあいいや。
そんなオレの気持ちはつゆ知らず、姫さまは扉の横に立っている守衛みたいな二人に「よっ」と軽い調子で声をかけて、建物の中に入って行った。
彼女に従って『王立モンスター研究所 古代遺跡支部』の中にオレも入る。
研究所っていうくらいだから、大勢の研究員が忙しそうに走り回っていたりとか。
数人で侃々諤々のディスカッションをしてたりとか。
なにに使うのかわからない研究機材やら試料やらでとっ散らかっていたりとか。
ボサボサ髪のマッドサイエンティスト風メガネっ子がグヒヒヒとか言いながら怪しげな実験をしてたりとか。
机の上には整理しきれないほどの書類が山のように積まれていて、ロリ巨乳なショートカットのドジっ子がうっかりぶつかって雪崩を起こしたりとか。
そういうのを想像していたんだけど、実態は全然違うものだった。
まず、その内部は外観に比べて大分狭い。
よく見ると奥の壁に扉がある。奥にはまだ別の部屋があるようだ。
オレが想像したような風景は、そっちで繰り広げられてるのかな?
狭い部屋の中は置かれている物も少なく、こざっぱりしている。
部屋中央には小さめのテーブルひとつと椅子が4脚。後は壁際に棚があるくらい。
必要最低限というか、ホントにこれだけで足りてるのってレベルの品揃えだ。
こうやって見ると、研究所というよりは、一般家庭みたいだけど……。
あっ、よく観察してみれば、部屋の隅っこに大きめなタンクと、それに繋がれたホースがある。研究所らしい備品といえば、それくらいだった。
そして、部屋の中には女性が一人いただけだった。
「お待ちしておりました、リスティア殿下。準備は整っております」
出迎えてくれたのは白衣の女性だった。
長く艷やかな黒髪をまとめ上げ、スタイリッシュなフチなしメガネ越しに伝わってくる鋭い眼光、身体にピッタリとフィットしたタイトなミニスカスーツ姿、その上から羽織っている白衣が絶妙に似合う、ちょっとSっ気を感じさせる、綺麗なアラサーな年上お姉さんだ。
白衣が似合う女性っていえば、こういう女教師タイプの人か、ちっちゃい小生意気なロリっ子と相場がきまってるよな。
好みは人それぞれだと思うけど、オレとしては女教師タイプ派だな。
こういう人が担任だったら、皆勤賞間違いなしだ。
ただ、見惚れてしまって授業に見が入らないっていう弊害付きだけど。
とか考えながら女教師さんに見惚れていると――
「も〜、浮気禁止だよっ!!」
とほっぺたを膨らませたリスティアに頬をギュッと抓まれた。
本気でつねっているわけじゃないから、飛び上がったり絶叫したりするほどの痛さではないんだけど、その直前ギリギリのピンポイントな痛さをついてくる、ムダに高度な技術の頬つねりだ。すんごく痛い。
そういえば、妹姫のイーヴァと目が合った時にも、「も〜、勇者さま〜、ロリコンはメッだよ〜」って怒られたな。
意外とヤキモチ妬きなリスティアさんカワエエ。
イーヴァの件は完全な冤罪だけど、今回は少しばかり疚しい気持ちがなくもない。
だから、ここは素直に謝っておくべし。
「ごめんなさい」
オレが頭を下げて誠意を見せると、リスティアは手のひらを返したように元の機嫌に戻った。やっぱチョロインなんか?
「じゃあ、さっさとやっちゃおうね〜、勇者さま〜」
「おう」
勢いで返事してしまったけど、実のところ、なにをしたらいいのか、オレはまったく知らん。
なにせ、頼りになるはずの『攻略ガイド』なんだけど――そこに描かれているのはひと昔前の国営放送の教育番組でうたのお姉さんが召喚したス○ー的なナニカだった。
その色彩感覚の狂ったおぞましい存在と戦わなきゃいけないんだったら、オレは全てを投げ打って全力ダッシュで逃げ出すよ。
明らかに、魔王よりも邪悪な存在感漂わせているんだもん。
いやいや、これはリスティア画伯の卓越した芸術的センスによる高度に抽象的でポスト・モダン的な表現ゆえに、こうなってしまっただけだろう。
実際にこれから相手にするモンスターはこんなに物騒なヤツじゃないはずだ……きっと。
うん、だってイージーモードだもんな。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
そんな感じでオレが自分を安心させようとしている間に、リスティアは女教師さんと連れ立ち、奥の扉の方へ歩いて行った。
その扉は、見た感じでは金属製のようで、真ん中らへんに魔法陣が刻まれていた。
リスティアが魔法陣に片手をかざし短く詠唱すると、これまで見たのと同じように、魔法陣が青白く光る――。
しばらくして魔法陣の発光が収まると同時に、扉の上部――ちょうど目の高さくらいの位置だ――に四角い穴が開く。
場所といい、サイズといい、覗き窓だろうか?
そんなオレの疑問に応えるかのように、リスティアがそこを覗き込む。
「うんっ! ばっちしだねっ!」
「はい。予定通りの個体数を確保できております」
リスティアは満足気な様子で、こっちに手招きする。
「勇者さまも見てみなよ〜」
リスティアに呼ばれ、軽い気持ちで覗き窓の向こうを見てしまったことをオレは激しく後悔する――。




