12 空の旅
――残り時間4:25
リスティアには逆らえなかったようで、結局、イーヴァは城でお留守番することになった。
「それじゃー、いってきまーす。イーちゃん、バリアよろしくー」
オレとともにフェニックスの背中にまたがるリスティアの言葉を受けて、イーヴァが呪文を唱える。
すると、ドラゴン戦でも守ってくれた半球型のバリアが、オレとリスティアの周囲に現れた。
「んじゃ、フーちゃん、誰かのせいで時間も押してるし、気合入れていこっかー」
極上の笑みでリスティアに告げられるや、かしこまったフェニックスは「きゅいっ!」とひと声上げてから、翼を大きく広げる。
なんでだろう?
リスティアさんは、確かに笑っている。
それもとびっきり極上の笑みだ。
笑顔だけど、目が笑ってないとか、そんなんじゃない。
正真正銘、慈母のような笑みだ。
だけど――――なんでこんなに怖いんだろう?
リスティアさんとフェニックスのやりとりを見てると、美少女の笑顔がトラウマになりそうだ……。
羽ばたきとともに、フェニックスの身体は高く上昇し、それにつれて城前広場に集まった人々の姿もゴマ粒みたいに小さくなり――。
「きゃっ!」
「!?!?!?」
バランスを崩したリスティアがこっちに向かって倒れかかってきた。
オレは反射的に両手を広げ、彼女を受け止める。
オレの上にのしかかるリスティアを両腕でしっかりと抱きしめるかたちになってしまった。
「へへっ。ありがと〜、勇者さま〜〜。頼りになりますぅ〜〜〜」
フェニックスに向けるのとは別種の、蕩けきった笑顔のリスティアは心の底から嬉しそうだ。
……って、いやいやいやいや。
今の思いっきりワザとじゃん!
座ってたのにわざわざ立ち上がって、こっち向いてから、倒れ込んできたじゃん!!
それに、バリアがあるから、全然揺れてねーし!!!
倒れる要素これっぽっちもねえから!!!!
なにこの茶番…………。
と呆れたくなるが………………シチュエーションを考えれば、天国以外のなにものでもない。野暮なツッコミをいれて、この機会を逃すほどオレは愚かではない。このパラダイスを存分に堪能させてもらおう。
ふにゅんと潰れる双丘の柔らかさ。
暖かい体温。
首筋にかかる湿った吐息。
そして、甘い香り。
ああ、天国だ。
ずっと、こうしていたいなあ。
最初の出会い頭に抱きつかれた時は、びっくりし過ぎて、それどころじゃなかった。けど、今はその感触をじっくりと堪能することができる。
柔らかくて、あったかくて、いい匂いで――。
気持よくって、幸せで、いつまでもこの天国を味わっていたいところなのだが……。
ヤバい!
この状況――女性経験がほぼ皆無のオレには刺激が強すぎる。
このままだと、オレの薄っぺらい理性がはじけ飛んで、猛りきった愚息が暴走しかねない。さすがにそれはマズいだろ。
いや、そんな流れに身を任せたくないって言ったら嘘になるし、ちょっとは流されてみたいかなって思わなくない。
それに、この流れで突っ走っても、好感度MAXなリスティアだったら、受け入れてくれそうな気もするし……。
いやいやいや、だめだだめだだめだ。
物事には順番がある。
まだ、チューもしてないじゃんか。
ハグは今こうしてしてるけど、その他諸々すっ飛ばしているじゃん。
それに、向こうはこっちのこと好きかもしれないけど、正直オレはまだリスティアのことが好きなのか、自分でもよくわかっていない。
もちろん、リスティアは文句なしの美少女で、オレなんかがどうこう言うのもおこがましいレベルなんだけど、いまだに彼女の本質をオレは見極めかねている。
そんな段階で突っ走れるほど、オレは肉食系じゃない。
やっぱり、最初はお互い好き同士じゃないと、って考えちゃうピュアピュアハートなんだ。ただのヘタレなだけかもしれないけど……。
大丈夫、焦ることはない。
相手の好感度はバッチシだし、ワンステップずつこなしていけばいいんだ。
お楽しみは後に残しておこう。
つーか、さっきのフェニックスとのやり取り見てると、オレの方が調教されちゃいそうだし。それは怖すぎる。
初体験が上空数千メートルの聖獣の背中で、とかレベル高すぎるしな。
ちゃんと、準備万端、オレがリードしながらできる、完璧なシチュエーションを整えてから、いざ、本番だっ!
よし、結論が出た。
ここはステイだ。
でも、だからといって、嬉しそうにしているリスティアをはねのけることもできない。
だから、オレは断腸の思いで、こう切り出した。
「あの、せめて、上から降りて、隣りに座ってもらえませんか」
駄々をこねられるかと思ったけども、リスティアは意外にもすんなりとオレの提案を受け入れ、オレの隣に腰を下ろしてくれた。
けど、すごい密着しているから、相変わらずのいい匂いにアタマがクラクラしてやられそうになるし、二の腕は驚異的な柔らかさの物体で包み込まれているし、上目遣いで潤んだ瞳で見つめられてて、いろいろとアカン。
ということで、気分を紛らわさないと暴発しちゃいそうだから、リスティアから視線をそらして、あたりの風景を眺めることにしよう。
城の屋上から飛び立ったオレの視界に飛び込んできたのは、王城を中心に栄える城下町――石とレンガでできた家々が立ち並ぶ中世ヨーロッパ風の街並みで結構遠くまで広がっていた。
そして、その周囲にはどこまでも続くような広大な穀倉地帯。
こっちの世界に来てからやったことと言えば、主に王城の中をあっちこっち移動してただけだ。
それ以外では、4匹のドラゴンを倒しに行っただけ。
ドラゴンがいた場所は、普通の人間が辿りつけないような極限環境だったから、ようやくこうやって、こっちの世界の一般人が生活している風景を眺めることができて、中々に感動できた。
だけど、どうせチート攻略するせいで、きっと自分の足で見て回ることはできないんだろうな……。
そう思うと、ちょっと切ない。
せめて、この目に焼き付けておこうと、オレはしっかりと眼下に広がる光景を観察することにした。
◇◆◇◆◇◆◇
「けっこうスピード出るんだな。さすがは聖獣だな」
某国民的RPGの空飛ぶ鳥で移動する時は、ゆったりとしたテンポのBGMが流れていた。
そのせいで、のんびりとした空の旅を想像していたのだが、フェニックスは思いの外速かった。
今も、高速道路を走る車くらいの速度は出ている感じで、風景はどんどんと流れ、背後の王都はどんどんと小さくなっていく。
まあ、さっき、リスティアに「気合い入れてこっか」って言われてたし、フェニックスも本気出してるんだろうな。
ちなみに、これだけの速度が出ていても、オレと姫さまを包む半球状の透明なバリアのおかげで風は全く感じないし、揺れもほとんどない。
フェニックスでの空の旅は、とても快適なものだった。
さっき見た調教風景の印象が強すぎて忘れそうになるけど、フェニックスは神の遣いともいわれる神聖で強大な存在。本気を出せば国のひとつやふたつ容易く消し去る力を持っている。
こうやって飛翔能力をひとつとっても、その力の一端が垣間見れた。
そして、そんな存在を本気でビビらせ、完全服従させるリスティアさんは、やっぱり容赦がなかった。
「でも、まだ頑張れるよねー?」
「きゅい!?」
またもや、極上の笑顔を見せるリスティアさんが怖すぎる。
側から見てる第三者のオレでも背筋がゾワっとして、冷や汗が伝うほどだ。
当のフェニックスにしてみれば、生きた心地がしないだろう。リスティアさんへの恐怖はオレなんかよりも遥かに深く刻み込まれているだろうし。
位置関係のせいでその表情までは見えないけど、その声色と気配から怯えっぷりが痛い程に伝わってくる。
いや、今でもフェニックスは十分頑張ってると思うぞ。
表情から必死さが伝わってくるし、息づかいもマラソン選手みたいにゼエハアしてるし。
フェニックスが頑張っているのには理由がある。
というのも、さっきのミッションで予定以上に時間がかかってしまい、現在時間が押している状況だ。
しかも、その原因はフェニックス。
そんなわけだったから、リスティアさんは激おこなのだ。
さっきもオシオキとか言ってたし……。
「ね?」
「きゅ、きゅい!」
リスティアさんの駄目押し。
こうなると、フェニックスに選択肢があるわけもなし。
フェニックスは即座に首肯の意を示すと、必死になって急加速――高速道路でも一発免停間違いなしな速度に達した。
――頑張れ、フェニックス。死ぬんじゃないぞ!




