第35話 ストップ·ザ·チュートリアル。
「ぁあイッヒュ…っい は、フュー…は ひゅ〜…っぐぁあぎぎぎぎぎぎギイヒィぃぃぃいぃ〜〜……っ!」
訳するならば『文句でもあるのか耐えられないほどの激痛なんだそれを耐えろというのか貴様は!死ね!』…ってところか?
(いやもっと酷いこと言われたよな多分。コイツのゲスなボキャブラリーは想像を絶するモンがあるし)
今までの悪業を忘れ、おそらくは反省もしてない。図々しくもただただ苦痛を訴えるザンダハの声がこの静寂の中、やたらと浮いて聞こえる。イライラする。
(次はどこをへし折ってやろうかな…てアレ?)
ザンダハの声に釣られてのことなのか、便乗してのことなのか。無言で倒れていたはずの騎士(仮)達までも思い着いたかのように声を発し、苦悶を報せてくる。
それも一つではなく沢山。そこかしこから聞こえてくる。なんだコイツラ意外とまだ元気だったりするのか?
(じゃぁまだ痛めつけてもいいのかな…?)
全校朝礼とかで誰かが咳をすると、思い出したかのような咳払いが体育館内のそこかしこで同時多発に沸き響くあの現象。
…平和過ぎる現実世界の日常が、何故か今になって記憶から切り取られ脳内で際立って見えた。
そんな『ほのぼの』を幻視しつつも
「こ、こンな、の…やってられっ…かかイヤだだも、もうも、俺は抜け…」
とかなんとかブツブツ言いながら夢遊病者のようにヨロヨロと起き上がろうとするヤツを見つけては、ゴスッと脳天を打ち据え、気絶させる。
気絶したのを確認したあとは追い打ちとしてベキッと足首を踏み潰し『逃亡不可』のバッドステータスを刻み込む。
ステータス画面ではなく直接、肉や骨に刻んでやった。するとザンダハ以外の呻き声は急に止むのだった。
(ふん…ドン引きしてんなよ…お前らにそんな資格ないから)
と思いつつも、そんな今の自分によって…なんとも自然過ぎて行われるこの残虐行為が、我ながら不愉快…かつ『これがホントに自分なのか』と違和感だったりもして。
……だからだろうか。
残虐性に向け傾き往く自分を押し留めようとする、なんらかの防衛本能のようなものが働いたのかもしれない。
だからさっきのような『ほのぼのメモリー』が今更になって思い出されたのでは?
それとも、ほのぼのとした気分のままでも残酷な行為に及べるほど…この心は荒廃してしまったのだろうか…。
…『だとしたら末期だよな〜』とか思いつつ、取り敢えずは不意に湧いた不快感と違和感をスルー出来たことを結果オーライとして無理矢理気を持ち直す。
【ジン…大丈夫?】
(ん?ああ、問題ない。)
狂気じみた今の俺を心配してバッドが声をかけてくれた。
…だけど、大丈夫かと聞かれたところで今の自分が大丈夫なのかどうかは正直、解らない。
だけど、戦闘に関しては問題なく対処出来てるのだけは、解ってる。
(だから、嘘は言ってないはず…だよな。)
【それって屁理屈ってヤツでしょ?まあその律儀さに一応安心しとくけど……でも、やっぱ似合わないよジンが『俺』とか…なんか凄く違和感だ。】
うるさいバッドうるさいよ今ジンくんは忙しいのさとても。
【ううもう。わかったよ。…もう。】
取り敢えずバッドとのディベート合戦に圧倒的(?)勝利をおさめたオレは、取り敢えず周囲を見渡した。こちらの戦果の方が本命だからな今は。
(趨勢はほぼ決した…かな。)
まだ立っているヤツらはもう、残り30もいない。
あとは全員戦闘不能にしてやった。
地面の上で折り重なって倒れてる。
勿論全員に息はある。生きたまま苦しめばいい。
『立っているヤツら』と言っても、そいつらは俺を追いかけ回すことで体力を消耗しながら、いつ俺に屠られるかという恐怖で精神の方も摩耗して今に至ったヤツらだ。
『追えばいいのか逃げればいいのか』というジレンマに晒され続け、もはや判断力が最低レベルまで落ち…というか尽きてしまっている。
カカシを通り越してもはや『生ける屍』のようになった連中だけだ。残っているのは。
…そんな有り様だと言うのに、
「逃げちゃ駄目ッスよ?」
何が可笑しいんだアイツ?
喜色さえ感じさせる、揶揄するような声色で指令が飛んだ。騎士団(仮)にしてみれば、言い渡されたそれは死刑宣告に等しく感じられただろう。
勿論これはクラフトによる命令だ。こんな状況でこんな風にこんな事を言うサイコパスはアイツ以外にいない。
(それにしても異世界の荒くれ騎士団てのも思いのほかブラックなんだな。こんなのもう勝負見えてるだろ。でも…)
「ふふふざけんなっ!お、お俺はももうイヤだっ!」
…とか、アワアワと言いだしクラフトの言葉をヒントに今更逃げることを思い着く馬鹿もいたりして…。
だけど、まあ逃がさない。
ほら自分達がやってきたことを忘れたとは言わせないよ?オらっ「ギビィ!イヤだもういい!もうやめてく…」何だよ無駄に粘るなヨイショっ!
「ぐぶ…っ」…よし、沈黙したか…。あ。念の為足首も潰しとくから。うんしょっ…メギャッ…「き…っ」これでヨシっと。
「う、うああああ!」ええ?
…ってまたかよもう…ホントいらん事言うなよな糞ったれクラフト。アチコチ追いかけ回すのもしんどいんだからなホイッと「エベっく!」「…よし。」ボキャ「ひぅ…っ」足首の方も良し。
そしてもう一度周囲を見渡す。確認する。今のヤツらの真似をするヤツはいないかと。また逃げ出そううとするヤツはいないかと…
いないみたいだった。
コイツラは…理解、したのだろうか?
理解、出来たのだろうか?
戦争でもないのに突如として吹き荒れる暴力の嵐から逃げ惑い、やっとの思いで関所に辿り着いた領民達の苦難を…。
彼らがやっと安全を確保したと思った矢先の出来事。あの時、守る側であるはずのコイツらが彼らに、何をしたのかを…。
『逃げても逃げても絶望しかなかった』…そんな領民達の悲劇なる最期を…。
今まで自分達が領民達にして来たあまりにあまりの、その非道を、コイツらはちゃんと理解出来たのたろうか?
ちゃんと、理解出来たのかどうかは………こんな俺には分からないし、責める資格も実は…きっとない。
でも…どうやらコイツラはやっと理解出来たたらしい。俺から逃げても無駄なんだっていうことだけは。
そう、逃げても無駄。逃さないから。謝っても無駄だ。許さないから。
(あと死んだ振りとかも勿論…)
「無駄だ「『止まれよぉ〜』」……って」
折り重なって倒れていた騎士達の中に埋もれる形で潜伏してるヤツがいたのは分かっていた。
『死んだ振り』なんていう古典過ぎるマネ、笑えてしょうがないからわざと見逃していたんだ。
そうやって、そいつが満を持してと飛び出し俺に斬りかかって来るのを迎撃してやろうと思っていたわけなんだが…
…この…聞き覚えのある、粘っこい声。
それを聞いた途端、俺の身体は故障して動力が行き渡らなくなり急停止したロボットのように…
【え?ジン?】
(ぐ…っえ?…ぐ、、な、なん…)
まるで、筋繊維の一本一本が針金に巻かれ締め上げられたかのように……
【ちょ…っジン?どうしたの?】
(…なんだ、、コレ、一体、どうなってんだ?オイ!)
俺は、全く動けなくなってしまった。
【ジン?…ジン!、……っあ…】
(……オイオイ…なんでお前が…つか、いつの間にお前…)
折り重なる騎士(仮)達の下から飛び出してきたそいつは…
「よ〜う、出世頭あ〜、」
この声。粘っこい絡まるようなこの声……
(コイツ……マジか)
地下アジトに続くあの階段で
何度となく俺に絡んで来たそいつは…
あのザンダハの次に、俺が見下していたはずの…
そいつは…
「ずぅいぶんとイキってんじゃねぇかあ〜ええ?」
──あの、『歯抜け馬鹿』だった──。
「ほう…さすがは『禁断の一族』ってところっスね…」
(……お、オイ、おいおいおいおい今、なんつったクラフト…おい!)
【ジン!?ジン!どうしたの?ジン!】
「最初は眉唾なんじゃ…て思ってたんスけどね…そう呼ばれるだけのことはあるっス。なんとも地味で地道な業っスけど、それでもこれは、大した手並み…。」
(まさかこんなとこで遭遇すんのかよ!?)
【ジン?何か知ってるの?ジン!】
バッドの声を遠くに聞きながら、俺は久し振りに思い出していた。『禁断の一族』というワードを。
チュートリアル前のキャラメイクの時に知った『ネタ枠種族』という存在。それは三つ在って……その中で俺が選んだのが、この『ハードエルフ』という種族だった。
俺が選ばなかったネタ枠種族は二つ。その内の一つが『蛮族』だった。そしてもう一つが…
(ヤバイ…ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!)
『はぐれ禁断の一族』
…地雷臭が激しく臭うこのネタ枠種族の中でもあからさま過ぎてヤバイその種族名を敬遠した俺は、今、ハードエルフという種族として生きているわけなんだが…。
(なんでだ?なんでこんな場面で…)
【ゴメ…ジン、また?きっと、僕のせいだ…】
またアレか?【七転八倒】の効果で引き寄せられたのか?災厄が……でも、バッドのそんな懺悔は敢えて無視だ。もうコイツは俺の相棒として認めたのだから。それは、もう何があっても変わらないこと。実際、バッドがいなけりゃ、さっきなんかは死んでたわけだし。
【ジン…有難う…でも、】
そう、『でも』だ。どうする?今まで感じていた不吉は全てクラフトによるものだって、俺は思い込んでいた。
(…まさか、この歯抜け馬鹿が、しかもあのネタ枠の『はぐれ禁断の一族』として俺の目の前に立ちはだかるとか…)
あまりにも想定外だこんなの!なんの予測も対策もしてきてないぞコンナノ!?それとコレ!なんでだ?何故身体が動かない?くっそ…
(これは【幻術】?【闇魔法】の一種?いや…)
俺が蔵するありとあらゆる耐性スキルをどうやって破ったのか…何を仕掛けられたのか…それが解らなければきっとこの呪縛からは解放されない…でも、それが解らない今…
(このままじゃ…。)
「あ〜〜痛って〜……なあ痛ってえよ出世頭あ〜?何度も階段落ち食らってここんとこ慢性的に首が痛ってえんだよお〜。なあ出世頭あ〜どっかいい治療師知ってっか?なあ〜?」
(くっ……そ…来んな…)
ただ愚かさが滲み出ただけの粗悪なものだと思っていたその笑いは、今の俺の目には、これ以上なく不気味なものとして映った。
わざとらしくフラ付いた足取りで、一歩、また一歩と、近付いてくる。
名も知らぬ狂威なる道化師が近付いてくる……。
(来るんじゃねえ!)
前歯を備え忘れた赤黒い歯茎を露わに、ぬらつかせながら…
この小説は評価ポイント、感想、ブクマ、なろう勝手にランキング投票(日を跨げば何度でも可)などなど、読者の皆様の暖かいご支援により投稿維持出来ております…が、
明日の投稿は一日休みます。作者泣けなしのクオリティーが、維持出来そうもなくなってきたので…一日だけ休み貰います。…楽しみにしてくださってる方には本当申し訳なく……
スミマセンm(_ _)m
さて次回!ジンくんピンチ!
乞うご期待♪
 




