第32話 反吐が出そうなチュートリアル。〜ザンダハという男
今回からまたジンくん視点に戻ります(^o^)/
──エミルバラル=ダン=ザンダハ。
(ファーストネーム『エミルバラル』だったんだなザンダハ…
でも『エミルバラル』とか高貴な感じお前にはもったいない。それにザンダハのが呼びやすいし。これからもお前はザンダハだなザンダハ。)
そう、ザンダハ。この男……素性を聞けば聞くほど無能な貴族なんだということが知れてくる。
(吐きそうなほど酷いよなお前の過去は…ザンダハ。)
まず前提として貴族は長男が世襲するのが『当たり前』だ。領地持ちの貴族は特にそうであるらしい。
貴族というものは待遇がいいのは次男まで。三男以降になると悲惨なものであるらしく、なのでその『当たり前』が徹底されていないと跡目争いは必ず起こってしまう。そうなればその領は乱れる。ということは国を乱す原因が各領に潜在し世を常に脅かすということにも繋がる。
かといって不慮の事故や戦闘などで長子を亡くす場合なども頻繁にあるので貴族は多産を義務付けられるというジレンマもある。
それでもこの『当たり前』は徹底される。普通は。
そう。ザンダハ。この男は普通ではなかった。長男でありながらそのあまりの素行の悪さから跡目候補から早々に外されてしまうほどに。
これはこの世界の貴族社会で前例がない訳ではないらしいんだけどやはり、珍しいことなんだそうだ。
しかもザンダハがその旨を現当主から正式に言い渡されたのは、なんと彼の生誕10年目を祝う席での話なんだとか。
(オイオイ…貴族のお誕生日会なんて公の席だろ?そんな周目に晒されながら戦力外通告?…というか、10歳で親に見限られるって…どんだけなんだよザンダハ)
親御さんが貴族としての不文律を破る事を辞さず、敢えて早期の段階で踏み切ったのは王家に赦しを乞うための時間を稼ぐため。そして敢えて恥を忍んでの公的発表を選んだのは自ら背水の陣を敷き、『名誉の損失』という代償を見せ、その赦しの材料とするためだったのだとか。
(…必死だなオイ。親にここまでさせるってどんだけなんだよザンダハ。一体何したのザンダハ)
…え?そこんとこは敢えて聞きませんでしたよ。
聞いて後悔すること必至の胸クソエピソードが満載なのはお察しでしょうコレは。
でもさ。このお誕生日会のエピソードだけで全部が伝わってこない?『こ、こここんな怪物が我が子だというのかっ』的ご両親の葛藤とか…とにかくそういった全部が。
第一印象が最悪だったからかな。そんな話を聞いても、苛烈な判断を下したはずの親御さんの方をすんなりと『さもありなん』と理解できてしまう僕なのだった。
そう、ザンダハ。…コイツは…確かにとことん貴族に向いてない。
自己中心的でもちろん人の痛みなど意に介さない。独善的で誰からも…というか過去の過ちからすら学べない。
話さなくてもその言動の端々を見ただけで稀有なほど最低な人となりが分かってしまう。
こんなこと、珍しいんじゃないだろうか…まあ、とにかく、コイツは、『そんなヤツ』だ。『そんなヤツ』に部下を含む領民はついてこないし、となれば領地など守れるはずもない。
コイツの馬鹿さ加減を見たり聞いたりすればするほど、親御さんが当主として責任を全うすべく下したその英断を、讃えたい気持ちは高まるばかりだった。
だけどクラフトさんからそこからの推移を聞き進めるほどに、そんな気持ちさえもしぼんでいった。
下された決定を不服としていたザンダハは、年を経るごとに不満を募らせた。コイツの性根を考えれば当然のことだ。
そして当然の結果として遂に、この馬鹿は跡目である次男暗殺に踏み切ったらしい……んだけどさ。やっぱこのザンダハだからね。
杜撰過ぎたその計画はすぐ見破られ事前に察知した現当主に捕えられてしまったのだとか。当然の結果だねー。
(…もうこの段階で『殺しちゃえば良かったのに!』って思ってしまう僕が酷薄で人として間違っている…のだろうか?)
…ザンダハの親父さんはきっと、長男の育て方を間違っただけで…(まあ、それはそれで罪は重い。)他の分野では本当に良識のある、貴族として申し分のない人物だったのだろう…。
なんせ暗殺未遂で捕らえたザンダハに向け罪を問うどころか…
『それ程までに後を継ぎたいなら無事領地を統治できるか、その適正を私に見せてみろ。それを見た上で跡目に関しては再考する。』
…とか言ったんだそうだ。寛大過ぎるぞこの親馬鹿貴族っ。
そしてお目付け役(要は監視役)を付ける条件でこの無能バカに領地の一部を預けることにしてみたんだそう…。
(でもまあ、この判断の真意はきっと…『次男が正式に跡目を継げる年になるまでの時間稼ぎ』…にあったのだろうけどね)
それでもこれは、このザンダハの腐れ具合を見誤った最悪の判断だったと言わざるを得ない。僕は間違ってなどいなかったんだ。
そう、ザンダハ。…コイツはあの無謀な暗殺が失敗に終わったその時に、その腐った生涯も終わらせるべきだった。
ザンダハは赴任地に辿り着き次第、貴族長男の立場を利用して任された領地とその周辺の事情をよく知ろうと『とにかく情報を』と熱心に収集し始めたんだそうだ。
そんなザンダハを監視監督するお目付け役は、当主に対して忠義に溢れる人だった。そして長男の立場にありながら不遇を受けるザンダハの哀れさにもある程度の理解を示せる…そんなバランス型の『出来た人物』だったらしい。
まぁバランス型でなきゃ心から他人に仕えるなんてことは難しいことなのかもしれない。
でも、これがまた災いしてしまった。ザンダハが熱心に地域情報を集めるその姿を見て、お目付け役は
『おお、もしかすると領地領民の声を聞こうというお心が今まさに芽生えようとしておられるのやもしれぬ。』
…なんて、暖かい『誤解の目』でザンダハを見守ることにしてしまったんだそうだ。
(あ〜あというやつだね。はあ……)
そしてそのお目付け役は
『若は改心されたのか、領地経営に熱心に取り組もうとしておられます』
と当主に向け文まで宛てた。
(これもどうせ……結局は、『無残にも…』ってオチがつくんでしょ?)
なんとも自分にとって都合の良いその文の内容を知ったザンダハはどうしたか?
『こ、こんな自分に目をかけてくれてくれるというのか…じいよっ』とお目付け役に感謝?改心?…………………する訳ないでしょ。
その時点で欲しい情報の全てを集め切ってたザンダハは『これは勝機』と確信…いや、錯覚した。
そして当主にも無断でお目付け役は急遽、ザンダハによりお役御免とされてしまったのであった……この世からも。
(ほら…やっぱり。)
ザンダハが情報収集に励んでいたのは領地経営のためではなかった。自分の野望のタメに戦ってくれる都合のいい私兵を募るためだったんだ。
(安直すぎるぞザンダハ…)
ザンダハの情報収集に最初に引っ掛かったのは町のゴロツキや、野心くすぶるまま身を崩した貴族三男以下の者。
そこから引き出される縁故なんてものは野盗崩れや現役の盗賊、または罪を犯して強制退役させられた軍人崩れや追放処分を食らった冒険者崩れ。もしくは素行最悪なまま上手いこと悪事を重ねる現役冒険者…などなどいわゆるゴロツキ達。
そうやって何でも御座れと募り募った結果生まれたのは、素行の劣悪さに目をつむれば個々の腕と実戦の経験だけは水準以上という、最低最悪の軍団。
ザンダハはなんと、それを率いて今度は弟暗殺ではなく実父に戦争を仕掛けるという、考えなしの暴挙に出た。
(…凄いなザンダハ。安定の無能っぷりがここで爆発してるよなザンダハ。)
突然に鉾を向けられた側にしてみればこれは、ありえないほどに馬鹿げた行為。でもここでも運命はザンダハに味方する。
(えー〜…?)
馬鹿過ぎる行為ゆえに…というやつだ。こんなの常人に読めるはずもない。それ程の愚行。
お目付け役から届いていた手紙もあって油断していたのか、あまりに意表を突かれてしまった親父さんは最期まで碌な対応も取れなかったらしい。
その結果は…当主である父親、その跡取りである弟、そして生みの母や年端もいかぬ弟や妹までをも含む一家皆殺し。
そして肉親殺しの悔恨に苦しむどころか…このザンダハはかつて家族だったはずの骸にあろうことか…………いや、これ以上は口にすまい。
(……お前には本当に殺意か湧くよ…ザンダハ)
そして抵抗する者もその家族の子や孫、親戚に至るまで皆殺しにして見せしめとした…。
(ホント 糞だな)
戦後も似たような状況が続いたんだそうだ。反抗する者は皆殺し。密告しようとする者は皆殺し。逃亡する者は勿論として皆殺し。あまりの狼藉に忠告する者などは面倒だからと皆殺し。そのどれをしなくても疑わしいなら皆殺しだ。
…いじめられた経験から知ってるけど…臆病な馬鹿が時々見せる徹底ぶりというのは、例外に漏れず度し難い。
何の計画性もなくただただ流血にしか解決策を見いだせないこのザンダハという男には、流石の裏社会の住人達でもついていけないと判断したらしい。
元々が仮の配下であっただけ。彼らはザンダハの元から去ることを告げた。
一方のザンダハも、戦後彼らにどう報いるか全くではないけど、いい加減にしか考えていなかったのでこれ幸いにと袂を分かつことを快諾。
(なんじゃそりゃ。そいつらはなんで皆殺しにしとかなかったんだザンダハ…馬鹿なヤツ。だから、ほら…)
それは、悪党のくせに悪党を知らなすぎた…あまりにも稚拙な判断だった。
狼達の目の前に護衛どころか牧童も牧羊犬もつけずリボンまで添えた羊の群れを差し出すが如き愚考で愚行だそんなものは。
そう、ザンダハが解き放ったのはケダモノとそう代わりない連中だった。そんなヤツらが今や無防備となった領内各地に散って何もしない訳がない。彼らの全てが我先にと略奪を開始した。
その頃のザンダハといえば、家族を皆殺しにした身でありながら事ここに及んで暢気にも『どうすれば王家に自分を次期当主として認めさせることが出来るか』…などという考えに至る始末。
(ようやく『そこ』かよっ!まずは『そこ』だろうがよっ!…馬鹿すぎる。)
このようにして、領主不在で他の誰も責任を全うしようとしない無防備な状態であるなら、無頼の連中にとって目の前にあるのはもはや『村』や『町』ですらなく『物』や『者』ですらない。金色のドットコインが浮かぶボーナスステージのようにしか見えなかったことだろう。
領民にしたらある日気が付けば住み馴れたはずの土地が地獄が顕現したかの如き無残な姿に様変わり。
このようにして領地全域は悪夢で満たされた。
そうやって略奪と搾取でそれなりの経済力を手にした悪党共はその後どうしたのか?
味を占めるに決まってる。さらなる独り占めを望むに決まってる。今なら簡単にのし上がれる。悪のゴールドラッシュ到来だ。
そして『悪の玉座』を争奪せんとする輩が再び集結した。領主不在なこの領地の中心地である…ここ、『ラッファイの町』へと。
そのようにしてここは犯罪組織が乱立し、鎬を削る…そんな暗黒街と成り果てたんだとさ…………終末。
───というわけっス」
「うっっわあ〜〜〜……ホント…最悪だな〜……」
なんとテンプレな馬鹿貴族…こんな話を聞いてしまえば、こんな僕でもゲームプレイヤーという自分の立場を忘れそうになる。領民の皆さんへの同情を禁じ得ない。
ザンダハ…。こいつ一人のちっぽけなプライドを守るために、こいつ一人の思い付きのために、一体、どれ程の命が失われ、どれ程の人が生き地獄を味わい、被害者家族の心にどれ程の深い傷を刻んだのか…聞いてて目眩がしそうな思いだった。
(でもね、それでもね。僕は正義の味方じゃぁない。柄じゃないとかそんなんでもなくて……とにかく…なんで僕に話しちゃうかなクラフトさん。こんなの聞きたくなかったよやっぱり。)
「ああ、それはですね。」
そこでまた出てきた。聞きたくない不穏ワード第一位な『あの御方』。
(やめて?それ以上『あの御方』の情報開示やめて?はい駄目ですか。聞かなきゃいけませんか…)
はぁ〜〜………(ため息)
あ〜…死んでしまったザンダハの父は…その『御方』の政敵の一人でもあったんだそうだ。政敵の一人が自滅してくれてめでたしめでたし…では終わらさない。それが『フィクサー』というもんだ。そんな『あの御方』にしてみれば、今回の件はこれ以上ない果報だったに違いない。
敵が一人消えた。しかも領地領民という、貴族を貴族たらしめる財産を、丸ごと残して。
残る障害は跡取りから外され、癇癪を起こすしか出来なかった無能者。そして殺した所で咎める者などいない悪党だけ。
『ここは介入しないなどという手は無い』…そう思ったことだろう。『あの御方』なら。
『あの御方』はすぐに部下を送り込み荒廃したその領内から不穏な情報が外部へ漏れ出ないよう措置を取った。
そのせいでこの領内の惨状は近隣にすら知られることなくその酷さを加速していったわけだ。
怖いなぁ〜デキる悪い人ってのは。『あの御方』も最悪だよな。つか『あの御方』もこの悪行の片棒担いでたようなもんじゃんソレ。
外からの助けすら望めなくなった領民の皆さんの気持ちを考えると…いかばかりか…ああもうホント最悪だ。もう最悪っていう言葉以外出てこないほど最悪だ。
『あの御方』はこう考えた。ザンダハを傀儡にして残された領地を影で支配出来たなら見込める利益は勿論のこと、この領地を薄暗い仕事のための拠点にだって出来る。
何かコトが発覚しそうになった時にはザンダハ諸共領地ごと『トカゲの尻尾切り』として使える。『あの御方』には類が及ばないという保障システムまでも出来上がる。
ということは今以上に大胆に裏の活動に励める上、自身の立場安定は更に強固なものとなる。
ならば土地が悪党共に食い尽くされないうちに速やかなる処理を施さねば……だってさ。
(あ〜〜聞きたくない聞かせないで聞きたくなかったいやもう遅いっ…てか。)
『あの御方』は『窮地を見かねて…』という体を装ってザンダハに近づくことにした。その使者として遣わされたのがクラフトさんだ。
利用価値以外見るべき所なんてないこの馬鹿に差し伸べられるような手だ。その掌には下心がベッタリだ。勿論、ザンダハもその『ベッタリ』には気づいている。クラフトさんもそれを拭こうともしないし隠そうとすらしない。
それでも今はその悪手にすがるしかないザンダハなのであった。ザンダハにしてみれば己が力の基盤となるはずだった領地は実質的に悪党に奪われているようなものだったし、その旨味のなくなった領地の領主にすら、なれるかどうか分からない…どころか、このままだと死刑という未来しか待っていない。自業自得とはいえ、まさしく無手に近い状態なのだから。
(……っていやいや、無理だろそれ。王様認める訳ないでしょそんなの。領地接集の上で死刑は確実だろザンダハよ。神妙にお縄につけよザンダハ。…なんだよそれなら僕って無実で無罪の放免って感じでやっぱり良くない?)
そう思って実際にクラフトさんに聞いてみたら
「さあ…どうっスかね〜。俺は別にいいんスけどね〜?でもジンさんが倒したのって『あの御方』のお金で集めた手兵だった訳っしょ?…だからそのことはもう既に『あの御方』に報告しちゃってんスよね〜。つまりジンさんの存在は『あの御方』に知られてます。」
あ。やっぱり?
「首尾良く王家にチクってザンダハ卿を排除出来たとしても……その後『あの御方』がどう動くかまでは…俺にはわかんねっス。…まぁ、これだけは言っとくっス。怖いですよあの人は。色んな意味でw」
マジでヤだなこの人。事実だけを言ってるんだろうけど、仕向けてるのは完全にあんたでしょうが…。
(……ていうか…『手順』さえ整えたら『ザンダハを後継者にする』なんてウルトラCですら王家にねじ込んでしまえる…そんな権力者な訳か?……『あの御方』……うぅわやっべーー〜……どんなドブ板踏み抜いてこうなってんのさ僕ったら………)
「まぁそう深く考え込まないで欲しいっス」
いやいやアホじゃなきゃ考えるでしょ。それくらいのこと考え至っちゃいますけどそれは罪になりますか?『ククク。その利口さが君を殺すのだよ』とか後で言われたりするんですか?
(クラフトさん。あなたもあなたの主人もマジ何者なんですか?いややっぱ聞かないけども怖いから。)
「ジンさんにやって欲しいのはっスね。まずはこの町に巣食ういくつもの勢力の中の、なるべく弱小な組織に潜入してもらうことっス」
いやだからさ。ナニ建設的に話を進めようとしてんのクラフトさん?コレ以上の関係なんか持ちたくないんだよあんたらとは。
「そしてそいつらを誘導して一緒に他の勢力を殲滅する…うん。これだけっスね。後の諸々はコッチでやりますし、勿論その後ジンさんは解放しますし報酬も出します。」
あーなるほどね。
僕に協力して欲しいとか言ってた『浄化作戦』ってそういう内容だったわけね。
……ってオイオイ今軽く言ったなクラフトさん?
勿論僕は断固拒否させていただく所存ですが。ハイ。




