第13話 一体いつから──チュートリアルでスキルを大量ゲットしてはいけないと錯覚していた?
限界手前まで酷使した上に、血にまみれ、傷だらけになった身体。
「ぐぁあ……っつ、てててて……」
ギギギという錆びた鉄ロボの駆動音を幻聴しつつ、各関節を酷使…腰袋へと手を伸ばす……くっ……最後手前に残ったこの力…うきぎ…その一雫っ…振り絞れ!…もう少しでっ…あ…やっと届いた…。
「…ふう……、」取り出されたのは手の平サイズの小さな瓶。
栓をしていたコルクを外し、瓶の中に入ってた自作の濃縮ポーションをクイと飲む。半分だけだ。残り半分残った小瓶は栓しないまま相手に渡す。
大狼は器用にそれを咥えて上を向き、一息に飲み干した。
(器用に飲むもんだな……)
そして空になった小瓶をペッと僕に向かってペイと吐き出しやがった…『忌々しい!』と言わんばかりに…っ。
(前言撤回だっ!やっぱ不器用なヤツだっ!)
そして何か声を掛けるでもなく、僕らは互いに背を向け離れていく。
「つつつ……さすが野生。あいつどんどん強くなってくじゃん。最近は負けないまでも勝てなくなってきたし…そろそろヤバイぞ僕……ってゆーか今日のアレはなんだよっ……狼が使っていい技じゃないだろアレ…ってイツツつつ!」
僕と僕のライバル…あの大狼との戦いは、決着つかないまま終了した。
どちらかが勝ち残り、生き残ったとしてもその勝者が戦闘不能になれば意味がない。
その勝者は他の魔物に即座に殺されてしまうことになるからだ。そんなのは味気ない。
対等な相手をそんな風にして失うのは惜しい…そういう感情が、互いにあるのだろう。少なくとも僕の方はそう思ってる。
(戦う者として、それは甘い考えなのかもしれないけどね…)
今では戦いを止めるギリギリのライン……そのタイミングまでも通じ合ってしまってる僕ら。何から何まで気持ち悪いほど噛み合ってしまってる僕ら。
(流石はライバル同士といった所か。……うん。自分で言ってて流石に恥ずかしくなってきたわ。)
なんて考えてる内にもう傷が塞がった。傷跡も消えることだろう。
僕のレベルはまだ、2…しかない。HPもとても低い。だから攻撃がかすっただけでもダメージは甚大だ。
だけど、HPが少ない分、回復も早い。普通のポーションでも簡単に傷は癒えてしまう。
とはいえ、疲労だとか、失った血だとか、体の芯にはダメージが残る感じなので、完全に回復したとは言い難い。
これが毎日だと正直ツライ。
「いててて……」
ツライけど……
〈〈ピコーン!〉〉
「おっ!」
如何にもゲーム的で、間抜けな音。
でも最高に嬉しい瞬間を告げる音。
痛みも疲労も忘れるほどの至福の時、到来。
『マスター、おめでとうございます。スキルアップしました。』
(有難うFスキルさん…ってやった……!【自己修復】がついにレベルMAXに…おおお!【自己再生】に進化してる!)
『スキル進化、おめでとうございます。マスター』
(うん!有難う!)
『低レベルであること』の最高の……ていうか、唯一のメリットはコレだ。
スキル経験値というのは、恩恵を受ける対象者が弱ければ弱いほど溜まりやすいのである。
何をするにしてもそうだろ?上級者というのは壁にぶち当たるもの……つまり上級者になればなるほど成長しにくくなっていく。
積み上げてきた力が強くなるほどその力が自身をサポートしてくれるようになるからだ。
その力は苦労して積み上げて得たものなのだから、『使えて当たり前のもの』として捉えてしてしまうのは、しょうがないことではあるけど。
でも、厳しい言い方だけど、それは『甘え』とも言える。
その力を利用して成功体験を積めば積むほど人はその力に頼り、頼れば頼るほど、視野が狭くなり、『気付く』能力は衰えていき、『創意工夫』を怠るようになる。
つまり伸び代が縮んでいく。先入観のない初級者であればあるほど、『伸び代がある』というのはこういうことだ。
当たり前のことだが、『伸び代』というものは最初から最大値なのであって、その後増えていくものじゃない。成長すればする程、加速度的に目減りしていくもの。
普通、この成長と言う名の呪縛から人は逃れられない。
でも、この世界では更にレベルアップによる能力値上昇なんていう破格の成長サポート……現実の世界では考えられないほどに超強力な『甘え』が設定されている。
つまり、レベルアップすればするほど、更に更にとスキルは伸びにくくなるわけだけど……
……これを逆手に取ればどうだろう?
タネは簡単。『レベルアップせずにスキルアップに励む。』ただそれだけだ。
そう、簡単な理屈。でも実際にやってみれば良くわかる。僕もそう簡単なことではないとすぐに分かった。
この世界では、小さな虫の一匹でも『気付かないうちに踏み殺した』……それだけでレベルが上がることがある。
踏み殺したその時にレベルアップしなかったとしても、のちのレベルアップに繋がる経験値は微量だけでも確実に蓄積される。
(…なんでそんな無駄なとこまでリアルなんだか…)
ともかく、この世界では特別な教育を施すでもなく子供が普通に成長するに任せただけでも、レベル4くらいまでは自然に上がってしまうものらしい。
だからこそ、この『発見しやすいはずの裏技』は盲点で、気付きにくい。
僕がこの『裏技』に気付けたのも、『とある偶然』があってのこと。でもその時はまだ、『薄々勘付きつつある』という程度だった。
本当に実感したのは僕のレベルが2になってしまった時だった…たった一つのレベルアップで、途端にスキルレベルが上がり難くなったんだ。
(あの時は本当に後悔したなぁ…。)
それからは『虫も殺さないように』って戦々恐々としてきた。今では【察知系のスキル】と【歩法に関するスキル】が上がったから、その心配も大分緩和されたんだけどね。
多分気づいてた人も多いだろうから白状するけど…この『裏技』のお陰で僕はレベル2にしてかなりの数のスキルを習得し、その殆んどをかなりのレベルに成長させることが出来ている。
まあ、スキルを『大量』ゲットするには他にも必要な要素がいくつかあるんだけど。それでもこの裏技に気付けた僕は幸運だったと言っていいだろう。
(というより、この裏技に気付かざるをえなかったというか…。スキルアップの必要に迫られたというか……)
うん。偶然…ではないな。このハードエルフの特異体質がなければ、勘付くことすらなかったはずだ。
(というかさ…勘付きもせず気付かないままだったら、間違いなくこのチュートリアルで僕はゲームオーバーになってたよね…つまり死んでたってことだ…)
つまりですよ。このハードエルフっていう種族には…
(『チュートリアル中に死ぬ』っていう出鱈目な強制イベントが仕掛けられていて────ん?)
ハタと足を止め耳を澄ます。
(──師匠?なんだ……またなんか独りで悶えてるみたいだな……)
考え事に没入してる内にいつの間にか師匠の家に到着していた僕。
ノックしようとしたが、何やら激しい独り言が聴こえてきたのでその手を止める。
(…こういう時の師匠には関わらないのが吉なんだよね。)
僕の魔法の師匠。
彼女の名前はアズミ=カスミガセキ。
なんらかの理由でこの国に流れてきて、父さんとの縁故を頼り、今では所有者のいないこの森に勝手に家を建てての独り住まい。
ヒューマ嫌いな性格上、仕事の時以外村の方へは滅多に出て来ない。
縁故というのは、彼女は父さんと同じ直系のハーフエルフで父さんの従兄弟という関係を指してのこと。
ということは、僕にとって彼女は『親戚の伯母さん』にあたる訳だね。
伯母さんといっても直系のハーフエルフだからね…勿論のことピッチピチの美人さんだ。しかも特別に美しい。
流れるように切れ長の目、尖った鼻筋、薄いのに柔らかさを主張する唇…という印象深く整った顔立ちで、その表情は元侍というだけあって凛としつつも、ほのかな憂いが隠し味となってて色っぽい。その色っぽさが、鍛えているので決して細くはないはずの首筋と鎖骨と肩を結ぶシルエットを儚く魅せている。
ほどほどの質量を保ちつつ造形美抜群な胸……それを強調する腰のくびれは逸級品で、その細い発端から急発展して在る腰元のたおやかさから延長線としてあるのは太腿の逞しさを見事に隠す艶やかなライン。
そこからまた凹凸の存在を忘れさせる自然さでキュウゥとすぼまってふくらはぎから足首へ収束していくその見事な流線形はハイスペックなスーパーカーを思わすようで……『尖鋭的かつボリューミー』という、相反する美しさが同居してて何時間でも魅ていられそうだ。
それらを包む肌はパッッッツンん!と張り詰めていて、なのに触ればヌルリと音がしそうな程に艶かしい光沢を伴うものだからその美妙なる肉の柔らかさまでうかがえて……はあ……溜息が出る。
このようにして女性として完璧過ぎる美しさに無駄な程色気が伴ってしまったせいで、武士然とした佇まいであるのに本人の意識に関係なく誘われてるような気までしてきてもうっ……ええ。はい。ハッキリ言ってしまえば
『堪らなくエロい』んですわ。
それら磨き抜かれた魅力達が霞む程に最も印象的な美を放つのは、腰まで流れる髪。その色は絹のように、濡れた艶を持つ黒で…………これは、エルフにはない髪色、ハーフエルフとしても珍しい色であるらしい……とゆーか…
(く……っ。ついつい夢中になって『親戚の叔母さん』の魅力を長々と紹介してしまった……エロ目線で。)
うん。もうこの際ハッキリと宣言しておこう。
(僕は、とてもエロいぞ!)
男の子だもの。しょうが無い。て……え?知ってた?
(…あっそう。)
……うん。話を戻そう。
師匠の髪が黒いのはアズマノコクっていう、『侍』と呼ばれる人々が治めてる国の出身だからだろうか。
話を聞いてると、アズマノコクは(多種族国家らしいけど)随分と和風な国っぽいからね。あの黒髪が血縁を由来としたものなら、両親のどちらかが黒髪ということになるし。
アズマノコクにはやっぱいるのかな?黒髪純和風なおサムライさんとか黒髪和服な町娘さんとか……うーん。行ってみたいし、会ってみたいな。
それに、部屋を掃除した時に見たことがある。随分型崩れしてたけど、漢字らしき文字で記された書物があったのを。ちなみにアズマノコクは漢字で『東ノ国』と書くらしい。
まあ、その本には勿論興味が湧いたけどね。読んではいない。『漢字まで読めてしまえる12歳』はこの世界では悪目立ちが過ぎるからだ。
きっと、直接脳に『ゲーム内言語の翻訳機能』でもインストールされたのだろう。
僕は特に勉強したわけでもないのに、この世界で共通語とされる言葉も、文字も、転生した時から理解出来ている。
(懸念される脳への影響は……まあ、この際置いておくとして…)
世界共通言語とその文字を僕が日常で使いこなしても、周りから『お利口さんだね』と言われるだけで片付けられることであるし、便利な機能であるのは違いないから、まあ、いいんだけど…
(うん。流石に漢字はアウトだろう)
漢字が読めるのがバレたら確実に『お前は一体何者なんだ?』っていう話になるだろうから。
この、世界共通語から外れた文字である『漢字』を使っていることからもお察し、アズマノコクはここ、アウトリア王国からは随分と遠く離れた場所にあって…というか秘境中の秘境に在る国らしい。
まあ確かにキャラメイクの時Fスキルさんから聞いた情報の中には無かった国だったし…………てゆうか、どの種族にもアズマノコクは出身地として設定されて無かった。
そこで『……あ!コレはもしや……!』と気になって
『師匠、つかぬ事を聞きますが…もしかしてアズマノコクの皆さんって『ハグレ禁断の一族』とか呼ばれてたりしません?』と師匠に剛速直球を放り込んでみた所…
『く……っっ確かに私は故国から逃げたハグレ者であるし…許されぬ禁断の愛にこの身を捧げ… ゲフンゲフンっっゴブっガハゴハゴホオォぉ!……なんでもない。忘れろ。』
…………とかなんとか言ってた…うん。多分違うんだろうね。
え?『なんで追求もせず解るのか』って?いやだから言ったじゃん?こういう時の師匠はまともに相手したらいけないんだよ。
それにこんな迂闊に赤裸裸晒しちゃう人だよ?こんな師匠が『ハグレ禁断の一族』なわけ無いでしょ。
もしこの想定がハズレてたなら、今頃『師匠のせいですぐ見つかって→速攻で黒尽くめ集団が来襲→師匠諸共一族は闇から闇へ……』ってなってたはずだ。
(……この想像はさすがに失礼かな…。)
ただ謎なのは、そんな秘境の出身だった人と父さんが何故、近い血縁である『従兄弟同士』なのかってことと、何で面識があったのか…なんだけど……それは
『まあ、大した秘密ではないんだがな。それは東国独特の政治が絡んだ話。よってお前は知らぬ方がいいだろう。というより、東国の話をあまりよその人間にしない方が、いいぞ?』
…って言われたので、それから聞いてない。政治とか……絶対関わりたくないからね。
(師匠そろそろ落ち着いたかな〜……ああ、うん。まだだね。)
なんだか扉ごしに悶えるような独り言が聞こえてくる。まだやってるのか…全く……。
まあ、でも、このように『師匠ぽくない』粗忽さが目立つ僕の師匠なんだけど…結局のとこ、僕は毎日通ってる。
父さん以上に魔法に精通してて、なんといっても壮絶なほどエロい美人さんで……でも残念ながら僕にとっては『親戚の伯母さん』。
なんだか武士っぽい武骨さを思わす凛とした佇まいが格好良くて……そのくせスキあらば無意識なのか故意なのかやたらとエロを差し挟んできて危なっかしく油断ならなくて。
かと思えばどっか抜けててだらしない……のにやたら博識で時々異常な勘の鋭さを発揮する……
…そんな、ギャップの満載感が少し可愛い…というか、愛すべき…というか、放っておけないとでもいうか……まあともかく、僕にとってはそんな憎めないキャラの、大事な、大恩ある『お師匠様』なのであります。
(……ってまだ悶えてるっ?『青髭が…』どうとか…マジで意味不明だよなあの人……もうしょうが無いなぁ…いい加減切りがないからノックでもして……)
バタンっっ!!
(ぅわあ!)
「ジン……っ!一体いつになったら家に入ってくるんだお前わっ!」
「…き、今日もお世話しに来ま……いえ、お世話になります。師匠…」
(……なんだよ師匠…気づいてたの?)
つか気づいてて悶えてたんだ?
そしてそのエロい格好は何?
ホント…
(…どんだけなんですか師匠?)




