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間に合いました……
マリアが教えてくれた池の1つは、マリアと会ったところから更に、ドングリ池からの距離とおなじだけの距離を虹の方に進んだところにありました。
パロがパパと行ったところとは残念ながら違いましたが、パロはあまり落胆しませんでした。もう1つ候補はあるし、今日はフォンと一緒です。風を切って力強く走るフォンの耳の間はとても居心地がよく、もし1つ目でおうちの近くだったら、パロは逆にもっとフォンと一緒にいたい、とわがままを言っていたかもしれません。
「小さな池だけど、ここもきれいだね。」
「うん。」
その池は、とても小さくて、森の喧騒から忘れられたように静かで、森のみどりを映して深い碧をたたえていました。神秘的な姿に、パロもフォンも、ささやくような声で話します。
「ここも、何かの神さまがいるのかな。」
「いるかもしれないね。」
そのとき、輝くように青い小さな塊が、ぴゅうっとパロの視界の端を横切って、水面を薙いでいきました。
「あ、オオルリだ。」
フォンが呟きます。
オオルリは、池の深い碧に自身の深い青を重ねるように水面を横切ると、池の中にある岩で羽を休めました。
「綺麗……」
パロが感嘆まじりの声をあげると、オオルリはパロとフォンに気づいたようにこちらを向きました。
「キツネの兄ちゃんとリスの坊主か。どうした?」
美しい姿と歌うような声でそんな風に声をかけられ、パロとフォンは顔を見合わせました。
(なんか、イメージと違うんだけど。)
(うん、これは意外だった。)
こそこそと二人で話していると、気が短いのか、オオルリがさらに声をかけてきます。
「ん?どうしたんだよ、おい。」
「あ、あの。ぼく、迷子になっちゃって。パロといいます。」
パロは、慌てて返事をしました。
「ん?パロ?」
「はい。」
「なんか聞いたなぁ。でも、俺の頭じゃ覚えらんねぇ。ちっちぇーだろ?はっはっは」
「えっ?」
「んー、なんだったかなぁ。根っこ広場の向こうで聞いたんだったかなぁ。」
「お、思い出してください!」
パロが必死に頼むと、オオルリは申し訳なさそうな顔になりました。
「んー、覚えてねえんだ。けど、うん、たしか、ここからちょっと行った先の、根っこ広場のところで、パロって名前を聞いた気がするぞ。オオルリのゴンが言ってたって、誰かに聞いてみな。」
「はい、ありがとうございます。」
パロがお礼を言うと、ゴンは右の羽を顔の前で振って言いました。
「大したこたぁしてねえよ。しかしパロ、お前、なんでまたキツネと一緒にいるんだい?」
「それは・・・」
パロとフォンがかわるがわる事情を話すと、--パロが主に話したのですが、言葉が足りなかったりしてフォンが途中で口を出して話を整理せねばなりませんでした--、ゴンは黒くてまん丸いぱっちりした目から、何度も涙を流しては、羽でぬぐいました。
「そっか、苦労したんだなぁ。思い出せなくてすまんなぁ。いや、いい話を聞かせてもらったあ。」
「いや、そんな……」
「いや、パロ。パロが頑張ったのは本当だよ。」
「だよなぁ、兄ちゃん。くうっ、泣かせるぜ。……そうだ、俺の宝物をやるよ。役に立つかはわかんねぇけど。」
そういうと、ゴンはきらきら光る、透き通った石を咥えて飛んでくると、パロの足元に落としました。
「きれいだろ?食えねぇんだけど、見てるとなんか、勇気が湧いてくるんだ。」
「そんな大切なもの、もらえません!」
パロが慌ててそういうと、ゴンは笑って首を振りました。
「俺ぁ、また探せばいいし、これよりはきらきらしてないけど、代わりのも持ってんだ。だから、今度はお前に使ってもらえねえかと思ってさ。」
「本当にいいんですか?」
「これ以上は失礼にあたるよ、パロ。もらっときなよ。」
パロがまだ躊躇していると、フォンがそう後押しをしてくれたので、パロはお礼を言って石を受け取りました。
「ゴンさん、僕ら、ここでご飯にしようと思うんですが、ゴンさんも一緒にいかがです?」
フォンが誘うと、ゴンは喜んでうなずきました。
「いいねぇ。俺もなんか持ってくらぁ。誰かと飯なんて何年ぶりだろうなぁ。」
「フォンの料理は、とってもおいしいんです。」
「お仲間は入ってなかったかい。」
「フォンは小さい動物は食べません!」
パロが憤慨していうと、ゴンは冗談だよ、と笑って岩の中のねぐらから木の実などをいくつか持ってきてくれました。
***
お昼ごはんのあと、少しみんなでお昼寝をして、日が少し西に傾きかけたころ、パロとフォンはゴンにお礼を言って、小さな池を離れました。
根っこ広場は、パロが歩けば夕方までにつくかどうか、というところでしたが、フォンならひと駈けでした。ゴンがいうには、広場で嘘をつくと、根っこに捕まって、どこかに連れていかれるんだとか。
ゴンに聞いた通り、根っこが地表を這っているそこは、薄暗く、少し怖いような雰囲気の場所でした。
「フォン、ここ、なんか……」
「暗くて何があるかわからないぶん、不気味だね。少し、中をのぞいていこう」
フォンは落ち着いていて、パロは怖がった自分が少し恥ずかしくなりました。うん、とうなずくと、フォンはパロがつかまっている耳をぴくぴく動かしてパロをからかいました。
「もう、何するんだよ、フォン。」
「いやいや、パロもしっかりしてるように見えてかわいいとこあるじゃないの。」
「どういう意味だよー。」
二人でじゃれあっていると、怖さもどこかに飛んでいきます。二人はきゃいきゃいと戯れながら、根っこ広場に足を踏み入れました。
根っこの間から、ぎょろりとした目がいくつものぞいています。パロは悲鳴をあげそうになりましたが、やっとの思いで我慢しました。フォンが、今度はパロを気遣うように、優しく耳でパロをとんとんと撫で、それから声をあげました。
「ねずみのみなさん。僕はきつねのフォン。この子はパロというリスの子です。この子は昨日から迷子になってしまって、帰る家を探しているところです。どなたか、この子の家をご存じありませんか。ここのことは、オオルリのゴンさんに聞いてきました。」
とたんに、ひそひそと根っこの間を囁きが駆け抜けます。
(パロだって。)
(りすだって。)
(きつねと……)
(迷子だって。)
(ベロとパウが、……)
(……一日で)
ひとしきり囁きが駆け巡ってから、正面にいる、ひときわぎょろりとした目玉の持ち主が口を開きました。
「なんで、きつねがりすの家を知ろうとする?」
「それは、パロの……」
「もし嘘をつけば!」
目玉は、目をいっそうぎょろりと光らせてフォンの言葉を遮りました。
「嘘をつけば、根っこが黙ってはおらんぞ。」
なんて失礼な目玉でしょう。パロは腹が立って腹が立って、フォンの耳の間から飛び降りました。
「まだ、フォンは何も言ってないじゃないか!もういいよ、フォン、行こう!」
「待てよ、パロ。ねずみのみなさんはいろいろ知ってるみたいだよ。それに、僕が警戒されるのは当たり前だよ。」
「でも。」
「嘘をつけない場所というなら都合がいいよ。ねずみのみなさん、僕は動物を食べないきつねです。パロとは昨日ドングリ池のところで出会って、面白い子だから一緒に家を探している。」
フォンがそういうと、周りから、
「そんなこと、信じられるか。」
「きつねは出ていけ。りすを置いて。」
「りすだけならここで面倒を見てやろう。邪魔なしっぽは落とせばいい」
口々にそんな声が聞こえます。
「いやだいやだ!フォンと一緒にいるんだ!」
パロはぞっとして、力いっぱい叫びました。
「ねずみのみなさんは勘違いしておられる。根っこは何も言っていない。僕は下心なんてないことは、それで分かるじゃないか。」
フォンがもう一度言葉を重ねると、がやがやしていた広場はしん、と静まりました。
しばしの沈黙のあと、また目玉が言いました。
「確かに、根っこは何も言っていない。お客人、あんたの勝ちだ。」
「勝ちとか負けじゃないさ。」
「しかし、きつねは我々には恐怖だ。申し訳ないが、立ち去ってはもらえまいか。」
「わかってるよ。でも、パロの家を教えてくれよ。知ってるんだろう?」
フォンが聞くと、目玉は少し迷うように視線を泳がせ、それからパロに話しかけました。
「りすの子。お前の家をきつねに教えたが最後、お前の親ももろともきつねに食べられてしまうかもしれんぞ。」
「そんなことない。ホーのおじさんも言ってた。フォンは動物を食べないきつねだって。……それに、根っこも嘘はついてないって言ってるじゃないか。」
「しかし、きつねだぞ。」
「きつねかどうかじゃないんだ。フォンがどんなきつねか、なんだ。」
パロが力強くそう言うのを聞いて、目玉はそれでも少し迷ったあと、根っこの間から広場の方に出てきました。目玉の持ち主は、茶色の、丸々と太った大きな森ねずみでした。
ねずみは、フォンの手が届かない場所で立ち止まると、自分の顔をにらんでいるパロの顔をしげしげと眺めたあと、フォンに向かって言いました。
「パロの家を知ってるんじゃない。ただ、昨日、ベロとパウという夫婦者のりすが、この辺りまで迷子の子を探しに来てね。パロという子がいなくなったと、少し怒りすぎたと、それはそれは後悔していて。もう見ていられない様子だったよ。」
「そうですか。」
フォンが鼻をならし、ねずみは慌てて話を続けました。
「もしここを訪ねてきたら、ここから日が沈むほうにしばらく行った先にある、オンボロ橋のたもとに来てくれ、と言ってたな。必ず毎日そこには行くから、と。」
「わかりました。そこにはどう行けば?」
フォンが聞くと、ねずみはちょこちょこと広場を出て右側を指しました。
「この道をまっすぐ行ったら、曲がり道を右に。しばらく行くと川に当たるから、川を遡っていったらいい。橋はぼろぼろだから、すぐにわかるよ。」
「ありがとうございました。」
「いや、こちらもすまない。ねずみってのは、どうも臆病でね。」
「ええ、知り合いのねずみたちもみんなそうですよ。」
「そうか、知り合いがいたか。」
「ドングリ池の近くのねずみたちは、みんな友達ですよ。もし近くに来られることがあったら、フォンを訪ねてきてください。紹介しましょう。」
「行くことはあるかな。でも、覚えておくよ。」
「じゃ、また。ほら、パロ、お礼言って。」
「……ありがとう。」
パロが小さな声で渋々そう言うと、ねずみは少し笑ってパロの顔を覗きこむと、
「家が見つかるといいな、坊主。」
と、呟くように言って、踵をかえしました。
***
太陽がそろそろ赤くなり、空気が少しずつ冷えてきた頃。オンボロ橋が見えてきたそのとき、パロはフォンの耳の間から転がり落ちるように飛び出すと、フォンより早く走り出しました。
「ママ!ママ!」
「パロなの!?」
パロの声を聞きつけて、きょろきょろと辺りを見回すママ。パロは草を掻き分けてママの前にぴょんと飛び出し、首もとにしがみつきました。
「ママ!」
「パロ!このいたずらっ子!!」
ママは悲鳴のような声をあげると、確かめるように、二度と離さないというように、パロをぎゅっと抱き締めました。
「ママ、ママ……」
パロは少し落ち着くと、なぜだか急に涙が出てきて、ママにしがみついたまましゃくりあげました。ママも目に涙が浮かんでいるようでした。
しばらく二人で抱き合って泣いて、そしてパロはふと我に帰りました。
「ママ、ぼく、帰ってきたよ。」
「うん、おかえり。もう、黙って出ていっちゃダメよ。本当にこの子は。どこに行ってたの。」
「うん、おなかがすいたからパパと行った池に行こうと思って、迷子になって……フォンが手伝ってくれたんだ。」
パロは、ママの胸の中から顔をあげて、辺りを少し探しました。フォンは照れたような顔をして、少し離れたところに立っていました。パロと目が合うと、フォンはにやっと笑ってこう言いました。
「感動の再会だね。」
「そうだよー?」
パロもにやっと笑ってそう返しました。ママに抱きついたままなので、格好はつきませんでしたが。
「パロ!」
ママは、やっと落ち着いたところにきつねが登場して、またも悲鳴をあげるはめになりました。
「ママ、これ、フォン。昨日から、ずっと僕の面倒を見てくれたの。」
「そうなの……?」
ママは、疑わしそうな顔で、それでもフォンに頭を下げました。
「うちの子が、ご迷惑をおかけしまして。」
「いえいえ、パロくんはとってもいい子でしたよ。一緒に小さな旅ができて、僕も楽しかったです。」
ママは、少し安心したような、嬉しそうな顔をしました。
「本当にありがとうございました。……もう暗くなりますし、もしよかったら、家に泊まっていただいて……あ、でも、きつねの方にはうちじゃ小さすぎるかしら。」
「僕がお邪魔するのは、不安もおありでしょうし。僕の足なら、これから出れば真っ暗になる前にねぐらにたどり着きます。また今度、遊びに来ますよ。このあたりにいれば会えますか?」
「ええ、ええ。1日2回くらいは、ここを通ります。」
「でしたら、また今度。パロ、またな。」
フォンは今にも走り出しそうです。パロはママの腕の中から飛び出して、フォンに飛び付きました。
「フォン、もう行っちゃうの?」
「うん。ホーのオヤジも心配してるだろうし、報告してから帰るよ。また迎えに来るから、遊びにおいで。」
「いいの?」
「もちろん。お母さんにも言ったとおり、また来るよ。」
「うん。……フォン、本当にありがとう。」
「どういたしまして。じゃ、行くわ。またね。」
そういうと、フォンはあっという間に走っていってしまいました。パロとママは、フォンが見えなくなるまで見送ってから、なつかしいおうちに帰りました。
「パロ、少したくましくなったわね。」
「うん。いろんな冒険をしたんだ。」
「ごはん食べながら教えてくれる?」
「うん。」
「パパにもいろいろお話ししようね。」
「うん。」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
パロがフォンと再会したときの話とか、パパとママと夜お話したこととか、いろんな話が頭を巡っているので、シリーズ的にまた書くかもしれません。いずれにせよ、年明けしばらくまでは書けないと思いますが。
よい年をお迎えください!