3
終わらなかった……汗
フォンの家は、ドングリ池から少し離れた、木のかげに入り口のある巣穴でした。
パロは、自分のおうちとはずいぶん違うことに驚いて、物珍しげにきょろきょろと家の中を眺めました。土手の中に作られた巣穴は、いろんなところで枝分かれしていて、気を抜くと迷子になってしまいそうです。それに、きつねが不自由なく行き来するため、パロのおうちよりすべてがずっと大きいのです。
「えーっと、パロ……パロちゃん?パロくん?パロ?なんて呼ぼう。あ、僕のことはフォンって呼んでね。」
大きなテーブルのある部屋に入ってからも、しばらくきょろきょろと周りを観察するパロに、しばらく待っていたフォンから声がかかりました。
「……パロ、かな。」
思いきってついてきたものの、パロはやっぱり怖かったのです。昼間、小鳥のマリーや蛙のおばさんと話をしたときより、ずっとずっと緊張して、固い声でパロは答えました。
「まぁ、そんなに構えるなって。……って言っても、仕方ないか。パロ、お腹すいてないか?」
「うん。おのども渇いてないよ。一人で大丈夫。」
「そっか。」
ここはリビングでしょうか。できれば小さな部屋に一人で放っておいてほしいとパロは思いましたが、フォンはそうする気はなさそうです。そっか、というと立ち上がって、ごそごそと壁にある袋から何かを取り出しました。
「僕さ、けっこう飯は作るのうまいんだよね。」
「……。」
「今日は、木の実と野菜のスープだけど、食べる?あ、栗が入ったパンも柔らかくて美味しいんだ。りすたちにも評判なんだけど。」
そう言って、材料らしき木の実や野菜を取り出していくフォン。なんとまるまるつやつやと立派な木の実でしょう。パパが取ってくるのだって、こんなに見事ではありません。
じっとフォンの手元を見つめているパロに気づき、フォンは少し口許を綻ばせました。
「ま、君の意見もきいてみたいしさ、少し味見だけしてみない?」
「……すこしだけ。」
「うん、作っちゃうね。ちょっと待ってて。適当に座っててね。」
そう言って、フォンは壁際のキッチンスペースへ向かいました。
***
フォンの作ったスープは、野菜やきのこのだしのきいた、身体だけではなく心まで暖かくなるようなものでした。パロは火傷しないように気を付けながら、おかわりまでして夢中になって食べました。
「ちゃんとふーふーして食べなよ?」
「はかってふー」
「パンもあるよ?」
「はほかはたへふー」
フォンは自分も食べながら、優しく世話を焼いてくれました。パパやママとは違うけれど、誰かと同じものを食べるというのは、なんと安心することでしょう。きつねと一緒なんて、特にママが知ったら卒倒するかもしれませんが、……でも、パロは、フォンは悪いきつねじゃないと思いました。
「フォンは、なんでぼくのこと助けたの?」
一緒の食事を終えて、フォンがコーヒーを淹れ、パロにはホットミルクを出してくれたタイミングで、パロは聞きました。
「んー、困ったらお互いさまじゃない?」
フォンはにこにこと穏やかな顔で、パロにそう言いました。
「……でも。」
「冬の間、食べ物がないときに、りすたちが土に埋めてそのまま忘れたどんぐりを見つけたときの嬉しさったら。」
「それは、ぼくじゃないし。」
「まぁ、ホーがいうように、そんな性格なんだよね。もし、何かお返しがしたいとか思ってるなら、そうだなぁ。困ってる動物がいたら、僕への恩返しと思って助けてあげなよ。」
「……うん。」
それから、パロとフォンはいろんな話をしました。パロの今朝からの冒険の話。フォンと親しいりすやねずみたちの話。パパやママに怒られてばっかりなこと。
「あー、僕もそうだったなぁ。」
その話をしたとき、フォンが遠くを見るように呟きました。
「そうなの?フォンが?」
「昔からちっちゃい動物たちが何をしてるのか気になって、外に出たら話しかけて友達になって。親には怒られたもんだよ。狩りなんか全然できなくてね、ちゃんと獲物取ってきなさいって、巣穴追い出されてさ。」
「それは、フォンが優しくて……」
「優しいってのとはちょっと違うかな。いろんなことが面白くて、いろいろと鼻先をつっこんじゃうんだ。ホーのオヤジがなだめてくれなかったら、まだ親とは喧嘩してただろうな。」
「ホーさんが。」
おうちが見つからなかったらまた相談に乗ってくれると言っていた、落ち着いた大人のふくろう。フォンは「オヤジ」と呼ぶけれど、フォンにとってホーは本当に第2の父親のような存在なのかもしれません。
「親ってのは、自分が正しいと思うことを子供に押し付けちゃうもんなんだってさ。でも、僕は僕だから、好きにしていいんだって、ホーはそう言ったんだ。」
「好きにしていいの?」
「パロが自分でよく考えた、本当にやりたいことならね。」
パロはよく考えてみました。パパやママから怒られることは、パロが本当にしたいことなのかな。それとも、ただ面白くてやったことだったかしら。
「……ぼく、まだ、本当にやりたいことは見つかってないみたい。」
「それでいいんじゃない?」
フォンは、簡単にそう返事をしました。
「ほんとに面白くて、ほんとにやりたいことって、いろいろやってみないとわかんないよ。」
「うん。いろいろやってみる。」
「それに、パパやママがパロを大好きなのは、間違いないと思うよ。」
「うん。」
パロは、パパとママと一緒にしたいろんなことを思い出しました。毎日のごはんのおいしかったこと。ふかふかの葉っぱのじゅうたんがひかれた、小さいけれど居心地のよいおうち。どんぐりを拾って帰って、いっぱいほめてもらったこと。パパとママに会って、パロもパパとママが大好きだよ、と伝えないと。
おなかがいっぱいになり、暖炉の火にあたって暖かくなったパロがうとうとしはじめたのを見て、フォンはパロをベッドまで運んでくれました。
***
チチチチ、という鳥の声で、パロは目を覚ましました。
(あれ、ここ、どこだっけ。)
しばらくぼーっとした頭でそんなことを思ってから、パロは昨日のことを思い出しました。パパとママに怒られて、おうちを出て、いろんな動物に会って、きつねのフォンの家に連れてきてもらって。ママが料理したもの以外を食べたのははじめてでしたが、とっても温かくて、体も心もぽかぽかになりました。
パロは、ううんと一度伸びをしてから起き上がると、ベッドからおりました。パロが寝かされていたのはベッドと小さな机があるきりの小さな部屋で、机にはふかふかのタオルが置いてあり、そのそばには花瓶に生けられた花が一輪、飾ってあります。パロはタオルを手に取ると、いい匂いに誘われるように部屋を出て、リビングとおぼしき方向へ歩いていきました。
リビングでは、フォンがコーヒーを片手にパンとスクランブルエッグ、それに昨日のスープの残り、といった朝ごはんを食べていました。
「お、起きた?おはよう。少しのぞいたんだけど、よく寝てたから、先にご飯食べてたよ。」
「おはよう。」
そう言った拍子に、パロのおなかがぐーっと鳴りました。パロとフォンは、顔を見合わせて笑いました。
「ま、とりあえずシャワー浴びといで。ひとりでできる?」
「うん。」
「じゃ、その間に朝ごはん、作ってあげるよ。飲み物はオレンジジュース?ホットミルク?」
「コーヒー、飲んでみたい。」
フォンが昨日飲んでいるのを見てから、パロは真似したくて仕方なかったのです。昨日、ちょうだいと言ってみたら、夜は眠れなくなるから明日ね、と言われていたのでした。
「じゃ、パロのために特製コーヒーだ。そのままじゃ苦いからね。ホットミルクと混ぜて、はちみつをちょっと垂らしてあげよう。」
「うん!」
そういうと、パロは、フォンが教えてくれたシャワーの方に向かいました。パロのおうちではいつもお風呂でしたが、シャワーもときどきパパが使っていたので、きっと使い方は分かるでしょう。そういえば、パパは、パロががお風呂でバシャバシャ暴れすぎてお湯がなくなったときに、体を流すためにシャワーを使っていたのでした。パロは、そういうときいつもパパにとっても怒られたことを思い出しながら、温かいお湯でシャワーを浴びました。
***
フォンの絶品の朝ごはんを食べたあと、――コーヒー牛乳は思ったより苦くて、パロは目を白黒させ、フォンは慌ててはちみつを足しました――フォンとパロは座って、パロのおうち探しの作戦会議を始めました。
「ホオジロのマリー姉さんは、僕も知ってる。だから、まず、マリー姉さんに話を聞いてみよう。パロがどっちから来たのか、知ってるかもしれない。」
「でも、マリーおばさんに会うまでに、ぼく、だいぶ歩いたよ。」
「それでも、何日も何日も歩いた訳じゃないだろう?僕の耳と耳の間に座ってなよ、さあっと走ってあげるから。パロ、びっくりするぞ。すごく早いんだ。」
「一緒に歩いてくんじゃないの?」
「僕が走った方が早いからね。パロの足だと一時間くらいかかるところを、半分以下でぴゅうっと行っちゃうから。」
パロはわくわくしてきました。朝のきりりとした空気のなか、そんなに早く動くなんて。どんなに気持ちいいでしょう。
パロとフォンは話が終わると身支度を整え、フォン特製のお弁当とお茶の入った水筒を持って家を出ました。
「まぁ、見つかんなかったら帰ってきたらいいさ。」
「うん。」
パロはフォンと顔を見合わせてそういうと、フォンの頭の上によじ登りました。
***
まだ少し朝もやの残る森のなかを、フォンはすごいスピードで駈けていきます。パロは、体を縮めてフォンの耳元の毛をぎゅっと握り、振り落とされないように踏ん張りながら、フォンに呼び掛けました。
「すごいね、フォン!」
「そうだろ?」
自慢そうなフォンの声。周りの景色はどんどん後ろに流れ、木々の間をすり抜けるように右に左に走っていきます。
休憩を挟みながら、それでもパロからしたら信じられないような短い時間で、フォンは迷いなく3つの橋を渡って、マリーに会った付近までたどり着きました。
「マリー姉さん、いるかい?」
息を整えたフォンは、大きく遠吠えをしてそう呼び掛けました。
「あれ、フォンじゃない。どうしたの?」
そう声をかけてきたのは、コマドリでした。顔の辺りが鮮やかなオレンジ色で、鈴を振るようなきれいな声をしています。
「なんだ、ピヨ助か。」
「ピヨ助とは何よ。ちゃんとマリアって名前があるんだから呼んでよね。」
「マリー姉さんとごっちゃになって呼びにくいんだよ。それより、姉さんはいる?」
「今朝早い時間から、森の反対側の親戚のとこに遊びに行ったわ。」
「なんてこった。」
フォンは天を仰ぎました。その様子に、マリアは少し驚いたようでした。
「どうしたの?」
「いや、この子なんだけどね。」
フォンはマリアにパロを紹介し、事情を話しました。
「あ、マリーさんがりすの子にどんぐりをあげて励ましたって話なら聞いたよ。その子が君なの。」
「うん。」
パロは緊張して、小さな声で返事しました。
「どっちから来たとか聞いてないか?」
「そこまではわかんないわ。うーん、でも、ドングリ池と反対側なら、あっちじゃないかな。」
マリアは、翼を片方あげて、道の一方を指しました。
「そっち側に、小さい池はある?」
「思い付くのは2つね。」
マリアに道をよく聞いてから、フォンはマリアにお礼を言って、パロにもぴょこんと頭を下げさせてから、その場から再び走り出しました。
お読みいただきありがとうございました。
次話もできれば来週木曜に投稿したいと思っています。