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君に傅く魔術師の備忘録  作者: 星月夜 真紅
第三章
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第三章7話 『それは目まぐるしく①』

 


 それは、エストとティアリスの二人が王都に到着した日、つまり王都で国王の崩御という大事件が起きる前日、セミファリア王国のアルトリウスでのこと。



「ただいま」



 部屋に女性の声が響くが、返ってくる言葉はない。部屋は無人だった。アルトリウス魔導学園に勤務する女性教師、アンネロッテ・アニスは、アルトリウスで一人暮らしをしている。教師たちのほとんどは、街の中でも上級貴族が居を構える地区に住んでいる。しかし、アンネロッテはそうではない。


 アルトリウスの中心から少しばかり外れたところにある三階建てアパートの一階、角部屋をアンネロッテは借りていた。この辺りは、辺境からやってきた貴族の子どもたちの一人暮らしが多い地域だ。


 部屋に入ったアンネロッテは、すぐに玄関扉の鍵を閉める。そして、備え付けられた魔道具を起動して部屋の灯りをつけた。テーブルに荷物を置いたアンネロッテは、バックの中から郵便物――手紙を取り出す。手紙は学園から帰ってくる際、クック商会で受け取ってきたものであった。



「受け取った時にちゃんと見ていなかったけど、アニスの家から? ……当主様から私宛に手紙が届くなんて初めて」



 封蝋には幼少期のアンネロッテを引き取ったアニス家の家紋がしるされている。アンネロッテは手紙をもってソファに座ると、小杖を取り出した。



「――“第一位階風魔法(エルト)”、――“武器創造(アルマ)”」



 ペーパーカッターを持っていないアンネロッテは、魔法で小さなナイフをつくると封を切ろうと試みる。



「……。……開いた!」



 不格好ではあったが、封筒の中身を取り出すことに成功したアンネロッテは、折りたたまれた紙を広げる。そして、その内容に目を通し始めた。


 手紙の差出人が、養父が当主を務めるアニス家と認識してから、浮かない顔をしていたアンネロッテであったが、その内容を読み進めていくなかで、さらに表情を曇らせる。



「……ついにこの時が来ちゃったか」



 読み終わって一言。アンネロッテはそれだけを口にすると手紙を折りたたんだ。魔道具で灯りを灯したはずの部屋は、ひどく薄暗く見える。



「平民に逆戻り。でも、そんなことはどうでもよくて――」



 養子としてアニス家に向か入れられ、貴族となったアンネロッテは、平民に逆戻りしたこと自体に不満はなかった。




 ◇◇◇




 アニス家からアンネロッテに手紙が届いた次の日。アンネロッテは落ち込んだ気分を外に出さないようにしながら学園へと向かった。



「おはようございます」



 学園の警備員にいつも通り声をかけ、アンネロッテが向かう先は、校内にある自分の研究室。アルトリウス魔導学園では、担任教師であれば一人一部屋、研究室という名の私室が与えられているのだ。自分が担当する授業の授業計画書と、授業の進行をメモした書類を見比べながら、アンネロッテは授業の予鈴が鳴るのを待つ。



「(ティアリスさん、エストさん。そろそろ帰ってくるのかな? ……あとで個別の補講とかいれようかな)」



 手元の書類から目を離して、窓の外を眺めていたアンネロッテは、部屋の扉がノックされていることに気がつく。ノックの後に聞こえた名前は学園長のもの。



「少々お待ちください!」



 上司、それも学園長相手に、勝手に入れの意「どうぞ」を言えなかったアンネロッテは、急いで部屋の扉を開ける。



「おや、ありがとう。だが私はこれを渡しに来ただけだ。早めに見てくれ。……すまないね」


「……」



 部屋の中に一歩も入らなかった学園長は、アンネロッテに茶色い封筒を渡すと去っていく。去り際に発せられた心当たりのない謝辞に、アンネロッテは嫌な予感を覚えながら扉をゆっくりとしめた。



「家から私に手紙が届いたのは昨日のことなのに。もしかして、もう学園に伝わっているの」



 糊で簡単に封がされた封筒を手にし、椅子まで戻ったアンネロッテは、封筒をテーブルにポンっと置くと、再び窓の外を眺める。


 アルトリウス魔導学園が属するセミファリア王国では、貴族の持つ影響力が大きい。そんな貴族たちの子どもが通う学園で、始めから平民として雇われたならまだしも、貴族階級を失った教師が教鞭をとっているというのは、非常に外聞が悪いのだ。それだけで、学園をクビにされてもおかしくない。


 そのため、アンネロッテはアニス家から来た手紙の内容――自分がもうアニスという性を名乗ることが出来ないこと、を学園側に隠していたのだが、それも徒労に終わったかもしれないのだ。


 少しして、覚悟を決めたアンネロッテは封筒の中身を取り出して目を通す。記された文字は少ない。そのため、アンネロッテはすぐに手紙を読み終えた。手紙を読み終えたアンネロッテは珍しくため息をつくと、



「……明日からどうしよう。あー、まずはこの部屋の私物を整理しないと」



 考え事をしながら、無意識に部屋の中を眺めていたアンネロッテは、書類の山を見て頭を抱えた。




 ◇◇◇




 昨日――学園長から茶色い封筒を受け取った日に、アルトリウス魔導学園における最後の授業を終えたアンネロッテは、どうしてか今日も学園の研究室に足を運んでいた。もちろん、昨日で学園をクビになったアンネロッテに、割り振られている授業はない。アンネロッテが担任を受け持っていたクラスや授業は、非常勤として雇われていた教師が引き継いだという。



「これで終わりみたい。今日一日は後片付けをするためっていう話で構内に入れてもらえたけど、すぐに片づけ終わっちゃったな」



 あと少しで昼食時というころ、昨日まで研究室として使用していた部屋をアンネロッテは見渡す。すでに、この部屋にはあらかじめ備え付けられていた家具しかない。というのも、本棚に置いていた参考書の類は昨日のうちに図書館へと返しており、書類の山は今朝、すべてを魔法で燃やして処分したからだ。



「学生や先生たちへの挨拶は済ませたから、あとは……」



 アンネロッテは自分のものでなくなったテーブルに座ると、白紙の羊皮紙と筆記具を

 取り出して手紙を書き始める。書類の山を燃やしたときより、長い時間をかけて手紙を書いたアンネロッテは、それとバッグを持つと部屋を後にする。



「短い間だったけど、今までありがとうね」



 別れの言葉を言って、アンネロッテは部屋の扉を丁寧にしめた。




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