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君に傅く魔術師の備忘録  作者: 星月夜 真紅
第三章
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第三章5話 『初心者専用③』

 


「エリンさん! どうして魔器を持っていないの? ちゃんと魔物を倒せる手段を持っていないと自分の身を守れないわよ!」



 ウェアウルフとの戦闘が終わった直後、シンシアはエリンに詰め寄る。シンシアの表情から読み取れるのは困惑ではなく、どちらかというと怒りの感情であった。



「田舎から出てきたばかりで、お金が……」


「それなら、学園で魔器の貸し出し申請をすればいいじゃない! 迷宮に潜るなら、最低でも一つは魔器を持っておくべきよ」


「それに私は魔器が使えないので」


「……使えない?」



 シンシアはエリンが発した言葉の意味が分からず、難しい顔をしている。



「はい、私が使おうとした魔器や魔導具は必ず壊れてしまうので、極力触らないようにしているんです」


「……」



 続くエリンの説明を聞いても、シンシアにはエリンが言っていることをよく理解できない。というのも、とくに魔器は初心者用から上級者用と幅広く製作されており、魔術師であれば必ずどれかは使用できると言われているためだ。なにせ、魔術師になりかけの状態――大気中の大魔源(マナ)を上手に取り込めなくとも、使用できる魔器は存在する。



「(……使用者の実力と魔器が噛み合わなくて、魔器が反応しないというのは聞いたことがあるけれど)」



 加えて、経年劣化などで壊すのではなく、魔器や魔導具を使用すると必ず壊れるという話をシンシアは聞いたことがなかった。



「あの、シンシアさん! これは何かわかりますか?」


「(今すぐ答えが出る問題ではないわね。でも……)」



 セニカに声をかけられたシンシアは、ひとまずエリンの魔器問題について考えることをやめる。そして、エリンに「行ってみましょう」と声をかけると、セニカが(かが)んでいる近くにまで移動した。セニカが屈んでいるのは、ウェアウルフが跡形もなく霧散した場所だ。


 その場所で、セニカは地面に落ちている半透明の赤い小石を眺めている。



「あら、第一階層の魔物が()()を落とすなんて珍しいわね」


「……魔石。それって、魔導具とかに使用されるあの魔石ですか?」


「そうよ。魔物は魔獣と違って死体が残らないから、迷宮探索をする冒険者たちは消滅する魔物が稀に残すソレを売って生活しているのよ」



 シンシアから魔石を手に取るように促されたセニカは、落ちている魔石を摘まむと手のひらにのせる。



「今回の魔物はあなた達が倒したのだから、ソレは大事に持って帰りなさい。学園で品質の鑑定をしてもらえば換金できるわ」



 シンシアの言葉に嬉しそうに頷いたセニカは、バッグから取り出した小袋の中へと大事そうに魔石をしまう。その様子が、初めて玩具を買ってもらった子どもが玩具箱にソレをしまう時のようで、シンシアはセニカの行動を微笑ましげに見つめていた。



「――!」



 しかし、シンシアはふと真横にいるエリンからジッとみられているように感じ、セニカから慌てて目をそらした。やましい気持ちなど微塵もなかったものの、何とも言えない気恥ずかしさを覚えたシンシアは、二人の方をあまり見ないようにして、



「そ、それじゃあ行きましょうか。到達目標の第二階層まであと少しよ」



 そう言うと、シンシアは第二階層へ続く道をひとりで歩き始めてしまう。置いて行かれそうになったエリンとセニカの二人は、急いでその背中を追うのだった。




 ◇◇◇




 黄金色の空に毒々しい色をした草木。その光景は、あの大きな青水晶の前から歩けど歩けど変わらない。広がる光景は外部の森と異なるが、迷宮の中でも柔らかな風は吹いている。しかし、森の中特有の土臭さなどは感じることができない。



「この先が第二階層よ」



 階層と言っているにも関わらず、シンシアが見つめるのは階段やスロープなど、上ったり降りたりするようなものでない。シンシアが見つめる先の光景は、一見するとこれまで歩いてきた第一階層と変わらない。ただ、階層の境界は、迷宮探索が初めてだというエリンとセニカの目にも明らかであった。



「通り抜けられるのですか?」


「ええ。陽炎みたいに空間が揺らめいて見えると思うけど体に害はないわ。せっかくの初体験なのだし、あなた達から通ってみなさいよ」



 セニカの質問に答えたシンシアは、後ろを歩いていた二人に向けて、先に第二階層へ進むよう促す。それに答えたエリンとセニカは、二人同時に揺らめきの中へと足を踏み出し、そして通り抜けた。



「――ぁ、なんともないです!」

「……ここからが第二階層ですか」



 境界を越えての第一声から、二人の性格の違いが感じとれる。それを微笑ましく感じながら、シンシアも二人を追って境界を超えた。


 境界の手前から見えていた通り、第二階層の光景は第一階層で見てきたものと大差はない。ただ、変化がないのは目に見えるものに限った話だ。そうでないところには確かに変化があった。とくに、魔術師であればほとんどの者がある変化に気がつくだろう。



「第一階層より大魔源(マナ)が濃いのですね」


「階層を進むごとに大魔源は濃くなり、発生する魔物も強く、その数も多くなると言われているわ。目的の場所には来れたし、一休みしたら戻るとしましょうか」



 シンシアは再び境界を越えて第一階層に戻り、近くの木に近寄ると、座って幹に背中を預けようとする。しかし、



「――っ! 二人とも武器を構えて!」



 奥を見通すことのできない茂みの向こう側から、聞こえた音に反応し、シンシアは距離をとって銃を構える。



「銃型魔器の本領を見せてやるわ。――“第二位階闇魔法(ミリ・イミル)”」



 そして、魔物をおびき寄せたときよりも多い大魔源を集め、魔力へと変換、魔法陣を構成していく。



「撃ったら魔物がとび出してくるかもしれないから、気をつけて」


「「はい」」


「それじゃあ、いくわよ。3、2、1――」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」



 シンシアが魔法の発声とともにトリガーを引こうとした瞬間、茂みの向こう側から慌てた男性の声が聞こえてきた。明らかに魔物ではない、その声を聞いて、シンシアはすんでのところで魔法の使用をキャンセルする。


 直後、茂みから四人の少年が飛び出してきた。四人とも、学園の制服を着ており、その顔はシンシアにも見覚えがあった。つまり、同じクラスの男子学生四人であった。それに、この四人はシンシアが教室前に到着した時に、ちょうど教室から出てきて迷宮に向かった者たちであった。


 自分たちが警戒していたのが、魔物でないことがわかり、エリンとセニカは構えていた武器を下ろし、シンシアの近くに寄ってくる。



「あ、ありがとう。君に魔法を打ち込まれていたら、魔物に襲われるより酷い怪我を負うところだった」



 なんだか失礼な物言いに、シンシアは、むっとしたが、その感情は何とか心の内にしまい込む。それよりも、シンシアには、この四人に聞きたいことがあった。シンシアは普段、とくに自分から誰かに話しかけることはしてこなかったが、だからと言って、クラスメイトと話ができないというわけではなかった。



「あたしたちより前に、迷宮に潜っていたはずだけど、こんなところで何をしていたのかしら? ここにいても、魔石を落とす魔物なんてまず発生しないでしょう?」


「え、あーそれは……」



 シンシアに失礼な物言いをした学生が、四人の中でリーダー格なのか、それとも矢面に立たされているのか。その学生が他の三人に視線をやるが、代わりにシンシアの簡単な質問に答えようとする者は誰もいない。



「ちょっとな。今日は疲れが溜っていたから、第三層まで行った後、早めに引き返して来たんだ」



 名前も覚えていない男子学生の答えに、シンシアは「そうだったの」と淡泊に答える。答えに納得はいかないが、これ以上の質問をしたところで、真実を聞き出せないと思ったからだ。



「(いっそのこと、魔法を打ち込んでしまえば手っ取り早かったかしら?)」



 シンシアの魔の手から逃れられるタイミングはココしかない、と思ったのだろう。今まで黙っていた三人の内の一人が、「そろそろ学園に戻ろうぜ」と声をあげると、四人の学生は足早にシンシアの前から立ち去った。四人は一切こちらに振り返ることなく、遠ざかっていき、すぐにその背中は見えなくなった。



「今度こそ一休みしましょうか」



 遠ざかる四人に全く視線を送らず、シンシアは木の近くに移動すると座り、幹に背中を預けた。




 ◇◇◇




「うわ、いきなり戻ってくると不思議な感覚ですね」



 シンシアの説明通り、巨大な青水晶に向かって慎重に歩いていたセニカは、突然周りの風景が、大自然から部屋の中に切り替わったことに違和感を覚えていた。セニカの後ろには、エリンとシンシアが続いている。


 中央に鏡が置かれた部屋に戻ってきた三人は、とくに立ち止まることなく、この建物の中から出た。空には薄らボンヤリ、キラキラと輝くものが見えており、もう少ししたら夕食時であることを、学生たちに示している。



「先生に迷宮案内の報告をするから、教室にまでついて来てくれる?」



 シンシアの言葉にエリンとセニカは頷き、彼女の後に続いて校舎の中に戻る。校舎に入って少し歩いたところで、どこからかガラスが派手に割れた音が聞こえた。



「「――!」」



 あまりのことに、シンシアとセニカは思わず足を止めてしまう。しかしその一方で、エリンはあまり気にならなかったのか、二人が足を止めたのを確認して、倣うように立ち止まった。



「すごい音でしたね」


「ええ。あ、窓ガラスが割れたのはあそこみたいね」



 シンシアの視線は窓の外、離れた校舎に向けられている。辺りが暗くなってきているため、エリンとセニカは少し目を凝らしてソチラを見てみる。すると、何人かの学生が慌てたように割れた窓ガラスの近くで、あたふたしているのが確認できた。やはり、窓は派手に割れているらしく、何人かの学生は割れた窓から校舎の外に出てきている。学生は男女ともに確認できた。



「……あっち側の校舎に学生が行くなんて珍しいわね」


「こちら側の校舎とも連絡通路でつながっていますけど、どうして珍しいと?」


「エレンさんの言う通り、確かに連絡通路はあるけれど、あっち側には普段使いする教室がないのよ」



 シンシアの答えにエレンは「なるほど」と頷く。二人がそんな会話をしている中、あっち側の様子をずっと見ていたセニカが「あっ」と声を上げた。その声に反応し、シンシアとエレンがあっち側の校舎に目を向けると、窓ガラスを割った学生たちが、蜘蛛の子を散らすように、その場から逃げ出していくのが見えた。


 建物内にいる何かから逃げたのか、その場にいた全員が建物外へと走り去っていく。



「あ、誰か……女の子? がいます」



 セニカが言う通り、あっち側の校舎内、割れたガラスの近くには確かに女学生らしき制服が見えた。しかし、あちら側の建物の柱によって、ちょうど影ができており、その顔までは見えない。



「先生に伝えた方がいいかし――いえ、大丈夫そうね。けれど、遅くなってしまったし、あたしたちはそろそろ戻りましょうか」



 教室に戻って担任教師に事情を伝えようとしたシンシアであったが、窓ガラスが割れた現場に向かっている教師が何人かいることを確認すると、その必要はなくなったと判断する。



「はい。段々とお腹が空いてきましたしね。あ! シンシアさん、よろしければこの後は一緒に夕食を食べませんか?」



 名案を思い付いたとばかりに、セニカはニコニコしながらシンシアを食事に誘う。



「あたしと?」



 セニカの満面の笑みに戸惑うシンシアに、エリンは「ぜひご一緒しましょう」と追撃を加える。



「けれど……」



 シンシアは何となく気まずいと思い、二人の提案を断ろうとするが、いまだ満面の笑みを浮かべるセニカの顔が目に入り、



「(うっ、断りづらい)」



 そう思い、首を縦に振るのだった。




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