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君に傅く魔術師の備忘録  作者: 星月夜 真紅
第二章
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第二章20話 『一幕の舞台』

 


 セミファリア王国、王都の北側には深い森が広がっており、そのさらに奥にはいくつにも連なった山々が見える。また、この山々は東西に長く広がっており、草原や森などの空白地帯を挟んで北に広がる帝国、すぐ南に広がる王国を分断する垣根となっている。


 しかし、そんな山々にも途切れている場所、つまりは山をあまり登らずとも、北から南へ、南から北へ、行き来できる場所が幾つか存在する。その幾つかの場所は山の近くに街をかまえる南側の国、セミファリア王国が関所を造るという形で占拠していた。



 ――ある日の深夜。場所は山間の街の一つ、レグナントから見て北にある【ハスタヴルム】。



「あー、これはダメそうだ。街に入るのを規制していたのにも驚いたけど、中もこんなことになっているとは予想してなかった。……というか、マントの上にローブを着るんじゃなかった。なんか、ものすごい違和感が」



 兵士や魔術師が目を光らせながら、街の通りを歩いているのを、エストは物陰から眺めていた。


 エストは金糸で派手な装飾が施された黒色のローブを着て、フードを被っている。ティアリスの前に魔術師として、姿をみせた時と同じ格好だ。また声に関しても、あの時と同じく普段のエストとは異なっており、より女性らしく変化していた。



「たくさんいますね。……どこもかしこも、わらわらと」



 その声はエストの頭上に浮かぶ、少女――リウのもの。



「騒ぎが小さいあたり、国王の死については緘口令が敷かれていそうだけど。……この状況をみるに、簡単には北に抜ける許可が出ないだろうね。そうなると――」


「もし、今現在も追って来ている者がいるのなら、捕捉される可能性が高くなりますね」


「そうだよね。だから、本当は一刻も早くこの国から出たいんだけど」



 エストはもう一度、兵士たちに視線を移して、重いため息をつく。



「結界の外に自分から出ないように魔法で眠ってもらったから、日が昇るまでは目を覚まさないだろうけど……。戻るのにも時間がかかるから、余裕を持ってそろそろ街を出ようか。やっておきたい作業もあるし――ルト」




 ◇◇◇




 ――朝日が昇るのには、まだ早い時刻。山間の街、ハスタヴルムの南西に広がる森の中。


 苔むした倒木のすぐそばには、着ていたマントを身体にかけて、荷物を枕にして寝ている少女がいる。また、少し離れた場所には、焚火の跡が残っており、昨日からこの場所にいるであろうことが予想できた。



「……ん。……あれ?」



 少女――ティアリスは寝返りをうったはずみに、意識が少しばかり覚醒したようであった。ティアリスはなんとなく横になったまま隣を見るが、眠る前にはそこにいた人物が、自分と同じ“茶色のマント”を残していなくなっていることに気がつく。



「(エスト君もさっきまで、これを身体にかけて寝ていたのかな?)」



 畳んであったマントに手を伸ばして、まだそれに体温が残っていることを確認したティアリスは、身体を起こし、倒木に寄りかかって座る。



「……少ししたら戻ってくるよね」



 すっかり目が覚めてしまったティアリスは、真っ暗な森の中、一人でもう一度寝るきにもなれなかった。ティアリスは枕にしていた荷物から小杖(ロッド)を取り出し、カップを使わないで大魔源(マナ)を集め、取り込む練習を始める。


 いつもの練習通りに大魔源(マナ)を集めようと、ティアリスが手のひらに意識を集中させた直後のことだった。



「わっ!?」



 目の前、自分の手のひらの上の空間で、予期せず起きた発光に、ティアリスは思わず声をあげる。その拍子に後ろの倒木に頭を打った彼女は「……いてて」と、空いている手で頭をさすりながら、自分の手のひらをもう一度、まじまじと見る。



「いつもより、たくさん」



 ティアリスの手のひらの上には、周囲の空間と明確な境界を持った白色の光球がいくつもあった。それは以前、アルトリウス魔導学園の授業でアンネロッテが見本として見せたものよりも、明らかにはっきりと見て取れ、またその総量も多い。



「(どうして、たくさん集められたんだろう? それに、いつもは集めるのにもっと時間がかかるのに。上手くできるようになったのなら嬉しいけど、何だかそれとは違うような)」



 なぜ、大量の大魔源(マナ)を一瞬で、それも高密度に集められたのかを考えながら、少しでも大魔源(マナ)を集めて維持しておく感覚を覚えていようと、ティアリスは手のひらの光球を眺めていたが、



「(エスト君、遅いな。もしかして何かあったのかな?)」



 途中でエストのことに意識が移ったことで、集めていた大魔源(マナ)が霧散する。しかし、そのことを全く気にした様子もなく、ティアリスは小杖(ロッド)を持って立ち上がるとマントを羽織った。



「(湖の方に行ってみよう)」



 ティアリスはエストの行き先に検討をつけてから、森の中を歩き始める。迷う素振りもなく、ティアリスが湖の方に行ってみようと考えたのは、ただ単に思いつく場所がそこしかなかったためでもある。


 というのも、ここは深い森の中だからだ。それも一番近くにある街道、北のハスタヴルムと南のレグナントを結ぶ街道からみても、一日近く歩いた場所だ。途中まであった人工的な道もすでになく、背の高い木々以外には、今日の野営地を決める要因となった湖ぐらいしか特徴的な場所がなかった。



「――!」



 少し森を歩いたティアリスは、何かが視線をよぎったことで思わず足を止める。



「小鳥……夜なのに、まるで天敵がいないかのよう」



 ティアリスの視線の先にいたのは、森の木々の間を活発に飛び回る小鳥。ティアリスが、改めて周囲に注意を向けてみると、飛んでいる小鳥は一羽だけでなかった。



「三羽も……それに」



 ティアリスは小鳥たちにジッと見られているような、また何度も視線が合うような気がして、気味が悪くなる。



「……もしかして、普通の小鳥じゃなくて、魔獣だったり?」



 念のために最悪な状況を想定して、ティアリスは行動し始める。


 辺りを飛び回る三羽の小鳥に、最大限の注意を払いながら、ティアリスが湖の方へと再び歩き始めると、三羽の内の一羽が背後からティアリスの顔のすぐ横を通って、進行方向上にあった枝に留まる。


 ティアリスに背を向けてとまっていた小鳥は、ピョンピョンと跳ねて反転し、一人と一羽は向かい合うかたちとなった。いつの間にいなくなったのか、すでに残りの二羽はこの場にいない。ティアリスは改めて小鳥をジッと観察してみる。



「(なんだろう、この感覚。……まるで、心の内まで覗き見られているような)」



 ティアリスの小鳥に対する警戒心はさらに高まり、何かの役に立ったらいいな、くらいの軽い気持ちで持ってきた小杖(ロッド)を取り出す。そんなティアリスの様子を見かねてかどうかはわからないが、小鳥はとまっていた枝から飛び立った。



「あっ!」



 ティアリスは自分がこれから向かおうとしている方向、湖の方へと向かった小鳥を追いかける。



「(もしかしたら湖にはエスト君がいるかもしれない! あの鳥が本当にただの鳥じゃなかったら)」



 ティアリスはエストに危害が及ぶ可能性を恐れて、小鳥の後を一生懸命に追う。幸いにも、小鳥は木々の間を縫って進んだり、時折、幹をグルリと旋回しながら湖の方へと飛んでいるため、ティアリスの足でも、その姿を見失わない。


 しかし、もう少し行けば木々の先に、目指していた湖が見えてくるというところで、



「あれっ?」



 これまでと同じように、一本の木の周りを旋回したように見えた小鳥が、急にその姿を消したことで、ティアリスは驚いて声を上げる。注意深く辺りを見ても、その姿はどこにも見当たらない。



「(それよりも、まずはエスト君がこの先にいるか確認しないと!)」



 ティアリスは走って森から湖のある開けた場所へと出る。



「……ぁ」



 ティアリスは自分の目に飛び込んできた景色を見て、息を呑む。


 ティアリスの目の前に広がる湖は、夕方にエストと共にこの場所まで水を汲みに来た時とは違う顔を見せていた。月明りや星明りを水面に取り込んだ湖は、それ自体が満天の星々が煌めく夜空のようで、森から抜けたその場所には、空にも大地にも夜空が広がっている幻想的な空間が広がっていた。


 そして、その景色の一部にティアリスの探し人もいた。



「……よかった」



 朽ちかけた桟橋、その先端でエストは足を水面へ放りだして座っていた。ティアリスが危惧していた小鳥もこの場にはいない。




「(……? この辺り、私が感じ取れるぐらい大魔源(マナ)が濃いような、気のせいかな?)」



 ティアリスはエストのもとへと向かいながら、そんなことを考えていた。




 ◇◇◇




「(まさか、こんな大きな湖になっているとは思わなかったな)」



 朽ちかけた桟橋に腰を掛けているエストは、今まで手元でおこなっていた作業を一時的にやめて、目の前――星々が映り込む水面を眺めていた。



 ――サクッ



「(小動物が水でも飲みに来たのかな? 作業に集中していて全然、気がつかなかった。こんなんじゃ、いきなり襲われた時に対応できないな、気を付けないと)」



 自分の背後、湖の畔までもう少しという所で鳴った音を聞いて、エストは音が鳴った方に視線を向ける。



「――!?」



 湖の畔にいる小動物、もとい一人の少女を見て、エストは思わず手に持っていた物を、湖に落としそうになる。



「(何でもう起きて……とりあえず、これは仕舞わないと)」



 エストは手に持っていたモノ、何を象っているのかわからないほど小さなガラス質の塊を、バッグの中へしまうと立ち上がり、湖の畔へ向かった。




 ◇◇◇




「お嬢様、お体の方は大丈夫ですか?」



 深い森の中、エストは自分の隣を歩いているティアリスに声をかける。現在、太陽はちょうど二人の頭上にあるはずなのだが、背の高い木々に覆われていて、満足にその姿を見ることはできない。二人は日が昇る前に、昨日のキャンプ地――湖の近くのキャンプ地を西に向かって出発している。


 途中、何度か休憩を挟んではいるが、追っ手がいることを考慮して、足早に森の中を進んでいるため、街の外をほとんど歩いたことがない者にとっては、前を歩く者に着いて行くのもやっとなことであるのは想像に難くない。



「はい、私は大丈夫です。それよりもエスト君は? たくさん荷物を持ってもらっていますし、周囲の警戒も……」


「私も問題ないですよ。こう見えても男ですから。それに、こういう所を歩くのは慣れていますので」


「……本当は私がもっと色々と力になれればよかったのですが」



 ティアリスの声は沈んでいる。



「じつは、今日の目的地はもう決まっているんですよ」


「――! エスト君、この辺りに来たことがあったのですか?」



 俯いていたティアリスは、エストの予想外の言葉に驚き、顔を上げる。どこかもわからない場所を歩くのと、同伴者が知っている場所を歩くのでは、心持に相当の差があるのは、その反応からも明白だ。



「はい。と言っても、昨夜“あの湖”を見ていて、この辺りに来たことがあるのを思い出したのですが。私の記憶が正しければ、もうしばらく歩いたところに“村”があるはずです。このまま行けば日が沈む前には到着できると思います」


「村! それなら、必要なモノを買い揃えることが出来るかもしれませんね!」


「はい、持っている食べ物も次の昼食で無くなってしまうので、ちょうど良かったです」



 エストの言葉にティアリスは満足げに頷いた。その頭上、ふわふわと漂いながら、周囲を見渡していたリウが下まで降りてくる。



「エスト様、そろそろ限界なので、一旦もどらせていただきます」



 リウがいる位置的に、ティアリスの視界に入っていそうなものだが、彼女がリウの存在に気がついている様子は一切みられない。



『うん、ありがとう。リウが周囲の警戒をしてくれていたお陰で気を休めることができたよ』


「それならよかったです。ですが、完全には気を抜かぬようにお願いします。しっかりと索敵をしているつもりではありますが、所詮は素人の索敵ですから」


『僕もリウもこういうことは滅多にやらないし、慣れていないのはしょうがないよ。でも、これからこういう機会も増えるかもしれないから、少しずつでも経験を積んでおかないといけないかもしれないね』



 リウはエストの言葉に頷いた後に、



「出てこられるようになったら、こちらに戻ってきます」



 と言うと、一礼をしてその場から姿を消した。



「(リウも大変そうだし、今の態勢は変えた方がいいかもしれないな。なんかいい方法を考えておこう。せめて、他国の街に着くまでは、襲われた時に人目を気にせず魔法を使えるようにしておきたい)」



 リウから周囲の警戒を引き継いだエストが、そのようなことを考えていると、隣を歩いていたティアリスが「……ぁ」と僅かに声を漏らす。



「どうかいたしましたか?」


「先ほどのエスト君が言っていた村のことなんですけど、レグナントがあのような状態だと、もしかしたらその村も中へ入れない可能性があるかも……しれないのですよね」



 ティアリスは地下道を通って王都の西に出た翌日、エストと遠目に警戒態勢を強めているレグナントを眺めた日のことを思い返して難しい顔をしている。エストはティアリスが言ったことに対して少し考えた後に口を開く。



「その可能性は限りなく低いと思います」


「そうなのですか?」


「はい。とても小さく閉鎖的な村なので、警戒態勢を強めるどころか王都の方が騒がしいことにすら気がついていない可能性も十分にありえるでしょう。確かなことは行ってみなくてはわかりませんが」


「……ぁ、だから私が以前に見たこの辺りの地図にも載っていなかったのですね」



 ティアリスはエストの言葉を聞いて色々と納得をしたようであった。



「エスト君、それでこれから行く村はなんという名前の村なのですか?」


「はい、これから行くのは――()()()という名前の村です」


「……」



 村の名前を聞いたティアリスは、休憩以外で初めて足を止めた。




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