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君に傅く魔術師の備忘録  作者: 星月夜 真紅
第二章
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第二章15話 『不信感』

 


 ――セミファリア王国王城の別館、大広間の天井が自分たちに向かって真っすぐに落ちてくる。



 コマ送りになる世界で、この場で出来る最善の選択をエストは模索する。



「(……魔法だ。魔法しかない)」



 エストの魔法を使用するという決断は早い。



「(落ちてくる瓦礫の重量と地面に到達するまでの時間を考えると、できるだけ高位階の防壁魔法を、限界まで範囲を絞って使わないとダメだ。そこまでやらないと、お嬢様一人さえも守れない)」



 そう判断するや否や、エストはティアリスを押し倒した後に、自分も片膝立ちになることで態勢を落として、片腕を真上にあげる。防壁魔法を展開する規模を小さくするためであった。



「――“第四位階光魔法ワズ・ルート”」



 第四位階――それは、たとえ宮廷魔導士であっても、瓦礫が到達するまでには発動が間に合わないほどの高位階魔法。しかし、魔法を現出させるための純白の魔法陣が驚くべき速さで構築、展開を始める。


 魔法陣が展開するまでのほんの僅かな時の中、エストの意識は周囲の者たちに向いた。


 ある者は立ち竦み、ある者は使用人を探そうと辺りを見渡し、ある者は出口へと走ろうと一歩を踏み出している。また、別の者たちは瓦礫の重さに耐えられないと確信しながらも第一位階・第二位階の魔法を、瓦礫が到達するまでに間に合わないと確信しながらも第三位階・第四位階の魔法を、そしてスキルを使用してこの状況を切り抜けようとしていた。



「(魔法にスキル、僕が消費しなくても大魔源(マナ)の枯渇は――)」



 瓦礫が迫る大広間では、エストの懸念していた事態が起きる。なんと、エスト以外の誰しもが、魔法陣を展開できず、またスキルが発動しなかったのだ。


 大広間は困惑と焦燥感に包まれる。だが、それも僅かな間のことで、すでに瓦礫は頭上を見上げる人々の目の前まで迫っている。


 そして、もう少しで押しつぶされるという瞬間に、



「――“光壁ウォール”」



 エストの魔法が発動する。


 直後、辺りには轟音が響き渡った。




 ◇◇◇




 ――少女の世界。



 “――崩れるぞ!!”



 誰かの叫び声で少女は頭上を見上げる。



「(――!?)」



 物凄い勢いで天井が落ちてきているのを認識するのと同時に、少女は自分の身体が硬直するのを感じた。隣にいる執事の手を掴んで、部屋の出口に向かいたかったが、一歩たりとも動くことはできない。



「――っ!」



 突如、隣にいた執事に、少女は理由もわからずに押し倒される。うつ伏せに倒れた少女には、周囲の様子さえもわからなかった。


 大広間を反響する音や逃げ惑う人の足音で、少女は耳が痛かったが、すぐそばに片膝を立ててしゃがんだ執事が安心させるように、背中に片手を当ててくれたことで、身体の硬直が溶けるのを感じた。


 そして、押し倒された直後――辺りが轟音で満たされる。




 ◇◇◇




 ――セミファリア王国王城の別館。


 大広間を内包する巨大な建物は一瞬にして崩壊し、山積みになった瓦礫と名残である砂ぼこりを残すのみとなった。建物が崩れたばかりで状況が把握できている者がいないためか、辺りが暗くなっており王城にいる者が少ないためか、未だ別館の周囲に人影はなかった。



「――“第三位階光魔法カリス・ルート”」



 その声は瓦礫の山の中から。



「――“光槍スピクルム”」



 声の発信源から外部へと、光の槍が一直線に伸びる。魔法によって生まれた穴から出てきたのは、少女を抱えた執事が一人だけ。少女の手足には力が入っておらず、意識はないようであった。


 別館跡から少し離れたところまで行くと、エストは抱えた少女――ティアリスを地面におろす。瓦礫に開けた穴はエストがそこから脱出するのと時を同じくして崩れ、塞がっていた。


 瓦礫を大きく崩さないように魔法を使っていたため、エストが瓦礫の山から脱出するのには短くない時間が掛かっている。



「(気を失っているだけだと思うけど。……魔法薬はバッグの中だし、こういう時に回復魔法が使えれば)」



 エストは心配そうにティアリスの顔を覗き込んでいると、ティアリスがゆっくりと目を開けた。



「お嬢様、ご無事ですか?」


「……はい、どこも痛いところはありません。エスト君は? 怪我をしていませんか?」



 ティアリスは上半身を起こして、すぐにエストの心配をする。



「はい、この通り」


「……よかった。エスト君、助けてくれてありがとうございました。……それにしても、どうして二人とも無傷であそこから出られたのでしょう? てっきり瓦礫に押しつぶされたものと」



 エストが魔法を使ったことに、ティアリスは気がついていないようであった。ティアリスは瓦礫の山を見て、不思議そうに呟く。



「どうやら、たまたま落ちてきた瓦礫と瓦礫の隙間に入りこめたようです。それに、大広間では端の方にいたので、瓦礫の合間を縫って外を目指すことも出来ました」


「運も味方をしてくれたのですね」



 立ち上がろうとしているティアリスに、エストは手を差し伸べる。ティアリスは「ありがとうございます」と言い、エストの手を取ると立ち上がり、辺りの様子を見る。周辺にはエストとティアリスの二人しかおらず、それ以外の人の姿は全く見えない。



「……早く他の人たちも助け出さなくてはいけませんね。私は王城の人に別館の現状を伝えに行ってきます。エスト君は瓦礫の中から出てくる人がいたら、()()()()保護をして混乱しないように気をかけていてもらえませんか?」



 瓦礫の中を捜索しに行くよう、ティアリスはエストに強要しない。



「エスト様」



 エストがティアリスへ返事をする前に、リウが瓦礫をすり抜けて出てきた。エストはティアリスに少し待つように告げると、瓦礫の方にいるリウに視線を移した。



『どうだった?』


「いませんでした」


『そっか。ありがとね、リウ』


「エスト様の頼みですから。ですが、やはりいざとなったら姿を隠してもいないのに、あなたは使ってしまうのですね。あなたはけっして死なないのに。……私がけっして死なせないのに」


『……』


「よくお考えください」



 リウは一礼するとその場から姿を消す。姿を消す直前に見せたリウの顔はどこか物哀しげであった。



「……お嬢様。建物が崩れた衝撃で、この辺りにある歩廊などといった別の建物も脆くなっているかもしれません。私もお嬢様と一緒に行きます」


「……。……生存者はいませんでしたか?」


「……」



 エストがそのことに言及せずとも、ティアリスにはなぜエストが自分に着いてくると言ったのか、その理由の一端がわかったようであった。エストは驚きながらも、その感情を顔に出さないままティアリスの問いに頷く。



「……そうですか。それでは二人で行きましょう。たとえ、生存者はいなくとも瓦礫の撤去など、やるべきことはたくさんあるはずです。私は陛下と直接話が出来る人のもとへ行くので、エスト君は城内にある兵士の詰所に行ってみてください」


「わかりました。すぐに動ける人を、なるべく多く招集するのですね」



 エストとティアリスはその場からの移動を始めようとした。しかし、エストがあることに気がつく。



「あれは……」



 エストの視線の先、王城の主部に繋がる歩廊の方をティアリスも見る。二人の視線の先にあったのは、こちらへと向かって駆けてくる者の姿だ。その者は執事服を着ていて、髪は老齢により白く染まっている。



「(タイミングが悪い。まだ、お嬢様に詳しい話を聞けていないのに)」


「ガレスさん?」



 アークフェリア家の屋敷に残っていたはずのガレスが、いの一番にやって来たことにティアリスは疑問を覚えているようだった。エストもティアリスと同じ心持ちだ。だが、エストにはそのこと以外にも、



「お嬢様、一つだけ聞いてもよろしいでしょうか?」



 小声で問いかけたエストにティアリスは頷く。



「ガレスさんは信用できますか?」



 レオノールからレストリアの話を聞いたエストは、“あの夜”にティアリスから聞いた話、「政略道具として育てられた」という話との齟齬から、アークフェリア家の人間で信用できる者と出来ない者の判断が出来ていなかった。



「それは……わからないです。たしかに、ガレスさんはアークフェリア家に長く仕えています。ですが……私がガレスさんと話したのは今日が初めてだったので」



 ティアリスは「すみません」と肩を落として謝る。



「そうでしたか。……では、念のため警戒をしておきましょう。私が思うに、別館の崩壊は“人為的に引き起こされた可能性が高い”です。以前からよく知っている人ならともかく、近づいて来る者は敵だと思って、しばらくの間は行動をした方がいいでしょう。お嬢様もいざという時のために小杖ロッドをすぐに取り出せるようにしておいてください」


「わかりました」



 そういう考えがすでに頭の隅にあったのか、エストの「人為的に……」という言葉にティアリスが驚くことはなかった。ティアリスはその後のエストの言葉に従い、緊張した面持ちで自分の服の袖に手を入れる。



「よかった。二人とも無事でしたか!」



 近くにまで来ると、ガレスは立ち止まって二人へ声をかける。ガレスからは敵意を感じられないものの、エストには彼が何かに焦っているように感じた



「本当によかった」



 ティアリスの方へ視線を向けた後に、ガレスは安堵の表情を浮かべて口にする。だが、すぐに真剣な顔つきになる。ガレスの目は何かの決心をしたかのような目をしていた。



「……二人ともよいですか、この場に留まっていては危険な状況です。……あまり時間が残されていないので、その理由については移動しながら話をします」



 ガレスの言葉にエストとティアリスの二人は戸惑う。



「ですが、まだ瓦礫の中に人が――」


「別館の件については、すでに城の兵士たちが動いているので、あなた方が報告に行く必要はありません。ですので、今は私について来て下さい」



 ガレスはそう言うとエストとティアリスに背を向けて、いま来た道を小走りで引き返し始める。自分に着いて来るにしても、着いて来ないにしても、エストたちに決断を早くさせる意図があってのことだった。



「着いて行った方が良さそうですが、エスト君はどう思いますか?」



 しっかりと自分の意見を述べてから、ティアリスはエストにも判断を仰ぐ。



「とりあえず、現在の状況を誰かに聞く必要があります。お嬢様のおっしゃった通り、着いて行くしかないでしょう。それに、ガレスさん以外の人に話を聞くにしても、その人が別館の件に関わっていないと断言することはできません。せめて、顔を知っている人の方が何かあった時の対処はしやすいはずです。……お嬢様は私の後ろについて来て下さい」



 ティアリスはエストの言葉に頷いた。




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