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君に傅く魔術師の備忘録  作者: 星月夜 真紅
第二章
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第二章14話 『幾百の星々-1』

 


 ――今夜開催される食事会に招かれた者たちがセミファリア王国の王城、その別館にある大広間に集まり始めたころ。


 王城の敷地内にある庭園に一人分の人影があらわれる。辺りを歩いているのは、その者だけで他に人影はない。


 その者は周囲を見渡してから、背の高い植え込みが立ち並ぶ迷路庭園へと足を向けた。


 しばらく歩くと植え込みがなくなり、開けた場所に出る。人影は庭園の中心に設置された東屋ガゼボ――壁がなく屋根と柱のみで構成された構造物に向かって迷わず歩みを進める。そして、



「私の方からお呼びたてをしたというのに、遅くなってしまい申し訳ございません。――セルカ王女殿下」



 そう言った者は、ガゼボの中に設置されたイスに座っている女性――セミファリア王国、第三王女と向かい合って座ったのだった。



 ――それから、少しばかり後のこと。



「第三王女は自室に戻った。これから次に向かうが、今日の予定は“あれ”を指定された場所においてくれば終わりなのか?」



 セミファリア王国の王城内にある庭園から出てきたカイリ・アークフェリアは、別館に繋がっている歩廊へと向かう道を歩いている。その周囲には誰もいないが、カイリは決して独り言を言っているわけではなかった。



「ああ、以上だ。ことが終われば、先に馬車へと戻っていろ」



 もう一人の声――レストリア・アークフェリアの声は、カイリが身に着ける腕輪型の魔導具から聞こえる。カイリが身に着けている魔導具は、レストリアが持っているモノと同じ形をしていた。



「だが、渡した魔導具は起動したままにしておけ」


「はいはい、わかりましたよ。だが、そんなに俺の行動が信用できないかい?」



 カイリは鼻で嗤うが、相手がそれを気にしている様子はない。



「何を不思議がるのか。血が繋がっているのだから、信用しているに決まっているだろう。ただ、念を入れたいというだけだ。それだけ――、ことは重要なのだから」


「……血ね。まあいいか。そろそろ歩廊だ。人がいるかもしれない。言われた通り、魔導具は起動しておくが、話しかけられてもすぐに返答できないからな」


「ああ、それで構わないとも。私もやらなくてはいけないことがあるしな」



 レストリアの言葉を最後に会話は終了する。言葉通り、カイリが通信の魔導具を切ることはない。



「(よし、行くか。……奴が何を為そうとしているか、その検討はつかないが、ここまで来て俺が失敗をすることはできない。もし俺が失敗をすれば、次に任されるのは――)」



 カイリの頭に思い浮かんだのは、ただ一人の妹。


 セミファリア王国の王城、その別館へと続く歩廊をカイリは歩く。食事会が始まってしばらく経っているからか、人通りはカイリが想定していたより多くはなかった。



「(止められることもなく、か――)」



 カイリは別館に入ると、大広間には近づかず頭に入っている建物の構造を思い返しながら屋上に出るための階段を探す。


 目的のモノはすぐに見つかった。カイリは迷わずに階段をのぼりはじめる。しばらくの間、無言で階段を上り続け、



「やっと着いたか。手早くすませよう」



 屋上に出たカイリは、服のポケットから取り出した数枚の札をレストリアの指示通りに、別館の屋上へと張り付ける。



「悪いな。もしこれで危害が及ぶようであれば、責任は奴と俺で持つ。……身勝手な話だが」



 その言葉はこの下、大広間で開かれている食事会に参加している者たちに向けてのものであった。全ての作業を終えたカイリは自分が歩いてきた道を引き返す。


 そして、それは歩廊を抜けて人気のない迷路庭園を歩いている最中のことだった。



「――っっ!」



 何の前触れもなく胸に走った痛みに、カイリは思わずその場にうずくまる。



「……なに、が」



 待てども痛みは治まらず、いまもカイリの心臓の辺りをグイッと締め付けている。しかし、それでもカイリは自分の身体に無理やり力をいれ、立ち上がった。


 もう少しばかり歩いた先には、あの東屋ガゼボが見える。せめて周囲が開けていて人目につきやすい場所ガゼボに移動しようとカイリは足を動かすが、



「……っ」



 痛みにより数歩あるくのが精いっぱいで、普段なら一瞬でたどり着ける距離にあるはずの東屋ガゼボが果てしなく遠い所にあるように感じられた。それでもカイリは必至に足を動かす。



「はぁ、はぁ――」



 カイリはドサッと崩れ落ちるように、東屋ガゼボの柱に寄りかかった。少しばかり安心できたところで、カイリは一つの疑問が頭に浮かび、手首についている通信用の魔導具に目をやる。魔導具は起動しているままであった。



「……はじめから、タイミングを……みはからう、ために?」



 カイリは目を瞑る。すでに痛みはなかった。




 ◇◇◇




 規則正しいノックの音が部屋の中に響く。それに対して、部屋の主は入室の許可を出す。ここはセミファリア王国の王城にあるレオノールの私室の一つだ。しかし、先ほどまでエストとティアリスを招いた部屋とは別の部屋だ。


 部屋の中央に位置する長テーブルの上には、二人分の食器とグラスが置いてあり、これからここで食事が始まることがわかる。



「おお、レストリア。遅かったな。君が約束した時間に遅れてくるとは珍しい。何かあったのか?」


「申し訳ございません。カイリに伝え忘れたことがあったので、魔導具にて連絡をしていたのです」


「この間、セミファリアに帰ってきたんだったな。……これからに活きるとはいえ、一人息子に数人の護衛だけをつけて外国に送るとは、凄い決断をしたものだと当時は思っていたが、無事帰って来ることができて安心したよ」



 すでにレオノールは食器が並んだテーブルについており、部屋に入ってきたレストリアにも席に座ることを促した。



「失礼します」


「……そんなに、畏まらなくてもいいのだがな」



 正面の座席に座った友人に呆れた視線を向けているレオノールは、手元にあったハンドベルをチリリンと鳴らす。少しして、使用人たちが料理を持って部屋までやってきた。食事のペースに合わせて料理を出すためか、最初に運ばれてきたのは前菜のみだ。



「それで……大広間の食事会ではなく、他の者に邪魔をされないところで話をしたいということだったが?」


「はい。本日は陛下にどうしても尋ねたいことがあったので、このような場を提案した次第です」



 二人は適度に食事を取りながら会話を進める。



「レストリアが尋ねたいことか……それは興味深いな。聞かせてくれ」


「はい。では、……陛下はこれからも今までと同じ信念のもと、この国を治めていくおつもりでしょうか?」



 自分の政治に不満、不安があると言わんばかりの言葉を聞いて、レオノールの食器がカチリと音をたてる。この部屋の中が水で満たされたように、レオノールは息苦しさを感じていた。



「他意はありません。ただ、陛下のお考えを聞きたいのです」


「……私の考えは今までと変わらない。私は“他国と手を取り合い、この国を争いのない平和な国にしたい”。そのことで、“国民、その家族、その知り合いを守る”ことにつながると考えているからだ」



 レオノールは、国民を守るためにセミファリア王国を平和な国にする、とレストリアの目をまっすぐに見て告げる。



「陛下のお考えの中心にあるのは、“他国と手を取り合うことではなく、国民を守ること”という認識で間違いはありませんか?」


「ああ、そうだ。他国と手を取り合うのはあくまで手段に過ぎない。私の王政の行き着く先は、セミファリアの愛すべき民のもとにある」



 自分が肯定の意を表す言葉を発した瞬間、部屋の中に満ちていた水が消え去ったようにレオノールは感じた。


 レストリアの顔は綻んでいる。一見すると、自分の言ったことに賛同しているような表情であったが、レオノールはレストリアの表情にどこか不気味なものを感じた。



「そうですか。わかりました。私もそのお考えに沿えるよう、今後とも尽力していきたいと思います」


「……君がそう言ってくれると、非常に心強いよ――」



 “――だが、君の考えは私とは違うのではないか?”



 レストリアが本心とは違うことを言っているのではないか、そう思ったレオノールだったが、彼の口から、それを問う言葉が出ることはなかった。



「今のような話のためだけに、食事会を欠席することになってしまい申し訳ございません」


「……そのようなことは気にしなくてもよい。確かに、あの食事会は私が貴族たちと親しくなるために必要だが、定期的に開催しているのだ。何回か欠席しても問題にはならないだろう。そんなことよりも――」



 レオノールは再び、ハンドベルを鳴らす。少しして部屋に入ってきたのは、液体が入ったボトルを手にした使用人だった。



「“いつものやつ”だ。今日はエストが持ってきてくれたのだ。レストリアの指示なのか?」


「エスト? 彼女がここに来たのですか? ……確かに、本日の分を事前に持って行くよう使用人には頼んでいましたが――」



 先ほどとは反対に、レオノールの言葉を聞いたレストリアの手が止まるが、彼の表情が変わることはなかった。



「知らなかったのか? 褒美を与えるという名目でここまで呼びつけていたのだ」


「それは存じておりましたが、まさか今日ここに来ているとは……」


「そうだったのか。なら、いまから別館の方へと向かうか? 彼女たちは今、食事会に参加しているのだ。正式な場を設けることが出来なかったからな、せめてものというやつだ」



 レオノールは窓の外、月夜に照らされている王城の別館へと目を向けながら言う。その目線を辿るようにレストリアも別館の方を見た。



「別館に……」


「――?」



 口元に笑みを浮かべるという、普段はあまり見ないレストリアの様子にレオノールは自分が何か可笑しなことを言ったのかと疑問に思う。使用人は二人のグラスにボトルの中の液体を注いで、部屋から退出した。



「いえ、私がいたら二人とも自由に食事が出来ないでしょうから、今日はやめておきます。……それはさておき、もしやまた護衛を付けずに面会をしたのですか、いくら私の家の使用人だからといって油断のし過ぎではないのですか?」


「ん? ああ、そうだな。だが実際に、問題など起こりようがないだろう? セミファリアの王族は絶対に死なない。……老衰以外ではな。すでに自分の身体で様々な“死”を試しているが、私はこうして生きている」


「確かに、それはそうですが――」



 本来なら、聞き返してもよさそうな発言であったが、レストリアはそのようなことはせず、レオノールの言葉を受け入れている。レストリアは、セミファリアで長く語られてきた「正統な血を引く王族は老衰以外で死なない」という御伽噺おとぎばなしが、空想上のモノでないことを知っていた。



「――そのことを“御伽噺おとぎばなし”でないと知っているのは、一部の人間のみです。臣下の多くは知りません。知らない彼らが、もし国王が一人で城外の者と面会していると知れば卒倒するでしょう」


「……」



 レストリアの言葉にレオノールは腕を組んで考えを巡らせている。



「……そうだな。次からはもう少し気を配ろう。他ならぬ君からの意見だしな」



 レオノールはグラスを軽く持ち上げて、レストリアの顔を見る。レストリアも目の前に座るレオノールが乾杯を促しているのに気がついて、自分のグラスを軽く持ち上げた。



「では、慣例通りに私から失礼します」


「毒見役など本当は意味がないのだがな。事情を知っているレストリアも『他の者がいる前でうっかり先に飲まれては困りますから』と毎回真面目に毒見をするし、たまには私もすぐに飲んでみたいものだ。いっそ、死なないことでも公にしてみてもいいかもしれないな」



 レストリアがグラスに入った酒を飲んだのを見て少しばかり経ってから、愚痴を言っていたレオノールも自分のグラスに口を付けた。



「おお、いつも通り美味いなアークフェリアの家が持ってくる酒は」


「お褒め頂き光栄です。心血を注いで厳選をした甲斐があるというものです」



 二人はそう言ってグラスを置く。


 異変が現れたのはその直後。レオノールの視界からレストリアの姿が消えた。



「――?」



 レストリアの行方がわかったのはドサッという音、ちょうど大人一人の身体が床に叩きつけられた音が部屋の中に響いてからだった。



「レストリア!!」



 テーブルの向こう側にレオノールはまわり、息を呑む。レオノールの視線の先にあったのは、親友が苦しそうに顔を歪めて床に倒れている姿だった。レオノールはレストリアのもとまで駆け寄る。



「おい、レストリア! しっかりしろ!」


「……っぐ」


「まさか、毒が入っていたのか? 待っていろ、すぐに“ソニア”を呼ぶ」



 そう言ったレオノールは焦る気持ちを押さえつけ、自分自身に冷静さを欠くなと言い聞かせながら通信用の魔導具を起動する。



「――ああ、そうだ。“白姫アルバ”を私の部屋まで連れてきてくれ。至急だ! レストリアが毒を飲まされたみたいなのだ! それから、アークフェリアが今日持ってきた献上品に携わった者――いや、城にいる者を誰も王城の外に出さないよう兵士たちに伝えてくれ。後で全員に事情を聞くことになる」



 レオノールは魔導具を切り、倒れているレストリアに視線を移す。今もなお、刻一刻と顔色が悪くなっていく親友を見て、レオノールは拳を握りこむ。



「すまない、レストリア。この毒は私を狙ったモノであったというのに、君を巻き込んでしまっ――っぐ」



 横たわるレストリアの近くに座り込んでいたレオノールは、苦しげな声をあげた後に倒れる。その顔は青白く苦しげで、まさにレストリアと同じ症状であることが一目でわかった。



「なぜ、わたしに……っ。どくが。ここは、……おうじょう、はんいない、であるのに。――っ、レストリア」


「……」



 レストリアの返事はない。苦しみに喘ぐ声も聞こえない。


 まるで重石がつけられたかのように重い手を、レオノールは懸命に友へと伸ばす。


 レオノールの指先がやっとのことでレストリアの手首へと届いた。しかし、



「……!」



 すでにレストリアの脈拍は途絶えていた。薄れゆく意識の中で、レオノールはその事実だけを明確に感じ、また自分も彼の後を追うであろうことを理解した。



「……どうして」



 ただ、「死ぬ」という事実、結果は友人の死を通じて理解ができても、「なぜ」といった理由は全くもってレオノールには理解できなかった。それほどまでに、“死”はレオノールにとって無関係なものであった。


 老衰以外で絶対に死なないはずだった人生、その途中で死に至る者が想うことなど、誰にもわかるはずがなかった。




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