第二章13話 『湧き上がる』
「――様、――様! 王城に着きました」
自分の名前を呼ぶ使用人の声で、男は目を覚ました。男は馬車の座席に埋もれた身体を起こして目を擦る。そうしている内に、身体と共に沈んでいた意識が覚醒していき、段々と目の前の使用人へと不満が溢れる。
「……なぜもっと早くに声をかけなかったのだ。今から服に皺がついていないか確認するとなると、すぐには外に出られないじゃあないか! ただでさえ、遅れているのだぞ」
「申し訳ございません。次からは気をつけます」
二人いる使用人の内の一人が、主の服に皺が出来ていないか確認を始める。もう一人の使用人は国王への献上品を準備しつつ、横目で二人――主と同僚の姿を見やって、皺の確認をしている同僚に同情をする。
彼はここ――セミファリア王国の王城、正面入り口に到着する随分と前から主を起こそうとしていた。ただ、以前に身体を揺すったり、大声を出して起こしたりした際に、主から怒られたことがあったため、そうならないように注意を払っていただけなのだ。
服装が整ったことを使用人から伝えられた男は、使用人に外から扉を開けて貰って馬車から降り、王城の入り口に向かって歩く。自分が乗ってきた馬車の方へは一度も目をやらない。
男は城の中を歩き、すれ違った貴族たちに挨拶をしながら、目的の場所へと向かう。つい先日、家督を継いだばかりの男にとって、ほとんどの者が自分より年上であるため、これからのことを考えると無視することが出来ず、遅れた分の時間を取り戻したい男の鬱憤は余計に溜る。
「……」
男はやっとの思いで自分の目的地に辿り着く。男が目指していたのは王城で最も広い部屋、舞踏会などでも使用される大広間だ。大広間は上階に王の居住空間がある城の主部ではなく、そこから伸びた、三角屋根がついた歩廊と接続している建物――別館にある。
大広間の中を見て、男は目を細めた。男の視線の先にあるのは、各所に設けられた料理を乗せたテーブルと、そこから料理を取り分けて思い思いの者と話をしている貴族たちだった。男の想像通りの光景だ。
「(今日の食事会はいつもより招かれている人間が多いな。定期的に開催しているとはいえ、この規模で集まるのは珍しいぞ。辺境の貴族たちも招かれているのか? であれば、余計に出遅れたのは不味かったか。辺境にいる力を持った貴族の周りは、すでに王都の貴族たちが囲っていることだろう)」
王都の入り口まで付き添っていた自分の使用人たちと道中の貴族たちを思い浮かべて、男は舌打ちをする。
今、男に付き添っている者は誰もいない。本来、付き添っていそうな者たち――男の使用人たちは、馬車置き場の近くにある小さな入り口から王城の中に入り、屋敷から持ってきた献上品を納めているところだ。だが、その仕事が終わった後も、王城内で主である男と合流する予定はない。
ぞろぞろと使用人を引き連れて、王城内を歩き回ることをみっともないと考える貴族が大多数であるためだ。
男は大広間に入ると、不審に思われないよう自然に辺りを見渡して、どういった人間がこの場に来ているのかを観察し、挨拶をする順番や話に加わるべき集団を見極める。
「(王子や王女たちはいるにも関わらず、王とアークフェリアのどちらも来ていないみたいだな。ん?第三王女だけはいないのか。――そんなことはさておき、挨拶は……絶対に外すことが出来ない第一王子と第二王子、それと普段付き合いのある者たちだけで構わないか。他の者は面倒……もとい、話が盛り上がってきているところへ水を差しても悪印象を与えかねないだろう)」
給仕をしている使用人からグラスに入った飲み物を受け取った男は、素早く第一王子と第二王子の元に向かい挨拶を済ませた。その後は、計画通り顔馴染みを探し始める。
「(この辺りにはいないな。……そういえば、ここに入ってから一度も付き合いのある者にあっていない。珍しいこともあるものだ。それに、王の子どもたちが近くいるからか、この辺りにいるのは尊王派のやつらばかりだ。――自分で考えることを放棄した妄信的な信者どもめ)」
辺りにいる者たちを内心で毒づきながら、男は部屋の奥に向かって進む。すでに挨拶へ行く際の作法として手にしたグラスの中身は空っぽだ。
「すまない、そこの使用人。新しいグラスを貰えないか?」
男は相手が王に仕えている使用人であるということを念頭に、なるべく丁寧に声をかける。男が声をかけた長い黒髪の使用人は誰かと話していたようで、こちらに背を向けていたが、自分にかけられた声に気がついて、ゆっくりと男の方に振り向いた。
◇◇◇
――レオノールから話を聞き終わったエストとティアリスの二人は、セミファリア王国の王城、その別館に設けられた大広間に足を運んでいた。
なんでも、エストが公式の場で褒賞を受け取れないことを不憫に思っていたレオノールが、何かをやってやりたいと思っていたところ、ちょうど王城で定期的に催されている食事会がひらかれる日にエストが来たため、それに特別招待することにしたらしい。
レオノールが時間を気にしていたのは、この食事会が始まる時間に話がちょうど終わるようにしていたためであった。
「やはり、その服装だと勘違いする人も多いみたいですね。背中側からでは胸につけたブローチも見えないですし、壁の近くまで移動しましょうか」
「はい、お嬢様」
エストに飲み物を持ってくるように頼んだ若い貴族が去っていくのを見ていたティアリスは、料理の乗った皿を持って壁際へと移動をする。エストも自分の皿を持ってティアリスの後に続く。
二人の胸にはセミファリア王国の紋章を象ったブローチがついており、先ほどエストに声をかけた若い貴族はそれを見た途端、エストへの態度を改め、逃げるように去って行ったのだった。
このブローチは、食事会にレオノール自らが招待した者がつけることになっているらしい。そうしたことから、これをつけた者への無礼は「王への反逆の意志あり」と周囲の者たちに知らしめることとなるため、厄介ごとに巻き込まれないで済むとはレオノールの談だ。
「エスト君、ここの料理は美味しいですか?」
「とても美味しいです。流石は王城ですね。こんなに美味しい料理、滅多に食べることができませんよ。私もこの技術を少しでも盗めるように努めたいと思います」
壁際に移動したことによって、二人の周りに人はいない。
「ふふっ、エスト君について来ただけの私が言えたことではありませんが、この食事会に参加できてよかったです」
ティアリスはエストの様子を見てそう言うと、自分の皿にのっていた料理をパクッと食べる。しかし、ティアリスはエストのような反応はせず、今しがた自分が食べた料理をジッと興味深そうに眺めている。その反応をみたエストは、
「それは、おそらく牛の肉ですよ。先ほど私も食べました。魔獣の肉とは違って柔らかく、肉自体に余計な味がないので食べやすいですよね」
「ああ、原生種の……。そうですね、たしかに柔らかくて食べやすかったです。味の方は……よくわかりませんでした。高級品なのに勿体無いですね」
ティアリスは微妙な笑みを浮かべる。
ティアリスが口にした原生種というのは、変化・進化をしていない生物のことを指す。例えば、牛や馬などが該当する。また。魔獣はこの原生種と魔物が交わることなどによって、発生した生物だ。
「でも、もし次に食べる機会があったら、その時はエスト君の料理として食べたいですね」
「無理です!」
「わっ」
エストの即答に驚いて、ティアリスは思わず声を上げる。そして、エストの言葉を頭が理解していくうちに、段々とティアリスの顔には陰りが生まれる
「あ、決して、お嬢様に料理を作りたくないというわけではないのです。ただ……私にはこのような高級品を扱う自信がありません。恐らく、失敗ができないという緊張感から手が震えて、料理どころではなくなってしまうものかと」
「……っ、ふふ。よかったです。でも、冒険者たちや国王陛下には全く竦まなかったエスト君は、牛のお肉が相手だと竦んでしまうのですね。それなら、もし私がエスト君と模擬戦ができるようになった時には、牛のお肉を持っていれば、勝てるかもしれないということですね」
「……」
片手に牛肉、もう片手にティーカップを持ったティアリスの姿を思い浮かべてしまったエストは、思わず口元を緩める。幸いにもティアリスは気がついていない。
「すごく透き通った目をしていますね。今の、冗談ではなく本気で言っているみたいですよ?」
『模擬戦をする予定はないけど、しばらくはお嬢様に大金は持たせないようにしないと』
「ふふ、もし模擬戦をするようなことがあれば、私には必ず声をかけて下さいね、エスト様。……必ず、ですよ? いつもより少しだけ……本気、を出しますので」
『……』
リウは満面の笑みを浮かべているが、その瞳は決して笑っていない。そんないつも通りのリウは、今まで大広間の中を散策していて、ちょうど戻ってきたところだった。
「(――ん? これは……呪い? どうして今まで気がつかなかったんだろう? こんなにも、色々な呪いが複雑に絡み合っているみたいな特殊な反応なのに。こんな状態だと、全ての解呪はとうてい……。それに、何をして――)」
エストは遥か遠くに見える大広間の天井の方に視線を向ける。
「上の方に何かありましたか? エスト君」
「いえ、……ただ、この別館に上の階があるのか気になりまして。大広間はこのように一階から上まで吹き抜けになっているので」
ティアリスは顎に手をあてて何やら少し考え事をしていたかと思うと。
「たしか、建物の奥の方に屋根などを掃除する人のために造られた階段があったはずです。詳しい構造はわかりませんが、その途中に部屋があるかもしれません」
「掃除をする人、ですか」
エストは今なお自分から離れていく反応に注意を向ける。だが、少ししてその反応もなくなった。
「(……感知の範囲外に出たのか。この距離だとリウも確認に行けないな。どこに人の目があるかわからない所だと、ルトを送ることもできない。……夜にもう一度来て、屋上を調べてみるか)」
「改めて見てみても、ここの天井はとても高いのですね。見つめていると吸い込まれそうになります。これぐらい天井が高い建物はやっぱり、珍しいのですか?」
エストはティアリスに言われて、再び上を見上げる。ティアリスの言う通り、大広間のアーチ状をした天井は間違っても手が届くことがないほど高い。
「はい、珍しいと思います。これぐらいの高さとなると他には……【リシア教国】にある大聖堂ぐらいしか知りません」
「――! これほど高い天井の建物が他にもあるのですね。いつか、そちらも見てみたいです」
ティアリスはエストの言葉に目をキラキラとさせると、天井やその付近の壁に施されている装飾に視線を向けた。
リウの楽しそうな横顔を見ながら、ここに来る前に聞いた話、レオノールから聞いた話をエストは思い返す。
◇◇◇
「さて、そなた達が望んだとおり、私が知っていることを話すとしようか」
「ありがとうございます、陛下」
エストに続いて、ティアリスも「ありがとうございます」と頭を下げる。
「私が初めてその赤ん坊を見たのは十数年前、私室で書類仕事を片付けていた所にレストリアがその子を抱えて入ってきた時だ」
レオノールは詳細な部分まで思い出そうとしているのか、腕を組んで時折ななめ上方に目をやっている。
「その時の第一声が、『レオ、この子が私の隠し子でないことを証明するためには、どうすればいい?』だ。これだけなら、数十年前にただ一度だけ見かけた赤ん坊のことなど記憶に残らなかったかもしれないが、それに続けて『多くの隠し子がいるお前なら、何か良い言い訳を知っているだろう?』と言われたからな。強く記憶に残っているよ。……思い返してみると、また腹が立ってきたな」
口では「腹が立った」と言っているが、その苦笑いしている表情からは強い苛立ちという感情は感じられない。
「レストリアの言ったことは……事実だったが、私もただ引き下がるわけにはいかなくてな。色々と揉めたものだ。――で、それが収まった後に、レストリアの妻であるシャーリーへの言い訳……事実、隠し子ではないのだから、誤解を招かないための言い回しと言った方がいいのか? まあ、どちらでもよいが、それを考えることになったのだ」
レオノールの話が進むほどに、不安が募って来たのかティアリスは無意識に横に座っていたエストの執事服の袖を掴む。
「(……初めて会った時に何かを感じたのは、こういう共通点があったからなのかな?)」
例えば出生のような、自分を構成している何かが未知であることへの不安はエストもよく知っていた。
「筋の通った話を考えるには、当然だが事細やかに事実を知っておく必要がある。そのため私はレストリアから赤ん坊の話を聞くこととなったのだ。……何でも、レストリアが赤ん坊を見つけたのは、森の中だったらしい。王都とレグナントを結ぶ街道の途中に森があるだろう?」
レストリア・アークフェリアが赤ん坊を見つけたのは、エストにも馴染みがある、あの“薬草が群生している森”であった。当時のレストリアは、新しく街を作る場所を調べる調査団の指揮を取っており、この森に行ったのもその公務の一環であったとレオノールは説明する。
「レストリアはその森の奥地にある一本の巨木――その根もとに置かれていた籠の中に、布に包まれた赤ん坊とその子の名前と思しき文字が書かれた羊皮紙を見つけた。……羊皮紙に記されていた名前は――ティアリス」
「……っ」
レオノールのその言葉を聞いて、ティアリスは息を呑む。
「見過ごせなかったレストリアは、赤ん坊を連れて森を出た。そして、自分が信用している分家の者に赤ん坊を一時的に預け、その家の名前を借りて身内の人間を探したのだという。しかし、数日経っても赤ん坊の身内である人間を一人として見つけられなかった。アークフェリアの裏方の人間も使ったらしいが、それも失敗に終わったらしくてな」
「(国王の元を訪れたのは、分家という身内の『隠し子ではない』という証言だと信憑性がないと思ったからか。……分家は本家に逆らえなさそうだし。でも、この件に自分自身が全面的に関わろうと思ったのはどうしてだろう?)」
エストはレオノールの話に水を差さないように心がけていた。
「少しして、レストリアは『身内の者は、故意に呼びかけに応じないのだろう』という結論を出した。……この考えは間違ってはいないだろう。私も同じ状況なら同じ結論を出す」
ある言葉を口にするのを避けて、レストリアは話を進めている。ティアリスに気をつかってのことだった。
「かくして、レストリアは赤ん坊を引き取る決意をし、私のもとまで来たというわけだ。……だが、ここまでの話を聞いて、当時の私にはわからないことがあった。それは、“なぜレストリアが引き取らなくてはならないのか”ということだ。分家の者は難しいとしても、信頼できる家に預ければ問題は解決するだろう。いつも通りのレストリアであれば、感情的な問題があったとしても、次期当主としてふさわしい対処、アークフェリアの家に万が一でも迷惑のかからない対処をしたはずだ。……だから私は、なぜ赤ん坊を自分が引き取る決断をしたのか、レストリアに尋ねたのだ」
このことにはエストだけではなく、ティアリスも疑問に思っていたようで、エストの服を掴む手に力が入った。
“レストリア、なぜその子をお前が引き取ることにしたんだ? 他の信頼できる者に引き取ってもらえば、問題にならないと思うが。……何か理由があるのか?”
“……。……一人で森の中に置いていかれたのを可哀そうに思ったから。両親どころか、身内すら名乗り出ないことを不憫に思ったから。そういった純粋な言葉、想いのみが心の底から出れば、どんなに良かったか……”
“……?”
“確かに、そういった感情は持ち合わせている。間違いなくな。……ただ、私の『この子を引き取る決意』を構成しているのは、それだけではないのだろう。なにせ、この子を拾った場所が別の場所であったのならば、いまと同じ結果――私が直接引き取るという結果になるとは、到底思えないからだ”
“なるほど、あの森は創世教の……”
“恥ずべき話だろう? 言ってしまえば、私は何もできない赤子に見返りを求めているのだから”
“……。……ふむ、私の考えを言おうか。私は引き取る側が見返りを求めるのは、恥ずべきことではないと考えている。王都も含め、セミファリアの街の幾つかには国営の孤児院があることは知っているな?”
“ああ、もちろん”
“経営の都合上、国王になる前は私もよく視察に行っていたのだが、その中で様々な者たちを見てきた。……孤児院に来て早々に引き取られる者・長い間いる者・子どもと直接話をして引き取るか決める者・条件に見合った子どもを職員に見繕ってもらう者・引き取られた後、幸せに暮らす者・引き取られたにも関わらず、孤児院へと戻ってくる者――”
“……”
“そういった者たちを見ていて、私は思ったのだ。引き取る者と引き取られる者、両者には相応の見返りが必要であり、それは一方通行であってはならない、と。……まあ、見返りというと言葉が悪いかもしれないが、そういったモノは絶対に必要になると私は感じた。そう考えると、レストリアたちの関係性は良好といえる。決して、恥ずべきモノではないだろう”
“……。……そうか、互いの見返り、か。……その見解を信じるのなら、この子のために、私は相当に頑張らなければならないな。なにせ、私は既に大きな見返りを受け取っているのだから”
“ああ、そうなるな”
「――というわけだ」
過去の体験を語り終えたレオノールは、満足げに息を吐く。
「これでわかっただろう? レストリアは他の者ではなく、自分自身で赤ん坊を引き取りたかった。つまり、結果とそれを為したい理由が同じだったというわけだ」
「……」
レオノールの話をじっくりと聞いていたティアリスは、難しい顔をしている。
「何か気になることでもあるのか?」
「……はい。どうしても、わからない点が一つだけ。……お話の中で出てきた“あの森”というのは、それほど特別な場所なのでしょうか?」
「ん? それすら教えられていないのか。“あの森”には、創世の神が住まうという伝承が残っているのだ。……童話のようなもので、一部の人間しか信じてはいないがね。そんな信じる者たちによって重要視されているのが、森の中心部にある大樹だ。継続的に行われてきた開拓により、“あの森”は大部分を失って縮小したというが、大樹を守るという名目により、この100年ほどはそれも行われていない。信じる者たちにとって“あの森”、中でも大樹は特別なものであり、その訴えを当時の王が聞き入れたというわけだな」
「(薬草が群生している便利な森だと思っていたんだけど、そんな大層な場所だったのか。大樹……いつものところより少し奥に入ったところにあるアレのことかな?)」
「さて、私の知っていることは以上だ。……少しそのままで、待っておれ」
レストリアは立ち上がって部屋の片隅に置かれている引き出しへと向かう。そして、その中から袋を取り出すと、戻ってきてエストの目の前に置いた。袋をテーブルに置くときに、中でジャリッという音が鳴ったことから、入っているモノが金銭であると、エストは察する。
「正式な褒賞の授与においても、褒賞以外に幾らかの金銭を褒賞金として渡すのだ。受け取っておくとよい」
「ありがとうございます」
この後、レオノールの部屋を出た二人は、使用人に案内されて王城の別館に向かったのだった。
その道すがら、エストには腑に落ちないことについて考えを巡らせていた。それは――
「(お嬢様から聞いた『政治の道具として育てられた』という話から伝わってきたアークフェリア家の印象とは全く噛み合わない話だったな。陛下の話を聞く限りだと、お嬢様は大事に育てられたはずだ。……本当に森で拾われたのはお嬢様なのだろうか? それとも、また別の可能性が――)」
エストは隣を歩くティアリスを横目に見て、自分が突っ込んで聞いてもよい話なのだろうかと思い悩む。
「(……アルトリウスに帰って、一段落したら聞いてみよう)」
◇◇◇
「エスト君」
「すみません、ボーっとしていました。どうされましたか?」
ちょんちょん、と軽く袖を引かれたことで、エストの意識はレオノールの私室から大広間へと戻る。
「気のせいかもしれませんけど、この部屋の壁、振動していませんか?」
ティアリスに指を指された方、自分の背後にある大広間の壁をエストは見る。
「――! いえ、気のせいではないようです。何か異変が起きているかもしれません。すぐにこの建物の外に出ましょう」
「は、はい」
エストとティアリスが大広間の出口へと一歩を踏み出した時であった。
今まで壁を僅かに揺らすだけだった振動が建物全体に伝わり、揺れが激しくなる。それは、まともに立ってはいられなくなるほどに、
「お嬢様!」
エストはティアリスをガシッと掴み、引き寄せる。次の瞬間、
ビシッという何かに亀裂が入ったような音が、大広間にいる者たちに叩きつけられた。音の発生源は頭上、大広間の天井からだった。
“――崩れるぞ!!”
そう叫んだのは誰だったのか。一人だったのか全員だったのか。
セミファリア王国王城、別館の完全崩壊。その惨状から唯一生き延びた者たちにも、それは終ぞわからなかった。