第二章12話 『彼女を知る者』
「はじめに話しておかなければならないことがある」
レストリアの言葉に、エストとティアリスは自然と背筋を伸ばした。
「そう固くならなくてもよい。他の者の目もないからな。ああ、あと帰るまでに褒賞として欲しいモノを考えておいてくれ。貴族が相手なら、それっぽいモノを用意するのは楽なのだが、お前が欲しがりそうなモノはよくわからなくてな。モノは何でもよいぞ、今日用意できるモノであれば今日中に、用意できないモノであれば後日、しっかりとそなたの元へと届けよう」
「使用人である私に対して、そのような処遇は身に過ぎるように思われますが」
「私の唯一と言っていい友人の命を救ってもらったのだ。本当はもっとしっかりとした場を整えてやりたかったわけだが、そうもいかなかったからな。せめてこれぐらいはさせてくれ。そうしなければ、私の気が済まないのだよ」
「……はい、わかりました」
「うむ。さて、話を元に戻すが……先ほどは驚かしてしまってすまなかったな。それと、姿を隠してここまで来てもらったことも」
「いえ、それは構わないのですが。なぜ、このようなことを?」
ティアリスは先ほどから心配そうな顔をしてエストを見ている。彼女がそんな顔をしているのは、エストの態度がこの国の国王を前にしても、普段自分と接する時と変わらなかったからだ。エストの様子は、国王などの地位が高い者と話をすることに慣れているかのような印象をティアリスに与える。
ティアリスは恐る恐るレオノールに視線を向けるが、エストの態度を気にしている様子は一切なかった。そのことを確認して、ティアリスは内心でホッと胸をなでおろす。
「どこから話せばわかりやすいか。……アークフェリアの使用人から、エストがもう少ししたら城に来ると言う連絡を受けてな。城の入り口で待機していたのだ。私がいることによる騒ぎを起こさないために、この魔導具を使って姿を隠してな」
先ほどネックレス型の魔導具をしまった内ポケットがある場所を、レオノールはポンポンと叩く。
「で、なぜそのようなことをしていたのかというと。いざお前が『国王に褒賞を貰いに来た』なんて言っても、あそこを素通り出来るとは思わなかったからだ。たとえ、やましいことがなくとも裏にある尋問室に連れていかれ、取り調べを受けていると無駄に時間を取られる。だから、その前にお前を回収しようと思ったわけだ」
「そこまで気をまわして頂き、ありがとうございました。ですが、なぜ陛下自らがそのようなことを?」
臣下に頼んでいれば、レオノール自らがわざわざ王城の入り口にまで来る必要がなく、またその姿を見て騒ぎが起こる可能性もなかったのでは、と思いエストは尋ねる。
「ちょうど私が暇だったのだよ。それに、兵士たちの働いている様子も私が直接見ておきたかった。だが、待てどもレストリアに教えてもらったエストという執事の容姿と合致する者が現れなくてな」
それもそのはずで、エストとティアリスは王が待っていた正面入り口に少しも近づいていない。
「もしや、と思い裏口の方へと向かってみれば、お前たちがちょうど通路を曲がっていくところだったから、追いかけてこの部屋まで連れてきたのだ。――本来、褒賞の授与は玉座の間で貴族たちを集めて行うのだが、お前のような身分だと文句をつけるやつも多くてな。申し訳ないが、私から個人的に褒賞を渡すという形にさせてもらった」
レオノールはエストとティアリスをこの部屋に連れて来た理由までを、簡単に話すと腕輪型の魔導具を起動し、飲み物を三つと使用人に連絡を入れる。
「飲み物と菓子が来るまで、ひとまず待つとするか。話している途中で使用人たちが入ってくると、話に水を差されるからな。それに、急いで話をしたところで“あれ”まで中途半端に時間が空いてしまっては面倒だろう」
「“あれ”、ですか?」
レオノールはエストの問いかけに対して、口元をほころばせるだけで、答えを返さなかった。
◇◇◇
レオノールとエスト、ティアリスの目の前には、それぞれ飲みかけのカップと食べ物が載っていた形跡のある皿が置かれている。部屋には窓が一切ないが、現在はちょうど空が段々と赤く染まってくるような時間帯だ。
「休憩も終わったし、ここから本題に入るわけだが。その前に――」
レオノールはエストの隣に座っている人物――ティアリスに視線を動かす。
「そなたは? ここまでは、エストと共に色々と巻き込んでしまったこともあり、私にもそのことに対する説明の責任があったわけだが、ここからはそうでない」
「説明が遅れてしまい申し訳ございません。彼女は私の主です。……やむを得ない理由で、お側を離れることが出来ないので、無理やり私が連れて参りました」
エストはティアリスと事前に行った打合せ通り、レオノールに伝える。
「主? 一度も姿を見たことが無いが。そなた、名前は何という?」
「ティアリス・アークフェリアです。やむを得ない理由があったとはいえ、勝手にエストについてここまで来てしまい、申し訳ございませんでした」
ティアリスの名前を聞いたレオノールは、目を見開いて息を呑んだ。そのような様子からおそらく、その後に続いたティアリスの謝罪は、レオノールの耳に届いていない。
レオノールの変わりようにエストとティアリスの二人は疑問を抱く。
「そなた、私に顔をもっとよく見せてはくれぬか?」
「え? は、はい!」
ティアリスはレオノールがなぜ前のめりになって、そのようなことを尋ねるのかわからず、状況に流されて了承する。
「むぅ……」
レオノールはテーブル越しに身を乗り出して、ティアリスの顔を凝視する。
「あ、あの。そのようにジッと見られると……」
「その名前、年齢にして夜空のような瞳。……もしや、そなたはあの時の? すぐに病で亡くなったと聞いていたが……。私の考えが正しいのであるなら……レストリアめ。私にくだらない嘘をつきおって」
レオノールは身体を引いて座席に戻る。一方でティアリスは、レオノールの言葉を聞いてから難しい顔をしている。
「……陛下はわたし、を知っているのですか?」
「ああ、そなたがあの時の赤ん坊だというのならな。だが、もしそうだとしたら良かった。生きていたこともそうだが、アークフェリアの養子として引き取ってもらえたのだな。何を教わるのか。あそこの当主になると、どうも血縁にうるさくなる節があるからな。レストリアも――」
「わたしが……アークフェリアの、養子? …………それなら、わたしは」
レオノールの声はティアリスのか細い声に遮られる。レオノールの声が遮られるというより、ティアリスの声を聞いたレオノールが喋るのをやめたといった方が正しいだろうか。
「――ん? レストリアからは何も聞いていないのか?」
「……はい」
レオノールはしまった、というような顔をする。
「そうか。であるのならば、私から話してよいものでもないな。この話はここまでにして――」
「お待ちください、陛下」
声を上げたのは、今まで二人の様子を静観していたエストだ。エストは以前にティアリスから聞いた話のこともあり、レストリアからこの話を聞きだすのは困難であると考えていた。
「私の主のこと。もう少しばかり、教えてはもらえないでしょうか?」
「いや、しかしだな」
レオノールは再び、ティアリスへと視線を向け気まずそうにする。
「陛下、私は私の主の情報が欲しいのです」
「……ぬぅ」
エストはレオノールをまっすぐに見据えて、はっきりと告げる。また、その言葉を聞いたレオノールは、エストの独特な言い回しから、自分が最初にエストへと伝えた「欲しいモノを考えておいて欲しい」と頼んだことに対する返答であると気がつき、驚くと共に後悔をした。
なぜなら、貴族までとは言わないものの俗物的なモノを――名誉などを顕示出来るモノを、エストが欲しがるだろうとレオノールは想定していたからだ。まさか、名誉も何もない、形も無い、さりとて身分や新たな雇用先でもないモノを欲しがるとは考えておらず、欲しいモノに制限をかけなかったことを今になって後悔したのだ。
また、エストの発言に驚いたのはレオノールだけではなかった。
「エスト君。それは自分が本当に欲しいモノを――」
「お嬢様」
呼び方が元に戻るほど驚いているティアリスの言葉を、エストが制止する。その言葉に刺々しさはない。
「――私は確かに、私がいま一番に欲しいモノを陛下にお伝えしました」
エストはティアリスの目を見て、言外に「あなたのためではなく、自分のためだ」とはっきりと告げる。それがエストの本心からのものか否かはわからないが、ティアリスに責任を感じさせないためという目的があることだけは確かだった。
「……エスト君」
ティアリスはエストが言葉にしなかった部分の意味を理解して、「褒賞は自分が本当に欲しいモノにして」という旨の言葉を呑みこむ。目の前にいる執事との付き合いはまだ短いが、ティアリスにはこういう時のエストが、自分の意見を曲げることはまずないと確信を持っていた。
「……。……ありがとう、エスト」
ティアリスはエストの言葉を受け入れ、落ち着くために小さく息を吐く。そして、エストへと向けていた身体を元に戻した。エストとティアリス、二人の視線の先には諦念が張り付いたような表情のレオノールがいる。
「まだ、私は話すとは言っていないのだがな。……さりとて、このような状況でキッパリと断れるような度胸も持ち合わせていないわけだが。それに、エストの褒賞に明確な条件を付けてなかった私もよくなかった」
レオノールはやれやれとでも言わんばかりに首を振る。
「いいだろう、教えようとも。もとはと言えば、レストリアも私に嘘をついていたわけだしな。そなた達が他の者に漏らさなければいいだけの話だ。だが、私が知っていることは非常に少ないぞ。それでも構わないのか? 聞いた後になって、別のモノが欲しいと後悔はしないか? ……今なら、一生遊んで暮らしても使いきれない程の大金を手にすることもできるのだぞ?」
「はい、構いません」
「……予想はしていたが、まさかここまで迷う素振りも見せないとはな」
エストとティアリスを交互に見たレオノールは頬を緩める。
「そなた達の関係性はうらやましいな。一人は我が身を考えず主に手を差し出すことができ、一人は素直にその手を取れる。そこには切っても切れぬ縁のようなものすら感じるよ」
カップに残った飲み物を飲み干したレオノールは、自分の正面に座る二人の顔を見据えた。
「さて、そなた達が望んだとおり、私が知っていることを話すとしようか」
エストと少しだけ話せたことが良かったのか、ティアリスはレオノールから「アークフェリアの養子」と聞いた直後より落ち着いている。ただ、自分が知らない、また知るはずの無かった、自分の話が始まるというだけあって肩には力が入っていた。




