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君に傅く魔術師の備忘録  作者: 星月夜 真紅
第二章
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第二章10話 『不穏な報告会』

 


 エストとティアリスの二人は、歩いてアークフェリア伯爵家の屋敷に続く坂道を上る。目指している屋敷は王城の近くで、平地に居館がある他の貴族たちとは一線を画す場所にある。アークフェリア伯爵家の屋敷まで徒歩で行くのは大変だ。というのも、坂の下から屋敷までの直線距離はさほどないのだが、道が大きく蛇行しており、余計に歩かされることになるからだ。


 自分たちを呼びつけたのは向こうであるのだから、アルトリウスに、とまでは言わないが、せめて屋敷に続いている坂の下に馬車ぐらい用意してくれても、とエストは思ったが、ティアリスは最初からそのような可能性を考えていなかったらしく、エストがそのことを口にしてもキョトンとしていた。



「(それでも歩いたまま上るのはまだ楽だな。アークフェリア伯爵家の屋敷に初めて行った時は、約束の時間に遅れそうになって、走ってこの坂を上ったからね。……あれは辛かったな)」



 エストはあと何度かグルリと曲がりくねっている道を見上げて思う。



「こう、自分たちが歩かなければいけない道が見えてしまうというのは、なかなか精神的にくるものがありますね」


「そうですね。ですが、お嬢様はまだまだ元気が有り余っているように見えます。体力がありますね」


「……」



 坂の半分まで徒歩で登ってきた二人だったが、目が死んできているエストと比べて、ティアリスはまだ元気がありそうだった。宿を出た時の不安そうな様子とは打って変わり、さきほどから鼻歌を歌ったり、時折ぴょんと跳ねたりしながら歩いている。


 おそらく、そういった行動は無意識だったのだろう、エストに指摘されてティアリスは顔を赤く染める。



「外なのに、周りに人がいない場所を歩くというのが新鮮だからかもしれませんね。こういった場所を歩くのは、……初めての体験、なので」


「そうでしたか。それならこの用事が終わった後、ガナウの近くにある森に行く時には、王都とかで昼食を買って、ゆっくり過ごすのもいいかもしれませんね」



 エストとティアリスの二人は、王都での用事が全て済んだ後の話をしながら坂を上る。屋敷についての話題にならないのは、少しでも気が重くなるような出来事から意識をそらすためであった。




 ◇◇◇




「……見えてきましたね」



 ティアリスは先ほどまでの晴れやかな表情ではなく、顔を曇らせながら、正面に見えてきたアークフェリア伯爵家の正門へと視線を向ける。


 正門は背の高い両開き式のもので、馬車が二台ほど横に並んでも余裕を持って通過できる位の大きさがある。また、正門には警備室と思われる小さな建築物が取りついている。


 エストとティアリスが正門に近づいていくと、その建物の中から一人の老執事が現れた。老執事――ガレスは姿勢をピンと正して、エストとティアリスのもとへと一直線でやってくる。


 エストはこの間、ティアリスの話を聞くまでは、この執事が誠実な人間であると感じていたが、ティアリスを政略道具として扱っている家の執事であることを知ってからというもの、その印象はやや薄らいでいた。


 ガレスに対する印象の落ち具合が“やや”なのは、彼がティアリスの問題をどこまで認識しているのかが明らかではないからだ。ただ、ガレスはアークフェリア家における使用人たちのまとめ役であることを、エストはこれまでの訪問で知っているため、相当の事情は把握しているはずだと感じていた。



「ご足労頂きありがとうございます。お二人とも、私について来て下さい」


「はい」



 エストの横を歩いていたティアリスは、ガレスが近づいて来ると両手をギュッと握りこみ、エストの前に出て返事をする。


 エストとティアリスの二人は、ガレスの指示に従い、その後を追って屋敷の中へと入った。エストが初めてこの屋敷を訪れた時とは異なり、今日はメイドに案内を引き継ぐのではなく、そのままガレスが二人を案内する。



「こちらになります」


「(また、ここか)」



 ガレスは扉を開けて、エストとティアリスに中に入るように促す。ガレスに案内された場所は、いつぞやの応接間だ。常に周囲から魔導具を向けられることになるため、エストにとっては印象の良い部屋ではない。


 エストはなるべく自然に見えるように、ティアリスを手で制すると自分が先に部屋の中へと入った。



「(あれ、魔力の反応がないな。今日は魔導具が使用されていないのか?)」



 エストは自分たちに向けられている魔力が全くないことに疑問を覚える。



「どうされましたか?」



 最後に部屋に入り、扉を閉めたガレスが周囲を見渡しているエストに尋ねる。



「そういえば以前もここを使わせて頂いたな、と思い返していまして」


「ああ、確かにエストさんが執事になるという話を受けられたのも、この部屋でしたね。懐かしいです」



 ガレスは並んで置かれた座席に二人を案内する。そして、自分はテーブルを挟んで置かれたイスに座った。以前はレストリアが座っていた座席だ。ガレスは座席につくと、テーブルの上に用意されていた書類を自分の手元に広げるなど、エストたちから報告を受ける準備を始める。



『リウ、念のため壁の裏に誰かいるか、確認してもらいたいんだけどいいかな』



 呼びかけられたリウは、エストが座っているイスの隣に音もなく現れる。



「それは構いませんが、どうして壁の裏に人間がいると?」


『以前ここに来た時には、実際に魔導具を持った人たちがいたんだよ』



 エストの言葉を聞いて、リウは辺りを見渡す。



『今日は魔導具を使っていないみたいだけど、もし壁や天井の後ろにスキル保持者が隠れていたら厄介だから、リウに確認をお願いしたんだ』


「そういうことでしたか。……そういえば、エスト様が使用人の話をお請けになった時は、ちょうど私が見ていなかった時でしたね」



 リウはそう言いながら、壁や天井の裏を確認し始める。リウが壁を透過できるため、その結果はすぐにわかった。



「エスト様、確認が終わりましたよ」


『どうだった?』


「ふふっ。残念ですが、誰もいませんでした。……もし、エスト様に危害を加えようとしている不届き者がいたら、今日の行いを生涯に渡って後悔する呪い、でもかけておこうと思いましたのに。……とても、残念です」


『そっか、誰もいないのなら良かったよ。ありがとうね、リウ』



 リウがエストへの報告を終えたタイミングで、ちょうどガレスの方も報告を受ける準備が終わったらしい、手元に向けていた視線をエストとティアリスに向ける。



「それではこの前の事件、エストさんから送られてきた手紙に記されていた事件について、なるべく詳細に教えて下さい」



 ガレスは白紙の羊皮紙を広げ、ペンを手に取った。


 ガレスに言われた通り、エストは自分たちが巻き込まれた事件を事細やかに説明する。また、エストが知らない部分、知らないことになっている部分はティアリスが説明をした。



「これで以上ですね」



 ガレスはペンを置く。エストとティアリスがガレスに話したのは、屋敷に三人組がやってきた時から、アルトリウスに帰還するまでの話だ。


 ガレスは自分が書いた文字を始めの方から確認していく。そして、彼の視線がある箇所で止まった。決して、最終行まで確認を終えたためではない。彼の目に留まったのはその手前の部分だ。



「救出された経緯について、もう少し詳しく聞きたいのですが。駆けつけた魔術師が使用した魔法などは確認できませんでしたか? そのような場所に、単身で乗り込める程の実力を持つ魔術師であれば、適正属性と得意な魔法から個人を特定できるかもしれません」



 ガレスのこの質問に答えるのは、もちろんティアリスだ。



「すみません。救出してもらった時には、すでに相手が倒された後だったので、何もわかりません。それに、先ほどもお話した通り、教会を出た後はその方に背負われたまま寝てしまい、気がついたらアルトリウスの近くだったので」



 どうしてか、ティアリスは自分を“救出してくれた魔術師”の詳細をガレスには伝えたくないようで、当時の状況を誤魔化して説明していた。その“救出してくれた魔術師”であるエストにとっては、非常に好都合なことなのだが、ティアリスが誤魔化す理由は全くわからなかった。



「そうですか。残念ですね。相手の魔術師が特定できれば、アークフェリア伯爵家から報酬を出すことも出来たのですが」



 レストリアはそう言うと、事件の報告を書き記した羊皮紙を脇に寄せ、別の書類を取りだした。



「ありがとうございました。あなた方から聞きたかったことは以上になります。次に、今回の事件について此方で分かっていることを伝えておこうと思います」



 ガレスは別の書類を広げる。



「まず首謀者ですが、王国のとある貴族になります。先日、家の取り潰しと当人に科せられた極刑が執行されましたが、事前に行われた尋問により、事件を起こした目的はアークフェリア伯爵家が持つ地位の奪取であり、そのために女一人・男六人、計七人の賊を雇ったということがわかっています」


「七人、ですか?」



 エストがあの夜に倒したのは三人組だ。いまだ姿を見せていない者が最低で四人もいるという可能性に、エストは顔をしかめる。ティアリスもエストと似たような反応を示している。ただ、ティアリスがガレスの話の中で引っかかったのは、賊の人数だけではなかった。



「ええ。ですが、この七人の中に残党がいる可能性は限りなく低いでしょう。あなた方の話に出てこなかった四人は、すでにエストさんによって倒されていますから」


「――?」



 ガレスはそう言うが、エストには覚えがない。



「王都とレグナントを結ぶ街道、そこで馬車が襲われていたことを覚えていますか?」


「――! ……もしかして、あの時の四人」


「そういうことです」



 残りの四人、それがアークフェリア家の馬車が襲撃された現場に居合わせた際、自分が倒した者たちであったことをエストは知った。



「私があなた方に伝えたかったのは、ひとまずこの事件は解決と言って差支えがない、ということです。首謀者である貴族の関係者も、現在は自由に出歩ける状態にありませんし、アルトリウスに戻ってからは再び学園に通っても問題はないでしょう」



 目を通していた書類とインクが乾いた羊皮紙をガレスはたたむ。



「ガレスさん、手紙にあった用事というのは、これで以上ですか?」



 エストの質問に「はい」と答えたガレスだったが、彼の言葉はそれだけで終わりではなかった。



「――アークフェリア伯爵家からの用事は、ですが」


「……?」


「じつは王城からこのような手紙が“エストさん宛に”届いています。エストさんが王都に顔を出した際に、手紙のことを知らせて渡すように持ってきた者から言われたので、このようなタイミングになってしまったのですが」



 ガレスは元々用意していた書類の中から、クルクルと筒状に丸められた手紙を手に取ってエストに渡す。手紙には、この国を代表する紋章が封をしているロウの上から押されており、未開封であるということと、これの差出人を明示していた。



「確認してもらった通り、国王陛下からの手紙になります。登城の催促である、という概要だけは持ってきた者から聞いているので、王城へ向かえるように馬車の用意だけはしています」



 なぜ国王から手紙なんて届くんだ、とグルグル頭を回転させながら、エストは手紙を広げる。


 

「(概要って言っていたけど、それ以外の内容なんてほとんど……)」


「エスト様、私も見て良いですか?」


『いいよ』



 エストは今まで部屋の中の装飾品を見て回っていた、リウに返事をする。


 リウは例えば、エストに手紙を送った者や話しかけた者が、“エスト宛”や、“エストに話がある”と情報を与える対象をエストだけに限定したり、エストしか聞いていないことを大前提とした会話などは出来るだけ見たり、聞いたりしないようにしている。


 また、どうしても確認しなければならないこと、確認したいことの場合は、エストに許可を取ってから見たりするようにしている。これはエスト以外にはまず認知されない、彼女なりの線引きであった。


 リウは白いワンピースをなびかせながらやってくると、後ろからエストの首元に両手を回して、抱きつくような形で、手元の羊皮紙へと目を通す。



「エスト様を王城へと招く目的は……褒賞の授与、ですか。……一体なにをやらかしたのですか。エスト様?」



 リウはエストの耳元で囁く。



『うーん、考えてみたけど心当たりがないんだよね』



 エストは改めて宛先を確認するが、そこにあるのは間違いなく自分の名前だ。他の誰のものでもない。



「どうしましたか。登城するにあたって、何か用意しなくてはならないものでもありましたか? そういうことなら、屋敷の者に準備をさせますが」



 一通りの書類をまとめ終えたガレスが、目の前で難しい顔をしているエストに尋ねる。ティアリスはエストとガレスを心配そうな目で交互に見ている。



「いいえ、そういうわけではないのです。ただこの手紙の内容に全く心当たりがないので、どうしたものか、と思い悩んでいたのです」


「心当たり、ですか。もしよろしければ、差支えの無い範囲で、その内容を教えてくれませんか?」


「はい。……陛下が私に、個人的に褒賞を授与したいから登城するように、という内容だったのですが。私には陛下から褒賞を頂くような出来事に心当たりがないのです」



 自分の隣に座る執事が口にした王から褒賞を授与、という言葉を聞いて、ティアリスはカタッと椅子を鳴らす。


 一方で、ガレスは手紙の概要だけなら既に知っているということもあってか落ち着いている。彼は少しの間だけ何かを考えていたかと思えば、「なるほど」と得心が行ったようで、



「それは、恐らくレストリア様を賊から救ったためでしょう。国王とレストリア様は古くからの友人、幼馴染なのです。なので、『個人的に』なんてお言葉も添えられているのではないでしょうか」


「なるほど、そういうことでしたか」



 エストはもう少しのところで、国王自らが自分なんかに褒賞を授与するのはやり過ぎなのではないか、という言葉が喉から出かかったが抑え込む。レストリアや彼の執事を務めている者に対して、失言であると気がついたからだ。エストにとっては、謙遜の気持ちから出そうになった言葉だが、受け取り方によっては、レストリアを重く見過ぎだという言葉に聞こえる。



『これって、たぶん辞退できないやつだよね?』


「たぶんも、なにも。無理ですよ。諦めてください。それに……病というものは、診療所に行くのが遅れれば遅れるほど、病状が悪化するものです。それなら、早々に診療所へと行って、病巣を消し去ってしまった方がいいでしょう」


『たとえはアレだけど、たしかにリウの言う通りではあるのか』



 手紙を読み始めた時からずっと、リウはエストの背中に抱きついたままだ。


 エストは隣に座る自分の主を見る。自分が王城へ行くことになったら、必然的にティアリスも行くことになるからだ。ティアリスはエストと目が合うと、「構いません」と声を出さずに伝える。エストはそれを確認すると、



「『この手紙を読んだら、すぐに王城まで来てくれるとありがたい』というお言葉もありましたので、今から王城に行こうと思います」


「わかりました。そのように御者たちには伝えて参りますので、私は一度この場から席を外します。短くはありますが、その間に王城に行くために必要な身の回りの準備を済ませておいてください」



 ガレスは書類を持つと、スタスタと部屋を出て行った。




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