第二章9話 『真実、だが噛み合わない②』
――エストはセミファリア王国の路地裏で、一人の少女を追いかけていた男たちを打倒した。
「(この前の賊たちといい、最近は縄が大活躍してるなぁ)」
倒れている三人が意識を取り戻したとしても逃げることができないように、エストは厳重に縄をまわす。
「よし、これでいいかな。少しいいですか?」
三人を縛り終えたエストと少女はいったん三人を放置して表通りに行き、二人の憲兵を見つけると事情を説明してから先ほどの場所まで案内し、三人のことを引き渡した。エストが三人を冒険者ギルドに引き渡さなかったのは、彼らが現在、もしくは過去に冒険者経験があったか不明なためだ。
不明であっても本来なら、三人を冒険者ギルドに連れて行き、経歴を調べればいいのだが、確認に時間がかかるため、色々と面倒くさい。特に、今日中には離れるであろう街で、その手続きをやるのはもってのほかだった。
衛兵たちが詰所へと戻っていく姿を見届けたエストと少女は近くの石橋の上で一息つく。
少女の身長はそれほど低くなく、男性の平均身長を自称しているエストとほぼ変わらない位だが、足元をよく見ると、かかと部分が高くなっている靴を履いていた。ただ、その高さもせいぜい人差し指・中指・薬指の幅を合わせたぐらいしかなく、彼女が女性の中では身長が高めなことがよくわかる。
「助けてくれて本当にありがとうございます。あなたがいなかったら、あたしはあの人たちに捕まっていたわ。……それと、巻き込んでしまってごめんなさい」
少女はフードを被ったまま頭を下げた。
「二人とも何事もなかったのですし、問題はありませんよ」
「……ありがと。そう言ってもらえると助かるわ」
このまま、頭を下げ続けているわけにもいかず、少女は申し訳なさを残しながらも顔を上げる。
エストは改めて少女の全身を見て、どこにも怪我がなさそうなことを確認すると、「では」と相手に別れの挨拶を告げて、この場から去ろうとした。しかし、
「待って!」
「――?」
その背中を少女が呼び止めた。エストは立ち止まる。少女は何かを言うのを迷っている素振りを見せるが、決心をしたようで両手をギュッと握った。
「あなたは“女性”なのに、なんで魔法を使わなくてもあれほど強いの?」
「……ぁぁ、そういえば」
エストは最初、少女の言葉の意味が分からなかったが、髪を一つにまとめていた紐が先ほど切れたことを思い出した。
「(やっぱり、この髪だと女性と勘違いされやすいのか)」
実は、髪をまとめていたとしても、この少女の質問内容は変わらなかったわけだが、エストにそのようなことはわからない。
「私は男ですよ」
「……え?」
「いや、だから男――」
「もうっ、バカにしすぎよ。それに――」
聞き取れなかったのかな、と思ったエストが繰り返した言葉を少女が遮る。
「――あたしが会ったことのある誰よりも美人な人が男性だった、なんて信じられないわ」
少女は堂々と胸を張って宣言する。エストはそんな少女の様子を見て困ったな、と頭を悩ませるが、少しの後に一つの名案を思いついた。
「それでは、これでどうですか?」
エストはポンと手を打つと、両手を使って後ろ髪を一つにまとめて少女に見せる。
エストが何を期待して髪をまとめているのかが、理解できていない少女だったが、しばらくして、目の前の人物が“女性である”という疑いを晴らすために、そのような奇天烈な行動を取っていることに思い至る。
それに、男性に勝てるほどの体術の技量を持つ女性は、各所から引っ張りだこになるため、そういった誘いを煩わしく感じる者は、実力を隠す場合が多いという話を少女は思い出した。
目の前の人物もその類であり、「さきほどのナイフはスキルを使って投げました」という話に最終的には持っていきたいのだろうと少女は考えた。
このような話が通用するのは、さっきのナイフがスキルを使って投げられたものであれば、目の前にいる人物が“スキル保持者”というだけで、さほど大した問題にはならないからだ。
スキルは魔法のように“起こり”がないため、こういった誤魔化しに適している。
「あの、男だってわかってもらえましたか? こうした方が分かりやすいですよね」
「はぁ、あなたがどういう人なのかは、よ~くわかったわよ」
少女はエストの行為を見て呆れていたが、この場ではエストを男性だと認めておくことにする。というのも、自分がその話題を掘り下げると、話が進まなさそうだと感じたためだ。
「話を戻すけど、あなたはなぜそんなにも強いの?」
「強くありませんよ。“スキル保持者ではない”ですから、スキルは全く使えないですし」
「……」
その言葉を聞いて少女の動きが一瞬固まるが何も言わない。もうツッコミ疲れたのだろう。
だが、もし少女の心の声が聞こえたとしたら、「強さを隠すために、男性のフリをしたはずなのに、なぜそこでスキルを使えないと言ってしまうのか」と間違いなく叫んでいることだろう。
少女は気を引き締めてから話を続ける。
「あたし、どこでもいいから自分の国から出たいの。けど、魔法の才能か、スキル保持者に勝てる位の体術の技量がないと国から出ることを許さない、と両親に言われちゃってね」
橋の欄干に載せた腕の上に頭をのせて、少女は眼下を流れる水面を見る。
「この前、母が用意した魔導具で調べてみたら、あたしには魔法の才能が全くなかったのよ。それを認めたくなくて落ち込んでいたあたしを見かねたのか、母が初めて国外への旅行を許してくれて……。『今しかない』と思って、旅行先で監視を撒いて脱走してみたところ、……さっきの有様よ」
そう言うと、少女は顔を伏せる。
「(見た感じだと、そんなことはないと思うんだけどな。確実ではないけど、才能が全くないっていうのは考えにくいな)」
エストは少女の言葉を聞いて口元に手を当てていた。エストが疑問に思ったのは、先ほどの少女の言葉だ。少女の全身を上から下までジッと見ると、エストは少女のすぐ背後にまで近づく。そして、
「ちょっと、触りますよ」
「えっ?」
マントをめくって少女の背中、心臓に最も近いであろう場所にエストは手のひらを当てる。
「――っ!?」
橋の欄干とエストに挟まれて逃げ場のない少女は狼狽えていたが、エストが何やら真剣な様子なのを察知すると力を抜き、動きを止める。
「(やっぱり魔力炉はあるみたいだ。人が言うところの魔法の才能とは、言ってしまえば魔力炉の有無だ。魔力炉があるということは、この子には魔法の才能があるといえる。もし、筋が悪かったとしても最低限の魔法は使えるようになるはず)」
エストは自分の中で結論が出ると少女の背中から手を放す。すると、
「あたしが返事をする前に触るなんて何を考えているのよ! 男性だと自称するならそれぐらいの気遣いはしなさい!」
少女はエストの手が離れた瞬間、クルリと反転して声を荒げる。
「……はぁ、それで何をしていたの?」
「いえ、何も。ただの好奇心です」
「好奇心って――」
少女はエストの発言の真意を確かめようとしたが、
「あ! もしかすると、この『お嬢様』という呼び声は、あなたを探している方のものではないですか?」
エストの言葉を聞いて、少女は耳を澄ます。すると、聞こえてきたのは耳馴染みのある声だった。エストの言う通り、少女を探している者がいて、こちらに近づいてきているのだろう。
「ええ、そうみたい」
「よかった」
エストはそう言うと、少女のことをジッと見る。
「じゃあ最後に一つだけ。諦めてしまうのではなくて、もう一度だけ魔法の才能の有無を調べてみてはどうですか? 今度はあなたの母君ではなく、自分で用意した魔導具を使って」
「――?」
少しの間、下を向いて考え込んでいた少女は、言葉の意味をエストに尋ねようと顔をあげる。
「ねえ、それってどういう意味……あれ」
すでにエストの姿はなくなっていた。少女は予想外の出来事にポカーンとしていたが、次第に近づいて来る「お嬢様」という声を聞いて、石橋の上から立ち去る。
「あ、そういえば名前を聞き忘れたわね。……はぁ」
 




