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君に傅く魔術師の備忘録  作者: 星月夜 真紅
第二章
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第ニ章6話 『セミファリアの御伽話』

 


 ――辺りが明るくなると、馬車はすぐに出発した。それは、馬車の利用者たちが、薄暗いうちにテントの片付けを終えた成果であった。そして、馬車はしばらく街道を走り続け、



「これが、王都の城門……」



 馬車から降りたティアリスの第一声が、これだった。エストもティアリスの後から馬車を降り、城門を眺めるが、特に変わったところはない。


 いつもと同じ、壮麗な装飾がなされた城門・城壁だ。王都に住んでいれば、何度も見かける機会はあるだろう。しかし、ティアリスの反応は、初めて王都の城門を見た者のそれであった。



「そろそろ、身元確認をしてもらいに行こう。ここにいると、次から次に来る荷物点検待ちの馬車の邪魔になっちゃうから」


「う、うん」



 ティアリスは返事をすると、トットットッと小走りで、エストの近くにまで戻ってくる。その様子は、まるで小動物のようだ。



「城門、あまり見る機会がなかったの?」


「うん、外側はあまり」



 エストとティアリスの二人は、先に馬車を降り、王都に入るための手続きをしに向かった乗客たちの背をゆったりと追う。身元確認専用の部屋などは用意されていない。その代わりに、いくつかある三人から四人で構成された兵士のグループが、人のために用意されている通用門付近で、順次身元確認を行っている。



「あの人たちに、これを渡せばいいのかな?」



 ティアリスが自分の斜めがけバッグの中から取り出したのは、一枚の羊皮紙だ。



「そうだと思うよ」



 ティアリスが持つ羊皮紙は先日、クック商会に受け取りに行った手紙とともに封筒の中に入っていたものだ。アークフェリア家がエストとティアリス、二人の身分を証明するという旨が書いてある。


 エストとティアリスが、通用門前まで続く列に並んで待つこと少し、二人の順番がやってくる。



「次の方はこちらに」



 身元確認に合格した人を通用門の方へと案内した兵士は、すぐにエストとティアリスへと声をかける。兵士の顔に生気がないのは、休むことなくこの仕事を続けているからだろう。



「あの、これなんですけど」



 案内・聴取役の兵士、束になった羊皮紙と筆記具を持った兵士、帯剣した上で、長槍を手にしている兵士が二人。合計で四人の兵士が、エストとティアリスの身元確認を担当することになった。威圧してくる長槍を持った兵士には目もくれず、ティアリスは自分たちを案内した兵士に羊皮紙を渡した。



「はい、ええと、これは」



 しかし、そういった文書を読むのは、筆記具を持った兵士の役目であるらしく、すぐにその兵士へとティアリスの羊皮紙が渡される。


 羊皮紙に目を落とした兵士は何も言わずに、その内容を自分が元から持っていた羊皮紙に写し取り始めた。そして、写し取るのが終わると、パタパタとインクを乾かした後に、二枚の羊皮紙を、下に重ねたものが半分だけ見えるように重ね、二枚にまたがって判子を押そうとしている。



「控えと偽造防止のためかな?」


「うーん、どうなんだろ。ああいうのは、初めて見た」


「他の街でもあったのかもしれませんが、そもそもエスト様は冒険者のプレート以外の身分証明書を使って、街に入ったことがないですからね」


『あ、そういえば、初めてかもしれない』



 馬車を出た時からずっと横にいたリウから、エストは指摘される。



「冒険者の方々はプレートが身分証明書のようなものですから、警備体制を強化している今でも、プレートを見せて簡単な手続きを受けるだけで、王都に入れますよ」



 エストとティアリスの会話を聞いていたのだろう。暇そうにしていた案内役の兵士に声をかけられる。



「そうでしたか。あの、今話されていた、警備体制の強化とは? 何か予定されている行事でもあるのですか?」


「いやぁ、どうなんですかねぇ。私たちに入ってきたのは、『警備体制を強化しておけ』という命令だけですから」


 式典などの行事があると、それが終わるまで、アルトリウスに向かう馬車が少なくなり、帰りづらくなることが懸念されるため、エストは警備体制を強化した原因を尋ねたが、どうやら兵士は、この事態の原因を知らないようであった。


 一度、口を閉じた兵士はボリボリと頭を掻いて、



「ただ、兵士のなかでは『王都を出入りしている、人身売買の関係者を捕まえる』なんて物騒な話から、『王が代替わりをする』なんて大きな話まで、色んな噂が飛び交っていますよ」


「王の代替わり。セミファリア当代の王は、もうそのような、お年になるのですか?」


「ええ。たしか、五十台半ばぐらいだったはずです。それに、腰を患っているという噂もあり、最近は腕のいい整体師が、頻繁に城を出入りしていますよ。……そのような姿を見られるのは幸福なことですがね」


「――?」



 兵士の「幸福」という言葉を聞いて、今までエストと兵士の会話を黙って聞いていたティアリスが、首を傾げる。エストはティアリスのような反応をしていない。その場にいる者で、兵士が言った言葉の真意がわからない者は、一人だけだった。



「ああ、あなたは、セミファリアの方ではなかったのですね」


「――??」



 顔はフードに遮られていて見えないが、ティアリスが兵士の言葉を聞いて困惑しているのが、エストにまで伝わってくる。だが、ティアリスが困惑するのもしょうがないことだ。なにせ、兵士の言葉を信じるのなら、セミファリア王国の住人であれば、知っていて当たり前であることを、自分は全く知らないのだから。



「セミファリア王国、王家の正統な血を引く者は、老衰以外で死なないんです」


「……えっ!?」



 今まで、黙って話を聞いていたティアリスの声が漏れる。



「あの、それは――」



 ティアリスが詳しいことを兵士に尋ねようとしたときだ。



「こちらの手続きは終わりましたので、これはお返します。……では、最後にフードの方を一度外して頂けますか?」



 今まで後ろの方にいた筆記具を持った兵士から羊皮紙を受け取ると、エストとティアリスは指示に従ってフードを外した。すると、兵士は手元の羊皮紙の束をパラパラとめくり、何かを確認し始める。



「女性……二人……はい、ありがとうございました。お二人とも、何の問題もありません」


「では、私について来て下さい。通用門の方へと案内いたします。門を通過する際に、簡単な手荷物検査があります。特に準備をすることはありませんが、覚えておいてください」



 筆記具を持った兵士が「問題なし」と言うと、少しの間、自分たちと話していた兵士が、通用門への先導を始めた。エストとティアリスはフードを被りなおすと、兵士についていく。リウの姿はいつの間にか見えなくなっている。


 そして、ティアリスが兵士に先ほどの「死なない」という言葉について、詳しく聞く暇もないほど、ほんの少し歩くと、通用門に到着する。通用門は、普段使いの出入り口にふさわしく、過度な装飾は抑えて作られていた。


 二人は、案内をしてくれた兵士と別れると、手荷物の検査を受ける。案内してくれた兵士が言っていたように、そこまで大がかりな検査ではない。簡単なものだ。



「(本命はこの魔導具か。これは、通過した魔術師であれば誰でも気がつきそうだな)」



 エストは通用門をくぐった際に、自分の身体が不自然な魔力に晒されたことで、魔導具の存在に気がつく。しかし、それを態度には出さない。ティアリスもエストと同じく、魔導具の存在に気がついているようだった。ティアリスは、魔導具のある方向――頭上を見上げながら歩いている。


 エストとティアリスは、特に咎められることなく、通用門を通過する。



「お二人とも、大丈夫みたいですね。済んだ後で大変申し訳ないのですが、お二人が危険性のある魔導具を持っているかどうか調べさせてもらいました。ご了承ください。……では、セミファリア王国、その中核をなす王都を、ぜひご堪能下さい」



 通用門の荷物検査を担当している兵士の一人は、そう言い残すと、自分の持ち場に戻っていった。



「それじゃあ予定通り、今日泊まる宿を探そうか」



 エストの言葉にティアリスはうん、と頷く。エストとティアリスの二人が、アークフェリアの屋敷にすぐに行かないのは理由があった。まず、顔を出すと手紙を送った日付が今日ではなく、明日であるということ。もう一つは、二人ともアークフェリアの屋敷に泊まる気になれなかったためだ。



「……エスト君、ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」



 ティアリスは歩きながら、エストに喋りかけた。



「さっきの兵士の話のこと? 『正統な血を引く者は……』ってやつ」


「う、うん。私は初めて聞いたんだけど。あの話って本当なのかな?」


「『正当な血を引いている者は死なない』っていうのが、本当かどうかはわからないけど。……たしか、この国の有名な御伽話(おとぎばなし)の一つにそんな話があった気がする」


「……ぁ、実際の話じゃなかったんだ」



 ティアリスは口元に手を当てて驚くと、恥ずかしそうにして、



「でも、そうだよね。寿命以外で死なない人なんて、お話の中にしかいないよね。少し考えればわかることだったのに」



 フードが揺れた際にチラチラと見えるティアリスの顔は恥ずかしさのせいか、真っ赤だ。これ以上、見つめていると可哀そうかと思い、エストはティアリスから目線を外した。


 これから二人が探すのは、王都では比較的安価で客室が空いている宿だ。




 ◇◇◇




 エストとティアリスが宿を探し始めてから、短くない時間が経った。空も赤く、飲食店などは賑やかさを増している。



「たしか、向こう側にも一つ宿があったような」



 エストは、あの日――アークフェリアの屋敷を初めて訪ねた日の記憶を遡りながら歩く。それは、ここ最近で、王都をくわしく歩いたのがあの日しかないためだ。ここに至るまで、エストとティアリスは幾つかの宿を訪ねてみた。しかし、今まで見てきた宿は、どこも宿泊客でいっぱいだったため、宿の捜索は今なお続いている。



「エスト君、あれは何?」


「ん?」



 エストはティアリスが指さす方を見る。ティアリスがピンと伸ばした指の先にあったのは屋根の上にのっている何かのシンボルだ。シンボルを掲げている建物自体は、手前にある他の建物が邪魔をして見えない。シンボルは、4つほどの鉄製の輪が様々な方向からバランスよく噛み合い、疑似的な球体を形づくっているというものだった。



「少し向こうにも行ってみようか」



 二人は宿探しを一時休止し、例の建物に近づく。近づいて見えたのは、それほど大きくはないが独特な造りをした建物だった。王都では、赤い屋根に白い壁をした建物が一般的だが、目の前の建物は違う。屋根は紺色、壁は茶色をしている。


 それに、建物には小さな塔のようなものも取りついており、その先端には先ほど見えたシンボルが掲げられている。どう見ても、周囲の一般的な建物と比べ、お金をかけて造ったことが分かる建物だった。



「教会?」



 ティアリスは本で読んだことのある教会の形に近いことから、その言葉を口にした。



「うん、正解。あれは王都にはけっこう昔からある建物で、創世教――その中でも懐古派の教会だよ」


「懐古派?」



 ティアリスは耳馴染みのない言葉に首を傾げる。



「詳しくはわからないけど、幾つかに分かれた創世教の宗派の中では穏健派で、創世教が分裂する前にあった大本の信仰――“神に祈りを捧げて、幸福な来世に連れて行ってもらう”っていう信仰心を持っている人たちが所属しているらしいよ」


「ほんとに、宗派は幾つかあったんだ」



 ティアリスはエストの言葉を聞いて、何かに納得したように何度か頷くのだった。



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