表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君に傅く魔術師の備忘録  作者: 星月夜 真紅
第二章
30/65

第二章2話 『初めての旅支度』

 


「……エスト様」



 ふわりと現れるのは、金色の髪を携えた少女。その少女――リウがエストに声をかけた。



『うん、僕も気づいた。僕たちと同じで、フードを被っている人だよね』



 アークフェリア家から手紙が届いた次の日、エストたちは予定通り、王都へ行くための準備をしていた。


 エストとその横を歩くティアリスが、明日乗る乗合馬車の予約を済ませ、市場で昼食と夕食の分の買い物を終えたのが、今しがたのことだ。


 ――そして、現在。


 二人は屋敷への帰路についたが、そこでエストとリウは何かに気がついた。



「少し距離はありますが……。今後のことも考えて、私が顔を確認してきましょうか?」


『最近は妙に色々あるし、お願いするよ』



 二人が気づいたこと--それは、自分たちが何者かに後をつけられているということだ。


 エストの言葉を聞いたリウは、市場を歩いている人々を避けながら、目的の人物の下へと向かった。


 エスト以外の人が見ることも触れることも出来ないはずのリウが、人を避けて歩く必要は本来ならない。というのも、リウの存在に気がつかない者が彼女にぶつかると、その身体をすり抜けてしまうからだ。


 それにも関わらず、リウが人を避けて歩くのは、



「(何かが――特に生き物が、自分の中をすり抜けるのは、気持ちが悪いから。そういった理由で普段は人が多い場所では中に戻っているのに、リウには悪いことを頼んじゃったな)」



 エストは足を止めないようにしながら、「あとで、何か欲しいものはあるか聞いてみよう」と心に決める。


 リウはモノ――厳密には生き物に触れることが出来ない。しかし、その一方で、家具や道具といった物であれば、動かせないものの、リウは意識次第で触れることができる。



「(動かせないのも、であれば……の話らしいけど。僕の中に持ち込むことが出来れば、動かせるって……。一体、僕の中はどうなっているんだか)」



 エストは、「そう言えば、小さな家があるって言っていたな」と思い返していたが、ふと現在直面している問題の方へと意識を戻す。



「エスト君、お金はあとどのくらい残ってる?」


「それほど多くは……わかりやすく言えばこの街の昼食二人分くらい」


「やっぱり私も働いた方が――」


「生徒と使用人が屋敷以外で働くことは学園の規則で禁止されてるでしょ。だから、生活資金が届くまでは、このお金の中で上手くやりくりしないと。それより――、



 普段――屋敷の中にいる際には、当たり前になっている「お嬢様」という呼びかけ。しかし、現在いるのは市場だ。屋敷ではない。



「……どうすればいいかな?」



 その違いが意味することに思い至ったティアリスは、落ち着いてエストに聞き返す。



「とりあえず、いつもの所で曲がらずに、このまま人通りの多い場所を通って冒険者ギルドに行きましょう」


「うん」



 ティアリスが頷いた時だった。



「エスト様、相手の顔を見てきました」



 リウがエストの元へと戻ってくる。顔を確認する相手の元には歩いて行ったリウだが、戻ってくるときは、何もないところからふわりと現れた。相手の顔を見た後、エストの中を中継して戻ってきたのだ。



『ありがとう、リウ。それならお嬢様がいる今、慌てて捕まえなくても、あとで--』


「いえ」



 エストの言葉をリウが遮った。



「……恐らく、今ここで()()()()おいた方が、色々とややこしくならないでしょう」


「……?」



 全く想定していなかったリウの言葉に、エストは首を傾げた。




 ◇◇◇




「うぅ、ここも違うみたい」



 深く被ったフードの中で、女性はため息をつくと、広げたこの街の地図、その一箇所に×印をつける。


 地図につけた印の数は既に五十を超えていた。



「……」



 女性がフードを深く被っているのは、自分のことを知っている者たちに見つからないためだ。この女性にとって、街中を歩くときにフードを被って顔を隠すのは特別なことではない。いつものことであった。



「貴族の居住区は一通り回ったはずなんだけど、何処か見落としたところがあったのかな」



 再び小さなため息をついて、地図をしまう。



 “不思議な二人”



 それが、いま探している二人を初めて見た時に女性が感じた印象だった。



「(貴族であるはずの女生徒は、家名を名乗らず、その付き人は男装の麗人。……きっと、何か事情があるんだよね。でも、あの二人がここで生活するのは大変そう。……私もそうだったし)」



 特定の人に肩入れしてはいけない。それがわかっていながらも、二人を意識しないというのは、彼女にとって難しいことだった。



「午後から捜索を再開するために、簡単に食べられるモノでも買いに行きましょうか」



 そう独り言を言って足を向けるのは、この街にある市場だ。飲食店ではない。女性がフードで顔を隠している理由の一つは、()()()()が原因だった。



 ある程度の時間歩き、市場までもう少しというところで、ふと目に入った飲食店の料金表を見て、女性はため息をつきたくなる。



「(……高い、高すぎる。もし、ここで食べたら、私のお財布が……)」



 この街に職場があるため、その給金で付近にある飲食店に一度も行けないということはない。夕食より安い金額が設定されている昼食であれば、一ヶ月毎にもらえる給金で数回までなら食事ができる。


 しかし、一ヶ月の給金を丸々、数回の昼食に使う訳にもいかず、また普段は隠れるように一人で昼食を食べているが、それが叶わず不意に職場の同僚から食事を誘われた際に、「代金が払えないので代わりに払ってください」などと口が裂けても言えないのだ。


 特に、この女性の身分であると。



「(今月はあと一回、誰かに誘われたら、お給料と差し引きゼロになっちゃうから気を付けないと。……一応、ギリギリのところで貴族なんだし。ほんと、大人になっても、お給料だけで生きていけないなんて、……なんて生活のしづらい街なんだろう)」



 この街が、人が生活するための「まち」というシステムを放棄していることはともかく、女性の身分――それはこの国の“貴族”という階級だ。つまり、この女性は本来なら、お金に困ることがない側の人間だった。


 貴族には、その血統に誇りを持っている者が多い。そのため、必然的に家族や親戚同士のつながりというものも強くなる傾向がある。しかし、この女性の場合は――



「(養子だしね……私。血のつながりがない私より、最近生まれた実の子どものためにお金を使うのは普通だよね)」



 市場の人混みに紛れ、女性は手軽に食べることができ、比較的安い食べ物を探す。



「休日のこの時間だと、たしか……パンが値引きされていたはず。すっかり冷えていて硬いけど、その代わりに食べ応えは――っ!!」



 小さな独り言が途切れる。それは、今まで何回かの休日を使って探し求めていた人物を見つけたからだった。相手の顔は、露店の商品を手に取った時にフードの端から僅かに見えた程度だったが、それを見落とす女性ではなかった。



「待って! エストさん!」



 しかし、双方の話すにしては遠すぎる距離と、雑踏から生まれた人声というノイズによって、女性の声は相手に届かない。



「(見失わないように、今すぐ追いかけないと!)」



 女性は、周りにいた人々が何事かと訝し気な目線を向けていることなど露知らず、目的の人物を目指して、少なくない人の間を縫うように走り始めた。


 すっぽりと、フードを深く被りながら。




 ◇◇◇




「どうされたのですか? アニス先生」



 自分たちを追いかけてきている怪しげな人物が、ティアリスのクラス担任をしている教師だと知ったエストは、ティアリスと共に露店と露店の間に生まれている空白地帯に移動し、その到着を待った。


 そして、待つこと少し。ようやく追いついた者に向けたエストの第一声が先ほどのものだ。


 エスト、ティアリス、そして三人目--アンネロッテ・アニス。


 皆、フードを被って顔を隠しているため、お互いの顔が見えていない。しかし、エストの場合は、目の前の人物がアンネロッテであること、アンネロッテの場合は、目の前にいる二人のうちの片方がエストであることにそれぞれ確信を持っている。



「ティアリスさんとエストさんがなかなか学園に来ないから心配で、屋敷を訪ねようにも場所がわかりませんし、貴族の居住区を見て回っても何もわかりませんし……」



 アンネロッテはそう言うと、地図を取り出してエストに見せる。


 その地図に記された×印の数から、エストとその地図を覗き見るティアリスは、目の前の教師が今ここで偶々居合わせたから、自分たちに声をかけたのでは無いということを理解した。



「すみません。ご迷惑をおかけしました。私たちはこの通り、無事です。新しい問題に巻き込まれているわけでもありません」



 エストとティアリスの二人は、頭を下げた。



「--? そうですか。何事もないなら何よりです」



 エストの隣で頭を下げた人物を見て首を傾げるが、アンネロッテはすぐにエストの方へと向き直った。



「(そっか、顔が見えないから、お嬢様のことには気がついていないのか)」


「普通の貴族は、こういった格好をして自ら買い物をするなんてことはしませんからね。ふふっ、でも、それなら貴族であるこの方は、なぜ顔を隠しているのでしょう?」



 リウは目の前の女性に少なからず興味を持ったようであった。



「ティアリスさんと直接顔を合わせて話をしたいのですが、都合のいい日はありますか? あれ以降、新しい問題に巻き込まれていないということで、ひとまず安心しましたが、他にも勉強のことなどで心配もありますし」



 エストがどうしようかと考えていたその時、「――きゅぅ」と小さな音がした。音の出どころは、こちら側――エストとティアリスではない。二人の正面にいる女性の腹部からだ。



「……保て、私の威厳」


「――?」



 エストとティアリスに、アンネロッテの小さく呟いた言葉は聞こえていなかった。



「い、いえ、何でもありません。ここで立ち話をしていてもあれですし、もしよかったら、今から何処かのお店にでも入りませんか? エストさんと、あなたも」



 やはり、アンネロッテはエストの隣にいる人物が、まさかティアリスだとは思っていないらしい。



「(それにも関わらず、いつもと同じ態度ということは、使用人に対して偏見を持っていないのか)」


「……あ、でも今はお仕事の最中ですよね? そうなると、ティアリスさんの許可を貰わなくてはダメですよね。……どうしましょう」



 アンネロッテは考え込んでしまう。



「あの……」



 そんなアンネロッテに対して、今まで黙っていたティアリスが声をかける。そのことに驚いたのはエストだ。ティアリスが今まで黙っていたのは、アンネロッテに自分の正体を知られないためだったからだ。


 幸いにも、声を聞いただけでは、アンネロッテがティアリスに気がついた様子はみられない。





「良いのですか?」


「はい」



 ティアリスはエストの言葉に答えると、一歩前に出る。



「今まで、黙っていて申し訳ございません、アニス先生。私がティアリスです」


「え!? あなたが!?」



 予想だにしていなかった事実に、アンネロッテは思わず声が大きくなるが、すぐに自分の口元を押さえ、小さな声で喋り始めた。



「その理由は……ここでは話しづらいみたいですね。私も事情を知っておきたいですし、今から大丈夫ですか?」


「はい」


「屋敷への連絡などは大丈夫ですか?」


「はい、エストが一緒にいてくれているので」



 その言葉を聞いて、アンネロッテのフードが揺れる。



「良い信頼関係ですね。それでは、お店の方へと行きましょうか」


「……アニス先生。とても申し訳ないのですが、喫茶店でも構いませんか? ……私たちの手持ちが少ないので」


「誘ったのは私ですし、それに自分の学生に代金を支払わせるわけにはいきません。昼食の代金は私の方で支払うので、心配しないでくださ――」



 言葉の途中でアンネロッテの歩みが止まる。



「……そうですね。私もあまりお腹が空いていないのでした。本格的な物ではなく、手軽に食べられるものを出す喫茶店にしましょうか。もちろん、さきほどとは変わらずあなた達の代金は私が支払うので――」



 またもや、アンネロッテの動きが止まる。


 具体的には、マントの内側で何かを探すようにゴソゴソと動いていた手がピタリと止まった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ