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君に傅く魔術師の備忘録  作者: 星月夜 真紅
第二章
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第二章1話 『待つ二人』

 


 ――ティアリスがエストにあの時の答えを告げてから、一週間ほどがたっている。しかし、ティアリスは未だに学園には行けておらず、また二人の関係も、以前とはさほど変わっていなかった。



「なかなか、王都のお屋敷から手紙が返ってきませんね。これ以上、学園を休んでしまうと、お嬢様が授業についていくのが大変になってしまいそうです」



 長い黒髪を後ろで一本にまとめ、執事服を着たエストは、いつもと同じく、談話室のテーブルについていた。


 しかし今日、テーブルについているのは一人ではない。エストの正面には亜麻色の髪をした少女――夜空のような瞳をした少女がイスに座って、本と羊皮紙を広げていた。


 二人の近くには紅茶のはいったティーカップが置いてある。いつも通り、少女がいれたものだ。



「そうでしょうか? エスト君がこうして教えてくれているので、その点は問題がないと私は思っているのですが」



 そう、教えていた。


 エストは現在、魔法の基礎について、学園の教科書に沿ってティアリスに教えていた。この提案をしたのは、ティアリスが学園の授業についていけなくなることを懸念したエストだ。


 エストは「私は男性なので、魔法を使うことは出来ませんが、魔法の基礎知識だけならお教えすることもできると……」といった風に、ティアリスに提案をしていた。


 最初は「エスト君の仕事が増えてしまうので」とその提案をティアリスは断っていた。


 しかし、学園を休むのが長引くうち、授業についていけないことでエストに迷惑をかけてしまうかもしれないとティアリスは思ったらしく、今はエストの提案を受け入れている。


 しかし、彼女らしいというか何というか。


 ティアリスはただではエストの提案を受け入れていなかった。ティアリスがエストの提案を受け入れるかわりに、提示したのは「屋敷内の掃除を自分に全て任せること」というもの。


 エストの仕事がこれ以上、増えることを嫌ったティアリスらしい提案だった。



「私は魔法が使えない男ですから、お嬢様にお教えできることは多くないですよ」


「それでも、私はエスト君に感謝していますよ。私が魔法を使えるようになったのはエスト君のおかげですし、そもそも……」



 ティアリスは何かを言い淀み、何気なくエストから僅かにソファの方へと視線をそらす。



「いえ、またエスト君の“お友達の魔術師”のお話を聞かせてください」



 視線を元に戻し、何事もなかったかのように微笑むと、ティアリスは再び本へと目を落とした。



「……エスト様、相変わらず誤魔化すのが下手ですね」



 呆れ声は談話室に置かれたソファから。



「もしかしたら、その娘に魔法が使えること、バレているのではないですか?」



 いつもティアリスが座っている場所には、真っ白のワンピース姿をしたリウが行儀よく座っていた。


 談話室に置かれているソファは一人掛け用ではない。ティアリスが普段、定位置であるかのように座っている場所以外にもたくさん座るところがある。


 しかし、リウは何かにこだわるかのように、ティアリスが普段座っている場所に座っていた。


 そして、そこからエストのことを談話室に来た時から今まで、ずっと眺めている。



『バレてはいないと思うけど。ただ、“あの時の魔術師”と関係があると思われているんじゃないかな』



 目線だけはリウの方へと動かすが、エストの口は全く動いていない。



「それなら大丈夫……とはいえませんが、まだその方が最悪な状況は避けられていますね」



 エストの口が動いてなくとも、エストの言葉はしっかりとリウに伝わっているようであった。



「これまで、エスト様が魔法を使えると他の者に知られて、良かったことなど“片手で数えられるほど”しかなかったのですから」



 それがどの位の期間において換算されたものであるかを、リウは言わなかった。



 “片手で数えられるほど”



 一カ月の間で、片手で数えられるほどなのか。半年の間で、片手で数えられるほどなのか。一年の間で…………。



 それとも――




 ◇◇◇




 昼食を食べ終えたエストとティアリスは、屋敷の外に出る。二人の恰好は、外出する際の恒例となった冒険者風の服にマントを被るというもの。


 冒険者風とは言っても、エストは実際に着ていたもののため、そうは言えないかもしれないが。


 マントについたフードを深々と被った二人が、外に出た目的は二つある。一つは、中央の市場に食材を買いに行くというもの。


 そして、もう一つの目的は国内・国外の手紙の差し出し、受け取りを管理している店の一つ――クック商会のアルトリウス支店へと、手紙が届いているかの確認をしに行くことだった。


 エストが手紙を王都のアークフェリア邸へと送ってから、五日、六日後から二人は今日のように、食材の買い出しのついでにクック商会へと足を運んでいる。


 クック商会には“いくらかの金額”を払って年間会員になれば、誰かから手紙が届いた際に、手紙を指定した場所へと商会の配達員が持ってきてくれるというサービスがある。


 しかし、その“いくらかの金額”を聞いたエストは大人しく、毎日買い物のついでに商会へと通うことを決めていた。



「エスト君、今日は何を買う予定なの?」


「今日はシチューにする予定だから……。屋敷にない野菜を中心に、って感じかな」



 周囲に人気はないが、冒険者のフリをして街を歩いているためか、二人の口調は屋敷の中でのものとは異なる。



「シチュー」



 ティアリスのフードが揺れる。通りに風は吹いていない。



「好きなの?」



 ティアリスのフードが先ほどより大きく揺れる。



「私が、だよね? えーっと、……どう、なのかな? シチューに限ったことじゃなくて、エスト君が作る料理なら全部、同じくらいには好きだけど」



 エストはそんなティアリスの様子を見ていて、それにしては、シチューの時は他の料理の時と反応が違う気がする、と思っていた。


 そんなことを思いつつ目線を少し下にズラすと、ティアリスはフードの中で困った顔をしていた。


 どうやら、ティアリスはエストが発した「シチューが好きなのか」という問いの出所がわからない――好きという自覚が無いようであった。


 しかし、彼女の反応がその他の料理の時と異なっているのは明白だ。



「もし、そういった風に見えたとしたなら、私が()()()()()()()()だったから、かな?」


「ああ、そういえば」


「うん、とっても美味しかった」



 屋敷にあった余り物で作った、あの日の夕食をエストが思い返していると、しばらくして細い路地を抜ける。


 ティアリスは先ほどの答えで、満足したらしい。もう、困った顔はしていない。



「最初はクック商会だよね」



 ティアリスの言葉にエストは頷く。すぐ近くの市場へと行く前にクック商会へと向かうのは、市場で食材を買った後だと荷物が邪魔になるという問題があるからだった。




 ◇◇◇




「お次の方、どうぞ」



 その言葉に従い、マントを着た二人がカウンターの前へと向かう。



「ご用件は?」


「手紙が届いていると、あそこの掲示板に張り出されていたので」



 エストは斜め後方を指さす。指さしたのは、店内に数ある掲示板の一つだ。それには、ベタベタと多くの羊皮紙がピン止めされており、それを何人かの人が見ている。


 手紙など、自分に何かが届いていないか確認をしているのだろう。少し前に、二人がやっていたことと同じだ。



「それではお名前を窺っても?」


「エストです」


「エスト様、ですね。会員証を出してお待ちください」



 カウンターの向こう側にいた女性――クック商会の店員は手紙を探しに向かう。店員の女性が言った会員証とは、手紙関係のサービスを利用する際に無料で作れるものだ。


 エストは会員証をマントの内側、斜めに掛けたバックの中から取り出すとカウンターの上に置く。この会員証は本人確認に用いられていた。


 それから少しして、手紙を持った店員が戻ってきた。



「それでは、先に会員証の確認をさせていただきます」



 店員はそう言うと、エストが置いた会員証と手紙を交互に手に取り、カウンターの陰――エストたちからは見えない位置に置いてある何かにかざす。



「(……魔導具なんだろうけど、どういう仕組みになっているんだろう)」



 エストがそんなこと考えているのも束の間、作業を終えた店員が顔をあげる。



「ありがとうございました。確認が取れましたので、手紙をお渡しいたします」



 店員は持ってきた手紙を「どうぞ」とエストに手渡す。



「ありがとうございます」


「ご用件は以上でしょうか?」



 これ以上の用事がないことを店員に告げたエストは、手紙を丁寧にバックの中へとしまう。



「ご利用ありがとうございました」



 横にいるティアリスに声をかけ、エストは商会の出口へと向かった。



『リウも行くよ』



 店内を散策していたリウに向かってエストは呼びかける。呼びかけるとは言っても、声に出さず、念話を使ってだ。



 屋敷の時と同じく、エストの声は周りにいる人々には聞こえない。



「追いつくか、エスト様の中に戻るかするので、先に市場の方へと歩いていてください。私はもう少しここの張り紙を見ているので」



 リウは店内の張り紙を順番に見ている。



「(そう言えば、リウがこの街にあるクック商会の店内を見るのは初めてなのか。いつもはたまたま中に戻っているタイミングに来ていたし)」



 リウがエストの中から、出てくるのは彼女の気分によるところが大きい。



『わかった。じゃあ、ゆっくり歩いているね』



 そう言うと、エストはクック商会の外に出た。


 エストがゆっくり、と言ったのは、リウがエストから離れて存在出来る距離に限界があるからだった。


 もしエストがさっさと市場へと歩いて行ってしまえば、リウが店内の張り紙を見終わる前に、エストの中へと強制的に戻されてしまうのだ。



 ――エストが出て行った後の店内。



「見ていない張り紙は、これで最後ですね」



 リウの言葉通り、彼女が店内に張っている張り紙で、未だ詳しく目を通していないのは、次の一枚で最後だった。


 張り紙の上部に書かれている一文、張り紙の内容を表す題名は『代表者の紹介』。



「これは……はぁ、商会の代表者について……ですか」



 最後に一番つまらないものを見てしまったとばかりに、リウは顔をしかめる。



「……ですが。ふふっ」



 視線を少し下にずらしたリウは上品に笑う。



「天敵は“すずめ”、でしたか」



 そう言うと、リウの姿はその場から掻き消える。今からエストに追いつくのが手間だと感じたリウが、一度エストの中へと戻ることで合流を図ったのだ。



 そんなリウが最後に見ていたのは『代表者の紹介』という題名の下、デカデカと描かれた代表者とおぼしき男性のスケッチのさらに下に記された一文。



 ――クック商会代表 ロビン・クック




 ◇◇◇




 夕食のシチューも食べ終わり、その片付けも終えた二人は談話室で一息ついていた。


 市場で食材を購入するのに時間がかかったため、屋敷に帰って来てからすぐに夕食を作り始めたにも関わらず、すでに外は真っ暗だ。



「お嬢さま、こちらクック商会の方で受け取ったお手紙です」


「ありがとうございます。エスト君」



 手紙をエストから受け取ったティアリスは、さっそく中身を確認する。エストはティアリスが手紙を読んでいるのを、こっそりと見ていたが、彼女の表情に変化はない。



「……。エスト君も目を通してみてください」



 ティアリスは手紙を読み終えると、それをエストに手渡した。エストは彼女の言葉に従い、丁寧にたたんで手渡された手紙に目を通す。



「(……。……。……。――つまり、事件のことを詳しく聞きたいから、すぐに王都の屋敷へと顔を出すように、ということか)」



 読み終わったと声を出す代わりに、エストは再び手紙を丁寧に折りたたんで、テーブルの上にゆっくりと置いた。



「お嬢様、どういたしますか?」


「行く……しかないでしょうね」



 二人ともあまり気乗りがしないようであった。しかし、それもしょうがないことだ。


 ティアリスが気乗りしないのは言うまでもなく、エストも“あの夜”にティアリスの話を聞いてからというもの、アークフェリア家の人々に対してあまり良い感情を持ってはいない。



「行かなくてはならないのでしたら、早めに行きましょう。これ以上、学園を休む期間が長引くわけにもいきません。明日を準備日として、明後日には王都の方へと向かいませんか?」


「……そう、ですね」



 ティアリスは何やら難しい顔をして黙っていたが、少しの後にゆっくりと口を動かす。



「……王都に行く前にエスト君には話しておきたいことがあります」



 それはティアリスからエストへの告白だった。




 ◇◇◇




「(その前に言っていたことの衝撃が強すぎて、聞き流しちゃった気がするけど。やっぱり、“あの時”の話は聞き間違いとかじゃなかったのか)」



 エストはティアリスの話を思い返しながら、ベッドの中へと入る。エストが聞いたティアリスの告白。それは――



「(“アークフェリア家に命を狙われる可能性”、か)」



 それと同様の話をエストはティアリスから聞いたことがあった。


 しかし、その時の状況も状況であり、またティアリスからすれば、この話をしたのは“魔術師”であって、“エスト”ではない。


 そのため、今までの間エストからティアリスに「アークフェリア家に命を狙われる」ということがどういうことなのか、何も聞くことが出来なかったのだ。



「(今日の話の中で、お嬢様はわざと言わなかったんだろうけど、そういった状況に陥った際に狙われるのは、……おそらく僕だけじゃない)」



 エストは、ティアリスもアークフェリア家から狙われることになるのではないかと考えていた。



「あの娘はエスト様に、『王都の屋敷に着いてこないように』と言っていましたが、あの娘にお答えになった通り、本当に無理やりにでも着いていくのですか?」



 その声は耳元から。



「僕が一人で行く分には問題ないけど、お嬢様を一人で行かせることは出来ないよ。それなら、お嬢様の意見を一部尊重して、二人で行った方がいい」



 リウはあの夜――森で魔獣の群れに襲われたあの夜から度々、エストのベッドに忍び込んでいる。


 どうやら、彼女の中にあった「エスト様に迷惑をかけてしまうので」という気持ちは原因不明の何かによって、いとも簡単に霧散したようだった。



「あの娘を一人で行かせたら、襲われる可能性が高いと?」


「いや、可能性は凄く低いとは思うけど。……最悪な状況に対する解決策は、なるべく用意しておくべきだと思うから」


「そうですか。エスト様、()()()()()真剣な話なのですが……」


「(……今までは違うのか)」



 ベッドに横になっているにも関わらず、エストはガクッと体から力が抜けるのを感じる。その一方で、リウは先ほどまでと変わらない表情で、言葉を続ける。



「向こうで、襲われたとして……魔法を使わずに勝てますか?」


「うっ……それは、まあ」



 エストが意識して深くは考えないようにしていたことを、リウは鋭く突いてきた。




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