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君に傅く魔術師の備忘録  作者: 星月夜 真紅
第一章
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第一章13話 『決闘』

 


 昼休みが終わり、担任教師が教室を出て行ったことで午後の授業も終わりを告げた。



「それでは帰りましょうか、エスト君」


「はい」



 二人が教室から出ようとした時だった。



「ちょっと、待ちなさいよ!!」


「……」



 エストとティアリスの前に人影が立ちふさがる。その人数は四人。学生が一人に使用人が三人。昨日も見た顔ぶれだ。というより、昨日ティアリスに突っかかってきた学生とその使用人だった。


 彼女たちがティアリスに絡みに行くのを見た他の学生たちは、巻き込まれるのを嫌って皆早々と教室から退散していた。



「ええと……何か私に?」


「『何か?』じゃないわよ! 昨日言ったはずでしょ。『私の家に従属しなさい』って。その答えを聞きにきてあげたのよ!!」」



 少女は腕を組み、偉そうに言う。



「(たしか“アニスさん”だっけ)」



 エストは目の前の少女を見て、昨日聞いたような気がする名前を思い返す。



「“ガイヤールさん”、あなたの提案を受けることは出来ないと昨日も言ったはずです。その答えは今日も変わりません」



「(……ガイヤールさん、だったみたいだ。目の前の少女がガイヤールっていうことは、先生の名前がアニスなのかな?)」



 目の前の少女と教師の名前を反対に覚えていたことにエストは気がついた。



「じゃあ、しょうがないわね。力づくで私の家に従わせてあげるわ。学園の闘技場も使用許可を取ってあるし、使用人を使って“決闘”をしましょう。あなたが負ければ、私の言いなりになってもらうわ。そして、もし万が一私が負けるようなことがあれば、あなたからは手を引くと約束しましょう。一応、貴族なんだから断るなんてこと――」


「すみませんが、お断りします」



 道を塞がれ、勝手なことを言われても顔色一つ変えなかったティアリスは、「使用人を使って」と聞いた瞬間にだけ、目の色を変えた。



「……はぁ? このゼノヴィア・ガイヤールとの勝負から逃げるとでも? まあ、確かにあなたみたいな家名も名乗ることが出来ない下級の中でも下級の貴族なら“貴族としてのプライド”っていうものが無くても当然でしょうけど」


「(……お嬢様の家名を聞いたらどんな反応するんだろう)」



 エストは家名を言い出したい好奇心に少しばかり駆られる。



「お話が以上なら私は帰らせていただきますね。急いでいるので」



 ティアリスがガイヤール――ゼノヴィア・ガイヤールのことを内心どう思っているのかはさておき、彼女の表情は冷静そのもので、どこかしらが抜けている普段より幾分も大人びて見える。


 ティリスは「行きますよ」とエストに言うと、ゼノヴィアの横を通り抜け、教室の外に出ようとした。しかし、



 ――カキンッ



 人の気配がすっかりなくなった教室に響いたのは、甲高い金属音。



「何のつもりですか」



 エストは持っていたナイフで上に弾き、クルクルと回って落ちてきた針をパシッと掴むと、それをティアリスに向かって投げた男の使用人に問いかける。針には何かが塗られていたらしく、怪しく光っている。



「……」



 使用人の男は無言、というよりは不意の攻撃を防がれ、唖然としている。エストに視線を向けられた残り二人の使用人、その内の片方は小杖ロッドを、もう片方は大杖スタッフを慌てて構える。



「――!? エスト、大丈夫!?」


「ええ、大丈夫です」



 エストは針を丁寧にハンカチに包み、執事服の内側にしまう。



「ちょっとした悪戯のつもりでしたが、防がれてしまいましたね。この機会にソレの効力を調べておきたかったのに。まあ、もできたらと言っていたので、今はいいでしょう。……それで、決闘は受けてくださいますか?」



 使用人たちがエストに異様なものを感じているにも関わらず、その主人であるゼノヴィアは、エストに対して何も感じていないようだった。彼女はどこか上の空で、顔色は微熱があるように赤い。



「……その勝負に勝てば、本当にお嬢様には一切の危害を加えないのですか?」


「はい、ガイヤール子爵家の名に懸けて、今度一切あなた方に干渉しないと誓いましょう。もし、私の話が信じられないというのなら魔誓約書ギアス・ロールを使っても構いません」


「――!」



 驚くエストをよそに、ゼノヴィアは自然な動きで鞄の中から巻物を取り出す。


 魔契約書ギアス・ロール――署名と血印を持って、二者間の契約を強制的に順守させる代物だ。強制的というのは、魔契約書ギアス・ロールに記したことに反した者は、その代償として命を失うことになるからだ。


 魔契約書ギアス・ロールはその作成に際して、呪殺の特性を持つ希少な魔獣の皮と同じく貴重なインクを材料に使うため、決して学生同士のいざこざで引っ張り出されていいものではない。



「(なんでそんなものを持っているんだ? それに学生の私闘に使うなんて。売れば数年間は豪遊していられるほど価値があるモノのはずなんだけどな)」



 放っている魔力から、ゼノヴィアが手に持っている魔契約書ギアス・ロールが本物であると確信を持ったエストは目を細める。



「お嬢様、少しばかり時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


「でも、エスト君……使用人っていうのはたぶん」



 ティアリスには懸念していることがあるようで、エストが決闘をおこなうことに乗り気ではない。もっともティアリスの場合は、もし懸念事項がなくとも、エストが決闘をおこなうことには難色を示したはずだ。



「はい、わかっています。ですが、あれぐらいなら大丈夫なはずです。安心して見ていてください」


「それなら、魔契約書ギアス・ロールの署名と血印は私が――」



 ティアリスの言葉の途中だった。



「ダメだ!! 契約は使だ!!」



 ゼノヴィアが大声でティアリスの言葉を遮る。その様子は先ほどまでの余裕ぶった彼女の言動とは異なるものだった。その変わり様と叫んだ内容に、エストとティアリスは顔を見合わせる。


 主人同士ならわかる、使用人同士ならもっとわかる。ズルをしたいなら、三人の使用人の内の誰かとティアリスで、契約を結ばせるように話を進めるはずだ。



「(これはどういうことだろう?)」



 先ほどから、使用人をモノとして圧倒的に下に見ている彼女が、なぜ相手――ティアリスが使用人を切り捨て、契約を破ることを考慮しないのか。そのことがエストとティアリスにはわからなかった。



「(こちらにとっては都合のいい契約だし、まあいいか)」



 少しの訝しさを抱えながら、エストは決闘に望むのだった。




 ◇◇◇




 エストとティアリスは、ゼノヴィアたちの後について学園内にある闘技場に向かう。入学式の翌日だからか、それともゼノヴィアが排除したからか、闘技場を使用している者は誰もいない。



魔契約書ギアス・ロールの使い方は?」


「わかりますよ」



 ゼノヴィアは「使用人の癖によく知っていましたね」と嫌味を言うと、魔契約書ギアス・ロールをエストに向かって放る。受け取った魔契約書ギアス・ロールには、すでに契約内容が記されており、ゼノヴィアの署名と血印もある。


 エストは魔契約書ギアス・ロールの中身を丹念に確認すると、一度ティアリスの近くにまで戻って二言三言交わした後に、用意されたペンとインクで署名をし、血印を押す。


 魔契約書(ギアス・ロール)には、ティアリス・ゼノヴィア両名の代理として使用人が決闘をすること。致死性の攻撃を禁止すること。この決闘でエストが勝てばティアリスに対する今後のゼノヴィアからの不干渉を、その逆ならならティアリスの服従を決めるということ等々がこと細やかに記されていた。


 ティアリスが勝って得られるものが、ゼノヴィアの要求――服従と明らかに釣り合っていないと思ったエストは先程――署名などをする前に、要求を加えたいかどうかを、ティアリスに訪ねていた。


 しかし、ティアリスに「私はこのままで大丈夫ですよ。反対にエスト君は何かないのですか?」と言われてしまったエストは、結局そのままの内容で契約を結んだ。



「そもそも、この決闘に勝たないとそういったことを気にしてもしょうがないのか」


 エストは正面に立って自分と同様、決闘開始の合図を待っている男の使用人を見る。教室で見たときの違いは、鋭い槍を持っているということ。



「(突き刺すことに意味があるのかな)」



 エストは先ほどの針のことを思い出しながら、相手の持つスキルを予想する。


 ティアリスとゼノヴィアは、既にお互いの使用人の遥か後方にまで下がっている。一方で、ゼノヴィアの使用人である女二人は、今回の審判役を任されているため、闘技場の中心から邪魔にならないように少し下がった位置にいる。



「お互い準備はいいか?」



 エストと使用人の男は頷く。



「そうか、……それでは決闘開始だ!!」



 女があげた手を降り下ろしたことで、決闘の火蓋は切られた。



「【腕力――】、チッ」



 男はスキルの発動を中断して、物凄い勢いで迫る飛来物を槍で弾く。弾かれて地面に突き刺さったのは、エスト愛用の投げナイフだ。


 エストは、女が手を降り下ろした瞬間に前方に向かって飛び出し、服の内側から引き抜いた投げナイフを、走りながら相手の足目掛けて投げていたのだった。



「(スキルの発動を止めるのは難しい)」



 それは、魔法と違ってスキルは、“起こり”を感じさせないほど少量の大魔源マナを取り込むだけで、発動が可能だからだ。大魔源マナを取り込むことに思考・意識をさかせないようにする。それがこの決闘におけるエストの作戦だった。



「【腕力強化】」



 エストがあと少しのところまで迫ったところで、相手がスキルを一つ使用する。



「それ以上は使わせない!」



 槍の猛攻を受けながらも、後ろには下がらず、エストは前に出ながら致命傷になる攻撃だけを躱す。そして、相手の懐に潜るとナイフで下から切り上げる。



「くっ」



 後ろによろけた男の服に血がにじむ。だが致命傷とまではいかない。エストはそこで止まらずに追撃に移る。

 


「はぁ!」


「――!」



 スキルを使用して強化された腕力をもって、男は槍を強引に横なぎに振るった。ゴウッと風をきる槍を、エストは一度体勢を低くし、自分の頭上を通る時にタイミング良く蹴りあげる。



「うぉ!」



 横方向に力をかけた槍を、下から蹴上られたため、男はバランスを崩す。



「――!!」



 男は何となく嫌な感じがして、がむしゃらに槍を振るう。


 ――カキンッ



「何だ!?」



 男が槍を振るったと同時に響いたのは高い金属音。その音の正体は男の槍が、エストが投げた投げナイフを遥か上空に弾いた音だった。



「……いつの間にナイフを手に持ったんだ? その服に何か仕掛けでもあるのか?」



 男の背中に大量の冷や汗が伝う。男は最初の一投以降、エストの投げナイフを警戒してはいたが、投げる前には執事服の内側に手を入れ、ナイフを取り出す必要があるため、防ぐ余裕はあるはずだと楽観的に考えていたのだ。


 しかし今、エストはその動作なしに男の意識の外側から投げナイフを投げてきた。男が適当に槍を振ってなければ今頃、エストが投げたナイフがグサりと男の体に刺さっていたのは確実だ。


 男はエストの執事服に何かしらの仕掛けがあるのかと考えていたが、そんなことは無い。ただ単に、エストは決闘開始直後に投げた投げナイフを、槍を避けて体勢を低くしたとき――槍を蹴り上げる直前に拾い、体勢を元に戻すと共に投げただけだ。


 エストは不意の一投が防がれると、すぐさま男の正面からナイフを大振りに振るう。



「そんな大振りで当たるわけないだ――ろっ」



 エストの大振りで余裕ができた男は、エストが持つナイフを弾く。強化系のスキルを使用した者と使用していない者。双方の力の差は決して埋められるものではない。それは戦闘のセンスが高いエストでも同じだ。


 エストの手に握られていたナイフは槍に弾かれ、高く打ち上げられる。



「――!?」



 エストは慌てたように男から距離を取る。



「逃がすかよ!!」



 男はニヤリと口元を歪め、無防備なエストに追撃をかける。


 槍の回転運動をいかした斬撃や打撃に、渾身の力を込めた突き。それをエストは紙一重のところでかわしていく。



「……」



 最初とは異なり、後退しながらの回避であれば、エストが男の槍にかすり傷をつけられることは無いようであった。


 エストの素早い動きを止めたいと思ったのだろう。男はエストの足元を狙った横なぎを繰り出す。しかし、



「……ッ」



 エストは槍を跳んで躱し、そのまま空中で一回転、蹴りを繰り出そうとする。だが、エストの足はどう考えても男には届かない。



「(なんだ?)」



 男には、エストのその動きは槍を避けるために跳んだというより、はなから蹴りを繰り出すために跳んだように見えていた。


 エストの足は男に届かない。しかし、



「っつ!?!?」



 突如襲われた痛みに、男はエストから視線を外して痛みを感じた箇所――自分の足を見る。すると、そこに刺さっていたのはエストの投げナイフだ。



「……」



 男は理解する。自分が弾いた投げナイフの行方と、エストの意味のないように思えた蹴りの意味を。


 エストは男が上空に弾かれた投げナイフが落ちる地点を予想、その近くまで男を誘導し、落ちてきた投げナイフを蹴りによって男に飛ばしたのであった。


 いつ懐に手を入れて得物を取り出すのか、とエストの手元を注視していた男には絶対に避けられない一撃だった。



「よくも……」



 男は憎しみのこもった顔をあげる。けれど、それは少しばかり遅すぎた。エストはすでに男の正面にいない。男の背後に回り込んでいる。手に持っているのは、腰から抜いた二本目のナイフ。


 エストがいつも通りの方法で、男の意識を奪おうと男に近づいた瞬間、



「――!」



 空気に緊張が走る。それは、ティアリスも今日習ったばかりのモノ、魔法使用の際に必ず起きる予兆――“魔法の起こり”と呼ばれる現象だった。



「――“第一位階火魔法トーア”」


「――“第一位階水魔法リース”」



 エストは男の足下に青、背後に赤色の魔方陣が展開するのを()()()()()()、男との距離を空ける。



 その直後、



「“炎壁ウォール”」


「“治癒ヒール”」



 赤色の魔方陣からは、男とエストを分かつように炎の壁が現れる。そして、恐らく壁の向こう側では男に回復魔法がかけられているのだろう。



「(……やっぱり来たか)」



 ゼノヴィアはしきりに使用人同士の決闘と言い、魔契約書ギアス・ロールには決して一対一とは記されていなかった。そのため、こうなることをエストは理解していた。それを承知の上でこの決闘を受けることをエストは決めたのだ。



「(手を出してこないなら、こっちも手を出すつもりは無かったのに)」



 エストは審判をしているフリをやめ、遠距離で戦闘態勢をとる二人を見る。


 炎の壁が消え、男の姿が再び見えるようになる。



「あー、危なかった。ありがとな」



 男はエストから目線を外して、少し離れたところにいる女二人に礼を言う。



「おい、馬鹿。目をそらすな。そのは危険だと言われているだろう」


「そうですよ。せっかくお仕事貰ったんですから、頑張らないとですよ」


「はいはい、だがそろそろ、あいつに“毒”が聞いてくる頃なんじゃないですかねぇ」



 男はそう言って、槍を少し持ち上げる。



「(やっぱり塗ってあったか)」



 エストは決闘直後、相手のスキルの使用を防ごうと無理に攻めたため、あの槍の先端で切り傷をつけられている。毒が体内に入っているということだ。けれど、



「ほら、見てみろよ。あいつ、今にも倒れそうな感じにふらっ、ふらと――」


「お、おい!?」



 突然足元がおぼつかなくなった男がその場にバタンと倒れる。



「……」



 その一方で、エストはピンピンとしている。エストは倒れた男にすばやく近づき、その様子を探る。



「(……寝ているだけみたい。一番最初に当てたはずなのに随分と効くのが遅かったな)」



 エストは男に刺さっていたを回収して、再び丁寧にハンカチに包む。女の使用人二人は仲間の男が近くにいるために、エストに魔法を放つ決心がつかないらしい。


 エストはついでに槍に塗られていた毒も回収をしておく。



「(可哀そうだけど、この人を盾にして近づいて……)」



 とエストがそんなことを考えていると、大杖スタッフを持った女の使用人がこちらに走ってくるのが見えると同時に、再び“魔法の起こり”が起きたのをエストは感じた。



「(魔術師二人だと距離を詰められるとどうしようもないから、一人を前衛にしたのか)」



 エストは素早く立ち上がる。



「はあぁぁ!!」



 女の使用人は大杖スタッフを振りかぶりエストの頭を狙う。後方では、すでに青い魔法陣が展開されている。



「(悪いけど……)」



 エストは大杖スタッフをかわすと、後衛――小杖ロッドを持った女の使用人に向かって走る。



「“スフ――”」


「遅い!」



 距離を詰めたエストは、遠心力を活かした蹴りで女の意識を奪う。



「あとは……」



 その後は一瞬だ。エストは残った最後の一人との距離を詰めると、同じように蹴りで意識を奪った。




 ◇◇◇




「エスト君! 大丈夫なの!?」



 ティアリスが闘技場の端から走ってくる。



「ええ、大丈夫ですよ」


「毒は?」



 ティアリスはエストが戦っている様子を見ていて、槍に塗られていた毒に気がついたようだった。



「それも大丈夫です」


「本当に?」



 エストはティアリスの問いかけに頷く。



「……よかったぁ」



 ボソッと一言、声を漏らす。ティアリスはエストの言葉を全面的に信じているのか、毒を受けたにも関わらず、どうして平気なのかは聞かない。



「それじゃあ、エスト君。いったんガイヤールさんのところに行きましょうか」



 ティアリスの後ろについて、憎々し気にこちらを見ているゼノヴィアの元へと向かう。



「こちらの勝ちということでいいですね?」


「ええ、もちろんです。誰がどう見てもこの結果は覆らないでしょうし、あの冒険者たちを雇った私の落ち度でもあります。それに何だか、もうどうでもよくなってきましたわ」



 魔契約書ギアス・ロールを使ったので当然といえば当然だが、エストはゼノヴィアがあっさりと引き下がったことを意外に感じた。




 ◇◇◇




「……やっぱシルバーじゃあダメみたいね。それにあの毒も効かないみたい」



 レリエルは、宿屋の一室で憂鬱気に呟く。



「レリエルさーん、買い物終わりましたよ。……ってどうしたんですか?」


「何かあったのか?」



 部屋に入ってきたのは男が二人。大男と細身の男だ。



「……いえね、あの執事が戦うのを見たけど、シルバーの冒険者――スキル保持者一人と魔術師二人相手に、スキルを一度も使わなかったのよ」


「この短時間の間にどこで、どうやって見たのかはさておき……結果は?」


「執事の勝ちよ」


「……そうですか」



 細身の男が難しい顔をする。



「俺たちでもそれぐらいならスキルなしで楽に勝てるのだから、問題はないだろう」


「あんなガキが俺たちに近い力を持っているのが、問題のないことだと?」


「ああ、殺せばいい」



 細身の男はやっぱり話しても無駄だと言わんばかりにため息をつく。



「それと、シルバー級には効く毒を無効化していたわね」


「ってことはとりあえず、そのシルバー級冒険者以上のスキル保持者であることは確定ですか。……本当はもっと下調べをしたいところですが」


「あの様子だと、スキルは滅多に使わないでしょうね」



「ですよねぇ。ああ、本当に面倒くさい。――ってああ! そういうことか!?」


「いきなり大声を出してどうしたのよ」


「ストレスでも溜まってるんじゃないか?」


「違いますよ。ってかストレスが溜まっているとしたら、完璧にお前さんのせいだからな」



 そう言って大男を指さす。



「話、脱線しているぞ」


「……」



 細身の男の眉間にしわがよる。彼は何かを言い返したそうにしていたが、不毛だと悟ると話を先に進めることにした。



「今日、あの屋敷から捨てられたゴミを調べてた時に、半分に切られた焼き菓子が大量に見つかったんですよ。それもその半数には、一口だけかじったような跡が残っているんです。何となく気になって調べてみたら――」



 細身の男の話は長かった。それは、大男が寝入ってしまうぐらいには。





ご愛読ありがとうございました。

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