2、勇者の死と復讐の決意
俺は魔王との決戦に及んでいた。魔王のノブゴールドは邪悪な本性を露わにした。人間態から獰猛な牛に変わっている。
「ギュオオオオオオッーーーーーーーーーン」
魔王の雄たけびとともにその巨体が動く。
俺は魔法使いレティシアを従えて、聖剣アルオスの剣を構える。異世界の地に召喚された俺はレベル859、という驚異的なレベルにまで辿り着いていた。十七歳になった俺の前に敵はない。
王女のプリシラは父親の引退によって、十七歳で即位し、女王となった。そして、勇者である俺、賀茂祐樹は女王の従姉妹のお姫様と婚約している。魔王退治とともに挙式の予定だ。現実世界ではいじめられっ子だった俺はこの世界において、ちやほやされている。
だが・・・・・・
「クソッ、ミルファ、援護を頼むッ」
「はいッ」
華奢な少女が詠唱すると魔法陣ができあがった。天才魔術師で元はただの村娘だったのを俺が強引に勧誘した。俺のパーティーにおいて、レティシアに次ぐ実力者だった。
「消し炭になれッ、魔王ッ」
ミルファの憎しみに満ちた声が響く。正義感の強いミルファは魔物を憎んでいた。魔物に襲われ、全滅した村を見ては嘆き悲しんだミルファは十五歳と思えぬ気迫で俺のパーティーにくらいついてくれた。
「我には効かぬ」
「へ?」
一瞬だった。ミルファは一瞬で自分の光魔法を弾き返された。ミルファは焼け焦げて、倒れ伏す。即死だった。
「ミルファ―――――――ッ」
叫んだのは戦士ラザウルだった。十九歳のラザウルは女好きのチャラい男だが、いざというときには男を見せる。愛剣セザリウヌの剣を持って、飛びかかった。
「おのれ、ミルファの仇―――――――ッ」
「待て、早まるな」
ラザウルの体が二つになった。ラザウルだったモノが俺とレティシアの前にどさりと落ちる。
「うわああああああ、もう駄目だああああああああああああーーーーーッ」
後方にいた三十九歳のマッケンが逃げ出した。武闘家のマッケンは俺たちの大先輩だ。いろいろと世の中のことを教えてくれた、気のいいおじさんだった。元は王室の騎士兵団長だったが、俺のサポートの為に力を貸してくれていたのだ。
「ぐぎゃあああああああッ」
魔王はラザウルの剣を投げると、マッケンに当てた。マッケンはいとも簡単に絶命する。
これで五人のパーティーのうち、三人が死亡した。俺はレティシアをかばうように前に立つ。
「ユウキ様、様子がおかしいです。魔王のレベルは688.私たちよりずっと下のはずです。それなのにそれより上のレベルのミルファたちが死ぬわけが」
そう。そうなのだ。プリシラから聞いていた情報では魔王は俺たちよりも弱い。
「我のレベルか。我は5098。クック。驚いたか。勇者よ」
「なッ、嘘だろ。俺たちの約8倍ッ」
「出でよ、十五魔将ッ」
魔王の幹部たちが一斉に姿を現した。いずれも絶世の美少女ばかり。だが、眼光は鋭く俺たちを睨む。
「私はヘギュラスト。その娘を殺し、心臓を捧げよ。勇者。私の人間牧場で苦しみ、悶えながら生き永らえさせてやる」
「レティシアを殺せだとッ、俺を四年間もサポートしてくれた大切な仲間だ。そんなことできないッ」
俺は覚悟を決めた。
「ユウキ様・・・・・・」
レティシアの頬が赤く染まった。俺の手を握って来る。
「ずっと、一目見たときから、あなたのことが」
柔らかなものが俺の口を塞いだ。そして・・・・・・
「強制転移ッ」
「なッ、やめろッ、レティ」
俺は光に包まれ、魔王の前から姿を消した。
*****
目が覚めたら、俺の体は浮遊していた。
「ここは天界です。私は知恵の女神、リクサティです」
「俺は死んだのか・・・・・・」
「御名察の通りです。転移直後に待ち構えていた悪魔によってあなたは絶命しました。悪魔さん、いらっしゃい」
俺と女神の空間に一人の少女が現れた。角を生やしているものの、可憐な少女だ。あれ、この子って。
「四年ぶりだね。賀茂君」
図書委員の稲葉奏。分厚い眼鏡に地味なおさげ髪だった彼女は十七歳になったせいか、もの凄く美人になっていた。肌の色は透き通るように白く、その肌の露出にはドギマギさせられる。
「な、何で稲葉さんがここに!?」
「私だけじゃないよ。クラスメイト三十八名全員が異世界転移してるよ。私も何人かには会っている」
「クラスごと、だって・・・・・・!」
俺が驚くと、稲葉さんはうなずく。
「君が転移した後、リクサティ様が賀茂君を助けて欲しいって、私たちをクラス転移させたの。離れ離れになったけど、みんな賀茂君のことは心配しているよ」
「浜田や村瀬も、かい?」
「いや、あの子たちは賀茂君のこと認めないって、私たちとは袂を分かったよ」
浜田や村瀬は俺をいじめていた連中だ。俺の成績に嫉妬し、毎日痛ぶってくれた。恨みは忘れた事がない。
「そう、か。俺はもう死んだ。もう終わりだ。魔王に負けた勇者なんて嘲笑の的だろう」
俺は息をつくと、稲葉を見た。稲葉はまっすぐにこちらを見つめてくる。
「それは違うよ。私は世界に散らばったクラスのみんなを集めて、元の世界に帰る。そして、この世界の歪を正す」
「歪?君の主人の魔王が元凶だろう?」
「違うよ、賀茂君。あなたのパーティー全滅は謀略だよ。仕組まれた罠だったの」
稲葉は悲しそうな顔をして、言う。
「賀茂君、この映像を見てごらん。あなたは王国の首都がどうなっているか、知っているはずよ」
目の前に大きなモニターが現れた。女神の力だろう。さすが、天界何でもありというわけだ。
『どうかお恵みを。お願いします。親に捨てられて、困っているんです』
見ずぼらしい十代後半の女の子が物乞いをしている。
『おいおい、しっかり拭いとけよ!何もできないお姫様はこれだからッ』
メイド服の女性が中年の男にお腹を蹴られていた。
「マリー・・・・・・」
そのメイドには見覚えがあった。第五王女・マリー、十九歳。プリシラ暗殺未遂事件で平民に落とされた王女だ。マリーは悔し涙を流しながら、ぺこぺこと謝っていた。
「物乞いであふれ、人身売買が横行し、弱い女性や子供は売り飛ばされる。そして、魔王討伐の名目で軍需産業が肥え太り、貧しい者たちは追い詰められる。そして、プリシラ女王は」
プリシラ女王は捕らえられた少女の前に玉座に座っていた。少女は高級な衣装を着ており、気の強そうな端正な顔つきを美少女だ。
『侯爵令嬢・イレーヌ。あなたは魔王討伐に失敗した勇者の婚約者だった。その責任をとって、絞首刑に処す。刑は三日後に執行する』
『女王陛下、お待ちを。わ、私はあの男のことなど、これっぽっちも愛してはおりません!そうですね。今もし、勇者ユウキがここに現れるのであれば、八つ裂きにしてごらんにいれます』
慌てて、イレ―ヌが抗弁する。女王はにやりと微笑んだ。
『剣を』
側近の男が一振りの剣を持ってくる。そして、イレ―ヌの前に置いた。
『これは』
イレ―ヌの目が剣に注がれた。俺は知っている。イレ―ヌは魔法はさほど使えない箱入り娘だ。俺とも親しいわけではなく、イレ―ヌはプリシラの命令で俺と婚約したに過ぎない。
『勇者パーティーに加わっていた魔法使いのミルファってのがいたでしょう。あの娘の村を焼き払いなさい。村人は男は殺し、女は王都で見世物にして、奴隷とします。本来は勇者の村を焼き払いたいところですが、あの役立たずはこの世界の住人ではありませんから』
『そ、それは・・・・・・』
『イレ―ヌ、覚悟を決めなさい。それとも、十六歳で死にたいのですか』
『い、いえ・・・・・・喜んでお引き受け致します』
イレ―ヌが頭を下げると、プリシラは満足そうにうなずいた。
『従順な良い子ですね。イレ―ヌ』
映像を見終わると、俺は口元を抑えた。
「あれが、あれがプリシラだって言うのか」
吐き気がこみあげてくる。プリシラは心優しく、目下の者にも優しい人格者だ。その有能ぶりも父親や廷臣たちの認めるところだ。
「残念ながら、賀茂君の前では猫を被っていたってわけ。プリシラは魔族よりも凶暴で自分しか愛せない歪んだ人物よ」
「そうです。私も天界から見ていて、気持ちのいいものではありませんでした。そこで稲葉さんにお願いして、死後のあなたの魂を呼んだのです。他の者たちの魂まではまだ掴めておりません。それでも、あなただけは現世に帰って、世直しをしてもらいたい」
「世直し、この俺が」
「プリシラ一味を成敗していただけませんか」
俺は女神を見た。俺は決意する。
「俺はパーティーを全滅に追いやったプリシラが憎い。俺を騙してきたことも合わせて、きっちりと復讐してやるよ」
「そ、それでは」
「ああ、その話乗った。プリシラを王の地位から引きずり降ろす。そのためなら、俺は魔王の配下にだってなってやるさ」