第77話 人は一度手に入れると、すぐに次が欲しくなり、それを手放せなくなる。
【七五三田 悠利】
あれから、数日がたった――。
あの日から、昼食になると、原田が先に神城と仁井園に声をかけるようになり、なんとなく3人でランチを摂ることが増えた。
結果……
「はぁ…」
いや、なんでため息なんかついてんの?俺。別に飯くらい一人でいいだろ。むしろ一人最高じゃね?
だって一緒に食べるやつのこと気にしなくてもいいし、なんだったら食べ方をちょっと雑にしたって、相手に不快感をあたえたりもしない!
やばい、もうこれは自由。昼食と書いたフリーダム。
「……何言ってんだ」
妄想を口にして自分で、自分に呆れる。いや、まぁ、実際自分の気持ちには気づいている。
今現在、自席にてパンをカジッている俺であるが…散々ぼっち最強とかほざいておいて、寂しいのだ。
でも、そんなこと口が避けても言えないっ!だって、なんかダサいじゃん!? 久しぶりに一人で飯食ってたら、俺…なにやってんだろ…?みたいに思っちゃったり、なんか妙に寂しさを感じてしまう。
最後の具も何もないパンの最後のひと口を口にほうりこみ、咀嚼して飲下す。
それからテーブルを片付けると、俺はそのまま寝る体制をとった。と、三人が談笑をしながら戻ってくる。
そして、神城が席につき、仁井園も鞄に巾着袋をいれる。それからまた原田のとこへ行きおしゃべりを始めた。すると必然的に神城にも声がかかる。
神城は少し俺を気にしてから、でも声をかけるわけでもなく二人と合流する。それを薄目で覗いて、ふと、思う。
嗚呼…これ、実は理想系なんじゃないのか?
この、神城や仁井園との関係が始まる前、神城からの依頼…と言うか相談は、そのグループの中にいたいと言うような内容だった…。直接的にそう言ったわけではないが、嫌われて気にしていたのだから、裏を返せばそう言うことだろう。
「なら…このままで…」
そう呟いた瞬間、肩をつつかれる。
「なぁ…七五三田くん、どうしはったん? 最近…」
その声に振り返る。するとそこには本仮屋が立っていて、少し不安そうな表情をしていた。
「…どうした…って、なにが…?」
「え、っと…聞いていいんかな…?その、なんで最近神城さんや仁井園さんと一緒におらんのかな?って…」
「…あぁ…まぁ、別に…なんつうの? あるべき場所に戻ったと言うか…」
何があるべき場所に…だ。本当は二人と話したいくせに…。
「そうなん? いや…なんか変な感じの空気っていうか、そんな感じしたんよね…せやから、喧嘩でもしはったんかな…って」
「いや、別になんの問題もないぞ」
「ならええんやけど…あ、そや、来月の図書委員―――」
***
「ただいま」
学校も終わり、自宅へ戻る。すると、いつもの「おかえり」が聞こえてきた。
「菜衣子、ただいま」
靴を脱ぎながら、今しがたリビングから出てきた妹へ二度目の帰宅報告。すると菜衣子は、俺を見るなり
「不穏な香りがしますな…」
「……何言ってんのおまえ」
「いや…悠利くん、顔に書いてあるよ」
「は?何がだよ」
「寂しいですって顔に書いてあるよ」
いや、コイツ何言ってんだ…?てか、エスパーかよ。
「なんで俺が寂しいんだよ」
「最近、美羽ちゃんも、真理子さんも家にこないし、悠利くんから女の子の匂いがしないし、ま、なにがあったかとか野暮なことは聞きませんけどね」
さすがおとなえさん。空気を読みなさる…。
「ま、菜衣子。大人になると言うのは失っていくってことなんだ」
そう、今までもそうだった。別に今更どうしたという話だ。神城と仁井園は原田と楽しくやってる。
原田はあまり俺をよく思っていない。
なら、俺が去るべきなのだ。
そうすれば全てが元通り。
良かったじゃないか…。
俺の学園生活に、少しだけ光が指した瞬間があった。それだけ。
その光が閉じた。それだけ。
階段をあがり、鞄を机に投げ、ベッドに倒れ込む。
本当に、おこがましい。俺はクソ野郎だ。
何度も今がベストだと自分に言い聞かせるたびに、二人の顔がちらつく――ッ!
分かっていたことだ、こんな生活は続かない。
いつかは大人になり、この苦しい瞬間さえも"思い出"と言って心の引き出しからたまに出すくらいになる。
神城の望んだ結果だ――。
仁井園の選んだ結果だ――!
なのに、どうして俺は………。
人という生き物は強欲だ。望んだものが手に入ると、直ぐに次が欲しくなり、手を伸ばし、掴み取ろうとする…っ!
そして、得たものを失う時…勝手に傷つき、勝手に喪失感に打ちひしがれる…。
そこに"悪者"なんていないのだ。
原田は望み、手に入れ、何もしない俺は、失いつつある。それだけ…。
何度も何度もそう言った女々しい感情が、心の奥からまるでコップから溢れ出た水のように零れ落ちてくる。
「もとに戻る事が、こんなに恐ろしいとは……」
呟いて、自覚する。
嫌だ、失いたくない…っ!
神城の家で食べたご飯、仁井園と見た花火、ボランティア、勾玉作り、中庭での会話、その全てが無に帰る感覚――。
神城と仁井園が俺に話をしてこない理由。
それはきっともうわかっている。
今の彼女達の青春に、俺は異物となってしまっている。
原田という人物から俺が取り上げ、取り返され、きっとそう言う空気が出来てしまっている――。
と、コンコンと部屋のドアが叩かれる。
俺が返事をすると、妹が入ってきて、開口一番にこう言った。
「悠利くん、二兎追う者は一兎も得ずって言うんだよ」
え…なにそれ怖い。エスパー?俺が悩んでるような内容をニアピンでかすめてくる。
が、主語も、脈絡も無いその言葉が、妙には引っかかる。
「どうせ、美羽ちゃんも、真理子さんも、構ってくれなくなってふてくされてるんでしょ?」
いや、何ナノこの子…。まじ怖いんだけど…エンパス?エンパスなの?いや、なんかそれは違うか…。
「なんだよ急に…」
「だって、最近悠利くん、全然二人の話しないし、妹としては、なんか悠利くんがやらかして、嫌われちゃったのかな…?とか思わなくもないけど、やっぱ、お兄ちゃんが元気ないのは寂しく感じたりもするのですよ」
そう言ってベッドに腰掛けた…。
「…。」
「……。」
「なぁ、菜衣子…」
「なんだい?」
「おまえさっき、二兎追う者は一兎も得ずって言ったよな…」
「うん」
「さすが、妹…当たらずも遠からずでさ…実はそんな感じで考え込んでた」
「そう」
「でもな、本当に二兎追う者は一兎も得ないと思うか?」
話し始めながら、思う。
「どういう事?」
きっと、これは俺のエゴで…めちゃくちゃ我儘で…。
「俺はそうは思わないんだよ」
でも、なんか…たぶん。自分の中の決意の様なモノで―――。
「…ふむ、どうするの?」
まずは、嫌われることから、始めよう。
建物だってそうだ。新しいモノを建てたいなら…まずは壊すことから…始めなければならない―――ッ!
「簡単だよ…死ぬ気で二兎追うんだ…ッ!」
この言葉を言ったあと、菜衣子はダサっ根性論じゃん、と言って笑った。
でも、言った俺は、なんだか、少し気持ちが晴れ…前を向けるような気がしたのだった。
エタってないんかーい(´・ω・`)きゅぴーん




