第74話 チョコレートには、甘いのと苦いのと、なんかよくわかんないのとかいろいろある。
なぜ人は異世界にこんなにも興味を惹かれるのか。これは持論だが、きっとそこに"理想"を見るのだ。さて、その理想とはどこにあるのか…?
美少女達との冒険?
イケメン貴族との生活?
いや、結局のところ、その理想の終着点とは、だいたいが"優越感"である。か弱い美少女を救う俺、イケメン貴族にしいたげられながらも、なんやかんや特別扱いされている私。
そう言った"夢"と言うものが、そこには転がっているのだ。
確言う俺も、それに例外はない。めちゃくちゃ強い力を手にして、超かわいい女の子にちやほやされたいし、なんだったら、その先までご所望したい所存ではある。しかし、世の中というのは世知辛いもので……。
俺は美少女?ではある仁井園さんに、今現在荷物持ちをさせられている。
「あの…重いんですけど」
「男でしょ、もうちょいなんだから頑張って」
いや…あのね、男でしょとか言うけどね、男もいろんなのがあるんですよ。いいですか、仁井園さん。そもそもどう考えてもパワータイプではない俺に、2リットル入りのお茶1ケース(6本入り)+大量のチョコレートって……。
う…腕がめっちゃ痛い。
そんなことを思いながら歩く事十数分。ようやく神城宅であるマンションに到着する。さて、なぜこんな事になっているかと言うと、時間は昨日に遡る。
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神城合コン事件から数日、帰宅中、家の前で佇む一人の仁井園さんを見つけた。ってかなんで家の前にいんだよ…。
『……なにしてんの』
『あ…』
『…?』
『七五三田、ちょっと話あるんだけど…』
『……? え、電話で良くないか?』
『いや…わりとガチめだから、ちゃんと話そうと思って…』
改まる仁井園に、少しだけビビる。ほんと、少しだけね。
『え…なんだよ…』
俺が聞き返すと、もじもじとらしからぬ動きをする仁井園さん。
そして―――
『チョコレート作るの手伝ってッ!!』
『……いや、電話で良くなかったかそれ?』
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さて、では何故彼女がこんなお願いをしにきたのかだが…
なんでも、仁井園のお父さんは医者らしく、それなりにデカい病院で、そこそこのポストにいるらしい。あんま詳しくは聞かなかったけど…。そんで、地域との交流もかねて、わりと前から児童施設に贈り物なんかをしているらしいのだが、その施設で何やらチョコレートブーム起きているそうで、父親にチョコレートを持って行ってほしいと頼まれた仁井園は、何故か手作りをしようと思い付き、現在に至るのだ。
いや…もう、ほんと…、なんでわざわざ手間かけちゃうかな…。どう考えても市販のやつ渡したほうが手っ取り早いだろ。
そんな事を思いながら、神城の部屋を目指す。エレベーターであがり、玄関の前につくと、仁井園がピンポンを押して、神城がドアを開いた。そして、俺の持つ荷物を見て、
「うわぁ!いっぱい買ったね」
と少し驚いてから、俺から何個か荷物を受け取る。
「あ、それ重いから、こっち持ってくれ」
「あ、うん」
そんな話をしながら、家にあげてもらう。
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「はーい! それじゃあ今から、真理子主催のチョコレート制作会を始めまーす」
そう言って神城が急に司会を始める。いや、もうチョコレートは出来てんだから、俺達がするのは加工だろ…。とか思うが黙っておく。
「では、主催者の真理子さん! ご挨拶をお願いしまーす♪」
神城がゴムベラをマイク代わりにふざけてそんな事をいうと、ゴムベラを向けられた仁井園は、
「はいはい、よろしくお願いしまーす」
と適当に流し、ガサガサと袋をあさりだした。神城は「真理子さんでしたー、ありがとうございましたー」と言い、飽きたのか「さて、私もやろっと」と言って、冷蔵庫から牛乳やらなんやらを取り出し始め、チョコレート作りを開始するのであった。
それから、神城先生のもと、仁井園と俺は言われるがまま動き回り、およそ2時間後、全ては終了したのであった。
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「お、おわった…」
「なんか…腕パンパンなんだけど…」
そう言いながら、腕を擦る仁井園。
「もぅ、二人ともだらしないなぁ…2時間程度で」
そう言う神城はピンピンしている。いや、神城マジか。さすが神城さん。いやもうこれはさすしろ。さすしろさん。
…なんださすしろって…。
そんな事を思っていると、コーヒーを入れながら神城は言う。
「でもさ、よかったじゃん真理子、間に合って」
仁井園はダイニングテーブルにつっぷしたまま
「まぁね〜…二人ともまじありんこ」
と、疲れました感満載で答えた。
その直後、神城がテーブルにコーヒーを起きながら俺にも
「おつかれさま」
と言ってくれる。そして向かいの仁井園の隣に腰を下ろすと、「ふぅ…」と一息ついてコーヒーをすすった。
「ぁちっ…」
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児童施設の前に立ち、ドアのチャイムを仁井園が押す。するとしばらくして、「はーい…あ、ちょっ…こ! あ、ちょっと待ってくださいね、たけしーっ…ガチャ!」と聞こえ、待つこと約1分ほどでドアが開いた。
そして中から…
めちゃくちゃ胸の大きなお姉さんが出てくる。ってデカっ! 神城よりデカイ…おぉ、上には上がいるもんだ……。と感心していると、なんか痛い視線を注がれているのに気づく。
そして、ハッとして
「いや、違う…違うからね?」
俺が神城に言うと
「…なにが? 私まだ何も言ってないけど」
いやまだってことはこのあとすぐに何か言うつもりだったんじゃないんですかね?ってあれ?なんで俺は弁明をしようとしているんだ…?
そんなことを考えていると、仁井園がお姉さんにブツを渡したらしく、「えーっ! ありがとーっ!」と喜んで受け取っていた。
そして、軽く話をした後、俺達が帰ろうとするとお姉さんが「君らもまた来てねー」も手を降ってくれる。って、すげぇ揺れてるっ!ぽよんぽよんしているっ!
「七五三田、胸みすぎ」
「ほんと、アンタキモすぎ」
「え…いや、」違うと言いかけて、言い淀む。はたして、あれを否定していいものだろうか?と。いや、あれはもうむしろ作品の粋である。あんなに立派なモノを否定していいはずがない。むしろ男子たるもの、決して恥ずべきことではなく、むしろ男子だからこそ称賛を送るべきなのだっ…!
「あ、あんだけデカいと…な…」
ヤバい目が泳ぐ。
「いやまじキモいんだけど…あと、アンタ視線が金魚みたいに泳いでんだけど…」
「ぐっ…」
「…たしのは…ぁんま、見な…せに…」
なんか神城が、不服そうな顔をして俺を睨む。
「な、なんだよ…」
「べっつに〜七五三田の変態ジェントルマン」
いや、それどっちだよ、変態なのか、ジェントルマンなのか。
まぁ、なんにせよ…こんな日々が続けばいいな。とか、柄にもなくそんな事を思ってしまう。しかし、世の中と言うのは回り続けていく。
そして、平等に未来という物を配り歩く。
だからこそ、俺はまだ知らなかったし、気づきさえもしなかった。
同じ関係と言うのは、継続するのがとても難しいこと。
"関係"と言うものは、とてもやわらかく、すぐに崩れてしまうこと。
俺はまだ…何も知らなかったのだ。
次回 第75話『関係と言うものは、急に変わるのではなく、知らないとこから、変えられ始めている。』




