第70話 昨日の敵は、今日の友。
『…あの』
私が声をかけると、少しギョッとしたような表情をする伯李。きっと、予想外の人物が現れたからだろう。
しかし、彼女はすぐに平静を取り繕い、立ち上がる。そして、スカートのおしりを二度はたいて、私に作った笑顔を向けた。
『…あ、あれ~? 誰かと思ったら、懐かしい人がきたー、もう、ほんとビックリしたんだけどぉ~』
『…えっと…』
辿り着いて、見つけたは良いものの、言葉が出てこない。『どうして泣いてたの?』『なんでこんなことになってるの?』『大丈夫?』沢山の言葉が頭のなかを駆け巡る。だけど、きっと、どれも正解ではなくて…。
思考していると、伯李は『はぁ』とため息をついて、私の横を過ぎ、階段を降りようとする。
私は咄嗟に
『あの…っ!』
と、声を出すと、伯李は立ち止まって振り返り。
『余計なことしないで、言わないで、アンタにこんな姿見られたのは迂闊だった…でも、もう関わらないで』
そう言われる。
会話から、私がこの学校にいたことを知っていたのかな?と思うと同時に、彼女の言いぐさに少し腹もたつ。
小学生の頃、あれだけ人を貶めておいて、どの口が言うのか。と。だから私は、夕焼けを浴びながら笑顔で――――
―――――私を貫く。
『やだね』
****
それから、気が付けば私は伯李を構うようになった。
昔からの性格、困っている人は放っておけない…例えそれが、過去の天敵のような存在でも。
これは、ひょっとしたら、優しさなんてものじゃなく、ちょっとした"意地"みたいなモノなのかもしれない。
伯李と絡むようになり、私はこの学校で出来た知人から距離をおかれるようになってきた。
転校時から世話を焼いてくれた佐藤さん、彼女ともお昼休みを共にしなくなった。
私の行動は、間違っているのだろうか?でも、私は思うのだ。
辛いとき、独りでいたら、きっと寂しいし、悲しい。
……あの時、私には悠莉が居てくれた。ぶきっちょで、怖がりだけど、人の目も気にしてたけど、しっかりと、必ず、毎日学校では話しかけてくれた…。
あの時、彼がいなかったら……私はとうのむかしに学校になんかいかなかったかもしれない。
そんなことを思いだし、私は伯李と話をする。
『…つか、咲来さ、私になんで構うわけ? 過去の復讐? マジ嫌がらせなんですけど』
『…そうね、ちょっとだけそれはあるかも』
『…うわ、うざ』
『へへへ、でもね、単純に、貴女ほどの人がここまでなるって、よっぽどだと思うの。だから、私は知りたいんだと思う』
『…は? なにを? てか伯李ちゃん疲れたからあんま付きまとわないでほしいんですけど~』
『……ねぇ、伯李はなんで今こうなったか分かってる?』
『…は? 何が言いたいわけ?』
少し不機嫌な顔をし、伯李は私を見る。
きっと、彼女は間違えたのだ。恐怖を武器に、今まで好き勝手してきたのだろう。しかし、年齢を重ねたり、いろんな経験をするにつれ、周りの人間も成長する。
溜め込まれた思いは、ゆっくりと彼女の喉元に手を伸ばし始める。
『そういや、橘さんてうざくない?』
始まりはきっと、くだらない悪口、しかし、それが火種となり、大きく燃え上がると、たちまち周りを巻き込んでいく。
私は知っている、それが始まるとあることないことが噂となり駆け回る。そして、"この人は、こういう人だ。"と言う固定概念、とてもやっかいな悪魔を産むのだ。そして、それはどんどん周りに感染していく。
結果、独りの異端が誕生する。
彼女の全てを知ったわけでもないのに、憶測や推測が何故か確定として歩き回る。
彼女にも確かに落ち度は沢山あるだろう。
しかし、私が思うに、現在はやりすぎの域にきているように思える。人の憎悪や、嫌悪は止めることができない。
そんなのは分かっているけれど、毎日のように先輩に呼ばれ、見えないところを叩かれ、クラスメイトには無視をされ、食事は捨てられ、モノを隠されている彼女を、私は……。
『あんまこっち見ないでくれる? うざい』
『へ? あ、ああ…うん、ごめんね』
『はぁ~……もうほんと余計なお世話、伯李はちゃんと分かってんの! 自分が上手く立ち回れなかったせいでこうなってることくらい、だから、余計な気つかわないでいいから。仕方ないことなの!』
仕方ない…彼女自ら、因果応報だと言う。
『ねぇ、伯李はさ、その、え……援交とか、してるの?』
『……あー、してるよ、マジパパ多いから、ちょっと触らせてあげるだけで、超お金くれるし』
『…それ、嘘でしょ』
『は? なんで?』
『私さ、見たんだよね、この間…』
『なにを?』
『病院に入るとこ』
『…っ!? 咲来、アンタ…』
『伯李さ、もしかしてだけど、お母さん、悪いんじゃないの?』
『…別に、アンタには関係ないでしょ、私は私、"いつもぉ、ゆるくて~可愛い?伯李ちゃんじゃなきゃいけないの♪"』
そう言ったあとに、伯李はため息をついた。
『……ほんと、神様なんて死ねばいいのに』
――――それからも、私も伯李の奇妙な日常は続いた。
そしてある日私は、彼女の唯一の味方、九十九 つぐみに出会う。
彼は私の知らない期間の伯李について話をしてくれた。それを聞いて思ったのは、彼女は昔からただの"強がり"だと言うことだ。
家庭の事情で弱く見られることに、強く抵抗を覚えており、人に感情を悟られにくいようにと考えた結果、あの、ゆるめのキャラが誕生したらしい。
そして、更に彼女は意外なことによく泣くらしい。
もしかしたら、小学生時代に私をあんな目に合わせたのは、その恐怖心や、上にたちたいと言う強い思いからだったのかもしれない。
『……ふふ、九十九くん、教えてくれてありがとう』
『…いや、伯李のヤツには、理解者が必要だと思うから』
『そっか、ふふふ、そうかー、なんか、なんだろうね? 私、ちょっと伯李のこと、やっぱ心の何処かで怖がってた…でも、今のはなし聞いたら、少しだけ可愛く思えてきたよ』
『……その、伯李が、過去、咲来さんにしたことは、俺からも謝るよ。ごめん』
そういって九十九くんは頭を下げる。
『え? いや、いやいやいや、なんで九十九くんが謝るのよ、大丈夫。今はそんなに思ってはないんだ……いや、思わないようにしてる…のかな? だからね、九十九くん』
『?』
『その事に関しては、ぜーーーーったいに許してやらない♪』
『…え』
『ふふ、でも、それは今の話。いつか、伯李のこと、もっとちゃんとしって、伯李もちゃんと謝ってくれて、そんな時が来てね?それで、その時、"いいよ"って言えたらいいと思う』
『…咲来さん』
『ほらほら、そんな顔しないの。そんじゃ、伯李のとこ行こうか!』
『…うん、そうだね』
そういって私達は、立ち上がり、伯李の母親が入院している病院へと向かった。




