第69話 推測や憶測は、どう頑張っても確信には勝てない。
【白野 咲来】
―――この世界は、沢山の正義に溢れすぎている。
大多数が正解だと言ったことは正義になりやすく、それを正しいと周知し、皆がそれに従う。しかし、その正義とは、本当に正しいのだろうか?
かつて、天文学者 ガリレオ・ガリレイはこう言った。
『この地球は動いている』
と。しかし、その話を信じず、大多数は言う。
『そんなはずはない』と。
さぁ、どうだろうか?本当に、この地球は動いていなかったか?
後に彼の地動説は正しいとされ、今現在も世界の天文学ではこれを基礎とし、いろいろな研究が成されている。
つまり、私が言いたいのは――――――。
少数でも、事実があるのならば、正義にとって変われるのだ。だとすると、浴びていた怒声や罵声は、180℃ひっくり返し、歓声に変える事ができると言うことではないだろうか?
だから私は、私の世界を諦めない。絶対に。あの時、私はそう思ったのだ。
だからこそ私は、橘 伯李と言う女性ともう一度ちゃんと話をしようと、そう…思ったのだ。
****
中学を卒業後、私は引っ越した町の高校を受験し、なんとか合格する。その頃には過去の私の事は知らない友人達に囲まれ、それなりの毎日を過ごしてきた。
しかし、病気がちな私は、その友人達ともあまり仲良くはできなかった。
そしてある日、急な胸の痛みに襲われる。救急搬送をされたのだが、家の近くの病院には治療の方法がなく、新しく建て直された過去の地の病院に移ることになる。
それが、この医師会病院であった。
そこで治療をうけ、少しずつ回復した私は、親に選択を迫られる。
受かった高校に戻るか、こちらの高校に転入するかだ。
私は、受かった高校にいきたい気持ちもなくはなかったが、今後の事を考え、こちらの高校を選択した。
そして、いろいろな手続きを終え、登校を開始。
それから数日、少しずつクラスの子とも話をするようになってきた時、ひとつの噂が私の耳に届く。
『"援交クイーン"』
そう呼ばれている子がいると言うものだった。正直、その手の噂は、自分の過去を思い起こさせるので、あまり聞きたくなかった。そこで私は、話をはぐらかしたりしていたのだが、ある時の昼食時、私が友人と一緒に食堂に行った際、その友人が何気なく指差していった。
『ほら、咲来、あれが噂の援交クイーン』
その指の先にいたのは、過去、私から沢山のモノを奪いさった―――
―――橘 伯李だった。
辺りをよくみると、いろんな人が彼女を見ながら、ひそひそと話をしている。だが、彼女はそんなことおかまいなしと言った様子で食堂のうどんを買うと、適当な席につき、それを食べて去っていった。
『……さすが…』
私は呟いて、友人と普通に食事をしようとするが、あの姿をみたせいか、あまり喉を通らなかった。
『残すの?』
そう聞かれ、とりあえずは愛想笑いを返しておく。しかし、頭のなかはまさかの彼女の存在にフル回転であった。
過去がフラッシュバックする…ッ!
ザラついた映像が、意思とは別に勝手に頭のなかを駆け巡る。そして、心の中から『あの子さえいなければ…』、そう呟く自分を必死で押さえる…!
その場しのぎの理屈をいくつも並べ、自分に言い聞かせる。
『もう私の事なんて覚えてないかもしれないし』『大丈夫、あの子はあの子で、私は私』『強くありなさい』『負けない、大丈夫』『そんなことを思うとあの子と同じ』
文体はバラバラで意味のわからない励ましを何度も自分に伝え、深呼吸をする。
『……ふぅ』
『…? 咲来、どうしたの?』
『え? なんでもない…』
『そう?』
『うん、なんでもないよ』
***
――――そして、その時は突然やってきた。
昼食のパンを買い、戻ろうとした時。
バシンッ! と強い音が食堂内に響き渡る。みると、赤くなった頬押さえ、それでもニコニコとしている橘 伯李の姿があった。
その目の前には手を押さえ、泣きながら何かを叫んでいる女子生徒。
『…いたいなぁ…伯李がなにしたって言うのかな?』
顔は笑っているが、言葉からは、その中の怒りがふつふつと感じられる。
『…っぐっ! アンタのせいで!アタシの彼氏…ッ!!』
泣きながら叫んでいる女子生徒は、そんなことを言っていた。
『だから、伯李に言われてもわかんないし、だいたい、なんで伯李があんたみたいなブスに叩かれなくちゃ…』
そういった瞬間、次は何かが割れる音が聞こえ、それと同時に叫び声、辺りは完全に収集がつかなくなってきている。そして、次に橘 伯李を見ると、床に膝をつき、頭を押さえていた。
どうやら泣いていた女子生徒の友達が伯李に何かしたらしい。それからすぐに先生がやって来て、場を納めようとする。伯李は何も言わず、先生に連れられていく。それを阻止しようと、二人の女子生徒が先生に抗議をしていた。
その一部始終を見終え、私の友人は言う。
『…まぁただよ』
『また?』
『そ、橘 伯李、あの子この間は体育館で他の子にぶたれてた』
『そうなの?』
『うん、嫌われてるし、何て言うか、何言っても嘘臭くない? あの子の言ってること』
『…』
『なんか彼氏のことで怒ってたみたいだけど、大方、あの援交クイーンがあの子の彼氏でもたぶらかしたんでしょ』
『…そうかな』
『そうよ、絶対にそんな感じだって、あはっ、ミキにLINEしよっ♪』
そういってスマホを取りだし、彼女の打ち込んだ文面には、まるで橘 伯李があの女子生徒の彼氏を、奪い去り、捨てたような事が書き込まれていた――――。
世の中はいつもそうだ。推測や憶測が、確信を待たずに一人歩きを始め、それが噂となり膨張し、やがては風船のようにはじけ、それを面白がって見る人達がいる。
嗚呼……私は、この流れを知っている。
小さな始まりは、大きな終わりを持ってくるのだ。
黒い波は一人を飲み込み、うねり、流れる。
そして一人はずっと、その流れが終わるまで苦しみ、もがき続けなければならないのだ…ッ!
実体験だからこそ、私にはわかる…。
だからこそ、私は――――――。
『ごめん、ちょっと行ってくる』
『…ん?え? 咲来!? ちょ、どこ行くのさ…』
***
私は走り出す。
向き合いたくない過去、でも向きあなきゃならない事。
『…はぁ、はぁ…』
救う理由などないこと、でも救わなきゃならないと思う人。
『はぁはぁ』
"誰かに言われたからとか、誰かと違うからとかそう言ったモノで判断をしちゃいけません。"
ずっと、母に言われてきた。
人にはかならず、良いところがあるのだから、それを見つけられる人になりなさいと、だから私は、ずっとそうやって頑張ってきた。
(過去の事がなんだ、あの頃がなんだ……ッ!!)
『はぁ…はぁ…ッ!』
私は、そうやってここまで生きてきたッ!!
自分が、ちゃんと自分で在る為に、私には――――――。
―――――曲げられないモノがあるッ!
先生と伯李を探すが、見当たらない。もうどこかの教室へはいってしまったのだろうか?
私はそう思いながら、キョロキョロと辺りを見ながら廊下を歩く、そして、一番はしっこのところに来て、外に面した非常階段の開かれかけた扉に気づく。
その扉を開くと、少し埃っぽい匂いと、季節風が入りこみ、少しだけ目を細める。それから外に出て、なんとなく上に上がる。
そして、一番高い所に辿り着いた時、私は見たことのない橘 伯李と遭遇する。
見つけた彼女は、膝を抱え、まるでふてくされた子供のように、ムスッとした表情で泣いていた。




