第67話 世の中で起こるだいたいの悩みは死ぬよりまし。
神城と仁井園に話をしてから数日後、なんやかんやで俺は今、市内の病院の前に立っている……。
「……なぁ、マジで行くの?」
「当たり前じゃん、その為にわざわざあの日返事考えてあげたんでしょ」
「いや……あれほぼ、おまえと神城が俺のスマホ奪って……」
「まあまあ、結果よければ……だよ! 七五三田」
「神城……それは結果が良かったときに言う台詞だ」
「でもほら、なに?さくらさん…からは普通に返事きたんだしいいんじゃない?」
「……まぁ………」
「なによ七五三田、考えてる顔して、歯切れわるい」
「いや、仁井園、だってなおまえ……」―――――
***
遡ること数日前、俺の数年の迷いや悩みを「ダサっ」で片付けた二人は、せっせと咲来になんて返すかを話し出した。そして見せてきたメッセージが
『おー、久しぶり☆ミ てか返事遅れてごめん。あとあの画像なに?ウケんだけど(草) つか、こっち帰って来てんだね、そこ病院?体調悪いの?大丈夫? ちょい会いたいから場所教えて!』
である。
………いや、これ誰だよ。明らかに俺からの返事じゃないだろこれ。来たヤツ絶対戸惑うからね。
などと思い、「いやいや…」とか言いながら、さすがにこれはないだろとメッセージを訂正する為、神城からスマホを受けとる。と、その瞬間
『……あ』
スマホの画面を上で渡され、掴んだ俺の親指が"送信"の二文字の上にのる。
ピロン♪という小気味良い音と共にキャラ変がすぎる俺の言葉が電子の世界へと飛び立ち、光の速度で咲来へと届けられた。
『ああぁぁああぁぁぁあ!?』
混乱から俺は絶叫する。ただでさえ今まで考え込んでいた関係性。悩みに悩んでいた返事。相手が俺へ連絡してきた理由、そして意図。
それらの悩みを打開する為の一手目が痛恨のキャラ変なのだ。そりゃ叫びたくもなりますよ。しかも仁井園はそれを見て腹を抱えて笑っている。いや、悪気はないんでしょうけどね……。
そして、返信から数分後、すぐに返事は帰って来た。
『久しぶり、悠莉キャラ変わった? なんか、いろいろごめんぬた、私も話したいことあるから……次悠莉が時間とれるとこ教えてください。あ、場所は市内の医師会病院です。』
俺が返事を読んでいると、二人も俺のスマホを覗きこむ。いや、個人情報なんですけど……。
***
とまぁ、そんな具合で本日に至るわけで、咲来は俺がかなりフランクな人間になっていると思われたままである。
「さて……行くか……」
呟いて歩き始める。病院の自動ドアを潜ると、病院独特の匂いが体を包む。受付には女性が一人、待合室には無言でテレビに集中する人々。何人かは雑誌を読んだりしている。
「七五三田、何キョロキョロしてるの?」
神城に言われる。
「……いや、ちょっとな…そう言えば、病室……」
咲来に行ける日時を伝えた際、貰っていた返事には、六階の603だと行っていた…。
なんでも個室らしい。エレベーターに乗り込み、上に上がると、受付などがあったホールとは違って、よりいっそう静けさがまし、消毒液の匂いみたいなのが強くなる。
「ええと…ああ、ここか…」
少しあるいて、部屋の前にたつ。そして振り返り
「行くか」
と俺が言うと、ついてきていた神城と仁井園は
「何いってるわけ?」
「そうだよ七五三田、ここからは七五三田だけ」
「……は? なんでだよ、おまえらついてきてくれるって…」
「確かにそうだけど、あの返事からすると、たぶん私達は邪魔になっちゃうから」
「いや、でも……」
「でもじゃない、七五三田、アンタは確かにたくさん悩んでここに立ってる。……まぁ、正直昨日"ださい"で片付けちゃったのも悪かったと思うし……と、それはおいといて、しっかり話してきなよ、アンタの中の"モヤモヤ"」
「そうだよ、私達はそこら辺でちゃんと待ってるから、七五三田なら大丈夫だよ」
「そうそう、案外世の中の悩みってだいたいの事は死ぬよりましだから」
「いや、それ極論だろ……でもまぁ、んじゃ行ってくるわ」
「はいはい」
「いってらっしゃい」
……たかが、たかが旧友に会うだけで、大袈裟すぎる見送り…。
無駄足だとも言える二人の付き添い。
それでも、一緒に来てくれたのは―――。
いや、ただ、独りじゃないと言うのは、悪くないかもしれない。自由はないし、好きなときに好きなことは出来ない。
それでも、何か心強く、温かな……言葉に出来ない…そんなものを感じた気がした。
病室をノックをする。すると懐かしいような、知らないような声で
「どうぞ」
と返事が帰って来た。
俺は扉を開き、中へと歩みを進めた。
窓が空いているのか、入った瞬間に風が吹き、俺は思わず目を細める。そしてゆっくりと開くと……
差し込む夕日に照らされ、揺れるカーテンを眺め、静かに微笑む少女……。
白野 咲来が、確かにそこにいた。




