第58話 日本語と乙女心は難しい。
放課後、結局俺はLINEを返せないまま、鞄に荷物をつめていく。……と言うかだ。そもそも何故急に咲来らしき人物からLINEが来たのか、なに?俺のIDどっかに晒されてんの……? しかし、だとすると、犯行を行った人間がかなり限られるんですけど……とか思いながら帰り支度を済ませる。
それから、ふと、教室の隅っこを見ると、何やらクラスメイトの女子達が動画撮影をはじめる。どうやら近年流行っている動画投稿アプリにでも投稿するようだ。
なんか音楽に合わせて、やたらと女子が表情を変えている。正直、俺には何が楽しいのか全くわからない。ただ、あれも一種の自己満足なのだ。あれを投稿することで謎のステータス"いいね"が貰え、自己を他人に肯定される。コメント欄に『◯◯ちゃん可愛い!』だとか『◯◯ちゃんが一番!』だとかつけば万々歳である。……なんとなくその光景をみていると、いきなりヒョコっと仁井園の顔が目の前に現れる。
「うわびっくりした!」
「いや、アンタあの子等見すぎだから…ってか七五三田っていつもボーッとしてるよね」
「いや、ちょっと考え事してたんだよ」
「考え事?」
「おお……てか、神城は?」
「え? 美羽は今日用事あるからって昼にいってたじゃん、ご飯食べたあと」
「……ああ」
そう言えば言っていた。なんでも今日は久しぶりに家族が揃って食事ができる日とのことだ。普通ならばいちいち親と待ち合わせて食事とかめんどくさいと思ってしまったり、それが当たり前だと、なんとも思わないかもしれないが、神城は家庭環境的に、今日はレア日なのである。しかもアイツ親大好きだしな…良かったね。
「そう言えばそうだったな……さて…」
俺は鞄をとり立ち上がる。
「んじゃ、俺も帰るわ」
そう言ってその場を去ろうとすると、鞄の紐をつかまれ、急にひかれる。
「ぐえっ…!」
ちょっと、何やってんのこの人!?
「ゲホゲホっ! おま…っ! いきなりひくなよ…っ!コホっ」
「え? あ、ああ、ごめんごめん、七五三田に話があったから…」
いや、じゃあそう言って? なに?この学校の女子は放課後人に話しかけるとき、鞄引けってならってんの?だとしたらそれは間違いだからね?そんなことを考えていると
「……ええっと……とりあえず行こ」
「……行くって…どこに?」
「外!」
「え……? まぁ、わかった」
そんなこんなで仁井園と下校する。そういや、こいつと二人で帰るのなんて久しぶりかもしれない。
「ねぇ」
「……なんですかね」
「……」
……ん? いま話しかけられたよね? なんで急に黙るの? なに? いやちょっと怖いんだけど……。
「えっと……仁井園さん…?」
俺がそう言うと、仁井園は立ち止まり、大きく息を吸って…はいた。
「すー………はぁ~…!」
そして
「七五三田」
「な、なんでしょう」
「アンタ美羽と付き合ってんの?」
「………ん? え?」
コイツ何いってんの? 俺が思考していると
「………付き合ってるんだ…」
いや、俺まだ何もいってないだろ。どうやったら今ので確信できるんだよ。まじで大丈夫かコイツ。
「いや、俺何もいってないだろ」
「だって黙ってるじゃん」
いや……なるほど、黙秘を肯定ととらえた感じね。……てか、なんでそんなことをコイツが気にするんだよ。 そして何衝撃の事実を受け止めなきゃみたい顔してんだよ……まぁ、でも
「……別に、全然そんなことないけど…」
俺がそう言うと、仁井園は
「……ほんとに…?」
「……? ホントだけど…」
「じゃあ桜の話は?」
「……は? "咲来"? なんでおまえが咲来を知ってるんだ?」
「は? "桜"くらいしってるでしょ、アンタそんなこと日本人のほとんどの人間がしってるから」
は?何いってんのコイツ。
「いや、スケールでかすぎるだろ。 なんで咲来の事日本中がしってるんだよ、芸能人か」
「は?」
「え?」
***
「……さくら違いだな」
「ホントに……あたしてっきり美羽とアンタが付き合いだして、もう来年の春の予定たててると思ってたんだけど……」
いや、それは妄想が過ぎますよ仁井園さん。
「つか、俺と神城が付き合うわけないだろ…」
「なんでそんなこと言えるわけ? そんなのわからないじゃん」
「……いや、ないだろ……そもそもあっちが嫌がる」
「……じゃあもし、美羽が七五三田に好きだーって言ったら付き合うわけ?」
コイツはなんでこんなにその事を気にしてるんだ?
「……どうだろうな、ま、嫌いじゃないからな、その時になってみないとなんとも言えん…」
「……ふ~ん……………じゃあさ……もしだけど」
「なんだよ」
「もし、百歩……一万歩譲って…あたしが七五三田に…す、好きだって言ったら………?」
「おいおい、どんだけ譲歩しないと俺のこと相手にしてくれないんだよ」
「いいから……!」
「そうだな―――――」
***
【仁井園 真理子】
たぶん、冗談だろう………。
『丁重にお断りいたします』
笑ってたし、なのに、あたしは
『――――ッ…!』
このあと、七五三田のくせに生意気だとでも言っていつもみたいにじゃれればすんだのに……
あたしは――――
『七五三田…の、くせっ……あれ?』
泣いてしまった………。それから、違う違うと誤魔化して慌てて帰宅。結局"さくら"についても、まともに聞けなかったし、何より……七五三田にあたしの気持ちを悟られたかもしれない。
「……絶対変なヤツだと思われた……」
なんにせよ、冗談でも断られると言うことは、あまり意識されていないと言うことだ。対して、美羽は言われてみないとわからない。これではアタシの敗北は見えている……。見えているのだ……
「はぁ~……美羽になりたい……」
うつ伏せのまま、ベッドで呟く。
「はぁ~……」
と、ピンポーン…とインターフォンがなる。 家にはアタシしかいない。アタシは目も濡れてるし、とりあえず居留守を決め込む。しかし、ピンポーンともう一度鳴った。
仕方なく部屋から出て、インターフォンの親機で応答する。
「はい…」
そう呟いて画面をみると、両手を膝につき、息を切らしている七五三田が映る。
{「はぁ……はぁ……」}
「………え………アンタ…なにしてんの?」
{「いや、おまえが急に泣くから……しかもダッシュで帰るし……そんでとりあえず帰ろうかと思ったけど、なんかあったのかとおも……はぁ、思ってだな…あと、俺がなんかしたのかとか…!はぁ」}
「………てか、アンタどんだけダッシュしてきたんだっつーの……」
ちょっと嬉しい自分がいる……。
{「いや……わからん……てか、はぁ…はぁ……ふぅ~…」}
「バカなんじゃないの」
{「やかましいわ! 俺自身、どんだけおまえの事気にしてんだって自分でもビビってるから…」}
「……とりあえず入れば」
{「…………おまえのお父さんいない?」}
「……は? 変なことしたら殺すからね」
{「ばっ……ちげぇよ! ふざけんな!」}
あたしは涙をふいて玄関をあける。すると、
「その、なんだ…仁井園、何が原因かはわからないが、さっきは悪かったな…」
彼は少し照れたように、でも申し訳なさそうにそう言う。
「いや、別にいいから……あたしちょっと悩んでたから……その、たぶんそれでおかしいんだと思う…だから気にしなくていいよ」
「…そうか……まぁ、なんだ…それなら良かった…いや、良くはないな…なんかあるなら話聞くぞ? 来たついでに」
彼はいつもこんな調子だ。人の気も知らないで……でも、そんな彼だから、きっと私は恋をしているのだ。
話してみようかな……美羽と七五三田の事以外で……ここ最近、あたしが悩んでいること……。




