第4話 正義と言うものは、わりと自己満足で完結する。
【仁井園 真理子】
―――この世界は理不尽であり非情であり、不条理だ。
誰かに善意をもって接すれば、その善意に甘えた誰かは思い上がり、調子にのり、その対象を見下し始める。自分より下だと勝手に決めつけ、ここぞとばかりに周りを勧誘し、自分の味方に引き入れては集団をつくる。そして、優越感が欲しいばかりに、その集団は善意者に言うのだ。
「"偽善者"、アンタ見てるとイライラするのよ」…と。
私はそうなる事を身をもって知っている。ならば、善意等必要ないのだ、友人ではなく、自分を守るための仲間さえいれば、学校での生活は安泰なのだと思わないだろうか?そして、その仲間と人を見下す事で、自分の安全を確保して何が悪いと言うのか。
安直的な考え方?人道的ではない?
そんなの、この悪意を体験した事のないヤツの戯言だ……っ!
それに、そうしなければ、今度はまた…私が"ハブられる"じゃないか―――。
だから私は、今日も仲間達に声をかける。
「おはよー、結衣子、ともか」
「あ、はよー」「おはよー」
***
【七五三田 悠莉】
さて、翌朝、いつも通りに俺は登校し教室へと入る。今日も今日とて、うちのクラスはてんやわんやと朝から談笑パーティーを絶賛開幕中である。俺は椅子に座り、机に置いた鞄から必要なものを取り出す。そして一通り荷物をしまったあと、イヤホンを取りだし、耳につけ、スマホを操作して音楽を流した。最近のお気に入りは、超ド級の洋楽ロック…などではなく、実は一昔前に流行ったRPGのサントラだったりする。何故RPGのサントラとはこんなにも癒されるのだろうか?マジ神、こんな世の中捨てて異世界とかいきたくなっちゃう。そこでハーレム築いて俺TUEEEEEとかしたい。そして、なんか契約とかする時は適当な理由をこじつけて美少女と接吻をするのだ。グヘヘ……と、夢の世界に浸っていると、肩を叩かれる。イヤホンを片方はずし、振り向くと、そこには神城が立っていて、こう言った。
「七五三田…ニヤけすぎ、顔きもいよ…?」
神城よ…本日の俺に対する第一声が、とても辛辣なものになっている事に気づいているだろうか?…てか、そんなニヤけてましたか?だとしたらヤバいな、俺のCOOLな…すみません発音が良すぎました。クールなイメージが……。
「……べ、別にニヤけてねぇし」
「いや、すごかったよ? 涎とかたれそうだった」
「そんなにっ!?」
こんなやり取りをしたあと、神城は自分の席に一度座り、俺同様に荷物を整理する。
それが終わると、そのまま何かを思うように目を瞑った。少しだけ沈黙したあと、神城は目を開いて深呼吸をし、立ち上る…。それから、一度俺の方を見て…意を決したような、覚悟を決めたような顔で、"行ってくる"と言わんばかりに頷き、仁井園の席へと向かった。そこには既に残りの二人、木村と原田も集まっている。
―――これから、神城の戦いが始まるのだ。
彼女はそこへ辿り着くと、「おはよう」と3人に声をかけた。3人はチラリと神城を見る…が、挨拶は返ってこない。昨日とは明らかに違う空気感、そして昨日までは返ってきた挨拶が、今日は返ってこない……おそらく、神城自体この状況は想定していたはずだ。しかし、それでもそれ以上のショックが彼女を襲っているのだろう……神城は、どうしたらいいのか分からず、そこに立ち尽くしてしまっている…。
この状況を見ていると、嫌な事を思い出してしまう…。
―――『クスクス……ほら、あれ見て……クスクス…"さくらさん"…また1人…あの子の事、庇ったりするから…クスクス……』
……クソったれな過去、きっと世界中を探せば、余るほど転がっている、どこにでもあるような体験……それでも、それが長い事、俺を苦しめている……。
今を打開するにはどうしたらいい?
何ができる?
神城は今も、その場にいると言う事で戦っている。きっと不安だろう。昨日よりも状況は悪化しているのだから…だけど、神城はそこにいる。
自分が立ち向かわなければ何も変わらない事を知っているから
頼るだけでは、ダメだと言う事を知っているから
そんな彼女を見て、俺も考える、考えるのに…答えが出てこない……!
神城の味方でいようと思ったのに、何も思い付かない…っ!もどかしい気持ちで、状況を見守る。すると、とうとう神城が無言でうつむきながら振り返った……俺がそこに見たのは、"諦め"の表情……
無力を知った顔。
自分を責める顔。
一人になることを、覚悟した顔。
嗚呼……俺はこの顔を知っている――――。
―――『…うっ…ぐすっ…悠莉ぃ…ふっ……私が…悪いのかなぁ……?』
クソみたいなあの時がフラッシュバックしやがるっ……!アイツには何も言ってやれなかった。何もしてやれなかった………ッ! それは、周りの状況がどうとか、アイツに逆らうと怖いからとか、そう言った環境や恐怖のせいだと思って、救えなかった事の言い訳にした……っ! みんなそうなんだと、自分に言い聞かせて正当化した。だが、どうだ?今でもあの時は俺に張り付いて離れやしないじゃないかっ!
また、繰り返すのか……?
この今ある葛藤もプライドも自己保身の為の言い訳だろうがっ!
笑わせんな、人は成長するんだよっ! 待ってろ神城っ―――!
俺は席から立ち上がり、クラスにいる奴らに聞こえるように言う。端からみたら、ただのぼっちの暴走。キモい行動、偽善、いろんな風に思われるだろう。それでも俺は、デカい声で言う。全員に聞こえるように……!
「おい、神城挨拶してんじゃんっ! なんでシカトすんだよ!」
これが、正解じゃないことくらい、俺にも分かっている。こうする事で、どうなるかなんてのも、ある程度予想できる…。
きっと、ただのその場しのぎだし、悪化する可能性だって0じゃない。これは、ただの自己満足だ。結果、神城に迷惑をかける事になるかもしれない。でも、それでも……、
『今』を壊さなければ、次を作るなんて事はできないのだ。
少なくとも、この俺の自己満足で、クラスの奴らは何かしら考え始めるはずだ、仁井園達に対して、神城に対して、俺に対して。
なんだっていい、今は人間関係が出来あがり始めたばかりだ。お互いを深く知らないからこそ、周りがそれを耳にする事に意味がある……!
はじめは、いきなり立ち上がり大声を出した俺に注目をしていたクラスメイト達も、案の定、何事かと、明らかに反応している仁井園達を見はじめ、ひそひそとやっている。
「え?シカト?女子こえぇ」「仁井園さん…やっぱり…」「てか高校生になってまでいじめとか…」「え?神城シカトされてんの?」「てか七五三田って喋るんだ」「七五三田って誰?」「え?アイツ七五三田って言うの?」
おいおい、後半酷いことになってんぞ。どんだけ認知されてないんだよ俺、別のベクトルで傷つきそうだわ。とか思っていると、木村が声をあげる。
「は、はぁ~? し、シカトとかしてないしっ!ね、ねぇ?」
木村はそう発言し、原田に同意を求める。
「う、うん!そうそう! マジ意味わからないからっ!てかキモすぎっ、アンタ美羽の事好きなの?なんなのまじで、本当無理…」
明らかに焦るような表情をしている、仁井園は………? 俺が仁井園に視線を向けると、すごい形相でこちらを睨んでいた。なにそれ怖いんですけどっ!睨みで殺すって言うけれど、本当に殺されそうなんですがっ……!帰り道は背後と物陰に気を付けなくちゃ!いやもう本当にこええよ…
しかし、俺としても声をあげた以上引っ込みがつかない…!なので、ここはしっかりと道徳的指導を行うべきだっ!
「あ……あんまり、無視とか…その、よ、良くないと…思う…ぞ…」
ぐああああぁぁぁぁっ! 何睨みにビビって徐々に小声になってんだよ俺っ! 完全にキョドってる、これは自分気持ち悪い……っ!
そしてダサいっ!俺がそんな風に思っていると、仁井園は
「は?何言ってっかわかんねぇしっ、つかどもってんじゃねぇよ、キモッ」
と吐き捨てて立ち上がる。それから仲間達に行くよ、と声をかけると教室の出口に向かって歩きだした。神城がその場にポツン、と取り残されてしまう。すると、仁井園は
「何やってんの美羽! アンタも、早く!」
と、神城を呼び、神城はハッとして仁井園についていった。
彼女達がいなくなると、教室はその余韻で少しざわつくが、徐々に落ち着き始め、授業が始まる頃には元通りになっていた。人は、自分が思うよりも他人に興味を持たないのかもしれない…いや、まぁ例外とかはいるだろうけど……と言うか、この一件で、俺は気づいた事がある。
やらないと後悔をするが、やっても後悔をするのだ。いや、本当に…今めっちゃ後悔してるから、調子のったなぁ……って思ってるから、神城は大丈夫だろうか……?
1時限目、2時限目、神城達は戻ってこなかった…。そして2時限目の休み時間、四人は戻ってきて各々の席へと向かう。教室に戻ってきた時、仁井園にすげぇ睨まれたけど、気にしない事にする。それよりも俺は、自分のせいで神城が何かされなかったかが気になって仕方ない。隣の席に戻ってきた神城をサッと眺める。どうやらパッと見、外傷はなさそうだ……。神城は席につくと、俺を横目でチラリと見て
「……さっきはありがとう、後で話すね」
と、そう言った。……あの、と言うか、なんで神城さんの目はそんな赤くなってんですかね…?