第43話 疑いの眼差しってヤツは、時に言葉よりも人を苦しめる。
「―――で、なんでアンタは妹を押し倒してたわけ?」
……仁井園は腕を組み、何故か俺を尋問する。状態としては、ベッドの上に正座させられている形である。そんな切ない部屋の片隅では、神城の胸に顔を埋め、被害者面をしているマイシスターが此方の様子をチラチラとうかがってはニヤリと笑う。くそぅ、菜衣子め…っ!
俺は菜衣子を目で軽く睨むと、仁井園が
「聞いてんの?」
と言ってくる。聞いておりますとも仁井園さん、あ、くそっ!菜衣子め、うらやまけしからん……っ!
そんなこんなで叱られた俺は、数十分後、ようやく解放された。てか、誤解説くのに時間かかりすぎだろ……つかどんだけ俺の信頼無いんだよ、思いの外低くてさすがに凹みそうなんですけど…とか思っていると、神城が菜衣子を連れ、飲み物を買ってくると言って病室を出ていった。
その様子を見送った後、仁井園が
「……てか、アンタあんなことあったのに、案外普通なんだね」
とか言ってくる。んな訳あるか
「……考えないようにしてんだよ、思い出したら泣いちゃうからな」
「……泣いたの?」
「は…? な、泣いてねぇよ! 泣くわけねぇだろっ!」
「ふ~ん…」
仁井園は腕組みをして完全に疑いの眼差しを俺に向けてくる。てか、これ自分で墓穴ほった感じになってるよね?ま、あれだし?ホント泣いてないし?夕べのあれは心の汗だし?むしろあれだ。なに?涙腺に水分が溜まりすぎていた(?)と言うかですね…
そんな事を思っていると、仁井園は疑いの眼差しを解き、やれやれと言わんばかりに「ふぅ」と一言こぼして、ベッドに座る俺の隣に腰掛ける。つか狭っ、あと近っ!……あ、でもちょっと良い匂いする。
「な、なんだよ…あの、近いんですが…」
「……別に、つか、泣いても良いと思うけどね」
「……は?」
「あたしさ、アンタ見てるとちょっと不安になるんだよね」
「どう言うことだよ」
「……なんか、傷ついたりすることに慣れすぎてるって言うか…」
……仁井園、それは誤解だ。傷つく事に慣れる人間なんていやしない…と、俺は思う。だが、傷ついたことに気づかないふりなら幾らだってできるのだ。何かのせいにしたり、誰かのせいにしたり、だからこそ人間はネガティブとかポジティブとか言う言葉を使うのだ。自分を上手に守れる人種はポジティブで、それが下手くそなのはネガティブだ。しかし、下手くそには下手くそなりのやり方と言うものがある。
「……別に、傷ついてない訳じゃない、俺も一応人間だからな、それなりに凹んだりもするしな……ただ、悲しいこととか思い出したり数えたりしてるより、楽しかったことを思い出したり、楽しみを持つようにしている…例えば……」
…最近は、学校で食べる昼食時のおまえらの事とかな。と言いかけてその言葉を飲み込む。
「例えば…なに?」
「そ、その、なんだ、あの漫画の続きが読める…とか、今日はゲームが出来る…だな…要は現実逃避のプロなんだよ俺は」
「……やっぱアンタ慣れてんじゃないの?」
いや、照れ臭いんだよ!そんな簡単に"おまえらといるのが楽しい"とか言えたらこんな性格してないんですよ。
「……」
俺が沈黙すると、仁井園はおもむろに立ち上がり、伸びをして
「う~んっ!……ま、いっか」
と言い、振り返ると俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる
「なっ! なんだよ! やめろっ!」
「ははは、七五三田って頭さわられるの嫌いだよねっ」
「ばっ! やめっ! 嫌じゃないけど鬱陶しいんだよっ!」
すると、仁井園は手を止めスッと俺の顔を覗きこむ。そして、その仁井園と俺は視線がピタリと合った。…………ごくり。
仁井園の瞳に自分が写っている…良く見ると綺麗な顔立ちの仁井園から視線が離せない……
俺は、仁井園の考えが読めないまま、少し顔を赤くしている彼女の顔をじっと見つめる―――――。
1………
2………
3………
4………
5………
6………
な……ここで俺はハッとし、視線を反らす。
あぶねぇあぶねぇ、恋するかと思った!マジ危なかった!なにこいつ、良く見ると美人じゃねぇか、あと普段あんな性格だから、その素の姿とギャップでハートもっていかれそうだったわ!マジ危なかった!
とか思っていると、ガラガラと扉が開き、神城と菜衣子が戻ってくる。
「悠莉く~ん、なんかプリンのジュースあったから買ってきたよー」
「あ、なえちゃん、それ振らないとダメなヤツだよ」
俺が声のする方へ視線を向け、もとに戻すと…仁井園は何事もなかったかのように神城たちのとこへと向かい、
「プリンのジュースって何?」
と話をしていた。てかさっきのなんだったんだよ。ビックリしたわ。……まだ少し胸がドキドキしております…。
***
【仁井園 真理子】
………焦った…っ!
美羽達が戻ってきて、少しだけ話をしたあと、あたしは慌ててトイレへと向かう。
胸の鼓動が収まらない……っ!
あたしは、あたしが思うより七五三田の事をずっと…
トイレへと入り、洗面台に両手をついて深呼吸をする。本当に自分でも訳がわからなかった。七五三田の頭を撫でたあと、彼が本気で怒ったりしないか確認しようと顔を覗くと、視線がバッチリと合ってしまい…目が離せなくなった……。
「………こんなの初めてだ…」
呟いて未だ火照る顔に、両手でパタパタと風を送る。
高校生になり、何人かの男性と"付き合う"と言うことをしてきたが、大抵は"JKが彼女"と言うブランド力と、体を目的としたような人達が多かった。
だからあたしは、一線は絶対に越えないようにしてきたし、本当にあたしを見てくれる人に……と思い、彼等の要求には応えなかった。でも…
「じ、自分からキスするかもしれないと思った……」
……あたしは、彼の事が"気になる"から"欲しい"に変わっている――――。
***
【七五三田 悠莉】
「てか、おまえらボランティアはいいのかよ」
仁井園がトイレへと向かったあと、菜衣子の持ってきた荷物を整理し、空いた椅子に腰掛ける神城に聞いてみた。
「あ、うん、先生に心配だからって話したらね、午後から休みくれたんだ」
「……そうか」
「うん」
なんだろ? 少し気まずい空気が漂っているような……?
「その、真理子とはさっき何話してたの?」
「……え? いや、まぁ普通に談笑してただけだぞ」
「ふーん…ホントかなぁ?…」
そう言って神城は、さっきとは違った疑いの眼差しを俺へと向ける。 なんだ? 神城は何が言いたいんだ?
「ねぇ七五三田…」
「…なんだよ」
「明日退院だよね?」
「おう?」
「来週さ、家に泊まりにこないっ?」
…………。
「…………ん?」




