第39話 我々はラッキースケベに憧れたりするが、実際に遭遇するとそれどころじゃなくなる。
―――――「アンタ、大丈夫なの?」
「あぁー…うん、なんとか…」
「にしても、ほんっとバカだよね、ギグスものびてたし」
仁井園は、団扇でパタパタと俺をあおぎながら、そんな事を言う。確かに、彼女の言うとおりだ。結局、二人とも意地になり長く浸かった結果、二人揃って軽くのぼせてしまい、各々休憩室にて、バタンキュウ状態となってしまった。いや、ほんとごめん…
そんな風に思っていると、神城がスポーツ飲料を買ってきてくれた。
「七五三田! ジュース買ってきたよ」
「……ありがとう…あと、ほんとすんません…」
「いいから、早く飲みな」
仁井園に言われ、神城からジュースを受け取ろうと体を起こす。そして、神城も俺にジュースを渡そうと差し出した瞬間―――
するり、とジュースが神城の手から離れてしまう。咄嗟に俺達はお互い、わたわたと手を伸ばし、そのジュースをつかもうとするが、上手く掴めず、ジュースは一度神城の手に当たると、俺の方へと飛んできてしまう。そしてそれを追うように神城が手を伸ばす。当然、体制が崩れ、そのままダイブするような形で俺に覆い被さるようにして神城が倒れこんできた。
これらは本当に一瞬で、時間にすると1,2秒ほどだろうが、俺から見ると、すごいスローモーションに見えた。
って言うか、眼前に神城の胸が飛び込んでくる、マジかコレ。このままだと…っ!そう思った次の瞬間―――
その柔らかなモノは俺の顔を包むようにしてぶつかり、そのまま俺も神城も倒れる。
バターン!
「ちょっ、アンタ達なにやってんの!? 大丈夫?!」
仁井園の声が聞こえる。一瞬何事かとも思ったのだが、この顔に伝わる感触、間違いなく神城のソレである、これがラッキースケベか………とか悠長な事いってる場合じゃないっ!何故なら俺はすぐに気づいたからだ。デカい胸を顔面に押し付けられると、呼吸ができないと言う事に…ッ!
ヤバいなにこれ、ほんとヤバいっ!しかも、息を吐いた後にのしかかってきたので、息を吸う事ができないのだ…っ!マジでヤバい、脳に酸素の供給ができないっ!死んじゃうっ!俺童貞のまま死んじゃうっ!俺は慌てて神城の背中をタップする。すると、神城が
「たたた……七五三田ごめん、大丈夫?」
と状態を起こした。
「ぶはっ!」
俺は大袈裟に息を吸うと、呼吸を整える。すると仁井園が
「……ほんとなにやってんのアンタ達…つか、七五三田は美羽のおっぱい堪能して、良い思いできてラッキーとか思ってんじゃないの?」
とかジト目で言い出す。いや、何言ってんのこの人。ほんとラッキーどころじゃなかった。そんなの一瞬だった。ほんと、死ぬかと思ったからね?世の中のイケメン主人公達はこれ堪能できるとか、いろんな意味で無敵すぎると思う。何?チートなの?耳から息でもしてんの?エラ呼吸?魚かな?なんにせよ、おっぱいこわい。
俺は仁井園に、結構マジなトーンでこうこたえる。
「……甘く見てると、死ぬぞ……?」
「は? なにが?」
「七五三田ごめんね、大丈夫?」
神城が気を使い、俺に謝ってくる。私の方こそすみませんでした。
「……いや、俺はまぁ、大丈夫だ」
そう言って、俺は神城の方を見る。すると目が合い、俺はそのまま自然と神城の胸に目がいってしまう。
「……?」
神城も自分の胸に視線を落とす。すると、みるみる顔を赤くして、
「わ、私は大丈夫だからっ!」
と言って体をそらし、胸を両手で抱えるようにして隠した。なんかごめん。でも聞いてほしい、今のは決して下心とかではなく、"こいつのコレまじでこええな"って感じの視線だから、なにちょっと俺が意識してるみたいなリアクションとってんの?やめてよね、全然そんなんじゃないんだからねっ!………いや、まぁ、良い匂いしたな…あと柔らかかった。
***
【四月一日 孝輔】
―――ガコン
俺は珈琲を販売機から取りだし、近くのベンチに座った。温い夜風に、夏の若草の匂いが鼻をかすめ、耳には虫の合唱が響く。こうした匂いや鳴き声を聞くと、昔を思い出す――。
「……あの頃は楽しかったなぁ」
小さく呟いて、珈琲のタブをあけ、一口飲む。すると、
「貴方、何黄昏てるわけ?」
聞き覚えのある声に、そちらを向くと、リサが立っていた。リサは自動販売機で飲み物を買うと、隣に腰かける。
「やぁ、"リサ様"」
「何かしらドM王子」
「はっはっは、本当に君は相変わらずだな」
「それはお互い様でしょ」
「あぁ、そうだな」
少しだけ沈黙が流れ、二人で飲み物を口にする。
「………孝輔」
「なんだい?」
「どうなの?教師ってヤツは」
「そうだね…まぁ、大変だな、いろいろ気を使わなきゃならないし、書類は山のようにたまるし、自分も勉強しなきゃならないし…でもまぁ、楽しくもある」
「そう」
「あぁ、リサはどうなんだい? この間"翔馬"に聞いたけど、大変らしいじゃないか」
俺がそう言うと、リサは口を尖らせ、少しだけ不機嫌そうに
「……翔馬…アイツ口軽いんだからっ!」
と言った。そして
「まぁ、私の話はいいわ。 それより、貴方の生徒、本当に可愛いわね、不器用と言うか、青春って感じがするわ」
「ははは、自慢の子達だよ、本当に不器用で、みんな優しくて、そして自分の価値を一生懸命探している。たまに見ていて羨ましくなるよ」
「ふふふ、本当ね、少しだけしか話してないけど、すごく真面目に今を生きている印象を受けたわ。特に七五三田 悠莉、だったかしら? 彼は一際不器用ね、素直に認めちゃえば楽なモノを、自ら遠ざけると言うか、近くに来たモノを避けちゃう感じ……かしら?」
「うん、そうだな、彼は確かに不器用だけど、でもその分、人一倍考えてもいる。そして、そんな彼は確実に周りの力になってるよ、それに、周りはそれに気づき始めてる」
「ふふ、将来が楽しみね、"先生"♪」
「はは、からかうなよリサ」




