第36話 彼女は彼女と彼と離れたくない。
【神城 美羽】
国際交流ボランティアの初めの夜、食事を終え、真理子と片付けをしていると、真理子が話しかけてきた。
「……美羽」
洗い物がカチャカチャと音を立てる。私は、今しがた洗い終えたスプーンの水分をフキンでふくと、乾燥用のかごの中に立ててそれをおき、言葉を返した。
「どうしたの?」
そう聞くと、真理子は
「さっき、七五三田を誘ったから」
それを聞いて、また胸がぎゅっとなる感じがする。そもそも、真理子はあの日に言っていた。『アタシ、七五三田もらっていい?』と、彼女が言ったあの日、『私は遠慮しないから…』とも…しかし、気持ちをうまく理解できていない私は、真理子に遠慮した。だから、好きにしたらいいと言った。
理由は、沢山あるが、きっと……怖くなってしまったからだ。真理子に、私の気持ちを言って嫌われたくないし、七五三田も失いたくないと思ってしまった。だから、今日……私は七五三田に思わせ振りな台詞をはいたのだ。きっと、いくら鈍い七五三田でも、意識くらいしてくれているはずだ……私は…きっと自分で思うよりも欲張りで、嫌なヤツなのだ。だから、今真理子に誘ったと言われて、"私はどこで七五三田を誘おうか?"なんて考えてしまっている。
―――自分の気持ちも、うまく理解してないくせに……。
「……真理子、そんな…私いちいち報告とかいらないし…?」
「ほんとに? でも、アタシはちゃんと美羽には言いたい」
そんな…そんなこと言われても、私は苦しくなるだけだ…っ! 真理子が何を思って、私にいちいち報告をしてくるのか…これもあの日の夜に『ちゃんと向き合いたいから』と言っていた。
その気持ちはすごく嬉しかったし、彼女は何一つ悪いことをしているわけではない。わかっている…わかっているのに、何故か七五三田の事は心がざわつき、真理子とも仲良くしたいし、七五三田はとられたくないしと、"どうしたらいいかわからない"と言う気持ちが強く出てしまい、嫌な子になってしまう。
「……アタシは言いたいって…私は言われても困るし…ははは…」
そして苦笑。ぎこちないリアクションに、真理子も呆れてしまうかもしれない。でも…どれが正解なのかわからないのだ。そんな風に思っていると、真理子は
「ま、そう言うことだから…」
と、簡単に言ってのける。彼女は、良くも悪くもストレートだ。嫌なことは嫌、好きなことは好き、と分別をつけることのできる人間なのだ……。私はどうだろうか?
七五三田の事は好きだが、その気持ちにすら自信が持てないでいる。また、真理子との仲違いを怖がって、せっかく仲直りできた人に、気持ちを隠している。別に、言う必要はないかもしれないが、なんだか…不誠実な気がしてしまう。
すると、真理子は片付けを終える。そして、
「美羽も早く来なね、この後キャンプファイヤーらしいからっ」
と、明るく笑って行ってしまった。そのあと、私は片付けを終えて、皆のところへと戻ると、
「HAHAHAっ! 悠莉っ! おまえはクレイジーすぎるぜっ!」
とギグスが笑っていたので、ギグスの見ている方を見ると、木に引っ掛かったニキのサンダルを、七五三田がとろうとしているのが見えた。って……
「七五三田…なんで上脱いでるの……?」
私は近くにいた真理子に聞いてみる。すると真理子が
「そこ」
と指を指す。若葉に隠れて見えづらいが、どうやら七五三田が登っている木の枝に、彼のTシャツが引っ掛かってしまい、それをぬいだようだ。……なんと言うか、人の物を取っ手あげようとして、自分の物を失うと言うのは、なんとなく七五三田らしいなと思った。そんな事を考えていると、ギグスが
「ほらっ! 頑張れっ! 無事サンダルを救出したら、ニキがキスしてくれるってよ!」
と言う。するとニキも
「そうよ! 悠莉、それとったらキスしてあげるっ!」
なんて言い出す。ダメダメっ! もう、ほんとこの人たち簡単にキスキス言い過ぎだよ!
すると七五三田は
「……あの、ちょっとうるさいんだけど」
と言って、ぶつぶつと文句を言っている。そんな七五三田を見ていると、この分ならキスはしなさそうだ。と思い、少しほっとした。
***
―――パチッ…パチパチッ…
小さなキャンプファイヤーを取り囲み、他のグループの人も一緒になって、歌を歌ったりしている中……
「いてっ…いてぇよ、もう少し優しくしてくれませんかね?」
「……は? 男が女みたいな事言うな!」
「いや……仁井園、それはだな……」
「あ、七五三田動かないで」
「……はい」
私達は、サンダルをとったあとに、木からおちた七五三田の傷を消毒していた。ちなみに、骨とかは折れなかったようで、幸い下にいたギグスがキャッチしようと手を伸ばしたのが良かったらしい。
「……にしても、なんであそこで手離したわけ? 普通落ちるでしょ」
真理子の疑問に七五三田は、
「……いや、まぁ…うん、そうなんだけど」
「しかも半裸だしね、そりゃ身体中擦り傷だらけになっちゃうよ」
私がそう言うと七五三田は
「……好きで半裸なわけじゃないんですがね」
「でも、自業自得じゃん、あんだけアタシは左からまわれって言ったのに、言うこと聞かないからだ」
「あれはだな、足場的に…」
「まぁまぁ二人とも! 大きな怪我はなくて良かったじゃん! ね?」
私は二人をなだめる。この、何気ない空気感が…今の私にとって、本当に楽しく、ずっと在って欲しいものだ。だからこそ…私は、今に決着がつけられないのかもしれない―――。




