第29話 人間、頭に血がのぼると突拍子もない事を言い出したりしちゃう。
「ただいま」
俺は家の扉を開くと、いつものようにそう言う。前回神城が来たときは変に緊張してしまったが、人間一度難関を突破すると、不安だった事も、案外気楽に行えるものである。そして、前回同様、いつものように、マイシスターがバタバタと出迎えにきた。
「おかえり悠莉く……」
そして、後ろの仁井園を見て固まる。フッフッフ…どうせ、また「悠莉くんが今度はスレンダー女子の幽霊に憑かれて帰ってきたあああ」とか言うんだろ?お兄ちゃん、もうそんなじゃ驚かないからね、先を読む事ができるようになったからね。
「……悠莉くん、女の子を取っ替え引っ替えはちょっと…」
「……は?」
いや、菜衣子さん違うからね?そんなんじゃないからねっ!てかマジレスしてんじゃねぇよ!逆に反応に困るだろうが…!ジト目はやめてくださいっ!
「……ねぇ、七五三田、女の子を取っ替え引っ替えって……なに?」
いや仁井園さん?なんで貴女までちょっとムッとしてるんですかね?なに?おまえ俺の彼女なの?違うだろうが。
「…いや、菜衣子ややこしくなるから、あんまり変なこと言うのやめなさい」
俺がそう言うと、菜衣子は「ごめんごめん」と舌をだして謝る。なにてへぺろ感だしてんだよ。とまぁ、くだらないやりとりはこの辺にして、俺は仁井園にあがるように促し、神城の時と同じように部屋にとおす。
「……案外普通なんだ…」
俺の部屋を訪れた仁井園はキョロキョロとしながらそんなことを呟いた。つーか、案外ってなんだ。神城もそうだが、この子達は人の部屋に何を期待しているのだろうか?
「とりあえず、ここに座ってくれ」
俺はクッションを床におく。すると仁井園は言われるがままにそこに座った。それから俺がベッドに腰かけると、仁井園は
「その…なに? アンタ叩かれたとこ大丈夫なの?」
と聞いてくる。
「……いてぇな、超いてぇ」
俺がそう言うと、仁井園は立ち上がり近くに来て、俺の頭に手を伸ばした。
「いや、嘘だよ、そんな大したことなかったから」
俺はそう言いながら少しだけ頭をよける。すると仁井園は
「いいから」
と言って俺の頭を撫でた。……なにこれ、超恥ずかしいんだけど
「や、マジ大丈夫だから」
俺はその仁井園の手をどける。すると仁井園は「ふぅ…」と一息漏らしてから、少し呆れたように笑い、
「普通、叩かれるとわかって飛び込んでくる? アンタ、バカなんじゃないの?」
と言った。
「しらねぇよ、気づいたら目の前におっさんがいて、次の瞬間頭部に衝撃が走ったんだよ、まぁ、あれだな…俺は良いヤツだからな」
俺はニヤリとして仁井園に言う。すると仁井園は
「ふふ…だね!」
と言ってにこりと笑った。普段とのギャップにちょっとドキッとしてしまう。いや、ほんと、ちょっとだけね?
まあ、なんにせよ、仁井園に怪我がなくて良かった…それと、なんであんなことになったのか聞いといた方がいいよな?
「その、仁井園…おまえ何したらあんな怒られるんだよ…」
俺の発言に、仁井園はやっぱ聞かれるか…みたいなリアクションをとって、もう一度クッションに座り直し、話を始めた。
「……進路」
「は?進路? 進路の話であんな事になったのかよ? どんだけヒートアップした会話してんだおまえん家…」
「うるさいな、仕方ないでしょ、家の親が"K大"に絶対にいけ、将来は後を継げってうるさいんだよ」
「……いやK大って…この国で三本指に入る大学じゃねぇか…それと後を継げってなんだよ?」
「ね、ほんとムカつく。後を継げってのは、家の親が医者だから…そんなのバカ兄貴にやらせればいいのに……っ!」
そう言うと、仁井園はさきほどの親子喧嘩をまた思い出したようで、少しイライラしている様子である。つか、俺なんか進路なんてまだ全然考えてねぇよ……だってまだ高1だよ?そういや、本仮屋も漠然とはしていたが、夢を持ってたし…皆そんなもんなのか?なんかやりたいとか、なんかになりたいとか、そう言ったモノをもう持っているのだろうか?
そんなことを考えていると、イライラを募らせた仁井園さんが、
「決めた、七五三田、アタシ家出する…!」
おいおい、なに言ってんのこの子。
「いや、家出って…安直すぎんだろ…それに、どこに泊まるんだよ」
「……こ、公園…とか?」
「いや、それただのホームレスだろ…昔流行った小説じゃないんだから…なに?腹へったら段ボールかじんの?」
「だって…!」
「それに、この国の治安は悪くはないが、一応自分が女子だって自覚しろ、夜は危ないだろうが、おまえに何かあったら…」
ここまで話して、今でた言葉に自分で驚く。そして、案の定それを仁井園が拾う。
「おまえに何かあったら…なに…?」
「……いや、なんだ…か、神城とか困るかもしれないだろうが」
俺は嘘をついた。仁井園に何かあったら…俺は…傷つくかもしれない。それは、きっと恋だとか、そう言ったモノではなくて…過去に先生が、俺の魅力に気づく人間が現れると言ってくれたように、また、俺も知らず知らずの内に仁井園 真理子と言う人間の魅力に気づいているからなのかもしれない……だから、今、"友達"なんて言葉が、喋っていて頭に浮かんだのだ。
「は? なんで美羽が?」
「いや、だっておまえらはその…友達だろうが…」
俺は目をそらしながらそう言う。すると仁井園は
「アンタは…?」
「は?」
「アンタは……その、心配、してくれないわけ?」
え、なにそれ……仁井園、いいか?人間は個である。いくら表面をとりつくろっても、結局はいつかその化粧ははがれおち、醜い心をぶつけあって、周りを巻き込み、離れていくんだ。……だが、理屈ではそうだと思うのに…俺の感情は…
「……いや、なんだ…まぁ、その…おまえが危ない目にあったりするのは、本意ではないと言うか、気にならなくはないと言うか…」
「は?アンタなに言ってんの?」
「だから! あれだよ、あんま危ない事はするな」
俺がそう言うと、仁井園は少し考える様子を見せて、納得したのか、
「アンタって、ほんっっっと! 素直じゃないよね」
………それはお互い様だろうが。




