第28話 トラブルがトラブると、更にトラブる。
「秘密だよっ♪」
そう言ってひとひらは人差し指を口元にあて、パチン☆とウィンクをしてきた。いや、秘密にする理由ってなんだよ。まあ別に?すごい気になるとか言った感じでもないので、言いたくないなら別に聞くこともないだろう…が、本仮屋が歌を聞かれただけでは可哀想な気もする。なので俺は
「……いや、それだと本仮屋の秘密を俺に教えただけになるぞ」
「え?ちがっ! そんなつもりじゃないよっ! 悠莉のいじわるっ!」
意地悪なのはどっちだよ。
「ま、言いたくないなら無理には聞かないけどな…」
「もう! 単純に夢ちゃんの歌って、すごい上手だから、独り占めはもったいないと思ったの! ほんと、深い意味とかないんだからっ!」
まぁ、確かにうまかったしな。聞かれた本人はすごい恥ずかしそうにしてたけどな……。それに、見せた理由を欲しがるのも、俺が勝手に答えを求めてるだけだし…。
「……そうか」
「そうだよ! だから変な勘違いとかしないでねっ! 私嫌なヤツみたいになるじゃん!」
「しねぇよ…」
「絶対だからっ! んじゃ、私こっちだから、またね悠莉!おつかれー!」
そう言って、ひとひらは軽く手をふると、そそくさと駆け足で住宅地へと消えていった。て言うか、"また"、なんてのはないんだけどな。バイトもう終わりだし。
***
帰宅中、静観な住宅街の十字路に差し掛かる。
(そういや、ここ右に行けば仁井園ん家だっけ…)
俺はそんな事を思い、なんとなく仁井園ん家の方を見てみる。と、ガチャン!と扉が開いたかと思うと、中から仁井園が飛び出すように出てきた…! おおっ…噂をすればなんとやら…って、俺一人だから噂ではないんですけどね…。
そんな風に思って見ていると、中から仁井園を追うようにして、スーツ姿のおじさんが出てきた。そしておじさんはいきなり仁井園の腕をつかむ。
「いた…っ! 離して……っ!」
「うるさいっ!! いいから来なさいッ!!」
……え?なんでアイツつかまってんの?つーか、すげぇ怒ってるじゃんあのおじさん…。恐らく、仁井園の父親ではないだろうか?「真理子っ!」とか言ってるし…彼は嫌がる仁井園を、どうにかして家に入れようとしている様子だ。
ま、いろんな家庭があるし、俺には関係無い関係無い…どうせ、仁井園がお父さん怒らせるような事でもしたのだろう。……帰ろ。そう思ったときだった。
「また叩かれないと分からないのかッ!」
そんな言葉が耳に飛び込む。俺が振りかえると、おじさんは手をあげて、いかにも叩くぞと言う形をとっている。仁井園はすこし怯えるようにして、手でガードをしようとしているようだ……ってさすがに、これは見過ごしてはいけないのではないだろうか?
全くもって他人の俺なんかが、理由もわからずに家庭の事情に首を突っ込むのはおかしいかもしれない。が、顔見知りが叩かれそうなのを、黙って見とくのも、そのまま帰るのも、後味悪い気がするではないか――――っ!
「この、バカ娘がッ!!」
―――バチンッ!
………どさっ…。訪れる一瞬の沈黙。転がった俺が目を開けると、何が起こったのかわからないと言う表情の仁井園と、その父(?)らしき人物が俺を挟む形で立っている。なんにせよ、痛い。てか、なにこの人ゴリラなの?どんだけ本気でぶちにきてんだよっ!一応仁井園も女子だぞ、一応!
「……え?七五三田…? アンタなんでここに…」
いきなり間に入り、殴られた俺に仁井園はそう声をかける。
「なんだおまえはっ! 急に人の間に入ってきて!」
いや、まず知らない人叩いたら"ごめんなさい"が先なんじゃないの?まぁ、頭に血がのぼってるから、冷静な判断が出来ないのかもしんないけどさ…あーまじいてぇわ。
「って、七五三田! アンタ大丈夫!?」
ようやく、事態をのみこめた仁井園が俺を心配してしゃがみこんでくる。俺は「いっ…て…」と言いながら体を起こす。そのやり取りを見ていたおじさんは
「あ?七五三田?真理子、なんだソイツはっ!」
なんだかんだと聞かれたら…応えてあげるが世の情け…ムサ…いやいや、なに考えてんの俺…頭叩かれてどうかしてたらしい。と、問われた仁井園が
「か、彼氏だけどっ!なに?!」
とか言い出す。いやいや、確かに前にその役やったことあるけど、え?てか、なんでそうめんどくさい事になりそうな感じの役割選択しちゃったんだよ、同級生でいいだろうがっ!!
「なぁにぃ~…彼氏だぁ~…?」
案の定おじさんがまじまじと見てくる。つーか…
「…あの」
俺が声を出すと、おじさんが「なんだっ!」と大きな声を出す。こわっ!
「とりあえず、一度落ち着いた方が…」
「なんだと貴様っ! 彼氏風情が何様のつもりだっ!」
いや、彼氏風情ってなに? てか、このおじさんどんだけキレてんだよ、あと彼氏じゃないし。それと仁井園、おまえもさりげなく俺を盾にしてんじゃねぇよ。てかおまえ何したらこんなに怒らせることできんだよっ!
「……えっと」
飛び出したはいいものの、その後を全く考えていなかった俺は、火に油を注ぐ感じになってしまった。やはり、変に関わらない方がよかったかもしれない…いやでもほら、仁井園はぶたれずにすんだし…
そんなことを思っていると、おじさんが俺の後ろに隠れる仁井園に
「真理子、早くこっちにきなさいっ!」
と言って手を伸ばしてきた。……きっと、イケメンで自分に自信のあるヤツならば、その腕を掴み、「触るな…」とかカッコいい事いっちゃうんだろう…しかし、ビビりの俺は、「まぁまぁ…」とかいいながら、ひきつった笑顔を作り、そっとその腕をよけるのが精一杯である。
そんなやりとりをしていると、痺れを切らしたのか、おじさんが
「もうしらんっ! 勝手にしろ! このバカ娘がっ! 二度と帰ってくるな!」
そう言って、バタンッ!!と強くドアを閉め、家に戻っていった。
「はぁ~……」
おとずれた安堵から、俺はデカいため息をはく。すると仁井園が急に俺の頭に手を伸ばす。
「……アンタ、痛かったでしょ…?」
俺は慌てて頭をよける。
「あ…」
「いや、大丈夫だから、つか、おまえ何したの?なんであんな状態になってんだよ、せめて俺が帰宅してから出てこいよ…」
俺がそう言うと、仁井園は少しだけ不機嫌そうに
「…別に、七五三田には関係ないじゃん!」
とか言う。いや、それはあんまりだろ。確かに勝手に首つっこんで、勝手に殴られたわけなんだけどさ……。いや、でも確かに関係ないしな。
「……あっそ」
俺が踵をかえし、帰ろうとすると、袖を捕まれる。
「……なに?」
そう聞くと、仁井園は
「べ、別に…?」
とか言いながらも、袖を離さない。
「……はぁ~…とりあえず、家来るか?」
「…行ってあげないこともないけど」
ほんと、素直じゃねぇなコイツ。




