第24話 我々は、お互いを知っているようでよく知らない。
あれからも、俺達はもくもくと作業をこなし、その日は終了となった。叔父さんの「おつかれ、今日はもうあがっていいよ」と言う声に、集中がとぎれ、ドッと疲労感が押し寄せる。やっている事は単純なのに、ずっと体を動かしているからか、思ったより疲れたように感じた……。
これが、働いて稼ぐと言うことか……。と、ちょっと社会をかじったくらいでそう思ってしまうあたり、俺はガキなのかもしれない。いやまぁ、ガキなんだけど……そんな事を思っていると、ひとひらが声をかけてくる。
「おつかれ悠莉、どうだった?」
「……思ったよりも疲れたな…」
「ははは、でもこれは一部だけだから、明日はもっと疲れるよ」
「……マジか」
「うん!まぁ、がんばりたまえよ、"後輩"くんっ♪ また明日ね」
そう言ってひとひらは、帰り支度を済ませ、おじさんに「おつかれさまでしたー」と言うと去っていく、そして出口付近で一度振り返り、俺と目が合うと、パチン☆とウィンクをして出ていった。いや、今の何?
そしてひとひらを見送った後、俺もせっせと帰り支度をすませる。それから叔父さんに「おつかれさまでした」と言うと、叔父さんは電話中だったようで、笑顔で片手をあげて対応してくれた。
***
【仁井園 真理子】
「美羽、アンタそんなに買ってどうすんの?」
美羽が買い物に行きたいと言うので、ついていった帰り道、私は美羽にたずねる。
「へ?このホットケーキミックスのこと?」
「そう、アンタ7袋って…バザーでお菓子でも売るの?」
私がそう言うと、美羽は袋を下げていない方の手をふりふりとふりながら
「ちがっ、違うよ! これはね、七五三田にドーナツ作ろうと思って…」
と言って、買い物袋に視線を落とした。最近、この子は七五三田の話をよくする。私と二人でいる時は、いつもそうなので最近は七五三田に恋をしているんじゃないか?と私は思っている…。てか、アレのどこがいいんだろう…?口数は少ないし、たまに勘がいいと言うか、人のことを見透かしたような事を言ったりする。
外見は普通だが、私はどちらかと言うと苦手なタイプの人間だ。いや…だった。うーん…まぁ、話してみると案外おもしろいところもあったりするし…でも七五三田、七五三田はないわ…。
そんな事を思っていると、美羽が私を見ているのに気づく。
「……なに?」
「いや、真理子が急に黙りこんじゃったから、どうしたのかな?って…」
「え、マジ?」
私がそう言うと、美羽は軽く笑って
「あはは、今のちょっと七五三田に似てるっ!」
と、そう言った。まぁ、確かに、私自信彼には少し似てると思う部分が無くはない…でも人に言われるとちょっと嫌だ。
「似てないし」
「えー、似てたよー」
「似てない」
「あはは……」
ちょっと強く言い過ぎただろうか?てか、
「ねぇ、美羽」
「なに?」
「最近七五三田の話ばっかりするけど、美羽って七五三田の事好きなの?」
私がそう言うと、美羽は歩みを止める。そして、顔でも赤らめるのかと思っていると、美羽は少し俯いて
「わからない…」
と答えた。
「どういう事? だってあんなに話するじゃん、しかもその粉も七五三田の為なんでしょ?」
「うん…まぁ、そうなんだけどね…」
美羽はそう言うと、意味もなく宙を見上げ、その後こちらを見ると、苦笑しながら
「へへへ…たぶんなんだけど、好きか嫌いかで言うと……好き。でも、これが恋愛感情なのかと言われると、よくわからないんだよね…何て言うか、七五三田は"いなくならないんじゃないか?"って思うって言うか…」
"いなくならない"?どういう事だろうか?
「……よく分かんないんだけど…」
「へへへ、だよね、私もよくわかんないや…」
不思議なことを言う子だ。まぁ、よくわからないならこのまま追求したところで答えなどでないだろう。それに、ちょうどそこで別れ道だ。私が歩き始めると、美羽も歩き始める。そしてそのまま別れ道にたどり着いた。
「……えっと、真理子、今日はありがとね」
「ま、買いたかった物買えたならよかったんじゃない?私も、楽しくなくはなかったし」
「そっか」
美羽はそう言うと、いつも通りに笑顔を見せる。それから、「また明日ね」と言う。私は軽く手をあげて「それじゃあね」と言って、その場を去る。ちょっと歩いて少しだけ振り返ると、美羽がマンションへと向かい歩いていく姿が見えた。
それから、なんとなく遠回りをして帰ろうかな?と思い、私は海の方に回り道をしてみる。それから、美羽が言っていた"いなくならないと思う"と言う台詞の意味を考えながら、やっぱり美羽、七五三田の事好きでしょ…とか勝手に思って歩いていると、前の方に男の人が二人歩いて何か話しているのを見かけた。
そして、その人達の横を通りすぎる時―――
「―――なぁ、やっぱアレ七五三田じゃね?」
「マジ?やっぱ七五三田?」
と言う声が聞こえた。私は彼等の視線の先に目を向ける。すると、見知った猫背を見つけた。間違いない、あれは七五三田だ。てか、この人達はなんで七五三田を見てひそひそとやっているのだろうか?と、そう思ったとき、後ろから
「マジアイツ中学の時も1人だったよな」
「そうそう、ウケるっ、未だにぼっち健在っ!」
なんて話が聞こえてきた。なぜだろう?少しだけムカつく。なので私は、その知ってる猫背に声をかけた。
「七五三田っ!」
猫背の彼は振り返り、こちらに気づくと、ちょっとめんどくさそうな顔をする。七五三田は七五三田でムカつくな…人の気も知らないで…。まぁ、でもコチラから声をかけたので私は駆け足で七五三田に近寄る。
「七五三田、アンタなにしてんの?」
「……バイトの帰りだよ、おまえはなにしてんの? 帰り道こっちじゃないだろ?」
「私はアレよ、なんとなく遠回りして帰ろう…みたいな?」
「……そうかよ」
相変わらず口数は少ない。
「ね、アンタあの後ろの連中しってんの? なんかアンタ見てひそひそやってたんだけど」
私がそういうと、七五三田は軽く振りかえって
「……あー、たぶん中学の同級生だな」
「アンタ中学でもあんま人と話さなかったわけ?」
「…まぁな、なんなら小学校もそうだぞ」
「そんなんだからひそひそやられんのよ、悔しくないわけ?」
「……まぁ、アイツらがどうのこうの勝手に言ったところで、俺の人生に対して影響ないしな」
「いや、大有りでしょ、だからアンタ今もそんななんじゃないの?」
「……いや、ないだろ。現にアイツらがどうのこうの言ったところで、俺、死なないし」
「なにそれ、極論じゃん……」
七五三田は人に悪口を言われる事を気にしないのだろうか?それとも麻痺してるのだろうか…?
「そんなことより、神城と買い物どうだったんだ?」
「あー、なんかあの子、自分の欲しいって言ってたヤツと別でホットケーキミックス7袋かってたよ」
「は?マジ?…なに? バザーでお菓子でも売んの?」
七五三田の台詞がさっきの私とかぶる。それがおかしくて、私は笑ってしまう。
「あはははは、私もそれ言ったからっ!」
すると、七五三田は驚いた顔をしてこちらを見ている。
「な、なに? なんでそんな顔でこっち見てるわけ?」
「……いや、仁井園も笑うんだなと思って…」
七五三田、コイツほんといい性格してる…っ!私が笑ったらおかしいの?私は無言で軽く七五三田に肩パンをした。
「いてっ」
「ムカつく。私が笑ったら悪いわけ?」
「いやちげぇよ、思いの外可愛くてあせったんだよ」
………は?…そう言われ、私は顔が熱くなるように感じる。っておかしい、なんで私顔熱くなってんの?耳も熱い…
「あ、アンタあんまりそう言うことポンポン言わない方がいいよっ! 勘違いする子とか出てくるかもしれないからっ!」
私がそう言うと、この猫背はひょうひょうと
「いや、いねぇだろ。俺なんかにそんなヤツ」
と言いやがった。ホントムカつく。じゃあ、ちょっと動揺してる私はなんなわけ?私がバカみたいだ。
「ねぇ、七五三田、アンタ全人類が自分に興味なくて、全人類が自分を嫌ってるとか思ってるなら、それ間違いだからね?」
「……別に思ってねぇよ、少なくとも家族は普通だしな」
「いや、そう言うことが言いたいんじゃなくて…っ!」
うまく言葉にできない。……今度は、そんな自分がムカつく。私はまた軽く七五三田に肩パンをした。
「いてっ、なんなんだよ」
「男の癖に痛いとか言うな!」
「えぇ…なにその根性論…いてぇもんはいてぇよ」
(……コイツほんと…っ!)
とも思うが、今のは八つ当たりなので、ソレ以上なにも言わないことにする。それから、私はいろんな事が馬鹿馬鹿しくなり、「はぁ…」とため息をついた。すると七五三田は肩をさすりながら
「……なんだよ、なんか悩みでもあんのか?」
と言ってくる。本当に、全人類が自分に興味なくて、全人類が自分を嫌ってるとか思っているなら……それは間違いだ。
私は、なんだかんだ人を放っておかない、この猫背の男の子を見て、そう思った。




