第22話 バイトと言うものは、カフェとかラーメン屋とか、そう言った飲食店以外にもわりとある。
『バイト?』
『あ、はい。本当急なんですけど、私の祖父が漁師をしていて、そのお手伝いを来週末に頼まれちゃったんですが、私、来週末はどうしても外せない用事があって……それで……えっと、私あの…恥ずかしながら頼める友人とかもいなくって…』
それでたまに委員会で話す俺に白羽の矢がたったわけか…。
俺の住む町は海に近い町である。なので、家族が漁師と言うのは珍しくはない。しかし、バイト…バイトか…
『えっと……それはどんな作業すんの?』
『あ、小魚を振り分けたり、牡蠣を磨いたりとか、簡単なモノなので、難しかったり、力仕事じゃないんですよ、それで、あの……どうでしょうか?』
『ちょっと考えさせてらっていい?』
『あ、はい、すみません…そうですよねっ!すみません!大丈夫です! 今週中に返事をくれればっ!』
『そっか、なら少し考えるわ』
『はい! よろしくお願いします!』――――
「―――と、言うわけでバイトをしてみようかと思うんだよ、ねぇちょっと聞いてる?おとなえさん」
俺は風呂あがりに絵の具をぶっかけて陣地を取り合うゲームに夢中なマイシスターに言ってみる。
「もう! あだ名で呼ばないでよ悠莉くんっ! あと、ちょっと今いいとこだから待って!」
「はいはい…」
電話の後に帰宅した俺は、とりあえず考えてみた。来週末、なにかあったかな?と、しかし思いあたることもないし、人生一生勉強とも言うように、今回のバイトが何かいい経験にでもなれば…とか思ったりもするし、何より自分で働いて稼ぐと言うのに少しばかり興味があった。まぁ、こんな機械でもないと一生しないかもはしれないし…要するにやってみようかと思ったのだ。しかし、そう思う一方で上手にやれるかな?と言う不安もあり、妹の菜衣子に声をかけてみたのだが、コイツ、ゲームに夢中で全然話聞いてくんない。まったく誰に似たんだか…。あれ?俺かな?
そんな事を思っていると、菜衣子はゲームを終えて立ち上がり俺が腰かけるソファーへとやってきて隣に座った。ちなみに両親は仕事でまだ戻ってきていない。
「……で、菜衣子、どう思う?」
「いいんじゃないかな? 悠莉くん、人間勉強が肝心ですよ、何かを知ろうとしなければ、一生それを知ることはできないし、知らなければ、対応もできないでしょ? 何より物事って自分が行動をしなくちゃ始まらないんだよ、悠莉くんがやってるFPSだってそう、銃の引き金をひかなきゃ、敵は倒せないじゃない?その経験が、いつか武器になる時がくるかもなんだしさ」
忘れてる人の為に言うが、彼女は小学生である。マジおとなえさんハンパねぇ。
「……だな、じゃあやってみるわ」
「うん、お給料でたらなんか買ってね♪」
ぬかりねぇなコイツ。もう一回言わせて?おとなえさんハンパねぇ。
***
さて、今日も今日とて学校にきたわけだが、登校して朝やってることはいつもと何ら変わらないので、割愛させていただきたい。
それから俺は、本仮屋が来るのを待ち、来たところを見計らい、彼女の側まで行って、バイトの件を話すために声をかける。
「本仮屋、ちょっといいか…?」
「あ、七五三田くん、おはようございます」
「あ、はい。おはようございます…で、あのバイトの件なんだが…」
俺がそう言うと、本仮屋は
「やっぱりダメ…ですよね?」
と言ってくる。
「いや、それなんだが…その、良ければやってみようかと思う」
「そうですか、すみません、他を探し…へ?」
本仮屋は間の抜けたような声をだし俺を見る。そしていきなり、俺の右手をつかみ上げ、両手で握った。
――『もう悠莉、手ぇ冷たくなってるじゃん! こうしたら温かいんだよ!』
人に手を握られるのって何年ぶりだっけ――?
「ありがとうございます! 七五三田くんっ!」
本仮屋のお礼を言う声と手の温もりに、
「……あぁ…あ? お、おう…!」
と、変にしどろもどろになってしまう。まだ楽しめていたあの頃を思い出したりなんかするから…と、感傷に浸っているひまはない。俺はとりあえず
「詳しい時間とかわかったらまた教えてくれっ!あと、大変申し上げにくいんですが…その…手…」
と言うと、本仮屋は慌てて俺の手を離した。それから俺は次席へ戻ろうと振り替える。……と、凄いジト目の神城さんが自分の席からガン見してみいるのを見つける。ん?いや、ジト目と言うか、ちょっと不機嫌そうである。なにコイツ嫌なことでもあったの?
俺はそんなことを考えながら自分の席へと戻る。その間、神城はずっと俺の事を見てきた…
「いや、見すぎだから…あと、なんでおまえ不機嫌そうなの?」
「おはよう、七五三田っ」
声も若干冷たい感じで、挨拶をしてきて、その挨拶で「まずはおはようでしょ?」と言われてるような気になり、とりあえず挨拶を返す。
「えっと……おはよう、んで、なんでおまえ不機嫌なんだよ」
俺がそう言うと、神城はつーんとそっぽを向き、「知らなーい別に不機嫌じゃないしー」とか意味わかんないことを言ったりする。いや、どう見ても不機嫌だろうが、なんなの?女の子の日なの?確か聞いたことがある、身に覚えのない怒りを女性に向けられた時は、その女性は戦っているのだと、男には一生知れないその"しんどさ"から、たまに周りに冷たくなるのだと、従姉妹のやっちゃんが言っていた。だから俺はひとまずいつも通り
「……そうかよ」
と溢して席についた。……ついたのだけど、
「あの、神城さん、なんでそんなこっち見るんですかね…?」
神城は机に伏せて顔をこちらに向け、何故かめっちゃ見てくる。
「……七五三田」
「……はい」
「本仮屋さんと、なんかすごい仲良くなったんだね…」
……おや?これは、まさか…
「神城、まさかおまえ…嫉妬してんのか?」
俺がそう言うと、神城は体をバッと起こし、
「違うしッ! ちょっと七五三田、自意識過剰なんじゃないのっ!? 童貞ッ!」
いや、童貞関係ないだろう…おまえ童貞バカにすんなよ?その辺の成功者(笑)系男子なんかより妄想力なら上なんだからなっ!知らないからこそ生まれるエピソード(?)とかあんだぞおまえ!ごめん、自分でも何言ってんのかよくわかってないっ!そんなやり取りをやっていると、仁井園がやってくる。
「アンタ達朝から何痴話喧嘩してるわけ…?」
「してないっ!」「してねぇっ!」
「うわ、ハモるし…てか美羽、アンタ昨日焼いたクッキー渡したの?」
仁井園の台詞に「そうだった」と手をぱちんと合わせて、神城は鞄からクッキーの入っている小袋を取りだし、
「はい! 七五三田!」
と笑顔で俺にクッキーを渡す。なにその笑顔、眩しいっ!と思う一方、初めての出来事に反応の仕方がわからない…。
「おぉ…あ、ありがとう」
俺はとりあえず受け取り、まじまじとそれを見ていると、仁井園が
「そんな見なくても、毒とか入ってないよ」
と言って、ふふっと笑う。
「いや、初めてこう言うの貰ったから、リアクションの正解がわからないんだよ」
俺がそう言うと、仁井園と神城は一度顔を見合わせ、
「普通にありがとうでいいしっ」
「そうだよ、別にあげたくて渡しただけなんだから」
神城、"あげたくて渡した"なんて言ってくれたのもおまえが初めてだよ。
「あ、そういやお金…」
俺は慌てて財布を取り出す。すると二人は
「いやいらないし」
「そうそう、好きでやったことなんだから、貰ったらバチが当たっちゃう」
「いやバチって……にしても、こんな成功者(笑)みたいな出来事が、俺にもおこる日が来るとは…」
そう言った俺に仁井園が
「そういや、前々から思ってたんだけど、七五三田、アンタその成功者ってなんなわけ?」
「…え?あー、成功者ってのはリアルの充実に成功した者を指す俺の作った造語だ。真の意味のリア充ってとこだな、世間で言うリア充って付き合いだしたりしたら、もうそう言われるだろ?だが、本質は違うんだよ、リアルの充実ってのは何も彼氏や彼女ができたからってわけじゃない。そいつらにはそいつらなりの苦労とか悩みとかあって、真にリアルが充実してるわけじゃないんだ、なら、本当のリアルが充実するってなんだ?って考えた時、心に余裕のある時がそうじゃないかと、俺は思ったんだ。だから、この成功者(笑)って言葉は、仲の悪い彼氏や彼女には使えないし、心のそこから羨む対象にのみ用意された言葉だ。まぁ定義が曖昧だから、俺もリア充みたいな感覚で言っちゃうんだけど…」
「へぇー…」
うわっ、聞いてきたのに全然興味なさげじゃないですか仁井園さんっ!ちょっと貴女、俺の熱弁どうしてくれんの?あげて落とすの?あれ?使いどころ違うな…。
「いやへぇーって…」
俺が呟くと、神城が
「そうだっ!」
といきなり手を合わせて、
「来週末って、七五三田空いてる?」
と聞いてきた。いや、おもっくそ俺の熱弁無かった感じになっちゃったんだけど…まぁいいか。にしても、来週末はあれだな…。
「あ、いや、来週末はちょっとバイトがあるな」
「「バイトッ!?」」
え、何ハモってんの?何そのリアクション。
「は?アンタバイトしてたの?」
「ほんと、意外だね、どんなバイトしてんの?」
そっちには興味津々なのかよ。
「いや、してたって言うか、来週末がスタートなんだ…(まぁ、来週末だけなんですけどね)」
「へー、で、どんな仕事すんの…? まさか、カフェ……?」
え?何その顔、ちょっと仁井園さん、なんなの?俺がカフェいたらダメなの?なんでそんな引いたみたいな顔してんだよ…
「この清楚系ビッチが」
「は?! おい七五三田、今なんつった?」
やべぇぇええええ! 気持ちがポロリしちゃった!あと仁井園自分に対しての悪口への反応がはえーよ!あとこわっ!
「まあまあ、真理子、七五三田も悪気があるわけじゃないから」
神城が仁井園を優しく諭す。神城さんマジグッジョブ、ほんと、俺思った事がポロリしちゃっただけだもん、さすが神城さん!
「いや、悪気しかないでしょ!? 今の発言は! それにだいたいあたしはまだしょっ……」
仁井園の「しょっ」にクラスがざわつく。
「え?」「は?」「マジ?」
何人かの男子の視線が仁井園に向けられる……そして…
「しょっ…初速から、ギアを変えてないから(?)…」
こいつ何言ってんの?嘘下手くそかよ。
「……真理子何言ってんの?」
神城さん、そこもうほじくりかえさないであげてっ!ここは俺が話をそらそう。俺に原因が無きにしもあらずだしな。うん。
「…こほんっ!えー、で、バイトなんだが、仁井園、カフェとかじゃないぞ」
「へ、へー…」
「じゃあ何するの?」
神城のそのフリを待ってましたとばかりに俺は胸を張って言う。
「漁師ですっ!」
「「漁師っ!?」」
まぁ、簡単な手伝いなんだけどね…。




