第12話 左近の桜右近の橘、人は甘い実のなる方へ寄っていく。
『もう! 悠莉! また1人で遊んでるっ!』
『……え?』
『そんなんじゃ、つまらないわよ?』
少女は、そう言うと1人で砂場にいた俺に手を差し伸べ、眩しいほど満面の笑みでこう言うのだ。
―――『一緒に、遊ぼう!』
彼女の名前は白野 咲来、咲に来ると書いて"さくら"だ。ほんと、名前の様によく人に笑顔を咲かせていたと思う。咲来との出会いは覚えていない。気がついたらいつも俺に世話を焼いてきて、気づいたら近所に住んでいた。まぁ、俗に言う幼馴染と言うヤツだ。
咲来は、近所でも評判の明るく元気な女の子だった。気もそこそこ強く、男の子とも普通に喧嘩するし、世話焼きだし、男からはゴリラ女とか、ヤンキーとか言われていたが、女の子からは便りにされていたし、容姿だってゴリラとは程遠い、普通に可愛い女の子だった。それに、俺は知っていた…彼女が本当に優しい事を。彼女は、人に声をかけるのが苦手な俺に、いつも声をかけてくれた。
『ねぇ、何してんの?』とか『悠莉も一緒に遊ぼう』とか…それは小学校にあがっても変わることは無かった。周りの人間が、俺に対して『変なヤツ』と言い出したときも、咲来だけは『ちょっと男子、そんな事言ったらダメでしょ!』と俺を守ってくれた。本当に、咲来は俺にとってヒーローだったんだ。
俺は憧れた、いつも苦しい気持ちを追い払ってくれる咲来に。
いつも、周りに人間が集まり、その人たちを笑顔に代える咲来に。
どんな人間にも平等に接し、裏表なくいられる咲来に。
そして、心にひっそりと決意をした。いつか、いつかかならず、咲来が困った時には助けてあげよう。咲来がそうしてくれたみたいに、いつか彼女が、苦しい気持ちの時には手を差し伸べよう。
そんな、純粋な決意だ。
***
それは、小学4年生の時だった。クラスに転校生がやってきた。名前は橘 珀李、明るく元気でふわふわとした雰囲気の女の子だった。彼女もまた、咲来のように周りに人を集めた。ただ、咲来と違ったのは…その影響力と、俺に対する態度だった。咲来は、悪口と言うものを言わないが、悪いと思った事には口を出すタイプで、正義感が強く、みんなにそれで一目置かれているが、根は優しいので、人間味で人を集めるような存在だった。しかし、橘は周りの人間のやる事をなんでも認め、褒める事で周りに人を集めた。
人は、やはり甘い密が欲しいのだろう。口うるさい咲来よりも橘に人が集まる様になるまで、そんなに時間はかからなかった。
そして、橘が転校してきてから2ヶ月ほどたったある日、状況は変わり出す。今までクラスの中心にいた咲来が孤立しはじめたのだ。よく喋っていた友人達は橘の机に集まり、咲来は何故かそこには行かず、他の子や俺と話す事が増えた。その時、俺は咲来に聞いた。
『なんで皆のとこに行かないんだよ?』
『……うーん、なんか…わかんないけど、私、橘さん苦手なのかも』
咲来から初めて聞いた心の内だった。そして、そんな日々が続いた小学5年の春。この時には、咲来とはすっかり仲良しで…家に行き来もしていた。そして、そんなある日…事件は起こる。
いつもと変わらない学校、いつもと変わらない教室。ただひとつ、変わっている事、それは橘と仲の良かった子が橘の席に行かず、1人で座って俯いている事だ。その1人をチラチラと見ながら橘と取り巻きは会話をしてクスクスと笑っている。
そんな状況に黙っていられないのが、白野 咲来だった。
咲来はそれに気づくと1人になっている子に近づき、話しかける。『おはよー、ねぇねぇ昨日のテレビ見た?』話しかけられた子は初めは少し困ったような顔をしていたが、直ぐに笑顔を咲かせる。
そして、それを面白く思わないのが橘 珀李だった。
橘はその影響力を活かし、咲来の悪口を皆に吹き込み出す。『白野さんて、なんかウザくない?』『正義感強すぎ、1人戦隊シリーズかよ』『なんか、本当は皆とあんま話さなくなって逆恨みしてるらしいよ』『まじめぶってるけど、ホントは万引きとかしてるんだって』全ての言葉が曖昧で、ネタみたいで、真実味の欠片もない戯言だったが…それでも、周りはそれを受け入れ、優越意識を共有した。快感に溺れる為なら、理由なんてなんでもよかったのかもしれない。
その日から、咲来に対する陰湿な行為、通称"咲来狩り"が始まった。
咲来狩りのルールは簡単だ、白野 咲来に見つからずに咲来の持ち物を隠す。それが大きな物なら大きな物ほどポイントが高い。鉛筆や、消ゴムなら5p、教科書やノートなら10p、上履きや体操服なら50P。そして、咲来を泣かす事に成功した者には1000p。
クラスの奴等は面白がって参加した。そこにそれが"いじめ"だと言う認識は無かった。だってゲームなのだから。
このゲームは恐ろしく、白野 咲来と言う明るく元気な女の子を精神的に殺してしまうのには、充分だった。初めは文房具がない事に
『あれ?忘れちゃったかな?』
とおどけていた咲来だったが、それがエスカレートしていくたびに、その悪意なき悪意が人為的な物だと気づく。それを人がした事だと知った時の咲来は、見たこともない顔をしていた。しかし、そこでも咲来は負けなかった、すぐに担任に話を通し、クラスで起こっている事の説明をした……が、それは遅かった。小4から小5となり、1つ学年が上がったことで、クラス替えが行われ、人間関係がある程度リセットされる。気づいた時には、完全に橘 珀李のクラスとなっていたのだ。無論、そんなゲームの発案者は、こうなることも予想していた。学校の帰りの会で担任が
『白野さんの物がなくなりました』
と話をし、全員を机に伏せさせて、怒らないから犯人は手をあげて自首しろと話したところで、誰1人手をあげない。なぜなら、みんなを結託させる為に、『自首したヤツが次の犠牲者』と言う意識付けを終わらせていたからだ。皆、我が身可愛さにそれを『咲来さんが調子に乗るから』と正当化した。
俺はこの時、世界は人気者に優しく、多数決で出来ているのだと悟った。




