第11話 妹の心配とは不器用なものである。
「……で、なんでおまえは俺の部屋にいんの?」
俺がそう聞くと、妹の菜衣子はへへん、と何故か自慢気に
「幽霊とお友達になろうと思って!」
と胸を張った。いや、だからそれは幽霊ではなくてですね、神城さんと言う俺のクラスメイトなんですよ、つーか、おまえのお兄ちゃんどんだけの事したらこんな幽霊に憑いてもらえんだって話ですよ。なんなの?俺はネクロマンサーなの?あと、クラスだとどちらかと言えばお兄ちゃんの方が幽霊みたいだからね。こんなお兄ちゃんでごめんね。
「菜衣子、その人は幽霊じゃないぞ、俺のクラスメイトだ」
俺の発言を聞いた菜衣子は、膝から崩れ落ち、両手を床についた。そして「マジ…か…」と何故か落胆する。って言うか、おまえら何時の間にじゃれ合うほど仲良くなったんだよ。そして神城は幽霊の件否定してねぇのかよ。ほんと、人間思ってること口にしねぇとなんも伝わんねぇな。そんな事を考えていると、神城が菜衣子に
「へへへ、ごめんねなえちゃん、実は、私人間なんだ」
とか急に言い出す。いや、なんだそれ。なんのカミングアウト?唐突すぎんだろ、会話下手くそかよ。あとなえちゃんてなんだ。
「……知ってました…」
ですよね。
「…え?」
いや「え?」って…菜衣子の一言に神城が驚いたようなリアクションをとる。ってか、ここで「え?」もおかしいとは思うんだけど…そんな神城のリアクションを見たあと、菜衣子はおもむろ立ち上がる。そして床についていた膝を二回ポンポンとはたいた。おい、なんかそれだと俺の部屋が汚いみたいだろうが。なんて事を思っていると、菜衣子は
「そもそも幽霊なんて言ったら、たぶんウチの兄の方がそうだろうと思うし…」
そう言って、俺の方をチラリと見る。よくお分かりで。それから菜衣子は、んーっと伸びをし、ふぅ!と一息つくと、神城の方を見て、
「……美羽ちゃんか…」
と意味ありげに呟く、そして笑顔を作り「悠莉くんをよろしくね!」と言って、部屋から出ていった。って言うか菜衣子、アイツ…
神城は菜衣子の出ていった部屋のドアを見つめながら
「……なんか、急に悟ったような目をして去っていったね…」
と言って不思議そうに首をかしげる。
「あー、うん。アイツはああいうヤツなんだよ」
俺がそう言うと、神城は
「どういうこと?」
と聞いてくる。いや、なんと言うか、七五三田 菜衣子は、やたらと勘がいいというか…。物事を達観していると言うか…。要は10歳にして、考え方や感性がやたら大人びているのである。例えば、物事の確信を見ていたりだとか、察しがよかったりとか…って、そう考えると、我が妹ながら可愛いげがないように思うが…まぁ、そんな感じのヤツなのである。そんな風に考えていると、思ったよりも黙っていたらしく、神城に
「……七五三田?」
と言われ、俺はハッとする。そして
「あー、たぶん…菜衣子は、俺があんまり可愛い子つれてきたもんだから、いろいろと勘ぐったり、考えたりしてたんだろ…それと、アイツが悟ったような目をしたのは、変に大人ぶったりしてるせいだ。学校でのアダ名も"大人な菜衣子さん"を略して『おとなえさん』だしな…」
って…聞いてますか?神城さん?と、俺は神城を見る。すると、何故か彼女は顔を赤くしている……え?風邪?……何故今?このタイミングで?……ん?いや待てよ、ちょっと巻き戻して自分の台詞を思い出してみよう。
『あー、たぶん…あんまり可愛い子つれてきたんで』
『可愛い子、つれてきたんで』
『可愛い子』
うん、本音出ちゃってますね。ものすごいナチュラルにポロリしてますね。俺の神城の容姿に対する感想が豪速球ですね。ってあれ?別にこれ恥ずかしい事でもなくね?なんでコイツ赤くなってんの?え?何この空気、僕こんな空気知らないっ!くっそ、なんか俺が恥ずかしくなってきた!!
「い、いや、おまえあれだ、言われなれてんだろっ! なんで顔あけぇんだよっ! 」
俺にそう言われて神城はハッとした様子で
「へ?あ、いや、いやいやいや! 言われなれてないしっ!むしろ最近は七五三田としか話してないからなんかビックリしたって言うかっ!」
いや、さっきスカート上げようとした人間が何言ってんだ。あっちの方がビックリしたわっ!って、なんでこの人うちに来たんだっけ…?ああそうだ。そうだった。とりあえず話を戻そう。
「……つーか、相談、仁井園の話だったよな」
「そ、そうだね! 相談!」
と言ってお互いに、謎な気まずさを誤魔化して本題に突入する。
「で、神城はなんで仁井園の心配なんかしてんだ?」
「えー、だって明らかに真理子1人が多いじゃん、最近とか特に!」
まぁ、そうだな。確かに見てても1人が多いのは事実だ。しかし、それが何故なのかを追求する事は、はたして正しいのだろうか?もし、仁井園自身が望んでそうなっている可能性だって0ではない。なんだったら余計なお世話の可能性だってあるのだ。
「なぁ、もし仁井園が望んで1人だとしたらどうするんだ?」
俺がそう言うと、神城は即答する。
「それはないよ、だって真理子が私をハブこうとしたのは、自分の居場所を作るためだから」
「……どういう意味だ…?」
「この間話した時に聞いたんだ、ほら、七五三田が声をあげてくれた日」
「ああ、あったな…」
今思い出すと恥ずかしくて死にそうになるけどね。
「あの日ね、ともかと結衣子が行った後に言ったもん。去り際に、『悪く思わないで』って、あれってなんだったんだろう?って私なりに考えてたんだけど、ひょっとしたら、寂しかったのかな?って…」
「……いや、なんで悪く思わないでって発言が、イコール寂しいになるんだよ…ワケわかんなすぎるだろ…」
「だ、だって!うまく説明できないけど、そんな風に感じたのっ!七五三田、考えるな、感じるんだっ!」
「どう考えても無理があるだろ…」
「だって!」
「はいはい、それで、おまえはどうしたいんだ…?」
「うん…私ね……っ―――――!」
***
「この辺でいいか?」
「うん、大丈夫。ありがとう。それじゃ、また明日ね」
俺は神城を家の近くまで送り、マンションの見えた辺りでわかれる。神城は笑顔で手を降りマンションへと消えていった。にしても、
『うん……私ねっ、真理子をこっちに引き入れたい!』
何を言い出すかと思えば…ムチャ言いやがる…。ようするに仲直りしたいんだろう。だが、仁井園の性格考えるとなかなか難しそうだな…て言うか引き入れるってなんだ。俺とおまえがまずなんなんだよって話だろ。人は個である。どれだけ相手を信頼しようと、何処かの場所で、かならず小さな疑念は生まれる。その疑念を許容し関係を続ければ、それは最後に喧嘩の種をまく。それが発芽した時、関係を破綻させる花が咲くのだ。陰湿で、どす黒い、そんな花が。
俺は自分の家に戻り、玄関を開ける。すると、風呂上がりの菜衣子が淡いピンクに猫の絵が描かれたパジャマ姿で頭をふきながら脱衣所から出てくる。
「おい菜衣子、ちゃんと頭乾かして出ろっていつも言われてんだろ」
「へへへ、まぁまぁ、てか悠莉くんは美羽ちゃん送ってきたの?」
「あぁ、そうだよ」
「ふーん…ねぇ先にご飯にする?お風呂にする?」
俺は一瞬迷うが、少し汗もかいたので、先に風呂に入ることにする。
「風呂かな…? 母君にそう伝えてくれたまえ」
俺がそう言うと、菜衣子は
「わかったー」
と言って、リビングへ向かおうとする。俺も部屋から着替えとってこよ…。と、階段を上がろうとした時、菜衣子に「悠莉くん」と呼ばれ振り替える。
「……わかってると思うけど、"美羽ちゃん"は"さくらちゃん"の代わりにはならないよ」
妹の台詞に、心臓がぎゅっとなる…。ほんと、可愛くねぇな。
「なんの事だよ」
「……別に、自覚ないならまだ痛い目は見ないだろうからいいけど、自覚したら苦しむのは悠莉くんだろうから、気を付けてね」
「……ほんと、さすがおとなえさん」
「ちょっ! アダ名で呼ばないでよっ!」
そう言うと、菜衣子はリビングへと入った。……マジで、俺なんかよりよっぽど大人だよ。




