『※押絵有り』88話 やっぱり、安物では届かない?
隔てた壁が砕けても
蕾は咲かず
あの子への贈り物は
たった一掴みの
それでも思いを込めた
宝物
「別次元から君臨したる蒼炎をうちに秘めし人間種、か。なかなかに愉快なものを見せてもらったぞ」
ヘルメリルは、満足げにくつくつと喉を鳴らしながらシャープな顎を上げた。
夜闇に溶け込む黒ドレスに反して、生白い肌は蛍光色のように目につく。
今回は明人も動いていないため、筋肉痛はま逃れていたが、着火剤の副作用による虚脱感は強い。
もはやまともに立っていることすらできず。草のシーツに寝転びながらリリティアの膝上で落ち着いていた。
「んでっ、その力があるとなにができるの?」
きょとん、と。その横に座り込んだユエラは、眉あげて小首を傾げた。
枝垂れた三つ編みも遅れて小さく揺れ動く。
興味の方向が2つもあって戸惑っているのだろう。丘の下から花火が打ち上がるたびまるでロックコンサートのような光景に目を奪われているように熱のこもった吐息を漏らしていた。
「なにができる……か」
明人は、夜空に映える2つの花を見つめながら考える。
ひとつは火の花。ひとつはまだ蕾。降り注ぐ心配げは、まだ咲かず。
そして、体の自由も効かず。まだプレゼントすら渡せていない。
「……使いすぎると気絶する。着火剤でハイになりすぎたやつが稀に死ぬこともあったかな……」
死という単語が入り混じった言葉にリリティアはくしゃりと顔を歪ませ、明人は雨模様を察して焦った。
「オレは大丈夫ッ! オレは、すっごい元気ッ!」
「膝枕されながら言われても説得力ないわね……。この女泣かせめっ」
「人聞きよっ!」
ユエラは、やれやれとでも言いたげにため息ついでに立ち上がる。
そして、子供をあやすようにリリティアの頭を撫でた。
これではまるでまな板の上で生きること諦めた鯉だ。跳ねる力すら残されておらず、F.L.E.X.使用はあまりに体に負担をかけすぎる。
F.L.E.X.と着火剤には因果関係にあった。
着火剤の副作用は脳のリミッターを解除するような安物の毒物である。
対してF.L.E.X.という力は着火剤の使用を条件としている。
つまり己の寿命を削って発動させるもの。逆を言えば、寿命しか使わないともいえた。
少なくとも明人は、そう教わってきている。
フレックスの初めてを切った者は特別な教育機関へと送られてしまう。たとえ親元から引き離されたとしても、拘束され、洗脳教育を施されるのだ。
そこに自己の尊厳はない。ただ、言われるがままに用意された学部のなかから専攻して学ぶものを2種類から選ぶ以外に自由はない。
右か左か。兵科か技士か。臆病者だからこそ進んだ道が操縦士に繋がっていただけのこと。
「NPCよ。これを見ろ」
ヘルメリルはいつになく真剣な面持ちで魔法を手に灯す。
帳の降りきった闇が暖色の淡い球体によってぼんやりと照らし出された。
電気のないこの世界での照明役である。光るまりものような形をしており、夜営業の酒場などでは重宝されている。
「それってライトの魔法だろ? オレもここにきて結構長いし、それくらいならもう知ってるよ」
「フンッ、これはローライトだ」
「……さようで」
明人は魔法を詠唱で判断している。
そのため語らずの真骨頂である無詠唱魔法は敵以外のなにものでもなかった。
魔法は下級、中級、上級、聖級と枠組みされている。
それをさらに強化するのが《エピックマジック》。個人で開発されたセリーヌや大扉のようなものは《レガシーマジック》。
さらに、使用者によって威力は異なり、魔法覚えたての下級魔法と熟練された魔法使いの下級では威力は段違い。
なお、聖級にいきつくのは完全に生まれ持っての才能だと、最強ですら毒づく代物。
近頃は大陸最強の魔法使いと飲み明かす機会が増えたため、魔法の知識に触れる機会は多い。
「貴様が使っていた……ふれっくす? 言いずらいな。蒼力にしよう」
「おいこら。大陸の道理で翻訳された人の世界の言葉を勝手に翻訳し直すんじゃないよ」
「むぅ……」
注意されたヘルメリルは不満げに唸った。
と、リリティアがなにやらもごもごと口を開きかけている。
「そ、そのっ……わ、私はあおあおゆらゆらがいいと思うんです!」
自信なさげに目を伏せながらも主張だけはしたかったらしい。
期待が籠められた金色の瞳が明人目掛けて爛々と揺らめいた。
止まった秒針が巻かれて回りだしたような、嫌な夢でも見ていたような、そんないつもの顔だった。
明人は、ため息混じりにようやく動くようになった手を伸ばした。
そして、ふにふにの柔肌を引っ張る。
「あおあおゆらゆらも蒼力も違う。フレックス」
「ふぁい……」
隔たりのなくなったふたりの間にもう遠慮がなくなっていた。
ダサい名称に対して譲歩はなく、これからもマナレジスターがまなまなちるちると呼ばれることはない。
「簡潔に聞く。貴様、なにを隠してる?」
ぎょろりと剥かれた蛇の狡猾さを兼ね備えたような血色の瞳が闇に浮かぶ。
豊満な胸部を持ち上げるように腕を組みガラス細工のような指が唇に添えられ、淫靡さが漂っていた。
後頭部に残った僅かなぬくもりが名残惜しくも、明人は体を揺り起こしてヘルメリルと向かい合う。
「よっと。もうちょい詳細に聞いてくれ。そうすれば……まぁ一応は答えるから」
「腑に落ちんのだ。発現して20秒程度にも関わらず生命を脅かすほどの力。ただ光るだけとは到底思えん消耗だ」
触れたもののマナを散らすマナレジスターを装備していてなお、蒼は発動してみせた。
つまりそれは、マナとの明確な違いを表していた。
「それがわかれば苦労しないんだよ。こっちでは発動条件だってつい最近発見されたばっかりなんだ」
「馬鹿を言うなよ? 芽生えたからには能力の使いみちくらい辿るであろう? にも関わらずなにも知らぬなんてことあるものかよ」
面と向かって対峙する1人とひとり。
その僅かな静寂を割って、凛とした声が響き渡る。
「メリー。もういいんです」
腰に帯びた剣がカチャリと音を立て、リリティアは尾のような三つ編みを揺らして明人の隣に歩み寄った。
その表情は実に穏やか。まるで憑き物が落ちたように、はにかむような。
それでも、ヘルメリルは引かず。つまらなそうに喉を見せ、訝しげに眉をひそめた。
「フンッ、甘いな。探究心こそが私の行動理念だ。コレがこの力でなにをしでかそうとしていたのか知りたいと思わんのか?」
「知りたいです。でも、明人さんが話さないのならば、私は話してくれるのを待ちつづけることにしました」
白と黒。白は折り目正しく薄い胸を張って、黒はくだらないと言いたげに筋の通った鼻を鳴らす。
しかし、ここでヘルメリルに異変がおきた。
「ご、ごくろう……なこと、だ。こと……――ぶふぅっ!!」
なにかをきっかけに肩を震わせたかと思えば、鉄の面の如き冷然が刹那のうちに破顔する。
そして水を打ったような闇に鈴を転がすが如く陽気な笑い声が木霊した。
「あーはっはっはっは! くぅっ……く、くくっ、ぷはははははっ!」
「メ、メリー?」
驚き竦むリリティアをよそに、ヘルメリルは文字通り腹を抱えて笑う。
「そっ、ぷふっ……ぐっ、その顔をやめ……やめ……ぷっ、あーははははっ!!」
その指が指し示した先にいたのは、明人だった。
もはや形容することができないほどに変顔をした明人によってヘルメリルは貶められていた。
飲み友だちの同士。対面することで勝負ははじまる。
まさかこのシリアスな空気で笑わせにこないだろうという油断は、笑いをより高みへと押し上げた。
堪えきれなくなった時点でヘルメリルの敗北だった。
「よーし、オレの勝ち。あー、目に汁が……メリ汁が入った」
明人は堪えきれず吹き出されたヘルメリルの飛沫を拭う。
すると待機しているユエラが白い布を渡してくる。
「なによメリ汁って……。アンタいい加減、私の国の女王様で遊ぶのやめてくれない?」
「だって押すとなるおもちゃみたいで面白いだろ?」
「呪われればいいわ」
ゲラゲラ、と。ヘルメリルは目にうんと涙を浮かべて笑い転げた。
それを誘いの森に住む物好きが呆れた感じで眺めている。
「明人さん、ユエラ。これからも一緒にいていただけますか?」
そう言って、リリティアは白いスカートの裾を持ち上げてお上品にお辞儀をした。
「当然じゃない。私は冥府の底から助けてもらって、ずっとリリティアと一緒にいるって決めてるもの」
腰に手を当て、ユエラは僅かに頬を緩めながら彩色異なる瞳を瞬かせる。
些細なすれ違いが生んだ、およそ14日間に及ぶ仲違い。
仲睦まじく手を合わせてはしゃぐふたり。それを横目に明人は、手のなかで丸まってしわくしゃになったとある物の存在を思いだす。
リボンと言うにはいささか長過ぎる、露天で買った安物の長細い布だ。その額驚きの1000ラウス。手の皮がひき肉になるまで努力して得た指輪と比べれば、天と地。雑な贈り物。
ニヤつくユエラを知りつつも、明人はしばし散りばめられた星々に視線を泳がせてどうしたものかと考える。
「? なんです? それ?」
ひょこっ、と。リリティアが彼の肩越しに青いリボンを覗き見た。
ここまできたら明人とて覚悟を決めざるを得ぬ。
そして、断腸の思いで青いリボンを差し出した。
「っ! あっ……ああ、コレあ、あげる……」
すると、リリティアも何事かと目をぱちくりさせた
差し出されたリボンを両手でそっと受けとる。
「これは……?」
雑な品を、ムードの欠片もなく、雑な手渡しだ。
もう少しやり方があっただろう、なんて。後悔してももう遅い。
「あー、そのえーっと……い、いちおうオレの稼いだお金でだなー……買ったんだけどもぉ。ほっ、ほらっ! もっとオシャレを……その……いや、喧嘩した原因もこっちにあるというかなんというか……」
がったがたの歯切れが悪すぎる照れ隠しをしてしまう。
明人は火照って赤くなっているであろう顔を背けて逃げた。
「あー、でも気に入らないんだったら別に――そっ、そうだ! ショットガンのストラップにでもしちゃおうかなぁ!」
「…………」
明人がリボンを取り上げようと手を伸ばした瞬間だった。
視界に映った光景に言葉を失う。
「ふふふ~、ま~た泣かした~! 女泣かせ~!」
すぐさまユエラが後ろ手に屈んで茶化しにかかった。
そのすぐ隣。呆然とリボンを見つめる金の瞳。
流れ出る、ひと筋の涙がキラリと光る。
頬をつたい煌めく線はふっくらとした頬を濡らす。
「そ、そんなにイヤですか!? 泣くほどですか!?」
明人はもう驚天動地の粋に達して全力の後悔を刻んでいた。
なのにリリティアは声すら上げず。しんしんと涙する。
「八百万の神よ!! 1分くらいでいいから時間を巻き戻してくれえええ!!」
もうこうなったらどうしようもない。慌てふためいた挙げ句に天へ願いを丸投げにした。
焦り、泡立った脳裏によぎる1つの言葉。選択ミスからのバッドエンド。
「どう? アイツ、リリティアと別れてからスゴイがんばってたわ。あの包帯の下なんてズタズタになってるんだから」
さほど価値のない粗末な贈り物。稼いだ額に見合わずとも、それはたったひとりのためだけを思って奮闘した戦利品である。
「しかもビビリの癖にカラカラ林にいってゴブリンの討伐までしちゃったのよね」
ピクリと。見開かれた濡れそぼる瞳と細まった彩色異なる瞳が交差した。
片方がコクリと小さく頷き、もう片方が自身の目にぐしぐしと袖を押しつける。
そして、僅かに首を傾けて誰よりも優しい笑顔でリリティアは言葉を紡ぐ。
「明人さん」
「待って待って待って! 今、一夜で仕上げたルスラウス大陸での生存方法で仲直りの方法を調べ――」
最後の希望にすがりつくように大判の本を取りだした直後、明人は自身の耳を疑った。
ふわりと波打つスカートの裾は、夜に羽ばたく白鳥の如く。小鳥の雛を乗せられ長い長い青いリボンが手からあふれる。
「ッ!」
あ然と。しかし、黒の瞳は確かにソレを見た。
地球の本に乗っていたどんな写真や映画よりも流麗で、美しく、夜でさえかき消してしまうような。
「私……明人さんのこと大好きですっ」
雨上がりに満開に返り咲いたみたいな。
見惚れてしまうほどに健気で儚い、そんな大輪の花があった。
○○○○○
語ろうと思ったけど流れ的に
語られなかった
語らずのSSコーナー
※本編の余韻がクチャっとしますのでワーカーちゃん以降に書かれています
……………
「ふぅ……よもや力を持つ者だったとは。もうNPCとは呼べんな」
「別にいいよ? NPCのままで」
「むっ? しかしそれではただの侮辱になってしまうぞ?」
「今更だろ……。それに、せっかく友だちがつけてくれたあだ名だしなぁ」
「とっ、とと、ともだち!?」
「まぁ……そっちはどう思ってるのかは知らないけどさ。オレは一方的に友だちだと思ってるよ?」
「うっ!? ぬっ……ふっ、ふふふふっ。き、貴様如きNPCが私を友と呼ぶなぞおこがましいにもほどがあるッ!」
「そっかぁ」
「し、しかしだなっ! そう思うのは貴様の自由だ! わ、わた、わたしは、じぇんじぇんそんなことは、おもっててて、ないがなっ!」
「顔真っ赤にしてわかりやすいなぁ。そういうところ好きだぞ、なのかなっ!」
「だっ、だまれだまれだまれだまれっ!! も、もう貴様には2度と奢ってやらんッ!!」
「よーし、2連勝」
「……いつの間にあのふたりはあんなに仲良くなってるんですかぁ? ん~?」
「いっ!? 私関係ない私関係ない私関係ない!」
「おっきい胸ですかぁ? 物事の遅速緩急は胸と比例するんですかぁ?」
「笑顔が怖いっ! 近いってばぁぁぁ!!」