84話 やっぱり、デカイのはいいことである
武器は散弾銃と甘味
巨大の背中は逞しく
血濡れた大地は臭い立ち
そのうえキナ臭い
轟く地響きは踏みつけるたびに乾いた落ち葉を滑らせる。年老いた樹木は骨を折るように容易くへし折れた。
「《アタックマイユニオンセリーヌ》」
汚水したたる巨腕を振るうと、茶の飛沫を飛ばして環境ごとゴブリンたちを跳ね潰す。
粘体の巨躯はエリーゼの《レガシーマジック》、セリーヌ。ゆうに10メートルは越えるであろう泥の巨大を止められる敵はここには、いない。
眼に血を滾らせたゴブリンたちは果敢に飛びつくも、相対するは泥の巨人だ。撫でられ、含まれ、気味の悪い奇声をあげてもがき、やがて呑まれて沈む。泥濘に飛び込むのと同様で、底なしの巨大は魔物を次々吸収していってしまう。
そして一方的な殺戮がはじまっておよそ半刻が経った。
「むぐむぐ。おいひい」
召喚使い(サモナー)のエリーゼは貰ったチョコレートクッキーを口いっぱいに頬張った。
甘味に刺激された頬を押さえて、太陽の如き晴れやか笑顔が咲いた。
2房の結い髪をゆらゆらゆらがしながらセリーヌの後を呑気についていく。
「甘くてサクサク。好き。もっとちょうだい」
「はいどうぞー……さっきまで泣いてたのにめっちゃ食べるじゃんか……」
「甘いもの、別腹。だから」
リリティアの作った試行錯誤のチョコレートクッキーもどきが役に立った。
それはすでに地球産のものを遥かに上回った味わいを生み出している。そのチョコレートクッキーようなナニかをエリーゼはいたく気に入ったようだった。
「……機嫌が治ったのならいいけどさ」
冷ややかな視線を送りつつ、改めて死闘を繰り広げた相手の強さに感服する。
明人はこの少女とと2度に渡って闘い、勝っていた。しかしもし相手が油断をしていなければ勝敗はコインの裏と表ほど違っていただろう。
「エリーゼさんもすごいですけど、明人さんの……さんだんじゅう? でしたっけ、それもすごいですねっ!」
ちょこちょこ、と。小さなお尻をぷりぷりさせながらキューティーも隣につづく。
手には弓、腰には安物の短剣が鈍く輝いている。散弾銃という超過技術がよほど珍しいのか、大きな瞳を瞬かせていた。
「数に限りがあるからもうそんなに撃てないけどね。弾薬の補充ももう出来ないだろうし大切にしなくちゃいけないんだよ」
「弓矢みたいな感じなんですね。それなのに矢筒がいらないってすごいですっ」
泥巨大は、カラカラ林を戦車の如く、時計回りで渦を巻くように進撃する。
これも臆病者の策だ。こうすることで横からの襲撃を右方の警戒のみに集中することができるというもの。
いくら敵がこの世界でもっとも雑魚といわれようとも明人は物怖じしつづける。それでも、キングローパーとの闘いよりは鼓動が落ち着いてはいるのだが。
「……? なんかおかひい」
エリーゼは、ハムスターのように生白い頬をぷっくり膨らませながら小首を傾げた。
両端で結われた黒色の房もゆらりと流れる。
「んっく――ゴブリンが逃げないオカシイ。明確に戦力差がある。普通なら生存本能で逃げる」
口内のものを一息に飲み下して納得がいかぬと目を細めた。
無謀にも口の端からヨダレを垂らしながら飛び込んでくる醜い魔物たち。背丈はおよそドワーフの女性と同等か、やや小さいくらいの大きさ。およそ武器と呼べるものは尖った爪と黄ばんだ牙、そして群れをなすほどに膨大な数。
そんな遺伝子を間違えて生まれてきた裸の子供のような緑の魔物を泥巨大が草を摘むように軽々と薙いでいく。
「ゴブリンってそういう魔物じゃないのか?」
「違う。ゴブリンは比較的臆病。相手が自分たちより弱そうだってわかると、複数で抑え込むように襲いかかる」
「ほ、ほぉーん……。な、なるほどねー」
以前、リリティアと別れた直後の明人にゴブリンが単体で襲いかかってきたことがある。
つまりゴブリンから見た人間はただの雑魚に見えたのか。やりきれない思いを胸に、奮闘するセリーヌの大きな背中に万感の思いを込めて、応援した。
その間にもゴブリンたちの猛攻は止まらない。まるで命を鑑みない特攻の如く、1体また1体と数を減らしていく。
「――ggue!?」
また別の個体は声を発する隙もなく圧殺される。
踏まれた大地は、ゲル状と化した血と内蔵の染み、それらで落葉の絨毯をどす黒く汚す。
「gabb!? geaaaaaa!?」
粘つく液状の泥に呑まれたゴブリンは、喉を裏返したような悲鳴をあげて力尽きるように取り込まれ、沈んでいく。
泥巨人も満腹だと言わんばかりに力士の如く膨らんでいく。
ぬかるむ赤色を踏めば脂で足をとられ、糸を引いて靴裏にへばりついてきた。
「うっ……! 酷い臭いだな……前に狩ったときはここまで酷くなかった気がするぞ……?」
不快感が鼻をつまんでもなお吐き気を催すほど強まっていく。
臓物や血液とは思えないほど、鼻を突く腐敗のすえた臭いが充満している。
そんな場所でもエリーゼのおやつは止まらず。隣ではキューティーが小鼻からふむんっ、なんて息を漏らして悩ましい気な表情を見せていた。
「マイペースだね。きみたち」
枯れて脆くなった白ばんだ老木はへし折られ、紅く濡れそぼった。
そろそろ全工程の80パーセントはすぎたと予想される。カラカラ林を空から見下ろせば渦巻状で鳴門巻きのようになっていることだろう。
「……あっ! あわあわっ! わ、わかりましたっ! ゴブリンが逃げないりゆうっ!」
ぴょこん、と。キューティーが兎のように跳ねた。
腰に帯びた短尺剣がカチャリと音を立てる。その上では無邪気な笑顔。明るめの色合いの髪が、さらさらりと踊る。
それと同時にクッキーを食べ終えて満足したのか、指についた粒をほろいながらエリーゼが割って入ってくる。
「死骸兵。作られた魔物、グール。だから思考すらしなてない。ただの馬鹿」
「あぁ……わたしも今わかったところだったんですよぉ……」
明人は、すかさず腰のポーチから大判の本を取りだして目を落とした。
片手間に、ちょうどいい位置でいじけているキューティーの頭を撫でてやる。
「ちょっと考えばわかる。私が不思議だったのは、その量。ゴブリンなんかをこんなにグールにしたところで意味無し。ただの無駄」
グール。それは明人にとって初戦闘となった魔物でもあった。
そして、剣聖リリティアの実力を知った瞬間でもある。
死体は勝手に動かない。動かすのならばマナを用いて条件付けの呪いを施す。
グールは歩く。グールは条件をこなす。グールは疲れない。グールは弱いが戦力になる。でも、臭い。
それは禁忌魔法であると以前問題にあがっていた。だから不可思議な癖を持ったもの意外はあまり使いみちがないのだとか。
そういった理由で不死系の魔法は発展にさえ及ばなかった、と。本の注釈には書かれていた。
「はぁ……どこぞの変態が増やしたってことか。そうなると外来種とかを捨てて問題になるのと同じ感じか」
言葉を唾のように吐き捨て、明人は本をポーチに押し込む。
「そのはず。でも、どんな条件付けかはわからない。完全にタガが外れてる。まるで暴走」
ぐるりと辺りを見渡せば、波の勢いは弱まり死屍累々と相成ったゴブリンたちはもはや風前の灯火となっていた。
最後の1匹が飛び込んで、勝ち残ったのはパンパンに膨れ上がる。セリーヌはゴブリンを吸収しすぎてどこぞの重機のような体格になっていた。
「どうでもいい。これで終わり。はやくメリー呼ぶ。帰って引きこもる」
夕飯前の散歩を終えたかのような涼し気な顔で、エリーゼは帰宅を急かした。
渦もやがて中央の目に差し掛かる。明人とて素早い帰還は望むところ。これからリリティアへの謝罪方法を模索しなければならない。
しかしそれでも血溜まりから泥溜まりに変化した道を歩き、考えた。手には未だ散弾銃のグリップが握られている。
「……なーんかキナ臭いな」
疑うべき条件は整っていた。
否、整いすぎている。
嗅覚の記憶力は凄まじく、その香りが強いほどに脳に記憶の残り香が詰まっていった。
「はやくっ。はやくっ」
エリーゼからの無邪気な感触に惑わされそうになりつつも、思考の海から上がることはない。
立ち止まったセリーヌは、命じられたとおり。ここが林の中心に到達したことを告げている。
「……? なんだあれ?」
と、それが見えたのは偶然だったかもしれない。
しかし明人の目はしかとその物体を視界の中央に捉えた。
「ッ!? 女の子だと!?」
地べたにぺたりと座り込んむよう裸体の少女がいた。
眼はおぼろげで、文字通り上の空。荒れた大地に咲く花の如き不自然さ。
「きっとゴブリンに捕まってひどい目に合わされていたに違いありません! 助けなくっちゃ!」
「えー……そうなるとゴブリン全部あの子が生んだことになる……エグぅ」
張り詰めた糸をけっして緩めず、ゆっくりと少女に近づいていく。
足元が6つも近づいているのに、少女は眉ひとつ動かすことはない。
どころか死んでしまっているかのような。生物感すら失せたままへたり込んでしまっていた。
「ゴブリンは繁殖に種族を使用する。たぶんこのヒュームは犠牲者。ゴブリンが増えた原因」
「……いつみても魔物の犠牲になった方は、かわいそうです」
伸び切った髪はなお艷やかに地面へ扇状に広がっている。
少女の肌は痩せこけているわりに汚れひとつない。しかも透き通るような純白している。
「んっ? まて、この子ヒュームなのか!?」
「ヒューム。間違いない。体内マナがヒュームって言ってる」
明人は基本的に見た目で種族を判定する。
それとは異なってこの大陸に住まう民はなんとなくマナの性質の違いでわかるのだという。
質問に対してエリーゼはさも当然と言いたげに首を縦に振った。
「弱くて、増えやすくて、寿命の短いヒューム」
「いやいや、オマエラが強くて、増えにくすぎて、寿命が長すぎるんだけだからな?」
「ヒュームはマイノリティ。私たちのほうが基準――っ!」
地球とは異なる価値観に、明人は口を一文字にして閉口せざるを得ない。
ともあれ、原因の究明と殲滅は完了した。
どこか不満と疑心を抱えつつも明人が少女を保護しようと手を伸ばした。
その瞬間だった。
「あー! ストップストーップ! 呪われるから触っちゃダメですよー!」
男の声がカラカラ林の木々を縫うよう木霊した。
後方。セリーヌの作った泥の道に足を掬われそうになりながらも、男がひとり駆けてきている。
放たれたかの如く、即座に明人は散弾銃を構え銃口をむけた。
「――ッ!」
「ままま、まってまってまってッ! 僕に敵意はないんですよッ!」
男は両手を翼のように広げて武器はなく、戦う意志もないことをアピールしてくる。
「誰だッ!! どうしてこんな場所にいるッ!!」
声を張り上げ、銃口は頭へ。
明人は種族不明の男を銃で威嚇した。
「そ、そそ、それは僕の妹なんです! そして僕は彼女の兄です! あとアナタがたの依頼主なんです!」
○○○○○
【VS.】樹木の川に蔓延する雑魚 ゴブリンの群れ
にしようかとも思ったんですが
主人公がぼんやりついていってるだけの通常回なので
付けませんでした




