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【完結】あの子は剣聖!! この子はエルフ!? そしてオレは操縦士-パイロット-!!!  作者: PRN
5章 あの子のリボン この子のペット そしてオレはカーニバる
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79話 やっぱり、まかせたのは間違いだった

地球になかった

環境


手に入れたものは

暖かく

それもきっと宝物


そして、静かに飛び去ってしまうもの

 明人は、誘いの森をでて山颪やまおろしの街イェレスタムで働いた。

 師の厳しい教えにしたがって鉄を叩く。失敗と成功に一喜一憂しながら生産的な汗を流し、ときおりやってくる気のいいドワーフや物資支援のエルフたちと夜を飲み明かす。


 人類が滅亡寸前であった地球にいたころとは比べ物にならないほどの充実感がここにはあった。

 掛け替えのない時間。種を超えて騒げるどこか心懐かしい安らぎは瞬きをするような早さで過ぎ去っていく。


「ふぅ……」


 工場と家の兼ね合いをしている外壁に寄りかかってポケットからあるものを取りだす。

 硬い壁に背を預けると石焼きされたかの如く白く熱い。リリティアに買い与えてもらった服を通して背をじんわりと火照らせた。


「…………」


 とりだしたのはイージス隊の仲間たちの写った、たった一枚の思い出だった。

 人々らは、写真に入り切らないまんまる重機の前で肩を組む。アホ面引っさげ歯を見せる10名の若者たちが写っている。

 親友たちの笑顔を眺め、明人は目を細めた。


「オレだけみんなを裏切るような真似をして……ごめん」


 目まぐるしくも幸福なであるということに対し、亡き仲間たちへの謝罪だった。

 荒野に注ぐうだるような熱線はじんわりと肌を焦がすよう。それでも汗ばんだ肌を撫でる風は湿気がなく、カラッとした清涼感があった。


「まだ、もうちょっとだけ待っててもらえるかな……? そうしたらきっと――」


「おぉい明人! 鉄鉱石採りに行くからちくと付き合えい!」


 ぬぅっ、と。工場から出てきた筋骨隆々の大男だ。

 独り言に割って入ってきたのは、師匠ゼトだった。

 明人は自然な動作で写真をポケットにしまう。


了解ヤー。武器を持ってくるからちょっとまってて」


「ワシがおるのに武器を持つんか? まあええ注意散漫でないのは悪くねぇ、はようとってこお」


 師匠の承諾を得て工場に戻った。

 狭苦しい四方が石で囲まれた部屋。乱雑に散らばった道具。熱した鉄を打って形を整える金槌に熱した鉄挟むハサミ、陶器用の窯にろくろ、手押しのふいごに、炉。ありとあらゆる注文に応じるべく揃えられた匠の魂の数々がところせましと敷き詰められている。

 明人は、隅に置いてある地球産旅行用カバンの上の散弾銃を肩にかけた。


「むっ? でかけるのか?」


 足早に立ち去ろうとしている同居人に語りかけてきたのは、姉弟子のラキラキだった。

 今まさに、かんかんに熱された鉄を打とうと薄い胸を張って大鎚を振り上げている。


「ああ。ちょっと隣の地区で親方と石掘ってくる」


「おぉちょうどいいのじゃ! 鋼も頼むぞっ! エルフから木こり斧の発注依頼がきとるのじゃ!」


 ラキラキはゼトの孫であり、弟子でもある。

 ならば明人にとっては友からはじまり、相棒を経て、姉弟子へと格上げになった。


「あいよ」


 軽く返事をして飛び散る火花を背に、外へと戻る。


「ラキラキが鋼も頼むって」


「ほうかい。んなら鉄意外の採れる別の穴に潜らにゃならんな」


 注文だけを伝えて、新しく設置し直された石畳の上を言葉少なに歩きだす。

 一方は道着のような羽織る肌着と、下は麻の長丈。その横では鎧のような筋肉を身にまとった両手が義手の大男がいて。

 明人も、日本基準で男性の平均身長を上回る。この街にきてからかなり体も鍛えられた。しかしそれでも師の隣は、まるで大人と子供を匂わせるほどの体格差がある。


「近ごろ忙しゅうてならん。金があっても暇がなけりゃ宝の持ち腐れじゃわい」


「まあでも実入りは多いじゃないか。戦後すぐでドワーフの作る道具が高値で売れるし、稼げるときに稼ぐべきだよ」


「老い先短ぇってのにこき使われちゃたまったもんじゃねぇわな」


 師弟で実のない会話をしつつ街路を踏むと、嫌でも鉄の音が耳に入ってきた。

 かんかんこんこん。実に耳に心地よい喧騒だった。

 ドワーフたちはひっきりなし鉄を叩いて武器をこさえる。エルフの戦争と自領の修復に大わらわ。

 武器が足りぬ道具が足りぬと隣の国から悲鳴が鳴れば、お任せあれと言わんばかりに粋な心で用意する。その礼に食料やら荒野では貴重な木材やら金品など受けとっていた。ギヴ・アンド・テイク。


「オレも早く剣とか打てるようになりたいなぁ」


「ひよっこがアホをぬかせ。数打ちであっても命を預けるもんじゃ。まだ野鍛冶で修行しとれ」


 ゼトは目も合わせずにかっかと豪快に笑い飛ばす。

 明人が弟子入りしてまだ14日。しかし、持ち前の器用さと粉骨砕身の努力で不格好にも形だけにはなっていた。


「そういやぁたまぁに物好きがキサンの打った道具を狙って買いにきちょるのう」


 ゼトは白髪だけになった眉を片方だけ下げて、髭をしごく。

 明人は頭の後ろで手を組みながらガラクタ同然が売れたことに驚愕した。


「……マジで?」


「おぉ、ちょうどあっこにおる女じゃ。あのほっかむりの」


 血の通わぬ指が指し示した先には小さな影が潜んでいた。

 石造りの家々の隙間からひょっこりとこちらを隠れ見ているのはひとりのドワーフか。

 背丈は小さく、褐色肌。ドワーフの女性に良くある特徴を網羅している。

 明人は、おどおどと下手な潜伏をしている女のもとへ全速力で走った。


「わっ、わっ! わわわ!?」


 逃げおくれたドワーフは目を回すようにその場でわたわたと回りだす。

 そして明人は炎天下だというのに目深まぶかに被った被り物を、ローブごと剥ぎとってしまう。


「ど、どうもこんにちは……です……」


 水着のように布面積の少ない制服が顕となった。

 褐色のイカ腹を惜しげもなく晒す様相に、困り顔。つぶらなの瞳と、カチューシャについた猫耳ワーキャットみみ

 街のおさミブリー・キュート・プリチー営む癒やしのヴァルハラ。そこの制服に身を包んだ、キューティー・キャットがそこにいた。


「おいこら……また買ったのか?」


 明人は口角を痙攣させながら低く唸るよう彼女へと圧飛ばす。


「はは、はいっ……お、おきゅうりょうがでたので買いました……! ご、ごめんなさい……!」


 キューティーは目に涙を滲ませて後ろに下がるもそこは壁だった。

 明人は逃げ場がなくなりおろおろとたじろぐ幼子とここぞとばかりに追い詰める。

 怒る理由は、彼女が粗悪品を同情で買うようなまねをしたことではない。

 キューティーは買った農具を自分の家で溶かして作り直してしまうびだ。愛の共同作業というわけのわからない理由で。


「だ、大事に使わせていただいてましゅっ!」


「その使い方を大事というならどう使っても大事にされちゃうなあ!?」


 戦争の発端の一部となった救済の導による魅了魔法。周囲のドワーフたちが意識なく働くなか、魔法抵抗力が高かったばかりにキューティーは意識があるまま100年以上も奉仕させられつづけていた。

 それでも彼女は彼女のママありつづけた。心が壊れたルスラウス世界のスラング、心無人みなとにならなかったのは強靭な精神力の賜物だとか。

 そしてそれは明人に強靭な精神力をもったストーカーが生まれたことを意味する。


「あのさ、なんども言ったけどキミを助けたのはオレじゃなくてヘルメリルの作った腕輪なんだよ」


 そう言って、左手首に巻き付いている蛇の絡み合った悪趣味な腕輪をキューティーに突きつけた。

 魅了吸収の腕輪だった。エルフの女王であり、語らずの2つ名をもつヘルメリル・L・フレイ・オン・アンダーウッドから譲り受けた品である。

 戦争を終わらせるために一役買った武器でもある。


「だからオレじゃなくてエルフの女王に感謝しなさいよ……」


「そ、それでも明人さんは私にとってのヒーローですっ!」


 立ち向かうように小さな膨らみの前で手を結び、キューティーは一歩も引かない。

 このイェレスタムにやってきてから幾度となく繰り返されてきた押し問答だ。

 明人もこれには眉間を摘む思いだった。


「オレはロリコンじゃないんだって……」


「わたしは別種族の男性でも構いませんよ?」


「こっちは構うんだよ倫理的な意味で……」


 キューティーは街道構わず腕にしがみついてくる。

 明人の腕に当たる体温は高く、僅かだが膨らんだ柔らかな感触になされるがまま、苦悩した。

 およそ生物から発される音とは思えない金属音。ゼトの接近。それを見て、艶っぽくできあがったキューティーが正気に戻るように腕から離れた。


「お久しぶりです! 鉄のお爺様!」


 彼女は礼儀正しくゼトへ頭をぺこりと垂れて深々お辞儀をする。

 耳が隠れる程度の整えられた髪がはらりと流れた。ドワーフの英雄であり世界に認められる男が相手なら頷ける対応だった。


「ほぉ、お嬢ちゃん見る目があるのう? これはなかなかに熱い男じゃ。しかしこれはあっこにおるヤツに聞かねば手に入らぬ」


 ゼトもまるで孫を愛でるように顔の皺をくしゃりと深めた。

 そして、その義手の指した先あるのは街道を歩む揺らめく影がふたつほど。外套を纏った少女と高級感のある金の大きな三つ編みを尾のように引く女性。街を往くドワーフたちとは毛色が異なり、目を引く存在がこちらへ歩いてきている。

 リリティアとユエラだった。明人にとって日数換算で実に14日ぶりの再開だった。


「ん……?」


 明人は不信感を覚えて首を横に倒す。

 再度腕に絡みつくようにしがみついてくるキューティーが気にならないほどに、その光景には違和感があった。

 こちらにむかって歩いてくるリリティアの半歩後ろ。ユエラは両手を合わせてなにやらしきりに口を動かしている。しかも明人にむかって。


「ご、め、ん、な、さ、い? ――ッ!」


 刹那の間。ふわりと嗅ぎ慣れた落ち着く香りとともに白い布が眼前で波打った。


「お久しぶりです。明人さん」


 一瞬のうちにリリティアの笑顔が明人の視界を支配する。

 目鼻の先に迫った金色の瞳は曇るように生気はなく、虚ろ。目の周りが微かに腫れている。


「ひ、ひひ、ひさしぶりだね!? り、りりり、リリティア……さん!?」


 リリティアは明らかに怒っている。

 察した明人は、わけもわからずおののくしかない。

 チラリ。金色の瞳が動いた視線の先でも「ぴッ!?」とキューティーが短く鳴いた。

 蛇に睨まれた小鳥の如くすごい勢いで明人から離れる。


「明人さんってばずいぶんと楽しそうじゃないですかぁ? しかも、現地妻までいるんですねぇ?」


 淡々とした抑揚のない声色に冷酷なまでに冷たい表情だった。


「そんなに楽しげに浮かれた顔、私には見せてくれませんでしたねぇ?」


「な、ななな、なにを、お、おっしゃておられれれ」


 明人は、リリティアの発するなんらかの波動を感じとって、全身を柱にした。

 尋常ならざる気迫によって気圧けおされ、滑舌は死に、熱帯で冷や汗が滝のように滴る。

 次いでギョロリと目を剥いた先には大男が立ち尽くす。


「ゼトぉ? 覚悟はできていますよねぇ?」


 さすがのゼトも剣聖の殺意に巨体を弾いて伸び上がった。


「ままま、待て待て! 待つのじゃッ! おい! キサン! これになんと伝言を残してきたのじゃ!」


「引きこもってたからユエラに頼んだよッ! ちょっと待てユエラ! リリティアになんて伝えたんだ!」


 たまらず明人は叫んだ。

 するとユエラはその短い裾から伸びる健康的な足を繰り出してこちらへと駆け寄ってきた。


「はぁ、はぁ……ちゃんと、伝えたわよ! 明人は双腕様の弟子になるって!」


「バッカ! オマエバッカじゃねーのッ! それだとオレが家を無断ででてったことになっちゃうじゃんか!?」


 ユエラの伝言は真実である。しかし、問題は受けとる側の心境だ。

 明人は恩を返し終えた。そして、今までリリティアの好意を無下にしてきた。

 だからこそ謝罪と改めてよろしくの意で、プレゼントを用意することとなっている。

 その逆に、リリティアは間違いなく勘違いをした。好意に対して明人は冷たく距離をとり、恩を返して出ていった。

 リリティアの内側ではきっとこうなっているはず。つまり、自身が拒絶されたのだと。


「だって前みたいにサプライズにしたほうがいいと思ったんだもんっ!」


 明人はすかさずリリティアの頭を掴んで、ぷりぷりと頭から煙をだすユエラにむける。


「にしてもやり方があるだろ! 見ろよこの顔! この世の終わりみたいな顔してるじゃん!」


「う、うぐっ……! じゃ、じゃあなんていえばよかったのよぉ!」


 まずは逆ギレするユエラを無視が懸命だった。

 明人はリリティアをぐるりと自分にむけ、モチモチの頬をむにむにした。


「ほ、ほらー、オレはでていかないよーでていかないんだよー」


「…………」


 触れて伸ばして、まるでパン生地を練るようにこね回すも離すと表情はバイタリティゼロに戻ってしまう。

 これは本気マジ怒りだった。普段寛容であるからこそ末恐ろしい。しかもそれは14日間も漬け込まれた熟成もの。

 明人は、むにむにしながら熱でふやけた脳みそをフル回転させる。

 リリティアはなぜ自分をここまで必要としているのか。なぜこんなに親切にしてくれたのか。考えに考え行き着いた結論。


「よしッ! リリティアのお願いをなんでもひとつだけ叶えるよッ! 戦争でもなんでもバッチコイッ!」


 選択の自由を彼女へ預けた。

 つまり丸投げ。わからないものはわからない。

 そしてリリティアはしばしの無言をつづけ、それからピンク色の唇から聞こえてくる張りのない声を漏らす。


「もういいです……」


 失望するかの如き消え入りそうな声だった。

 14日ぶりの会話はこれでオシマイだった。

 そう言って、リリティアは明人の手をそっと払い、スカートを翻す。遅れて、三つ編みもゆらりと揺らぐ。


「なっ! ちょ、ちょっと待っ――」


 去ろうとする手を掴もうと慌てて手を伸ばすも、空を切った。

 飛び立った白鳥は家々の屋根伝いに何処いずこへと消えていってしまう。

 僅かに仄めく水滴のカケラを残し。



○○○○○



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