76話 ならば、筋肉談話と洒落……こまない
寝て見る夢を見るような
終戦祝いの酒盛り
あの子の膝は心地よく
うるさい
わいわいがやがや、と。色づく夜は汗と酒と淡い香水の香りに包まれながらとっぷり暮れていく。
大男たちは容姿の整った長耳たちと肩を並べて無礼講だと言わんばかりに杯を満たす。
戦争の終決ともあれば喜びはひとしおだろう。癒やしのヴァルハラでは終戦祝が催されていた。
そんな幸福のひとときを彩る夜用の制服に身を包んだドワーフの女性たち。満員御礼を祝うかの如く華やかな笑顔で男たちの注文を厨房に通している。
その端っこで、明人とカルルは粛々《しゅくしゅく》と平和を享受していた。
「こいつらなにかにつけて飲んでるなぁ」
「それは……まあ、しょうがないですよ」
明人は長椅子に寝そべって楽しげな熱気に目を細ます。
こうして同性との相席する時間は久しく非常に貴重だった。
なお、ミブリーは同性であって同性ではない存在である。幼い見た目のドワーフの女性は女性であって女性としてはいけない。やっかいな種族もいたものだ。
「こんなでも一応は王の弔いの意味もこめられているのです。ああしてドワーフたちも笑っていますが少しばかり強がっている面も見受けられます」
酒に酔ったのか筆のようにカルルの長耳がほんのり赤らんでいる。
「世界が変わっても葬式のメインは酒盛りなんだなぁ」
「ははっ。どこも似たようなものですか」
ドワーフたちの魅了されていた年月は長く、およそ人間に換算すれば1代か2代は変わってしまうほど。つまり、その間に天寿を全うしたものも少なくない。そしてそのなかにドワーフの王がいただけの話。
もはや村程度の数しかドワーフは残っておらず、首都ソイールから救出できた者もまた微々たる数だった。
その結末を手放しで喜べるはずもない。明人は空前絶後の筋肉痛に苛まれながらも戦没者へ心ばかり追悼を送る。
そんななか垣根を縫うように悠然とこちらにむかって歩いてくる黒いエルフがいた。
ふりふりのフリルをしつらえたドレスは混みあっていても、よく目立つ。
「NPC……いや重きを律する者よ。今宵の活躍を褒め称えてやりにきたぞ」
「もうNPCでいいよ、それ長いし。ってか明人って呼びなさいよ」
「む、そうか。じゃあNPCでとどめておいてやるとしよう」
「おいこら」
そう言って、ヘルメリルはくつくつと笑いながら明人の隣へ尻を落ち着けた。
力を持たぬもの。ノンパワーキャラクター。
ヘルメリルによって名づけられることは名誉だと回りのものはいうが、意味するものは非常に不名誉極まりない。
「ヤツラは国を再建するといっている。前向きなことだな」
どこかアンニュイそうに。しかし憂いを帯びたその赤い瞳には、僅かに憐れみの色が滲んでいた。
「そりゃ転んだら転びっぱなしってのもないだろう。それにオレもドワーフたちの復興を手伝うもりだよ」
ワーカーは、もとより造船用の重機である。つまり、建築に役立てることは大いに可能ということ。
明人のような非力種族でも幾ばくかの力を貸すことはできるはずだという考えだった。
「そうか……。フッ、貴様も存外お人好しというやつだな。しかし協力してやればヤツラも喜ぶだろうさ」
ヘルメリルは僅かに染みひとつない白い頬を緩めると、手に持った杯に口をつけた。
エルフには後に控えた戦争があり、ドワーフは種族の立て直しがある。連合軍は解体され、各々が種としての日常へと戻っていく。
それでも今回の繋がリあった絆はもう途絶えることは絶対にないだろう。
「貴様には……まぁ、なんだ……ほどほどに、僅かだが、そこそこの多大な礼がある。できる限り望むものを与えてやると約束しよう」
言いよどみつつぎこちない、下手くそな感謝の言葉だった。
それに対して明人は手を小さくひらひらとさせながらテキトーに応じる。
「ん、ならユエラのことをよろしく。きっとまだ呪いが解けてないエルフもいるだろうしガッツリ称えあげてやってくれればそれでいいよ」
ウッドアイランドとここにいるエルフたちにはすでに呪いが解けていることは一目瞭然だ。
もはや混血の壁はどこへやら。すっかりアイドルのようなったユエラはエルフたちが群がる人気者となっている。
「それは当然のことだ。そうではなく、貴様の自身の願いを言えと言っているのだ」
「じゃあ保留で」
ヘルメリルは淡く化粧が施された唇から小さなため息を漏らした。
決して嫌味たらしいものではなく、子供の悪戯を見守るようなやれやれといった表情で。
女王に変わって側近であるカルルがふふ、と微笑む。
「明人さんは欲がないですねぇ。こんなに寛大な処置をお恵み頂ける機会はそうそうありませんよ」
「寛大すぎると選択肢が失せることもあるんだよ。それにオレは安全と平和があればそれで十分なの」
明人はぺっぺと手を振って寛大とやらを飛沫程度に拒絶してやった。
この後カルルは村に帰るのだという。長きに渡っての戦地任務を終えて父の元へ顔を見せにいくのだとか。
前回の誘拐事件のときには村に帰れなかったようで妹と父の顔を見てから、また戦争にでむくらしい。
ここは懐疑心に満ち満ちあふれる明人にとって居心地のよい空間だった。
メレンゲの如くふんわりとした形容し難いものこそが手にしたかったもの。与えられたのだからこれ以上は望むまいという志しのような、つたない感情。それは平和。
そして、その平穏な時間はやがて破り捨てられるのも事実か。なにせ一番近い場所に一番やかましいのがいる。
「あーきとさーん! あきとさんあきとさんあきとさーん!」
「うるさいのがきた……」
大手を振って駆けてくる白。ご機嫌な尾を揺らすが如くやってくるのは家主であり剣聖のリリティアだった。
そのテンションは異常なまでに高く、明人の心はあまりの寒暖の差に風邪をひきそうな錯覚を覚える。
「ほらほら! 見てください! ユエラからプレゼントもらっちゃったんですっ!」
その身には新緑色の可愛らしいふりふりエプロン纏われていた。
新妻風ふりふりがたっぷりと仕立てられている。
ユエラ曰く、ヘルメリルのフリルを参考にしたら驚くほど完成度が上がったのだという。
くるりくるくる。リリティアは両手を広げてその場で回りだす。長いスカートが遠心力でスカートはクラゲのように花開く。
「ほらほらメリー見てください! めちゃくちゃ可愛いですよ!」
「ほぉ! デュアルソウルが仕立てたのか! うむうむ、悪くないなっ! 良いセンスだと褒めてやらねばるまい!」
矯めつ眇めつ興味深げにヘルメリルは珍しくふにゃふにゃになって目を瞬かせた。
自身のドレスのように可愛げがある見栄え。きっと趣味が合うのだろう。なにせ彼女のセンスを元にしているのだから。
「むっ、そうだ。貴様あのエーテルに魅了をかけただろう? いったいなにを命じた?」
長耳をぴくりと揺らしてレース刻まれたドレススカートの下で足を組む。
黒を透かしてなお、そのほっそりとした白さが際立つ。
明人は、エリーゼの目の前で腕輪のなかに濃縮された魔法を《マナレジスター》で散らし、魅了した。そして、ワーカーを地上に降ろす協力をさせたのだった。
「一部の記憶を消してもアレは覇道の呪いが根源ではなく、信念だ。いずれまた私たちに牙をむくかもしれんことを忘れるな」
ヘルメリルは足を組み頬杖をつきながら僅かに眉間へシワを集めた。
メリーゴーランドのように回りつづけるリリティアを見つつも、こちらを咎める刺すような口調だった。
「オレがそんないい加減なことをすると思うかい?」
「……ククッ、まあいい。貴様ほど卑怯な男はいない。願いどおり、アレはあのまま野放しにしておいてやろう」
「おいこら失礼だな。魔法使えるほうがよっぽど卑怯――あっ、こら逃げんな」
ヘルメリルは椅子から立ち上がると、陶器のような手で髪を梳いて、気品を引き連れるように去っていく。
そして後を追うようにカルルも「ではっ」と短く一言だけを残して、後につづいた。
当然のように明人とリリティアが残される。誘いの森に住まう、ひとりと1人。
「あひぇ……目が回りましたぁ~……」
楽しくなってしまったのかずっと回っていたので目が回ったらしい。
ふらふらになりながらも悠長に明人の頭を持ち上げ、イスに腰を下ろす。四の五の言わせぬ流れるような超自然な膝枕だった。
未だ身動きがとれぬ明人はされるがまま。なんだか照れくさい思いに惑わされつつ痛みをこらえる。
「いててっ……お酒の回りも早くなるからあんまり動くもんじゃないよ」
「はひぃ……」
みしりと。体中に這い回る鈍痛に明人は照れる暇もなく眉をよせて喘いだ。
見上げれば、平坦な新緑越しに太陽の如き満面の笑顔がある。
枕は柔らかく、ふわりと安心する嗅ぎ慣れた香りが鼻孔をくすぐった。
「ところでユエラは? プレゼント渡された後一緒じゃなかったのかい?」
「~♪ 今日は疲れたから眠るといってましたよ」
異世界の旋律を奏でながらリリティアは足をパタつかせる。
その歌詞のない曲に明人は、しばし耳を傾けた。
酌み交わされる酒。色合いの異なる2つの種族たち。行き交うミニマムたちの足音に、美しい旋律。笑顔と付随する笑い声。
感受性が豊かなものであれば詩に起こせそうな神秘的にも陽気な光景だった。
「あっ、そうです!」
「……うん?」
「筋トレしませんかっ!」
おぼろげに遠くなっていく視界へリリティアの笑顔がぐいぃっと近づいてくる。
綺羅びやかな金色の瞳が明人の眼前できらきらと輝いた。
「筋肉はいいですよ! しかもあのピッチリスーツも最高です! 明人さんは絶対に鍛えるべきです!」
惰眠をとろうとシフトしていた明人にとって迷惑極まりない提案だった。
顔に降り注ぐ液体。興奮気味に唾を飛ばして怒涛の勢いで語りだす。
「筋肉とは努力の結晶です! 大きくて岩のような筋肉もいいですがシャープな筋肉も美しいと思うんです! もちろん丸みを帯び血管を押し上げるところも最強です! しかしですね細い筋肉も男性ならではのクビレのない引き締まった脇腹も――おいひほうれふ」
明人がほっぺをぐにーっとしてもいっこうに筋肉話は止まる気配がなかった。
なので諦めて、鉛のように重くなった瞼を閉じ、明人は思う。
――初恋って筋肉に惚れたってことか。あの爺さんムキムキだったからなぁ……。
起きたら筋トレでもしてみようかな。
そんな謎の安堵を瞼の裏に貼り付けてから静かに眠りについたのだった。
「だからですね! 私は男性の筋肉に包まれたいがために女性の姿を選んだと言っても過言ではないんです! ……明人さん? 明人さーん起きてくださーい! もっと筋肉の素晴らしさを聞いてくださいってばぁ!」
リリティア・L・ドゥ・ティールは、筋肉フェチ。
4章2節 あの子の初恋 この子のエプロン そしてオレは空を翔ける 【END】
【NEXT】5章 あの子のリボン この子のペット そしてオレはカーニバる