『※イラスト有り』74話 【VS.】恨みを継いで接ぐ エリーゼ・E・コレット・ティール 2
混血は才能
人間は自力
目覚めではなく、変わるための覚悟
(前書きにTwitterでの宣伝文の追加+最後にとあるキャラのプロフィールと絵を用意しました)
小鳥の如く飛び立つラキラキの背を見送って、明人はケースから人差し指程度のシリンジを1本とり出す。
そして、それを躊躇なしに首に突き立てた。
鋭い痛みにつづいてじんわりと広がってくる暴力的な快感。内側からあふれてくるもの。
それは、異常な多幸感だった。
「ふぅぅぅ……」
死力を尽して槌を振るう友の勇姿が粘液のようにドロドロになってふやけていく。
中毒性があり副作用も絶大であるため、決死隊にのみにしか配られることはない。アッパー系の麻薬を濃縮したような効能に加えて、誰もが人としての危機感を抱かなくなるという劇薬だった。
どれほど死の恐怖に怯えてうずくまっていようが強制的に立ち上がらせる。その姿は、まるで真空管が強い光を発するように見えるため、技術者界隈で着火剤と名づけられ、蔑まれていた。
薬液が脳髄を含んだ全身を巡り、汚染し、短時間で最大効果を発揮する。
淀んでいたはずの明人の視界が昼のように開けていく。
「――ッ!」
瞬間、明人は床を蹴って獲物を捕える猟犬の如く猛進した。
人間のセーブされた能力の限界を超越する。速度が乗ると筋繊維の千切れる音が体内を駆け巡った。
恐れを拭い去り、痛覚をなくす。
つまり、恐怖をなくすことで自力が発揮され、死ぬことが怖くなくなる薬。
抑圧された本能を呼び覚まし、強制的に高められた興奮は使用者の精神を確実に犯す。
「ガァァァァァッ!!!」
猛りと気迫の咆哮だった。まさに獰猛な獣の如き。
明人の拳が、ラキラキの槌のを華麗に回避したエリーゼへ、振り下ろされる。
「直線的すぎる。甘い」
鎖骨へと抉りこむように放たれた攻撃を、エリーゼは体を横に開いて優雅にかわす。
「だろうなッ!」
しかしこれは予備動作。
明人は腕を振り抜いて、敵の腹に背を引っ付けるようにして踏み込んだ。
「ぐッ――!」
パァンと。乾いた打撃のヒット音が弾けた。
エリーゼの口から肺を絞るような呻きとともに唾液が飛び散る。
限界を超えた速度と全体重を乗せた面の一撃は、華奢な少女の身体如きを軽々と吹き飛ばした。
「ッッ!!」
明人は素早く空になったシリンジを投擲して、駆ける。
「くっ! 《ライトニング》ッ!」
閃光によって穿たれた投擲物が砕け落ちた。LED光に当てられ破片はキラキラと宙を舞う。
「《マナレジスター》ァァァ!!」
守りではなく、攻めの1手をつづける。前のめりに雷撃を躱しながらの詠唱を紡ぐ。
伸ばした明人の手は敵の後退によって僅かに届かず空を切った。エリーゼの反射能力も侮れはしない。
しかし、これも2度目の振り抜き。
前のめりの体勢から無理やり軌道を変え、無防備な腹部へもういちど後ろ回し蹴りを叩き込む。
「あぐッ!? させない!!」
転じて、エリーゼも反撃に移る。
しかし明人もすでに正気ではない。
馴染んだフィラメントの効果は、裏を返すように神経を研ぎ澄ませていた。
エリーゼの体捌きを見て行動を探る。そして視線を見て狙いを予測する。
これこそが明人の望んだ接近戦の形だった。
「死ねッ! 《マジックミサイル》!」
至近距離でエリーゼの手より魔法の矢がびょうと放たれる。
エーテルの聖都でおこったことのように、普段であれば銃口をむけられて凍りつきもしただろう。しかし、今の明人は勇ましい。
「フッ!!」
ダッキングで躱す。
さらに肝臓のある右腹部を見極め、捻りを加えて拳を突き刺した。
「ぐぁッ――!」
固執した腹部へのコンボだった。
攻撃の狙いは肉体疲労の蓄積。頭部とは異なり一撃では沈まないが、的は大きいため当てやすい。相手の注意がマナレジスターにあるのならばなおのこと、こちらのペースにもちこめる。
エリーゼは、体をくの字に曲げつつも超人的な跳躍でこちらの間合いから遠く距離をとった。
その顔に人形のような貼り付けた冷たい小奇麗さはなく、苦しげに喉で息をする。
スタっと。ラキラキは子気味の良い音を立ててこちらの傍に着地した。その額には乱れた栗色の髪がぺっとりと貼りついている。
「ナイス時間稼ぎ」
「おヌシビビリで童貞なだけで弱くはなかったんじゃな! まるで曲芸のようじゃったぞ!」
「自覚があるからこそ努力は欠かしたことはない。あと……今は童貞の話をするな!」
仕切り直しの空気にモッフェカルティーヌとワーカーの駆動音が重なっている。
「くっ……! アナタいったいなにもの!?」
腹部への異様な執着を受けてなお――3度に渡る1点集中の攻撃を受けてですらエリーゼは倒れない。
しかし、確実にダメージが見てとれる。前開きのフレアスカートから伸びるしなやかな足は、ふらふらとおぼつかない。
明人はグローブを鉢巻きのように締め直し、精神的にもリセットを図る。ここからが大詰め。
「どうやって盟約に縛られていた聖剣を抜いた!! なぜヒューム風情が救済の邪魔をする!!」
わぁんわぁん、と。鐘をついたような絶叫が耳を裂いた。
中央によった怒りの表情にエリーゼという元の容姿端麗な面影は微塵も感じられなくなっている。質問の意も相まって、まるでヒステリーをおこした愚者の如き醜さ。
答えるか否か。僅かな静寂を身を落とすように一拍置いてから、明人は口を開く。
「リリティアに恩返しするためだ。人間のオレをこの世界で生きられるようにしてくれた、そのお礼だよ」
「にんげん? この世界? なにを言って――」
「だけどやっぱり気が変わった。ドワーフもエルフも、うちのユエラとリリティアも全員をできるかぎり守りたい。もといた世界で守れなかった分……な」
大きく伸びをして首を鳴らし、腕に絡みつくように装着されている蛇の腕輪を、そっと外す。
ヘルメリルに渡された魅了吸収と魅了阻害のための腕輪を手にする。
魅了に限らず洗脳系の魔法は、魔法使用者の最初の命令に沿う。そしてこれはリリティアから渡された大判の本、一夜で仕上げたルスラウス大陸での生存方法に書いてあった一文でもある。
つくせといえば、奴隷に。従えといえば、下僕に。生命を断てといえば、殺戮者か骸に。種族間に壁をつくれといえば、ルスラウス大陸の現状のように。
「…………」
そして、明人はスイッチを切り替えるようにして感情を殺した。
「終わりにしよう。もう、充分に殺しを楽しんだだろう?」
白い円のステージから舞台袖へと歩を進める。
「ひっ――!? そ、その目!? 私その目が嫌いッ!?」
エリーゼは肩をぴくりと痙攣させると、嗚咽を漏らしながらたじろぐ。
まるで暴漢襲われた力のない薄幸の少女を匂わす怯え方だった。
「なにが怖いんだ? 相手はヒュームと1度退けたドワーフだろう? そっちは上位種のエーテル。勝てるつもりだったからこの場に誘ったんじゃないのかい?」
「まだっ! ま、まだ私は負けて――きゃっ」
足が思うように動かないのだろう老骨の如き足取りはバランスを崩してエリーゼは尻もちをついた。
遅れて、その黒い両端で結ばれた房もぺたりと鈍く光る地面に吸い込まれる。
「休憩して痛みは引いても思うように動けないだろ? そんな華奢な体でボディに3発も貰えばそうなって当然だよなぁ?」
腹部への衝撃は内蔵の血流を弱める決定的な打撃だ。
これによって脳への酸素供給が追いつかない。特に肝臓は、よく効く。
つまり、3連撃から会話に応じたのもその効果がでてくるまでの時間稼ぎというだけ。
結果、1度崩れたら最後。エリーゼは、恐怖に顔を歪めながら床の上を這うだけの女となった。
「はっ、《ハイフレイム》!!」
苦し紛れに撃ち出された轟々とうねる炎蛇の猛撃だった。
しかし、明人が歩みを止める必要はない。
「《マジックスタンパー》!」
なぜなら、隣には頼れる相棒がいる。
炎蛇は白槌によって方角を反らされ明後日の方向に飛んでいった。
ワーカーの出すスポットライトから横の闇にむかって、虚ろな眼をした人間と、雄々しい白鎚を帯びた小さなドワーフが歩む。
そして、明人が先ほど左手にもったのは、精神的主柱と呪いの指輪。この2つ。
「《ハイプロテクト》! ふ、《フレイム》! 《ライトニング》! 《ウォーター》!」
透明な壁に色とりどりの魔法はすべて周囲の壁に吸われてむなしく消えていった。
「ふにゅ~よ。みんなの代わりに仇討ちしてもええか?」
「ダメだ。オレのなにを怯えてるのかわからないけど、コイツにはまだやるべきことが残ってる」
毒々しい笑みが暗闇に浮かぶ。
間もなくして魔法を唱える声は響かなくなっていた。
☆☆☆☆☆