67話 ならば、連合軍は荒野を征く
日の出とともに、山颪の街イェレスタムを出発し首都ソイールを目指す。
エルフとドワーフはヘルメリルの指揮のもと、およそ地球の世界では考えられない前時代な武器を手に立ち上がった。
肩を並べて闘争に燃える長耳エルフ種と筋骨隆々ドワーフ種の戦士たちは陽炎を纏って荒野を征く。
烈火の降り注ぐ日差しに勝るとも劣らないその眼には、気迫が滾り、解放への熱意が込められていた。
互いを尊重し欠点を埋め合うが如く種と種の壁は砕け散り、およそ数百年ぶりという共同戦線か。
こうして今、ルスラウス大陸にエルフドワーフの連合軍が再誕する。
一方で部隊長に任命されてしまった叩き上げの明人は、自身とともに先駆けをしてくれる精鋭を選抜した。
リリティア、ユエラ、ラキラキ、そしてともに国境を越えをした先遣隊の面々は重機を囲うようにしてソイールにむかう。
個々の能力を把握できているというのが選び抜いた理由である。
砂塵を巻き上げ、重機ワーカーは大地を揺らす。
遠方にそびえ立つ山は切り立っていて、帯状の斑模様がついた巨岩にも見えた。
資源が豊富な鉱山なのだろう。岩壁のいたるところに枠組みされた虫食いの穴。
「ドワーフたちが年がら年中ああやって山をくり抜くんですよねぇ。カンカンコンコンが好きなドワーフの住んでいるから山だからカカココ山と私が名付けました」
リリティアは、スカートの裾をはためかせながら異世界雑学を披露する。
風に撫でられなびく三つ編みは、きらきらと光の蛇のよう。
支援魔法の赤を帯びた4脚ワーカーは、メーターを振り切って世界を揺らす。
「ふーん、なるほど。どうりでセンス抜群の名前だと思ったよ」
操縦席に座った明人は、言いかけた言葉を呑み込んだ。
左手の薬指に呪われた指輪ハマっている。まなまなちるちると命名した者が名づけたとあれば納得もいった。ダサくて安直。
「せめて子供にはまともな名前つけてあげなさいよ」
「まとも? ふふっ、そうですね」
小首を傾げ、リリティアは肩をすくめた。
言葉の意味を理解していない様子。本人はセンスがあると思っているのだからタチが悪い。
緊張しすぎることはあれど緊張感がなさすぎるのは稀な話だ。そんな決戦前の軽いお喋りに興じていると、不意にこちらに視線が降り注ぐ。
クスクス微笑むリリティアの横。宝石のような緑と蜂蜜に濡れたような彩色異なる2色の瞳。上部ハッチに腰を下ろしたユエラが驚いた猫のように目を丸くしてこちらを見ていた。ふとももを晒して組まれた足が艶めかしい。
「アンタ、明人よね?」
「はい、明人ですよ?」
あっけらかんと。明人はユエラの質問に答える。
むむむ、と。重そうな胸を持ち上げるように腕を組んで眉を寄せた。重機と同期して膨らみが波打つ様は美しい。
「なんか……雰囲気変わったんじゃない? ずいぶんとやんわりしてるわね?」
「さあ? なんのことやらかさっぱり?」
心情が変わったと自分で言うのも可笑しいと思った明人はバラエティショーのようにおどけて返す。
そんな疑問をもったのは、きっとユエラだけではない。
「ふふっ。ようやくと言った感じですかねぇ?」
はっきりと明言せずともリリティアもまたいささか機嫌良く振る舞っていた。
ふたりと1人は、家族としてひとつ屋根の下で暮らしている。ユエラの心的外傷に気づいたときと同様、逆もまた然り。目に見えないだけで、ここには確かな絆があるのかもしれない。
ぐるりと。線のように流れる外の景色が映った3面モニターを見渡して、マイクに話しかける。
「ラキラキ。そろそろだ。おじいちゃんに会えるといいな」
語りかけたのは、自身の身長よりも2倍はあろう白槌を腰に括り付けた戦士だった。
ラキラキはワーカーの肩で膝を抱え、なにやら物思いに耽っている。
『う、うむ……』
歯切れの悪い返事だった。
大切な祖父を助けに行くのだ。今になって怖気づいたわけではないだろう。
原因がわからなくとも仲間を勇気づけるのが上司である隊長の仕事である。
「子供は親よりも先に死んだらダメだっていうけどさ。逆に親は、子供に見送らせてなんぼだと思うんだよね」
『? どういう意味じゃ?』
「生きる方も死ぬ方も、見送る側も見送られる側も。一方的な押しつけじゃなくて、どっちにも見送る責任と見送らせる覚悟必要だと思うんだ。で、ラキラキのじいさんは孫に死に顔見せないで勝手におっ死ぬような無責任男なのか?」
『なぁっ! お、おじいちゃんを馬鹿にするでないわ! おじいちゃんはワシのことをここまで育ててくれた偉大なおじいちゃんじゃ! それに精錬の注文を受けたらきっちり責任をもって期日までにこなすのじゃあ!』
血縁、しかも親代わりである者をこき下ろされて、はいそうですかと黙っていられるはずもない。
垂らした針は目に見えて安物だが、相手に余裕がなければ容易にハマる。それがラキラキ自身を鈍らせている本質だとすればなおさらのこと。
真に受けた幼女は目の端に涙を浮かべて頬を膨らませた。
どうやら悩んでいたことは祖父の安否とみて間違いない。
「ほーん。ラキラキの言ってることが本当なら絶対に生きてるはずだよなぁ? だったらラキラキが助けないとなぁ?」
そして、スピーカーから匂い立つほどの三文芝居が大音量でながれる。
先遣隊の面々も地を駆けつつ、ちらちらと苦笑を向けてこちらの様子を伺っていた。
『……む? ハッ! と、ととっ、とーぜんじゃッ! なにをバカなことをいっておる、から……のじゃ……』
乗せられたことに気づいたのだろう。ラキラキは、口のなかでもごもごと言葉を濁した。
それを見て、先遣隊の全員が声を抑えられずからから笑い声を発したのだった。
「アンタって貶してから持ち上げるの得意よね」
やれやれ、と言いたげにユエラが僅かに困った顔で笑みを浮かべる。
「相手の心を意図的に揺さぶるのは女たらしの常套手段ですからね」
そう言って、リリティアも同じような表情で腰に帯びた剣鞘に手を添え、カチャリと鳴らす。
日差しとともに降り注いてくる殺気に寒気を覚えながらも、明人はモニターに映ったものを睨んだ。
「なんだ……?」
ソイールの町を囲う石壁。ぱっくりと口を開けた巨大な門。
その前に佇む、ひとりぶんの影がいた。
ゾワリと。体中が凍りつくような悪寒が襲いかかってくる。
遠巻きに見てもわかる2メートルはあるであろう、巨体。盛り上がった肩から生えた両の腕は微かにくすんだ光を反射して、まるで銅のような義手と思われた。
そして、その手に握られているのは見紛うことなき赤の槌である。
『お、おじいちゃんじゃっ!! おじいちゃんがおったぞ!!』
ラキラキの叫びに相手の名を確信する。
あの門前に仁王立ちする巨漢こそが件の双腕のゼトか。
血に飢えた獣の如く充血した眼はこちらを見据え、口の端からぼたぼたと垂れる。体液が足元の砂礫に溜まりを作っている。
直後、その異常さを認識してアクセルを離しかけた明人の耳に届く、凛とした声があった。
「私が時間を稼ぎます」
声のした方を見れば、いつの間にやらに放たれた細身の銀剣が。
姿勢を低くとったリリティアがそこにいた。
つまり、アレは敵。
「そして、貴方たちを守りながら戦えるほど甘い相手ではありません」
金色から紅色に変化する瞳は、決して敵から逸らされることはない。
流麗な金色の髪は、鞘からゆっくりと剣を抜くかの如く徐々に赤に染まっていく。
「私を信じて前へ進むか、1度引いて策を練るか。明人さんの選択にお任せします」
リリティアはときおりこうして明人に選択を持ちかける。
どちらを選んでも構わないという割に、自身の選びたい答えでなければ残念そうに肩を落とす。
こんな選択の不自由があってたまるか。
「血の盟約か?」
その言葉にリリティアの整った眉が僅かだが反応した。
それを明人は見逃さなかった。明らかな動揺を隠そうとする素振りだと確信する。
「ユエラ」
「まったく……やるのね?」
目配せすると、それを理解したのかユエラが上部ハッチから降りて、こちらの膝の上に乗ってくる。
「先遣隊ッ! 左方より回り込んで門を目指す! 双腕は剣聖に任せるぞ!」
明人は支持をだしてからアクセルを底まで踏みしめ舵を取った。
せっかく敵から得た情報を調べないはずがない。そんなときのリリティアに渡された大判の本。しかし、その一夜で仕上げたルスラウス大陸での生存方法と銘打った大判の本にすら書かれていない単語があった。それが血の盟約。
つまり、リリティアにとって知られなくないもの。
しかし、そんなことは朝目覚めたら忘れてしまうような下らない事柄ほどにどうでもよかった。
「オレはリリティアを信じる。ユエラもそうだろ?」
「当然でしょ? それに、私のほうがリリティアと付き合いながいんだから」
「……ありがとうございます」
震える声で礼を残して白鳥は火の粉をまぶして蝶の如く飛び立った。
敵の目的はこれまでもそうだったように十中八九時間稼ぎだろう。
前もってだした偵察から得た情報によれば、首都ソイールにはドワーフの気配すらもないという。
ここから先遣隊の任務はソイールの威力偵察に切り変わった。敵の撃破を目的としたものではなく、救済の導が時間を稼ぐ理由とドワーフたちのゆくえ探るための情報収集。調べて逃げるの、サーチアンドアウェイ。
「あーあっ! こんな少数で敵の本拠地に突っ込んでどうするんだろうなぁ!」
「文句いわないのっ!」
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