646話 【最終決戦VS.】日と月の狭間で人の謳う歌 ―― 840 明人AKITO ―― 5
どす黒い赤色をした光線が空間を焼きながら標的を狙う。
2つの標的は交差し、ときに鋭い直角で惑わす。放たれる亜空線のすべてを危なげなく躱していった。
「ハアアアアアアアッ!!」
銀剣が振られた。赤黒い壁がびしゃりと似た色の蒸気を吐きだす。
身体が垂直に重力へ引かれる。突き刺した剣が上から下へと瞳のちょうど瞳孔の切れ込みに沿って一線を引いた。
そして彼女が白裾を翻しながら「メリィ!」翼を広げる。再び飛翔すると、背後でもうひとりがすでに構えている。
「――フッ!」
語らず、腕を払う。
銀剣が作りだした深い割れ目を狙って隕鉄の群れが内側へと雪崩込んでいく。
「――――――――――――――――」
巨大な瞳はぎょろぎょろと剥きだしの目を泳がせながら苦悶に喘いだ。
爆発するように赤い蒸気を吐き散らした後、間もなく沈黙した。
「これで私たちの破壊した数は全部で3つです! 全隊奮闘しているようですがどう見ますか!」
リリティアは紅の三つ編みを踊らせながら空を蹴った。
前髪と清楚なロングスカートが風を含んでばたばた暴れまわる。
手には灼熱の剣をもち。もう片方の手をエルフ耳ではない丸い耳へ添えながら応答を待つ。
『龍族もその他の種族もみんながんばってる! がんばってるんだけどこのままのペースじゃ間に合わない!』
まるで悲鳴だ。そしてその凶報は部隊の全員に伝わっていることだろう。
と、そこへヘルメリルが横入りする。
「ほう? 存外苦戦しているらしい。これほど巨大な的があるというのに他はなにをやっている」
『まだわからないけれど予想以上に味方の動きが緩い! 長期戦闘による疲労が原因かもしれない! きっと本領を発揮できていないんだ!』
ヘルメリルは、焦らせてくる甘声に「……チッ」歪めた唇の端から不満を打つ。
ディアナの話が真実だとするなら責めようがない。日が落ちてからずっと駆けずり回っている連中をどうやって諌められようものか。
「キシシシッ! デッケぇもん食って味方連中は腹ぁいっぱいってとこだー! ならこっちで残飯処理してやんねーとおかわりがきちまうな!」
「ここからは別行動したほうがいいかにゃ!? あとはにゃーたちLクラスひとり2つずつで終わるにゃ!?」
アクセナとニーヤもこちらへ合流してくる。
近接を主としている彼女たちは生傷が痛ましい。
大きな怪我、致命傷となるほどではない。が、肌や衣服のところどころを風に切られたように鮮血を漏らす。
遠距離からの攻撃では亜空線のみに警戒すればよかった。しかし近づいてみれば無数の鎌で接近した者たちを機敏に狙ってくる。
わかりきっていたが面倒な相手。そこへ刻限までつけられてしまっては思考する余裕すら見いだせない。
「各個撃破中にカバーが遅れとり逃しでも起こればコトだ。最悪2FOR1でかかるのが最低条件であろう」
ヘルメリルは心音1回ほどの思考の後、指示を飛ばす。
1つでも瞳を潰し損ねればやり直し。だからといってこちらにやり直すだけの膂力は……明々白々。皆無でしかない。
「では私とアクセナでもう少々大胆に動くとします!」
「異論も議論ももうなしだー! 頭使ってっと身体動かすより眠くなってくっかんな!」
リリティアは誰の返事すら待たず、アクセナへ剣身をかざした。
ニタリ、と。鮫歯が剥かれて恍惚と興奮の入り混じった半弧を描く。
そしておもむろに大柄な革手を振るい捨てて紅の鉄塊をバシィ、と叩く。
「《ハイジャイアントキリングソード》――どアッチぇぇ!?」
剣身は炎支援魔法によってちんちんに熱されている。
そのため剣身を叩いた小麦色の手が一瞬だけじゅう、と焼けた。
「貴方はバカですか!? なんで革の手袋を捨てちゃうんですか!?」
「こういうのは格好の良さってのが1番大事なんだー! 叩く前にぜってぇ熱いだろうなとわかっていてもやらにゃならんときもあんだーな!」
アクセナが火傷しようが彼女の魔法は待ってくれない。
巨大化魔法をかけられた墓剣ヴェルヴァは、ぐんぐんとその質量を増して増して巨大になっていく。
「では舞います」
リリティアの表情も剣が研ぎ澄まされていくのと同じように凛とした。
とん、と。踊り始めるようにしてなにもない中空が蹴られる。すると彼女の姿は白き色のみを伸ばすようにして風と一体になった。
裏も表も、種も仕掛けもありはしない。ただ龍の脚力と足裏が蹴るのに合わせて発現させた防御魔法を蹴っている。その行為が空の自由を彼女に与える。
「――――――――――――」
瞳も見逃すものかと雷撃の如く刻む影を追う。
一部を触腕状に変化させる。生やした鎌で自らの身を守ろうとする。
しかしリリティアは、視認と知覚を許すほど、甘い剣士ではない。
「秘剣、炎演舞舞」
声色は水滴を落とすほど静寂を誇る。
なれど、現実は苛烈。そして美麗。龍を殺す剣が彼女の舞う姿に付随しながら荒れ狂った。
「まず1つ! つづけていきます!」
秒のうちに幾度の斬撃が振る舞われる。
白の野太い鱗尾と紅の3つ編みが踊る。なによりもリリティア自身が重力という縛りを無視して天翔ける。
光すら遅れて見える龍殺しの裁きを前に逃げ場なんぞあるものか。
「――――――――!? ――――――――!?!」
1つが弾けると、上流から下流に流れる水の如く、2つ目が刻まれていた。
その威力、剣聖と称えるに相応しい壮絶な代物。其の姿さながら南の天に住まわうと言い伝えられる鳳凰と遜色なし。
機を逃すものかとばかりに、未だ夜を残す朝へ月光の蝶羽がと開かれる。
「我らもかかるぞッ! あいも変わらず壊滅的なネーミングセンスの白銀の舞踏に遅れをとるなッ!」
ヘルメリルは、鱗粉をまとうようにして華麗に後転し、急加速した。
打てば響くようにして「だーなっ!」「にゃい!」という癖のある返事が返ってくる。
「ゼトのジジィがいりゃあもっと楽が出来たんだろうになー! 早退するなら早退するってひとことくらい言ってけってんだーぁ!」
そう、本来ならばこの戦場にはもうひとりいるべきはずだった。
それでも古株のひとりはもはや戻らぬ。あの強烈な光がモッフェカルティーヌより放たれたことで還らぬことは確実だった。
ひとしきり癇癪を起こしたアクセナは、「ちきしょう……ちきしょう……」そうやって幾度となく噛み締めながら呻くいた。
ヘルメリルは低空を平行に飛翔する。
「…………」
長耳で風を切りながら遠くを眺めるような眼差しで唇を閉ざしていた。
「メリにゃん! ボーッとしちゃダメにゃ!」
「……ああ。まったくもって……その通りだ」
並走するニーヤに横から言われてはっ、と静かに我へ返ったようだ。
当然、ここまで戦いづくめ。魔法の余韻も多くあるだろう。肉体的にも精神的にもおおよその限界が近づいている。
だからかヘルメリルは僅かに長いまつ毛の影をいつもより深く落とす。
「私は止めるべきだったのだろうか……ラキラキをとり戻すと発っていったエリーゼたちらのことを」
「すべて上手いほうへ転がることのほうが少ないにゃ! あの場面ではああすることでもしもというチャンスがあったというだけの話にゃ!」
後追いで走ったラキラキのこと。彼女を連れ帰ると追っていったエリーゼとアルティーのこと。
とはいえここでうじうじ悩んだところで解消する術はないはず。ここはどれだけ胸を痛めてもニーヤの言う通りだとするしかない。
上手い方角へ転がることのほうが少ないのだ。しかもその無念肩代わりできるほど生ぬるくない。
「……結果として成功と失敗の半々といった落としどころか……」
「それで十分上出来にゃ! とにかく後はにゃーたちが上手い方角へ転がせるかにかかってるにゃ!」
ここで亜空線が対話しているふたりを狙ってきた。
瞳の数は確実に減りつつある。なのに脅威とされているのか彼女らへの攻撃は衰えるどころか激しさを増す。
「――ちぃっ!?」
僅かに反応が遅れた。
避け損ねる。魔装であるスカートの裾の端の辺りが光にかすめて消し炭に化かされた。
「――――――――――――――――」
その後も乱打に次ぐ乱打が襲いくる。
ヘルメリルを一息に呑まんと打ち放たれた。
冷える肝を自覚している暇なんてありはしない。
「つっ!? なんなのだこの攻撃の数は!?」
掠めよろけながらも命を辛うじて繋ぐ。
間断なく右へ左へと避けさせられる。亜空線の予熱をもろに正面から被りつつ美しき羽で回避を試みていく。
しかし避けども避けども。瞳の1つがヘルメリルを注視したまま。
そこから繰りだされる光熱の線は確実に彼女を落とそうとしているかのよう。
「死に際に憂さ晴らしでもしようという企てか!? それにしてもこの量――まさか!?」
衝撃。「ぐぅっ!?」と喉を絞って生きていることを実感する。
1発の亜空線がヘルメリルの蝶羽をもいだ。
背の衣服部分ごとまるごと焼いたのだ。焦げの臭いと肌のただれる痛みが同時に彼女を襲う。
そして次の瞬間。
「――――――――――――」
滑空飛行すら出来なくなったヘルメリル目掛け、亜空線が無慈悲に放たれた。
「ッ、影よッ!!」
直撃する寸でのところで常日頃まとっている影が、彼女の身体を覆い尽くす。
放たれた赤赤とした熱線は影をゴト消し飛ばす。
ヘルメリルはまとった影を渡る。影を渡り僅かに横へずれることで九死に一生を得る。
「次はない!? 羽を修復せねば惑う!?」
これでは1撃を辛くも回避しただけにすぎなず地上へ真っ逆さまという壊滅的状況は変わっていない。
そこへ「メリィ!」小さな影が彼女の身体を横から掬い上げる。
「あれはいったいどういうこと!? 瞳の数が減っているのに敵の攻撃が尋常じゃなく増えてる!?」
いつもの口調を保つ余裕すらない。
ニーヤは、自身より背丈のあるヘルメリルを両手で抱えながら脱兎の如く走った。
「瞳が減ったぶん別の余った瞳へエネルギーを注ぎ込んで対応してきているのだ! このままでは瞳が減ったぶんだけ抵抗が増すぞ!」
「他の子たちが瞳を壊したら壊しただけ1点に攻撃が集中するっていうこと!? それじゃこのままだと――ッ!?」
亜空線が行く手を塞ぐ。
鋭敏に反応し、慌てて躱す。
地鳴りとともに穿たれた大地は10メートルほどの窪みを作った。
「イカン! 攻撃の手を緩めればまたすぐに復活してしまうことになる!」
「だとしてもこの攻撃のなかを縫って瞳へ全力を与えることなんて出来っこない!」
破壊された瞳の数は目視で見るにおおよそ8といったところか。
他の種族たちも各々の役割を全力でこなせている。なのに芳しくない。
未だ折返し。その言葉が教えてくれるものは膨大な絶望でしかなかった。
もはや本当にどうしようもない状況へと追い込まれつつある。
もしリリティアに任せていても手数が足りず。瞳が先に復活するほうが先となることは容易に理解出来た。
だからといって狙われずくめのままでは反撃に転じる機会すら与えられない。決死の覚悟で迎ったとして全力を注ぎこまねば瞳1つすら破壊することは不可能だ。
『瞳が復活の予兆を見せているッ!! 破壊を急いでッ!!』
そしてダメ押しとばかりの声が絶望の渦中へ響き渡った。
(区切りなし)




