635話 【イージス決死隊VS.】UN.Resident 軌道上移民船迎撃型亜空線砲 シックスティーンアイズ 4
『敵の攻撃を避けつづけろ! 躱せ! こちらが標的となることで地上の被害を少しでも減らすのだ!』
そんな龍族たちの肉薄する吐息が魔札を通じて聞こえてきている。
白光する焔龍の身体にはすでに紅の幾何学模様が散りばめられていた。
『つづけ同胞よ! 我らが勝利の鍵となるのだ!』
両翼を羽ばたかせつつ同時に陣頭指揮をとる。
16の瞳から放たれる熱線を大空の覇者たちは掻い潜るように躱す。
『でも耐えるって言ってもいつまでって感じぃ!? もう結構な時間を飛びつづけてるから落ちていく子もでてくるころだよね!?』
巨体であるからこそ急加速と急停止は祟る。
空の支配者の龍とはいえ長時間の全力飛行は難しい。
黒龍の憂事を『大丈夫さ!』海龍が活気で打ち消す。
『下の種族たちは必ずやり遂げてくれるッ! 焔龍のように彼らを信じて飛びつづけるんだッ!』
『なんでそんな自信満々なのぉ!? 闇だってほらあんなにいっぱいいるよね!? うーっ、もう本当にまずそうって感じがびんびんだよねっ!?』
熱線によって吹き飛ばされた闇は、とうに種族たちを再補足していた。
もう幾ばくともせぬうちに再び決死隊は戦果へ呑まれることだろう。
なのに海龍は自信たっぷりに真の籠もった瞳で『それでもだよ』返す。
『光明が指すまで僕たちはコイツの注意を引きつける! そうすることで彼らに道を作るだけの時間を稼ぐんだ!』
16箇所から絶え間なく浴びせられる光の線。
それを長い身体を巧みに操りながら避けていく。鱗の青さもあってか、まるで流水の如し。流れる運河をたゆたう優雅さで苛烈な攻撃を流している。
『それに黒龍だからこそ1番良くわかっているんじゃない?』
『……ほえ?』
『下にいるのは英雄たちだ。僕らでさえ歯も爪も立たなかった神より賜りし宝物を退けた子たちだよ。あと――』
彼と彼らがいる。とても窮地とは思えぬほど穏やかな声だった。
黒龍は、海龍を見つめる目を2回ほどぱちくり瞬かせる。
『……か、れと……かれら……』
『そう。しかもキミと僕だけじゃない。きっと龍族である僕らだからこそ信頼に足る存在のはずだよ』
そして2匹は互いから視線を外して深まりつつある夜空へ返っていった。
深くスリットの入った面長の端をニタリと引き上げて。
『うんっ! なら、もうちょっとだけがんばってみるよね!』
『その調子だ! 無事に終わったらがんばったぶんのご褒美を貰いにいこう!』
『龍族のみんなと一緒に白龍の作るとびっきり美味しい料理を囲めれば幸せって感じっ!』
野太い尾を一層強く払いながら発っていく。
16の瞳によって鱗を焼かれても、翼に穴を開けられても、龍たちが挫けることはない。
信られるのだ。己たちを牢獄より解き放ってくれた強き者たちを。
とはいえ龍たちの消耗が感化できないレベルにまで至っているのも事実だった。
空舞う巨体の数も減りつつある。落ちた龍たちが無事であるかすら定かではない。
そしてそんな地上の種族たちは、ひとりの老兵の発言によって混乱のさなかにいた。
「オカシイのじゃオカシイのじゃ! そんな無茶をしたらおじいちゃんが死んでしまうのじゃあ!」
抗議するのに理由なんてない。なにせ喚いている彼女こそ老父の孫ラキラキ・スミス・ロガーなのだ。
唯一の血縁であるゼトを憂う気持ちは誰よりも強い。べそを掻きながらも老父の裾を引いて引き止めいようと必死だった。
「だいいちあんな攻撃のなかを突っ切っていってなんになるのじゃ! それじゃただの犬死なのじゃ!」
「その件には私も同意だ。ジジイひとりが突っ走ったところでなんの解決にもならん。確たる証拠を提示してもらわねば首を縦に振れるもんか」
ヘルメリルも同様に難色を示す。
しかもゼトに対してかなりの殺気を向けている。
足元にもうもうとした黒い濃霧が棘を作って渦を巻く。次に馬鹿なことを口にしたら口を直接縫い合わせてしまいかねないほど。不快を顕にしていた。
周囲が固唾を呑んで折り合いのつかぬ議論に耳を傾ける。
そうして一拍ほどの猶予の後、しわがれた喉がゆっくりと語りだす。
「こん作戦の肝となるのは時間差じゃ。キサンらとて闇の初撃を忘れるほどボケちゃおらんじゃろうて」
どっしりとした佇まい。聴衆たちの耳の深くにまで響くどこか頼りがいのある音色。
ゼトは、盛り上がった胸筋を躍動させるよう膨らませ、じっくり次の言葉を吐きだす。
「アレを食ろうたならば隊まるごと仏になっちまうってのに敵はアレを撃ってこん。どころかあんな細々とした小便みてぇな攻撃ばかし撃ってきやがる……オカシイと思わんか?」
「その理由をメリーはどう考える?」唐突に振られたヘルメリルは「…………」腕組みした偉そうな姿勢でしばし口を閉ざした。
「亜空線砲をフルの状態で撃つためにはチャージする時間が不可欠。だから親方は時間が大事って、そう言いたいんだな」
「さすが馬鹿のほうの愛弟子じゃ。通りが良く喉につっかえんから話も早うて助かるわい」
代わって明人が答えると、ゼトはニカッと顔中のシワを中央に寄せて笑むのだった。
亜空線砲の初撃は大陸を地平から地平まで繋げるような化け物じみた威力。
あの戦場に立っていて忘れるには記憶をまるごと消すほかあるまい。少なからず兵たちには心的外傷与えていた。
ゼトは、真剣な空気を物ともせず、軽快な笑みを貼りつける。
「じゃから尻の穴をかためながら構えてたってのに2撃目は肩透かしもよいところじゃった。なんじゃいあのチンケな攻撃はよお」
蓄えられた髭をしごき、しごき。まるで敵が小物であるかのような物言い。
彼が首を左右にほぐしていると、ヘルメリルからの強い睨みが刺さった。
「甚だしい事実誤認であると言わざるを得ん。天冥の力を合わせてようやく守られたというのにそれのどこがチンケだというのだ」
堂々とアレをチンケなものと言ってのける胆力。だからといってそれに同意できる者たちは少ない。
老父は構いやしないとばかりに甚平羽織の肩を竦ます。
「7尾の尾っぽを残しておったじゃろ。初撃と同等の威力ならばそんな余裕あるはずもない。老いぼれの慧眼を舐めるでないわ」
枯木のような顔に勝ち誇った笑みが浮かぶ。
するとヘルメリルは「ッ、だからなんだ」憎々しげに喉を絞って音色を細めた。
「貴様の言う小便でさえ貴様の命を屠るには十二分な威力を秘めている。そこへ阿呆が阿呆らしく突っ込んでなんの意味があるのかと問うているのだ」
「じゃからそれを今から話すっちゅーとろうが。これだから長耳は気が短くていかんわいな」
まさに一触即発。複合種族たちがそれぞれの尾っぽを下に巻くくらいにバチバチとした火花が散っていた。
ヘルメリルのほうは表にだしていないが、それも辛うじて。直後すぐに爆発しかねない状態。
そしてゼトもまた彼女が怒りを募らせているのを知った上で飄々としている。
――チャージ……時間……? 敵を引きずりだす……降臨の、条件?
それとは別で、すでに脳をフル回転させている者もいる。
明人とて違和感は覚えていた。群像に似た払拭できぬ粘りつく闇のようなナニカ。
これは地球で実際にあったこと。過去の資料を盗み見て読んだ話。
亜空線砲型の出現条件は、人が多く、軍事的主要な地区に限定されていた。
ならば人々はどうしたのか。どうすれば移民船区域近辺に亜空線砲型を近づかせないようにしたか。
非常に簡単な話である。
通称ダメコンと呼ばれる手法を用いたのだ。
ダメージコントロール。それは医療で言うところの治療できず腐蝕するなら切り落としてしまえ。
あるいはとかげの尻尾切り。もしくは右の船底が浸水したなら左の船底も同様の浸水でバランスをとれ。
――ああ……そういうことか。親方、だけどそれは……っ。
「ようバカ弟子。オマンモようやっとあのカラクリに気づいたようじゃの」
思考の海から上がると、目の前にはどでかい図体の老父が晴れやかな笑みで待っていた。
明人は潜水して水面から顔をだした時のように呼吸を整える。
「数は有限で犠牲はスマートじゃない。そしてそれはきっとオレたちだけじゃなく、アンレジデント側でさえも同じ……って言いたいんだな」
ざわり、と。提示された解答を耳にした種族たちが動揺を返す。
もしこの憶測が真実であれば、勝機が舞い込んでくる。
だが当然分の良い賭けではない。尊き犠牲はどうやっても避けられなくなる。
「クックック、Lクラス級の解答じゃのう! そうじゃ連中はこれ以上、己等の数を減らしたくねぇってときに親玉を繰りだしてきよるはずじゃ!」
ほれ見やれい、と。ゼトはある方角を指差す。
鋼の指が仕向けられた先には夜空を砕いた亀裂があった。16の瞳が絶えず熱線を繰りだし龍族たちを狙い撃つ。
だが繰りだすのは熱線ばかり。割れた空から流れていたはずの闇がピタリと止んでいた。
「亀裂からあふれる闇の流出が……止まっているだと!?」
ヘルメリルはさも意外とばかりに長耳をひくっ、と動かす。
夜に隠れて見づらかったとはいえあの規模の異常を見逃した。それだけ戦闘に集中していたということ。
「あのまんまにワシらを押し流せたものを、にも関わらず止める理由は1つしかあるまいて」
「き……貴様の言い分は理解した。敵を殲滅しシックスティーンアイズを引きずりだそうとのたまっている……そういうことだな?」
道理が通ったからと言って首を縦に降るわけではない。
ヘルメリルは、なおも老父を行かせまいと食い下がる。
「だが貴様1匹がどうこうできる事態でないという事象は曲がらん!!」
歯を食いしばるようにして現実を言い放った。
当然それはこの場にいる全員の共通認識であろう。
あふれている敵を減らせば大本命である16目が降臨するための条件が整う。
だからといって実行は容易な話ではないのだ。
今なおのそりのそりと迫ってくる地平を水平に変えるほどの闇をどうやって処理できようか。
しかも亜空線砲を掻い潜りながら、少数精鋭の決死隊で。
「強行手段をとったおかげで今や前も後ろもありはしないのだぞ! 貴様1匹が亀裂へ向かって突出しあがいたところで――」
「いや、ヘルメリル……それは違う」
「――ッ!?」
悠々と半身を翻すゼトの代わりに代弁する。
明人が、説得するヘルメリルを、自らの意思で制した。
「NPC……貴様!? ここで口を挟む意味をわかっているのか!?」
わかっている。その震える華奢な肩は、老父の死に怯えていることさえも。
だからといってここで歩みを止めるのは、ない。戦場で朽ちた魂へ言い訳するようなものだ。
今日だけで多くが死んだ。それだけ多くの悲しみが生まれた。
ここにきて退くことは英霊となった種族たちへの侮辱でしかないとする。
「師弟して巫山戯おって!! 我々のどこにそんな余力が残されている!! 撤退した軍を引き戻して死の輪舞曲を踊り直せと命ずるつもりか!!」
途端にヘルメリルは肩に置かれた手を振り払う。
彼女にしては品がないと思えるくらい怒りに乱れた。もはや激怒を隠す素振りすらない。
リリティアやユエラでさえも、そう。それ以外の面々もまた明人とゼトの行動を、信じられないと言わんばかりの眼差しで見つめていた。
それでも、絶望という言葉では生ぬるい感覚に胸を刺されながらも覚悟する。
人は大嘘を突き通す……ために、奮う。
「親方が向かうのは前じゃないッ! 後ろなんだよッ!!」
明人は握り締めた拳から1本の指を立て、真逆を示した。
この戦場には重機よりもとっておきの遺産がある。技巧に優れたドワーフたちによって創造された遺作にも等しい兵器があった。
そしてゼトは、愕然と事態を理解したであろう決死隊の面々へ、白霞の目を細む。
「敵はたんまりしこたま準備せねば本気がだせん。あの砲も、数も、減らしちまえば痺れを切らした親玉が降ってくるってことじゃ」
この老父のやろうとしていることは、決死。
なのにどうしてそれほどまでに優しい笑顔を作れるのだろうか。
「じゃからキサンらは流出が済んで波の止まった前方へ迎えい。土壁と龍の援護さえありゃあちょいと走りゃすぐ敵の波を抜けられるじゃろ」
ゼトは、うつむく明人の頭の上へ機構の手をそっと載せる。
「その間ワシは置いてきた敵の大波を縫って逆側へと移動しちゃる。ちくと苦労はするじゃろうがな」
もしこの老父の考えが彼と一致しているのであれば、ここが別れ。分岐点。
明人は幾度となく「……ごめ、ん!」そう、涙ながらに繰り返すだけ。
師の向かう道を止める理由がなかった。それに追い詰められた現状を打開できる術を持ち合わせぬならただの勝手でしかないこともわかっていた。
これは地球で実際にあった話だろう。
16の瞳を感化できぬとした連中はどうやって苦境を乗り越えたか。
ここまでわかったのならば考えるまでもない。なにも知らぬ人々へ聖戦であると煽り立て潤沢な武器をもたせ待機させたのだ。
選ばれた者たちは、こう考えた。選ばれもしない愚図に効きもしない武器をもたせておけば処分の両立が出来ると。
犠牲の上に移民船を築き上げることがもっとも得策だったのだ。非常に利己的かつ聡明で明瞭な策。まるで操縦士と呼ばれる愚か者たちの境遇のように、だ。
しかしそれを知った上でなお勇敢な戦士は行くと言う。
「モッフェカルティーヌを使うて雑魚どもを殲滅してやるぜぃ。どうせならワシらドワーフの作らされた悪意の力で悪魔の存在を証明してやらぁな」
ゼト・L・スミス・ロガーは、最後にニカッとした豪放磊落とでも言うべき笑みを作ってみせた。
それが道を違える前に彼が残した、最後の記憶だった。
「襷を脱いだ老いぼれがやるべきは襷を次の世に渡すことのみッッ!! 征けい英雄共ォォ!! 這いでた親玉ん頭蓋を掻っ捌くんはオマンらの役目じゃァァ!!」
鈍色の英雄が疾風となって翻す。
彼の2つ名は、双腕。
世界最高峰の鍛冶師であり、世界最高の傾奇者。
★★☆☆………




