633話 【イージス決死隊VS.】UN.Resident 軌道上移民船迎撃型亜空線砲 シックスティーンアイズ 2
「《ウィンド》!」
さらに魔女っ子による魔法が唱えられ、肌を撫でた。
爽やかな風が物々しい戦場を吹き抜ける。まとわりつくようにして立ち込めていた霧を晴らしていく。
「なんと統率のとれた動き! さながら虎の狩りを見せられているような気分だな!」
「エーテル族……敵であったころは恐ろしかったでござるがさすがでござる!」
ジャハルとエトリは、騎士たちへ惜しみのない賛辞を送った。
形勢はまたたく間に逆転。さらに周囲の敵散らしまでしていく。
これにはどちらもほう、と胸を撫で下ろし安堵の表情うかべる。
「さすがは双王が側近たち! そこらの雑兵と比べてモノが違う!」
「味方にすればこれほど頼もしいとは徳が高いでござる!」
助力として介入したのは銀眼銀燭のエーテル族だった。
しかも彼らはただの兵ではない聖騎士と月下騎士の称号つき。
その無駄のない連携によって敵は反撃する暇もなく討伐されていった。
そして最後の大剣を背負うように鞘に収めた紳士が、彼女らへ浅めの礼を送る。
「事態は相当に逼迫しておりますゆえ率直にお伝え致します。ここから進むか引くか。迅速な思考の下にご選択ください」
歴戦の傷跡がある顔が上げられると、真剣な眼差しがジャハルとエトリを貫く。
おそらく彼の言葉に嘘はないということ。戯れが微塵も介在していない。
「ど、どういうことだ……? 事態が逼迫している……だと?」
だが、状況を瞬時に把握するのは難しかった。
「仰られた言葉通りの意味にございます。敵物量はもはや我々の手に負えず。軍の大半が聖都防衛のために撤退を開始しているのが現状でございます」
レイガリアによる理路整然たる語りは、ジャハルをしばし硬直させた。
ぺったりと寝ていたクリーム色の獣耳がひく、と跳ねる。
「撤退だと!? そん、なバカなことが……!?」
「紛うことなき真実です。そして我ら月下騎士と聖騎士、他少数のみが突貫し敵中枢へと進撃しております」
「少数精鋭での突撃をしてなにになるというのだ!? 流出する闇の源泉へ辿り着いたところで無意味でしかない!? それともあれらを殲滅する算段でもあるのか!?」
ジャハルは、長い襟足を振って晴れた景色を改めて見渡す。
と、同時に百花繚乱の如き華やかな花吹雪が戦場を舞った。
いつの間にか暮れていた空には星々が歌う。それと一緒に花めき歌う花弁が小雨のように夜を泳ぐ。
そこへ1滴ほどの旋律が清らかに響き渡る。
「《異彩調合・桜花・刃》!」
青蘿と花弁をまとって森羅万象へ呼びかける。
自然女王の呼びかけに応じた無数の花々が、闇に向かって散っていく。
「なッ! あれは自然女王ユエラ!?」
ジャハルは愕然と彼女の名を呼んだ。
ユエラの一挙手一投足に準じ、統率のとれた花弁たちは次々と闇の核を刻んで討伐していく。その花弁による攻撃はまるで手指の如し。
まさに一騎当千だった。ジャハルが苦戦した闇を彼女ひとりが押し止める。
濁流が、彼女の力によって堰き止められている。
しかし戦場を広く見ればこの戦場に残された者たちの尽力が伺えた。
「あのときより先へ! あのときよりもっと強く! 誰かのために誰にも真似の出来ない遙か高みを!」
複合種族最強と名高い雑種は、マナ機構の腕輪をかざす。
すると転回するマナ光は優しい光輝を発す。
それらが弾け、粒子となって和装姿の少女の身体を包んでいく。
現在ニーヤの言葉使いに普段の愛嬌はない。敵を睨む眼は所詮、獣。
狐と狼2本の尾を凛々しく立て、姿勢を低くしながら牙と威勢を剥き、唱える。
「ヴヴヴ、ッアアアア――《神獣形態》ッッ!!」
迅速迅雷、疾風怒濤。にゃにゃにゃの真髄ここに極まれり。
すらりと伸びる引き締まった脚には、軽快な動きを可能にする兎の脚を顕現させている。手にも狼の爪、時折背からは鷹の羽を生やす。
彼女が一足飛びをすると、姿を視界に捉えることは不可能となった。姿は影どころか閃光と化す。
虚空を蹴りつけ敵へ狙い定め、凶悪な爪が通り過ぎるだけで闇が飛沫へ廃していく。
そしてあちらでも、「《ジャイアントキリングアックス》ッッ!!」欲望のままに嘲笑う。
「しゃっしゃっしゃ! ちっちぇなぁちっちぇなぁ! 数ばっかいてもデカくねぇなら退屈だー!」
小綺麗な少女だが、浮かべた表情は、邪気そのもの。
まさに暴れ馬。しかもドワーフの女性という小柄さをハンディとすらしていない。
斧動明迅アクセナが――もう1本増やした――巨大斧で闇を追っ払っていく。
「でかくねぇならどっかいっちまえェ!! でかくなれねぇなら価値はねェ!! でかくなってから出直してきやがれェェェ!!」
殴る、切る、叩く、ではない。彼女の戦いかたはおおよそ潰す、のみ。
細腕の先にぶかぶかの革手を履いて、もった2本の巨斧を振るう。
2つ結びが揺れるだけで回山倒海。大雑把な斬撃が闇の波がぶわあ、と割った。
しかも弱点なんて狙うものか。闇という存在自体をただ擦り潰していく。
「しゃあ!! ジジィせっかく楽しくなってきてんだー!! 遅れんじゃねぇんだーな!!」
眼帯を外してリミッターも解除済み。
鮫歯の間からピンク色の下をベェ、と覗かせる。
一方で老父がなにをしているかといえば、後始末。アクセナが食い残した個体の処理を受け持っていた。
「じゃぁかぁしいわい。ようやっと身体が火照ってきたとこじゃ」
ゼトは、また1体の敵を赤の槌で貼りつけにする。
ひと息入れつつ鉄腕を軋ませながら血振りをくれた。団子のように張り詰めた肩に鋼の槌を背負う。
筋骨隆々とした老父の周囲にある闇の残滓は、数多ほど。アクセナに負けず劣らず引けをとらぬ暑苦しさが血気盛んと振る舞われていた。
「キシシシ! あちしが介護しすぎて敵が回ってこねぇってかー! そりゃわりぃことしたーなぁ!」
アクセナは敵を掃き散らしながら安い挑発を飛ばす。
しかしゼトは重く肩を下げながらとっぷりと深い吐息で髭を吹くだけ。
「……どうにも、な。気ィが乗らんわい……」
戦場ではあまりに小さく消え入りそうな枯木の如き呟きだった。
それでも敵は襲いくる。ぶよぶよした身体の一部を変化させて槍状の刺突を繰りだす。
だが、攻撃が老父を貫くことはありえない。
巨体を回し、機構槌で受け流して、叩きつけられるだけ。
槌によってつかれた敵は、瞳も身体も構わずに、べしゃりと草原に広がるように同化した。
「つーよりキサンのほうが年上じゃろうが。ババアの貧相な尻拭いさせられるこっちの身にもなってみぃ」
「なんだってんだー!? ほれほれ眼球かっぽじってよく見とけなー!? 胸はねーけど尻はそこそこあんぞー!?」
アクセナが青筋を浮かべながら振り返った。
戦闘を切り上げてゼトのほうへどかどかガニ股気味に歩み寄る。
丸っこいてらてらとした褐色の尻を突きだし、なにくそと言わんばかりにスカートすらもたくし上げてしまう。
ぷりっ、とした肉だが内側の筋肉が発達しているため常時上向き。見栄を張るだけあって柔和で健康的な見た目をしている。
が、ゼトは岩のような喉を深く低く鳴らすだけ。
「ハァァ……いちいち見せにこんでもええわい。こんのタコ助が」
幼女が一丁前に女を主張するも、「あいだぁ!?」鉄腕に尻を引っ張かれてしまう。
アクセナはぴょん、と飛び上がって己の臀部をなでり、なでり。
「元気ねーからいいもん見せてやってんのに叩くことねーんだ!? 顔だけじゃなく股まで枯れてんだーな!?」
涙目に生意気を発するも効果なし。
ゼトは「言うてろ」颯爽と戦闘へ戻っていってしまう。
置いていかれてしまった幼女は双斧を手にぽつんととり残された。
「……うじうじぐちぐちウゼェんだなぁ……ツレぇときにツレぇ顔したらもっとツラくなんだぁ……」
アクセナはうつむいて1度限り、すん、と鼻をすする。
そして水を払うみたいに両端の2つ結びを振り回し、戦場へと駆けていった。
他の戦士たちも奮闘するなか彼らの働きだけは超一品。
ゼトとアクセナが再び戦列へ合流すると、見る見る敵の波が割れていく。
それらを援護するようにユエラの飛ばす花弁が道を切り開いていった。
彼らを称するのであれば、まさに英雄……魑魅魍魎級。一介の種族からすればどちらが化け物かわかったものではない。
「あ、あれはニーヤ様! なんという神々しき戦ぶり!」
「それだけじゃないでござる! 英雄、Lクラスが物凄い勢いで敵を倒して進んでいくでござる!」
ジャハルとエトリの視線が釘づけにされてしまうのも無理はない。
歴戦の勇士による奮戦を垣間見せつけられながら目を剥き佇む。
それらをよそにレィガリアが、不動とした姿勢のまま、つらつらとつづける。
「精鋭のみつづけとのご命令が下りました。此処から先は、命すら惜しくないと豪語出来るものにのみに許された戦場となりましょう」
とどのつまり決死だと言いたいのだ。
降り注ぐ闇の軍勢に侵されまいと、種族が結集して奮闘す。
しかしその数は地平を黒く染め上げるほど。つまり果てなき荒野。迷えば待つのは死だけの凄惨な戦場。
「それと貴方様の父、ワーウルフ王から言伝を預かっております」
レィガリアは身体を戦場へ向けてジャハルへ一瞥をくれた。
鱗鎧の小札がちゃらりと鳴る。いつなん時にだって繰りだせるよう。腰の剣にも手が添えられている。
「我向かう。そう、貴方様にお伝えするよう賜りました」
「つまり父上は我に尾を巻いて戦場から引けと言っているのか!?」
鼻筋に険を乗せ、聡明な横顔を睨み返す。
と、それは違います。非常に淡白な声だった。
「カラム王は貴方様の裁量にお任せしているのです。下したのは王でなく親でもない身勝手な選択。ゆえに娘である貴方様にも己の判断にて、向かう地平を目指していただきたいのです」
「っ……!」
ジャハルは牙をぎり、と鳴らす。
先ほどやられかけ助けられた身でどうして即答できようか。
「引くも向かうも皆の意志であり、この戦場に限って強制は存在し得ません。そして私も間もなく……恩義を返すための戦場へと繰りだすのです」
そう言ってレィガリアはフッ、と呆れたように口角を持ち上げた。
「レィくん! 進行の右斜前辺りにダメージが蓄積してるみたい! だからムルちゃんと聖騎士隊はそっちに向かうわね!」
「ではここらにて月下騎士と聖騎士の2手に別れつつ遊撃とします! 各々散らばり過ぎぬよう留意なされよ!」
「あとその名前で呼ぶな!」そう言い残し、月下騎士たちと聖騎士たちは戦場へ戻っていく。
己の務めに一切の疑念すら抱いた様子はない。たとえ死地であっても恐れすら感じさせぬ勇敢さでレィガリアたちは前線へ繰りだしていった。
そうなると残されてしまったのは、ジャハルとエトリだけとなる。
「こんな無謀な策を我は聞かされていないぞ……!」
「いやいや会議にすらでなかったジャハル殿が忌々しそうにそのセリフを言う資格はないでござる」
戦場でなにかとてつもない異常が起こっていることだけは明確だった。
自らの命すら捨てるような無謀。なのに冒険者も兵も血肉を削るような思いで1点のみを目指している。
7つの種族たちが一心不乱の一丸。総ひとかたまりになりながら脇目も振らず忌まわしい亀裂へひた走った。
「で、ジャハル殿は如何様に行動するおつもりでござる?」
「…………」
エトリが蜘蛛の下半身をちょいとかしげた。
ジャハルは深刻そうに眉をしかめながら唇を閉ざすだけ。
征けば逝く。にも関わらず種族たちは蛮勇ともとれる剣を嬉々として振るう。
それはなぜだろう。無茶と無謀を介在させるなにかがこの場にあった。
それはきっと大陸種族ならばわかりきっていること。
「あのなかに混ざれば死んじゃうかもしれないでござる。ここでもし引くのならそれも勇気でござる」
「そう……だな。そう、なのかもしれんな」
戦闘には彼女の父も混ざっていた。
戦列に熱き遠吠えを木霊させながら複合種族を率いている。
どころか複合種族の長という長が、各種族の王が、名も知らぬ冒険者が。そして英雄たちが、全霊を尽くして道を作りだしていく。
御旗のもとに集うような結束があった。まるで進む先には希望の光があふれているかのよう。
そしてジャハルは間もなく決断を下す。
「――我も征く。恩義なんて重苦しいものを後生大事に抱えて逃げてたまるものか」
震える拳を握りしめながらの決断だった。
しかし耽美な顔は夜空と同じくらい晴れ渡り、丸い腰から伸びたクリーム色の尾はピンと上を向く。
「ジャハル殿ならそう言うと思ってたでござる。はじめからそう認めればよかったものを、ようやく素直になったでござる」
エトリも彼女の背を見つめながら艶めく白い肩を竦ます。
はち切れんばかりの胸元を指先から生んだ蜘蛛糸で繋ぎ止める。豊満が放りだされぬよう花魁着物の補修を済ます。
それから口を覆い隠すスカーフをちょいとずらし、にんまり笑う。
「拙者も死出の旅をご一緒するでござる」
「心強い申し出感謝する。あわよくば誰ひとりとして欠けぬことが望ましいのだがな」
「運否天賦でござる。それにジャハル殿が孤立しないでくれれば拙者も助か――ああっ!? 言ってるそばから待つでござるぅ!?」
小蜘蛛と狼娘のふたりは――もう――躊躇うことなく走りだす。
闇のなかで仄かに明暗する光を目指して駆けだした。
ずっとそうだったように、蒼き光の後を追う。世界を救った希望の蒼。
その時。龍たちの舞う空に超常的な変化が起きたのだった。
救いなき長き夜を彷彿とさせるただ1匹の化け物が現れる。
世界は巡るのか、あるいは踊らされているのか。
それでも種族たちは光を求めて闇へと立ち向かうことを止めない。
★ ★ ★ ★ ★




