63話【VS.】継ぎ接ぎの召喚使い エリーゼ・E・コレット・ティール
少女の言葉に明人は耳を疑った。
愕然とした表情から、ユエラもその事実を知りえなかったことが伺える。
「救済の導……崩壊したんじゃなかったのか?」
「あれはただの研究施設。末端も末端」
両端でしばった大きな房を揺らし、あどけない瞳でこちらを見上げた。
その腕に抱かれているのは猫を模した、おそらくワーキャットのものと思われる人形か。
「でも、研究者のヒュームとリーダーを失った。かなり痛手。おかげで計画が遅れてる」
言葉とはうらはらにその表情に変化はなく、ただ無感情すぎた。
「プハッ――このバカッ! お喋りしてないで……さっさと……土巨大の召喚を……はじめなさい!」
ティルメルは少女の手元から脱して、息を切らしながら命令を飛ばす。
「無理。水が逆流してマナ機構に直通する魔法陣を壊した。だからもう大量に作れない。罠を考えたティルメルの責任。だから、そっちがバカ」
「ぐ、ぐぬっ……!」
なるほど、と。明人は自身のとった慎重な行動を称賛した。
つまり、敵はワーカーを洞窟に誘いこむという罠を張って邪魔者を一網打尽にするつもりだったらしい。
そして、環境マナを収集するマナ機構という単語がでた。
ドワーフによって作られた技術の結晶。魔法陣とやらで環境マナを転移させて土人形を制作していたとなればあの無限に湧いてくる敵の量も頷ける。
罠を見破られた上に援軍も呼べない。敵にとっては泣きっ面に蜂もいいところだろう。
「このままだと剣聖と語らずに表の死骸が全滅させられる。だから作戦変更」
嗜めるよう言葉を発すると、再度こちらを見上げてくる。
くりくりとした感情の無い瞳だった。手にもった人形で白い頬に引っ付いていた泥を拭う。
「私が聖剣を抜いたあの異物を排除してから白槌を奪う。だからティルメルは腐肉食いに死骸を下げるように伝えて」
「是非もなしとはこのことね……。引き込めないのは残念だけど、そうさせてもらうわ」
ティルメルは口惜しげに自身の体に支援魔法を施してローブを翻した。
それを見て、ユエラは弾かれたように敵の背にむかって身を乗り出す。
「まちなさいよっ! 逃げるつもり!?」
すかさず明人はそのくびれた腰に組み付いて取り押さえた。
じたばた、と。上部ハッチで暴れまわる肉の詰まった艶めかしい白いふとももが暴れる。
「フンッ! お子ちゃまに構ってる暇はないわ! せいぜい輪廻の渦で溺れないようにがんばりなさいな!」
泥まみれの捨て台詞を残して、ティルメルは風の如く足早に去っていく。
「なんか負け犬の遠吠え感があって滑稽だなぁ……」
「じゃなぁ」
明人とラキラキは小さくなっていく支援魔法を纏った赤い影にむかってうんうん頷く。
そして頭上から別の視線が降り注ぐ。
「……もういい。だから離して」
吊り上がった眼とは逆に哀しみを帯びた寂しげな声色だった。
まるで裏切られたかのようにユエラはしょんぼりと長耳を下に傾けた。
敵の実力は未知数。減るのであればそれに越したことはない。そのうえ感情的になっているとなれば見逃すことも寛容とするべきだろう。
「まだチャンスはあるさ。とにかく今は落ち着こう」
しかしやはり大切な友だちの傷ついた表情に、明人の心はチクリと痛んだ。
「めちゃくちゃ。全部アナタのせい」
落ち込む暇もなく、耳をかすめたのは相も変わらず抑揚のない少女の声だった。
「でも、アナタの乗ってる鉄巨大はとてもステキ」
その小さな腕に抱かれている人形は、頭部と足を引っ張られてミチミチと繊維の切れる音をたてる。
「……そりゃどうも」
しとしと、と。天よりこぼれ落ちる大粒の涙はワーカーの丸いボディを濡らし、をやがて大量の斜線となって降り注ぐ。
「私は、救済の導。継ぎ接ぎの召喚使い召喚使いエリーゼ・E・コレット・ティール」
飾られたモノクロの衣装。花咲くように広がったコートを風がさらって、ベルのように傾かせる。
雨は、泥にまみれたエリーゼの白い頬を清め、代わりに頭部から墨のように黒い液体が顔の全体を汚していく。
「イージス隊所属、イージス3、ワーカー操縦士の舟生明人だ」
徐々に彼女の正体が顕になっていった
染色されたであろう黒が溶けて見えたのは白銀の髪だった。それは下位であるヒュームの上位互換とされるエーテル種の特徴だった。容姿端麗で、ヒューム以外の種族の能力を兼ね備えるという後発の上位種と呼ばれる。
明人はユエラの背に触れワーカーのなかへ戻るよう無声で指示をだす。それを見て予兆を察したのか、ラキラキも重々しい白槌を構える。
「じゃあ一緒に遊ぶ。楽しい楽しい人形遊び」
ぶつりと。茶に汚れた白猫の頭部と胴体が切り離された。
背筋に感じる悪寒。頬を伝う冷たい雨は緊張の震えを孕んで首元を撫でる。
くすくすと。黒に染まった口角を上げて控えめにエリーゼは笑い、人形であったものをゴミのように地面へ放り投げた。
「《カモンマイユニオン・セリーヌ》」
「――ッ!」
エリーゼが歌うように紡いだものが詠唱だと気づき、コンマ数秒遅れてワーカーのなかへ飛び込みんで上部ハッチを閉じる。
座席についてモニターを見れば巨大な影が映しだされた。
「あれってたぶん《レガシーマジック》よ!」
固有魔法とは己の経験と知識で作り上げた類を見ない唯一無二。オリジナル魔法のことを差す。
ユエラの叫びに追い立てられるかの如く、明人は座席の左右後部からアームリンカーを引っ張り出す。
「ここまできたらやるっきゃないな!」
ぶくぶく。捨てられた人形を中心に、虚栄が泡立つように膨れ上がっていった。
水を纏い、上から下へ脈打つような。形どってただれるように流れる泥はまさに泥巨人。
「土が泥に変わった程度でッ!」
『セリーヌ。遊んでもらいなさい』
鋼鉄の腕と泥の腕が同時に放たれた。
繰り出されたワーカーの2本爪は、泥の拳を中央から穿ち、振り抜く。
「手応えがないッ!?」
まるで雲を通り抜けたような感覚に、明人は思わず驚愕の言葉を口にする。
対する泥巨人の腕は、なにごともなかったかのようにワーカーの頬面を殴り飛ばした。
「きゃっ!」
軽い衝撃が暗いコックピットに響き渡り、膝の上でユエラが身をすくませる。
しかし一発は一発。明人は、お返しに振り抜いた右拳を引き左拳を見舞う。
爪は敵の肩から肩にかけてを一直線に切り裂くも、またも泥巨人のなかをすり抜けるだけ。
そして、敵の拳がワーカーの正面を捉えモニターが粘つく泥の一色に染まった。
「おああッ! この敵めんどくせえええッ!」
発狂しつつ頭を抱えていると、スピーカーを通して流麗な楽しみ声が聞こえてくる。
『これだけじゃない。《チェンジマイユニオン》、《クエイク》』
直後、落下したかのような錯覚を覚えた。
息をする暇もなくコックピットが縦に上下に揺さぶられる。
さらに鼓膜を叩くような強烈な衝撃とともにワーカーが横に弾かれた。
「ぐッ……! なにが――」
雨によって洗い流されたモニターに映る、角ばったハンマーのような岩の拳降ってくる。
「形態変化ね! 一部分だけを意図的に硬くしたり柔らかくしたり操作できるみたい!」
召喚者の魔法と泥巨人のコンビネーションだった。
重機の豊満な装甲は無駄に厚く、そう簡単に負けはしない。しかし、攻撃が通じなければ勝ち筋も見えず。
なおも襲いかかる敵の拳にワーカーは為す術なく殴られつづける。まさに新年の釣り鐘の気分だ。
「くそッ!」
いちおうの反撃を試みつつも、こちらの爪が届く頃には被弾箇所は液状の泥に変化してしまう。
『聖剣を抜いた責任は死をもって贖罪になる。アナタは危険すぎる。神より承りし魂を輪廻の河川に散らせるといい』
「変な宗教感を押し付けるな! この狂人が!」
『数百年に渡って大陸に根付いた覇道の呪いを一瞬で解かれた。計画では、呪いにかかったエルフが魅了されたドワーフを一方的に虐殺する姿がみれたのに』
彼女らは、ヘルメリル率いるエルフ軍によるドワーフの虐殺をさせようとしていた。
知り合いが知り合いの息の根を止めようとする惨状が脳裏をよぎった時、ゾクリと。振り回している腕に鳥肌浮き出るのがわかった。
ラキラキ、キューティー、癒やしのヴァルハラの店員たち、ミブリー。それだけではない。魅了から解放されて感謝の言葉とともに硬く手を結んだイェレスタムの住人たちすべてが犠牲になるところだったということ。
不意に、重機を操る明人の手が止まる。
「…………」
「あ、明人? どうしたの?」
鉄の軋む音。唸る重機の鼓動。
朱に染まる世界。痙攣する拳。
瞼裏に刻まれた地球の記憶。決死隊の仲間たち。
友だち。
「なんなんだテメエらはああああああッ!!!」
噴出する怒りが繰り出した無策の一撃は、泥巨人の拳を砕く。
「――あッ! あたった!」
ユエラの歓喜の声が聞こえた。
そして僅かに泥巨大の動きが鈍くなった。
『くらえええい!』
よく見れば、ラキラキが召喚使い本体に強襲を仕掛けている。
しかし、エリーゼも軽やかな動きで攻撃をかわしていく。
『《ライトニング》!』
隙を縫って魔法がラキラキへと繰り出される。
それをラキラキは魔躱しの白鎚で逸らし反撃する。一進一退の攻防だ。
倒せぬのなら、倒せるほうを選ぶのが心理だろう。
「ユエラ。オレに考えがある」
「ハァ……またむちゃする気ね?」
うんざりと言いたげに眉をよせ、微笑みながらユエラはため息をつく。
「やらぬバカより、やるバカだッ!」