627話 【イージス軍VS.】UN.Resident 未来へ捧ぐ決別の序曲 2
「っ、ぐぁ!?」
またひとりが未知の武器によって射抜かれた。
膝を折って地に伏してしまった兵は、もう動くことは出来ない。
対して敵は無情。あるいは情なんてハナから埋め込まれていないのか。
「だ、誰か――……ひっ!?」
『敵性勢力ノ微弱ナ抵抗を確認。執行シマス』
必死に助けを求めてを伸ばすも、またひとつ。魂が冥界へ惑っていく。
頭部が至近距離で射抜かれ、脳と頭蓋の破片が草原へ弾け飛んだ。
命の価値は軽くない。だけど敵にとっては指1本でこと足りてしまう。
『生体反応消失。駆除ヲツヅケマス』
そして敵は4つの赤目をぎょろりと剥いた。
横たわる死骸を見る瞳に温度はなく、ただそこにある物を見下すように冷たい。
女性的な見た目と身体のラインをした玉虫色の作り物たちは行進する。
戦術や戦法なんぞ奴らには皆無だった。ただ進んで、進んだ先に生命があれば駆除する。それだけ。
飛行型は完全に沈黙した。だが、序盤僅かな種族たちの優勢は新型の登場で容易に覆された。
戦場は奴ら4つ目によって支配されつつあった。
「これ以上好きにさせてたまるかッ!! いやああああああ!!」
心折れぬ女戦士が、隙を見て塹壕から這いだす。
仲間の死体を踏み越えながら大斧を敵の直上より振りかざした。
「のこのここっちの間合いに入ってきてくれるとはなァ! この距離ならそっちがどんな武器であれ遅いッ!」
完璧だった。模範的とも言える奇襲。
通常相手ならば彼女の斧は敵の頭蓋を砕いたに違いない。
『敵性反応ヨリ反撃。電極射出』
「っ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!?」
大斧は振られることなく手からすっぽ抜ける。
女戦士は全身を剛直させたままの姿勢で地面へ強く身体を打ちつけてしまう。
敵から射出された2本の線が彼女の身体に刺さっていた。光沢ある両肩の辺りからなにかが飛びだし女戦士の攻撃を阻害したのだ。
「……ぅ……ぁ……」
女性は赤目の足元に転げたというのに未だ動けず。全身をびくん、びくんと痙攣させながら口からかすれた喘ぎを漏らすだけ。
毒でも流し込まれたのか、筋肉が異常緩急を繰り返している。おそらく彼女の身体は彼女の支配下にはない。
その証拠に意志とは関係なく匂い立つ液体が鍛えられた腿を伝って草原を濡らした。
「た、す……け……」
『電極ニヨル鎮圧化ガ成功――本部ナオモ応答ナシ。コレヨリ試験型戦闘用アンドロイド独自ノコードヲ遂行シマス』
4つ目は、抵抗すら叶わぬ女戦士のこめかみへ筒を押し当てた。
『駆逐、駆逐、駆逐。母船ニトッテ反乱分子トナリウル血ハ絶ヤス。駆逐、駆逐、駆――』
命を軽んじる引き金が引かれる。
その直前に銀の突風が「フゥッ!」吹き抜けた。
三つ編みを振りながらの銀光一閃。アンドロイドの腕は引き金を引くことなく断ち切られる。
『敵性反――』
腕を切断された4つ目の眼がぎょろぎょろと一斉に白銀の騎士を捉えた。
が、瞬速の2閃目が「遅い!」首へと放たれ、頭と身体が分離するほうが早かった。
玉虫色の鉄くずとなった敵が崩れ落ちる。それを銀燭の瞳がちらりと確認し、女戦士を塹壕へ引きずり入れる。
「ふう、危なかったわ。まったく倒れてる女の子になんてイヤラシイものをむけるのよ」
聖騎士フィナセス・カラミ・ティールは、即座に女戦士の治療を施していく。
「《ヒール》! あー、あと……《キュア》!」
騎士とはいえども治療魔法は必修科目だ。
しかし応急処置でしかない。彼女が動けるようになるにはもう少し時間がかかるだろう。
時間はない。こうしている間にも別のところで彼女のような被害がでている。
そう判断したフィナセスは女戦士が幸運に生き残れることを祈り、立ち上がった。
すると息も絶え絶えな声が戦場の騒音を縫って届く。
「……ぁ、ぃ……ぁ、とぅ……」
それが女性から感謝の言葉であることはすぐにわかった。
フィナセスはもう1度彼女の横へ戻ると、脚甲の膝を落とす。
「この瞬間に私たちを引き合わせてくださったルスラウス様に感謝してね。かわりに私は神と剣に誓ってアナタたちを守ってみせるから」
ニッ、とした快活な笑みを向けてやる。
すると女戦士の目から涙がつうとあふれた。
手甲を帯びた手でそっと指で拭ってやる。「ぉ、ねが、ぃ」という声を置いて塹壕を後にする。
――あれはおそらく電の類ね。敵のもつ筒だけじゃなく肩から飛びだす攻撃にも注意しなくっちゃ。
助走を終えた俊足は他の追随を許しはしない。
白き鎧の反射のみを残し、麗しい銀の三つ編みを流し、戦場を駆るは一輪の美しき花。
剣に生き剣に馳せるは聖女の守。混戦する敵味方のなかを滑るように移動しながら敵のみを定めて刻んでいく。
『排除、排除、排除』
「つっ――」
見えぬなにかが頬をかすめていった。
フィナセスは頭を辛うじて射線から外すことで致命傷を回避する。
「乙女の顔になにしてくれちゃってるのよ! たああああッ!!」
怒りとともに繰りだされた切り上げと切り下ろし。
敵の左右の腕を切り飛ばし、最後に袈裟斬りを見舞う。
両腕と胴体を切り離された敵は、しゅゅと黒煙を拭いて崩れ落ちる。
『被害、甚……大……』
ガラ、と。金属音――にしてはやや軽い音――を奏でながら敵は草原へ横たわった。
眠りにつくかのようにして頭部の瞳が蒸発するようにして消えていく。
「まったくまったくもうなんだからっ。この美貌を傷物にしようったってそうはいかないだもんね」
癖となっている血振りをくれ、切れてない側の頬をぷん、と膨らす。
微かにだが掠めたところから血が滲む。
――に、してもこれがダープリの世界の武器かぁ。
フィナセスはつい今しがた斬り飛ばした腕のほうをちらりと見やった。
地べたに転がったソレは敵の武器である。見た目は長細い箱のよう。先端には穴が開いており鰐の口みたいなスリットが入っている。とてもではないが武器にすら見えない品だ。
「これが会議で聞いた武器……電の力でぺれっと? だかを発射するでんじゆーどうじゅう?」
フィナセスは可愛らしく小首をひねりながら長細い箱を剣で両断した。
硬さも無ければ重さもない。簡単に切れてしまうくらいいとも容易く壊せてしまう。
しかしそれが武器であることは間違いない。この武器から超速度で射出される円盤状の物体がどれほどの命を奪ったことか。
「……私はもっと重みのある武器じゃないとダメね。こんなもので簡単に奪うという行為を成立させるなんてむいてないもの……」
呼吸を整え終えたフィナセスは、頬傷を指で拭ってから再度駆けだす。
剣は重みがあるし斬るという感触もある。命を奪うという重みを手に感じ身に刻む武器だ。
だからこそ剣士として許すことが出来なかった。あのように手腕を振るわぬ武器は命の重みを知れない。
「と、こんなことしてる場合じゃないわね! なるべく被害を押さえつつ時間を稼がなきゃ!」
物憂げからハッと我に返ると、頬傷を治療することなく走りだす。
如何に敵の攻撃が早くとも機動は直線的だ。発射される直前の向きにさえ気を配れれば予測し躱すことは難しくなかった。上位エーテルの反応速度を舐めないでもらいたい。
フィナセスは銀翼で低高度を滑空するみたい敵の軍勢を蹴散らしていく。
「それそれそれぃッ! ほどほどに硬いけど肉を断つよりマシね! なにより血脂で切れ味が鈍らない!」
混戦のなかでも剣が鈍らないのは経験に裏付けされた実力があるから。
幾度の戦、幾度の闘争。なにより誰かを守る聖騎士として剣を振るえるという喜びが彼女の背中を押していた。
しかし剣の間合いは短い。広大な戦場では砂粒ていどの長さ。すべてを守りぬくことは絶対的に不可能。
しかもこの乱戦となると卓越した剣技を自慢とするフィナセスでさえ1手をミスすれば命を落としかねない。
『損害軽微、反乱分子ノ排除ヲ……ヲヲ、ヲヲ、ヲ……優先シマス』
『人ニ害ヲ及ボサヌヨウ、船内ノ快適ナ治安ヲ維持スルコト、使命』
攻撃が飛んでくるのはなにも1方向のみではない。
2体が同時にフィナセスへ狙いを定めた。
「やば、ッ!」
それをワンステップのフェイントを入れつつ飛び込み前転で躱す。
耳の横をひょうという風切り音が通り抜けた。長耳のエルフならあたっていただろう距離、つまり紙一重。
ゾゾゾ、と。冷える思いが脳裏を恐怖で支配したとして、止まりはしない。
「イヤアアアアアアアアア!!」
まず1匹を下段からの切り上げで確実に処理する。
回避行動からの姿勢を整える暇すらない。だから体の柔軟さを生かした逆袈裟斬り。
さらに胴を薙いだ剣の柄を両手で握りこむ。
「セヤアアアアアアアア!!」
会心の横一閃が疾走った。
瞬く間もなく2匹の敵が胴薙ぎと断首によって活動を終える。
秒にして1秒にも満たぬ刹那の出来事。ひと息を入れてようやく後ろで結った三つ編みがぷらりと肩へ垂れ落ちた。
そして崩れ落ちる獲物を2度見ることなく次の敵へと走りだす。
「もー、まだ増えてるの!? 一体いつまでこんなのがつづくっていうのよぉ!?」
フィナセスはたまらず大空へと弱音を叫ぶ。
斬り結んだ敵の数は50より上である。それがたかが氷山の一角であると信じたくはない。
乙女の叫びを吸い込んだ空からはお返しとばかりに燦々とした日光が。
それと一緒に五月雨の如き敵の軍勢が。開いた空の切れ間から大陸目掛けてひっきりなしに降下してきている。
切れども切れどもキリがない。それでも戦わねば終わりはない。無限に等しい苦痛がつづく。
戦線を維持しつつの防衛が徐々に種族たちから正常な判断を奪っていった。
「く、クソォッ! 《プロテクト》ォ!」
冒険者によるやぶれかぶれな詠唱だった。
フィナセスは、戦場を駆る最中に聞いて悪寒を感じた。
――ダメ! あの攻撃はただの防御魔法じゃ防ぎきれないッ!
慌てて上級魔法に切り替えるよう訴えようと口を開く。
だが、時既に遅し。
「あ……、グアアアアアアアアア!?」
冒険者の男は敵の攻撃によって太腿を撃ち抜かれてしまう。
そのまま苦悶の表情を浮かて地べたをごろごろ転げ回った。
「あ、脚が!? 脚があああああ!?」
しかもどうやら太腿の大事な血管が破られたらしい。
傷口が見えぬほどのおびただしい出血を起こしている。
『命中を確認。尚モ活動中。確実ニ仕留メ――』
「ッ。オオオオオオオオオ!!」
フィナセスは急ぎ2射目を放とうとしている敵を両断した。
それから身を翻して倒れた男の元へ駆け寄っていく。
「アナタ男でしょ! なら暴れないで!」
「いてぇよおおおおお!? 脚が、俺の脚が千切れちまったああああ!?」
「千切れてないわよ! よく見なさいまだまだ元気にくっついてるでしょ!」
治癒魔法をかけようとするも、男がなかなか落ち着いてくれない。
どうやら冒険者としてあまり成熟していないのだ。傷を負って恐慌状態に陥るのは駆けだしくらいなもの。
「いでえよおおおおお!? あああ、ああ、脚が、脚があああああ!?」
いい年した成年の男が子供のように喘ぎ苦しむ。
敵の攻撃を見誤って被弾をした原因も去ることながらだ。その後の処置すら心得ていないとは。いずれは冒険中に魔物のエサになっていたことだろう。
フィナセスは、面倒を抱えたからと見捨てることなく男を強く押さえつける。
「死にたくないならじっとしてなさい!!!」
いい加減腹が立って勢いよく顔横に剣を串刺す。
「ヒッ――いいいいぃぃぃ……」
そしてようやく男はグズるのを止めた。
見れば体は汚れ防具も安物。武器は無くしたか、もってすらいない。
――……周りに感化されて実力がないのに調子に乗ったパターンね。
戦場舐めんな。言いかけて変わりに「《ヒール》」治癒をくれてやる。
傷口はそれほど大したことはない。血管は薄く治癒魔法ですぐに再構成される。そのため出血が止まるのは早かった。
下手に甲冑レベルの防具をつけていて弾の勢いが落ちなかったのも幸運だ。内部に敵の飛ばす円盤状の物体が残らず、綺麗に貫かれている。
「これでオッケーよ。出血は止まったから脚を引きずってでも戦場から離れなさい」
わかったわね? さすがのフィナセスといえど笑ってはいない。
むしろ薄汚い男を見る目は僅かながら軽蔑を秘めている。じろりと目を細めて睨みつける。
すると冒険者の男は脚に恐る恐る触れ、「いでぇっ!?」と大袈裟な反応を返す。
「さ、最後まで治してくれねぇのかい!? このままじゃ立ち上がれねぇよぉ!?」
「こんな戦場のど真ん中で完治まで治療するとか馬鹿のすることよ!? っていうかその口ぶりからするとアナタ回復魔法すら使えないのに戦場へきたってわけね!?」
もう眉間を摘んで頭痛を堪えるしかない。
こうなると冒険者どころか冒険者崩れだ。崩れとは、たまにいる阿呆の総称である。
どうせ戦場という勇ましい武功に憧れて脚を踏み入れただけ。大馬鹿者。
「この脚じゃ逃げてる最中に殺されちまうよ!? せめて、せめて痛みがなくなるまでは治してくれねぇと!?」
男は、フィナセスの腰に縋りつきながら目をウルウルとさせた。
禄に風呂すら入っていないのかツンする悪臭が漂ってくる。魔物に感づかれぬよう体臭を消すという冒険者の基本すら弁えていない。
決断を迫られる。ここで見放せば確実にこの不潔な男は死ぬ。かといって面倒を背負ったまま戦えるほど甘い場所ではない。
「はへ? ――ヒェェェェェェ!?」
「なによ? 走れないとか言ってる割にちゃんと走れてるじゃない?」
だからこの僅かな一瞬が隙へと繋がったのだ。
男が転げるようにして逃げていく。
「……え?」
最中、巨大な影がフィナセスから空を奪う。
そして唖然とする彼女へ――轟々とした駆動音とともに――抗いようのない暴力が襲いかかった。
巨大な重機による強靭な爪によってその身が捕縛される。
「――はっ!? が、ぁ!?」
(区切りなし)




